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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
古国 ガルチュア編
48/57

S16話 国王

 ーー生まれた頃より生き方は決められていた。


 比較的、歴史の浅い国ではあったが、土地としては長い歴史を要していた。

 先々代が即位するまで、この土地はあらゆる種族が寄り集まって、助け合う共同体であった。

 それが徐々に集合体として規律を作り、役割を割り振り、最終的には国という形態になることを決断し、建国に至ったのである。

 

 その時、建国の中心人物として人々を纏めていたのがガンベルノ三世の祖父にあたる古国ガルチュア初代国王であった。


 歴史が浅い分、他の君主国家と比べても王族に特別な差別意識や権威を振るう驕りなど一切無いに等しかった。

 逆に王族という地位を厄介な役回りと捉える者たちが大半だった。


 それは現国王ガンベルノ三世も例外ではなく、幼少期には自身の地位を窮屈な枷として捉えていた。

 しかし、だとしても彼はその環境から逃げることは出来なかった。


 彼は先代国王の正妃から生まれた王位継承順位第一位の長男だった。

 彼に拒否権など最初から無かったのである。


 だが、ガンベルノはそれでも尚、この地位からの脱却を狙っていた。

 そこまでするのには理由があった。


 ――シロエ遺跡


 幼少から彼の唯一の自由は空想であった。

 王城内にある図書室にて、時間は決められていたものの、彼はその時だけは自由に本を読むことを許されていた。


 あらゆる書物があった。

 そこには国に関する様々な書物が貯蔵されている。

 

 古国ガルチュアは様々な種族が国民として生活している。

 そのため、あらゆる種族に関する文献が散見され、そこには文化や生態、歴史など様々だった。


 国に関すると言ったが、古国ガルチュアはあらゆる者の故郷である。

 それは逆説的に世界全土が古国ガルチュアに関係しているとも言えるのだ。


 と言うのは先々代の発言だ。

 初代国王はどうにも困った人物として色々な文献に度々登場する。

 彼の考えが現在のガルチュアの下地になっており、その結果、少々、(いびつ)さを孕んでいる部分もある。


 ガルチュアがあらゆる者の故郷というのも、彼の迷言の一つとして残っており、その結果、王城内の図書室に貯蔵される書物は年々増加し、そのスペースに四苦八苦するのは彼の発言から約百年後のことである。


 迷言と言ったが、世界的に見ればガンベルノ一世は英雄として評価される事もしばしば。

 と言うのも、彼の成した所業は現在の平和の象徴、評議会というシステムの参考にされたとも言われているからである。


 評議会、その象徴として建国されたのが――評議国である。

 評議国はあらゆる国家間が手と手を取り合う、という意味を込め、様々な種族が国民として生活している。


 その原因となった百年前の戦争――それ以前から古国ガルチュアは同じような在り方で国として成立させていた。

 その点が大きく評価され、世界的偉人として、歴史的にもガンベルノ一世は高く認知されているのである。


 その事実もあってガンベルノ一世の言はどれほど歪みを孕んでいようと尊重されている。

 結果、どれほど図書室のスペースが王城を侵食していっても……。


 しかしガンベルノ三世にとっては願ったり叶ったりだった。

 彼は様々な知識を得ることができた。

 様々な歴史を――

 様々な文明を――

 様々な思想を――


 その時だけは夢中になって図書室にこもっていた。

 そして、遂に彼はある場所について知ることになる。

 それが――


 ――地下迷宮 終末塔(ヴィグリス)


 しかし、この場所に関してはどの文献も詳細なものは存在しなかった。

 あったとしても地下迷宮の第五階層までの、なんとも些末なもの。

 

 そう、終末塔に関しては人類は未だ何も分かっていなかったのである。


 その時、ガンベルノ三世の胸が高鳴った。

 それは初めての感覚だった。

 

 窮屈な王城での生活。

 唯一の自由な図書室。


 つまらない毎日。

 唯一の知的好奇心という名の楽しみ。


 そんな人生だった。

 未だ幼少の彼だったが、これからも変わらない人生だと思っていた。


 主たる目的もなく、最後まで国のために尽くし、それなりの幸福を感じてこの世を去る。


 それが悪いとは言わない。

 しかし、ガンベルノ三世にはそれが、たまらなく耐えられなかった。


 口には出さない。

 顔にも出さない。


 だが、満足感など感じるはずもなく、その毎日が耐えられなくて仕方なかったのである。


 そんな彼だった。

 これからもそうだと思っていた。


 しかし、その時、彼の目は輝き、人生に意味を見出したのである。


「僕はこのために生まれて来たんだ」


 その言葉は誰にも聞かれなかった。

 しかし、その言葉は彼の今後を決定させる運命の宣言だった。


 地下迷宮――終末塔の解明。


 それが彼の宿命だと信じた。

 理由など分からない。

 直感的にそう思ったのだ。


 それからの彼の日々は鮮やかな色彩に彩られたものだった。

 人生の目的が決まるというのはそれだけで生き方の定着でもある。

 もう迷うことはないのだ。

 悩むことはないのだ。


 彼の進む道は決まっている。

 逸れることなく、まっすぐに進むだけ。


 そして、その目的の足掛かり――シロエ遺跡の解明にも、ようやく手が届きそうだった。


 ガンベルノ三世も齢63。

 もう後先短いものだった。

 彼には時間がなかった。


 あともう少し、もう少しなのだ!

 国を治めながら、毎日を政務に追われながら、空いた時間を使って、コツコツと目的達成のために動いていた。

 それがようやく報われようとしていたのだ。


 ここから、ここから……。

 

 ここで終われない。

 ここから始まるのだ。


 だから彼は死ぬわけにはいかなかった。

 死んでなどいられなかった。


 彼の夢――


 夢を叶える――


 そんな子供のような理想を抱き続けた。

 彼は純粋に、純朴に、きらきらとそれを望み、走ってきた。


 だから、これは譲れない。



――――――――――――



 キミシマユウキは目の前にいる男二人を嘲り、笑った。

 

 今の自分に不可能は何もない。

 前の世界では一生、縁のないものだった全能感。

 今なら誰にも負けない。

 誰だって蹂躙できる。


 異世界召喚にはあらゆる恩恵がある。

 それが膂力なのか、魔力なのか、はたまた、そのどちらもか。


 結果、異世界から召喚された者は尋常ではない力を有して、この世界にやってくる。

 だからこそ、異世界人が兵器として扱われることもある。


 キミシマユウキにはポテンシャルがあった。

 一般的な異世界人とは違い、彼女は元の世界でも魔法に似た力を所持しており、そしてその構造を理解していた。

 だからなのか、彼女はこの異世界召喚によって想定以上の力を手に入れていた。


(魔法……。構造は魔術(・・)とほとんと同じ。いや、そもそも魔法は魔術をモデルにしている?)


 彼女はこの世界に来てまず、魔法について調べた。

 そして分かったことは一つ。


 魔法は魔術の下位互換である、ということ。


 魔法の規模は魔術と比べても引けを取らないどころか、大きく上回る部分の方が多い。

 それはおそらく、この世界に存在する魔力が前の世界よりも豊潤だからだ。

 

 この世界にはあらゆるモノに魔力が宿っている。

 木々に、土に、死体に……。


 それはおおよそ前の世界では考えられない事実だった。

 

 しかし、だからこそかもしれないが、魔法はそこまで洗練されていなかった。


 魔術はわずかな魔力であらゆる事象を引き起こそうとした技術である。

 結果、魔術の発展はこの世界の魔法よりも圧倒的に進んでいる。


 怠慢が成長を遅らせるとはよく言ったものだ。

 だが、彼女にとっては――キミシマユウキにとっては願ってもない世界だった。


「あんたらに何ができるの? まさか私に勝つつもりなの?」

「そうだ、と言ったらどうする?」

「思う存分、馬鹿にしてあげるよ!」


 キミシマユウキは玉座に座りながら、視線を彼らに向けただけでそれを発動させた。


 ――『炎の矢』


 それは突如として現れた。

 何もない空間から、矢の形をした炎が出現した。

 

 しかし、その数、僅かに一本のみ。

 それを見たガンベルノは鼻で笑い、目を細めた。


「その程度で息巻いていたのか? 笑わせてくれる!」


 ガンベルノは片手を上げ、数多の光の矢を展開させた。


「これが実力の違いだ。おぬしに同じことが出来るか!」


 叫びと共に、ガンベルノは片手を振り下げる。

 それと同時に展開されていた光の矢がキミシマユウキに向かって射出された。


 逃げ道はない。

 密閉されたこの場所でそもそも回避する手段は無いに等しい。

 光の矢は確実に彼女に命中する。


 だが――彼女は笑った。

 

 やはり何も分かっていない。

 この世界の人々は何も理解していない。


 魔術の万能を。

 魔術の精緻を。

 魔術の深淵を。


「数より質って言葉、この世界じゃないのかな?」


 キミシマユウキは微笑んで、『炎の矢』を放った。


 矢は一瞬のうちにその場から消え、ガンベルノたちの元へ向かっていった。

 その速さは雷速といって過言ではない。

 目にも止まらぬとはこのこと。

 

 地面には矢が通った痕跡として焼け焦げた一本線が刻まれていた。

 そしてガンベルノが放った光の矢は『炎の矢』と接触、もしくは近づいた瞬間、跡形もなく消滅していった。


「馬鹿な! なんだあれは!」


 ガンベルノは目を見開いた。

 あれは彼の知る魔法(・・)ではなかった。

 

 魔力を込めた?

 一本の矢に?


 だとしても、あそこまで異常な力を有するのか?

 詠唱もなしに、全てを焼き尽くさんとする矢を作れるものか。


 そして、一番驚くべきは、火の系統の魔法は彼女の得意とするものではないと言うことだ。

 ガンベルノは知っていた。

 彼女の特異能力を。

 特殊魔法を。


 他の系統の魔法が扱えるのは分かる。

 いや、二系統の魔法を扱えるというのは、この世界の魔法師においても稀有な存在だが、相手は異世界人である。

 他系統の魔法を扱えても不思議ではない。


 だが、ここまで尋常でない魔法を扱えて、それが彼女にとって主系統の魔法でない、というのが驚きなのだ。

 普通ならば、ここまでの威力、その魔法を突き詰めた末の偉業である。


 それを易々と彼女は……。


「――『守護国家聖域(プロスタシアレイア)』」


 ガンベルノと宰相を囲うように青白い光がカーテンのように形をなし、展開した。

 ガンベルノの魔法はキミシマユウキの『炎の矢』と激突した。


 燃え上がる矢は勢い止まず、直進するが、しかし、流石、国王自らの魔法と言ったところか。

 その魔法の堅牢さは鉄壁と一言で片付けられるものではない。

 その神秘は人類の最高地点の頑強さを誇っていた。


『炎の矢』はガンベルノに向かうこと叶わず、青白い光のカーテンに弾かれ、霧散した。


「やるじゃん」


 キミシマユウキは自身の攻撃が防がれながらも、その余裕を崩しはしない。

 今も微笑んだままだ。


「それは王族魔術ね」


 彼女はガンベルノたちに聞こえない声量で呟いた。


 王族魔術――いや、この世界では王族魔法。


 王族魔法はその国土、国民、歴史などの要素を魔力に還元し、奇跡を起こす魔法である。

 ガルチュアの国としての歴史は浅い方だが、その土地に関しては長い歴史を要しており、また国民それぞれの色も強い。

 つまり、様々な種族がいる事によって、要素の多様化が生まれる。

 その要素が多ければ多いほど、魔力への還元がなされ、その王族魔法は奇跡へと近づくのである。


 ガンベルノ三世の王族魔法はその点において、神業と言ってもいいかもしれない。

 それほどの魔法として確立されているのである。


 そして、今、彼らがいる場所は王城であり、そして玉座がある『謁見の間』である。

 国の中心であればあるほど王族魔法は強さを発揮する。


 国の中心――それは国の頂点が座す場所である。

 つまり――玉座。


(まずはあの場所を取り返す)


 ガンベルノは光のカーテンを消し、両手を地面につけた。

 

「――『位置転換(テシスメタノイア)』」


 ガンベルノの身体が粒子状に綻んでいき、その場から消える。

 と同時に、相対するキミシマユウキの身体も同様に光の粒子に変化した。


「これは……」


 キミシマユウキは自身の身体を眺めながら、その現象を分析していた。


「なるほど、強制的な決定事象ね」


 肉体損傷や生命に関する強制でないならば、比較的、それほどの魔力は必要ないだろう。

 といっても、どちらにしても相手を強制的に動かす魔法である。

 その必要魔力は一般的な魔法よりも膨大である。


 ガンベルノと彼女の位置が強制的に交換される。

 キミシマユウキがいた場所にガンベルノが。

 そしてガンベルノがいた場所にキミシマユウキが存在することになる。


「事象に干渉……いや、創造するなんて、中々やるじゃん。流石、王族魔術は規格外」

「未だ、その笑みを消さぬか、キミシマユウキ。この場所に我がいる、我が座すという意味が分からぬか?」

「分かってるわよ。玉座と王族魔術は密接に関係してるからね。私もそこまで馬鹿じゃないし、迂闊じゃない。その上で、その場所をあげたの、あんたに」

「驕りもそこまで行けば滑稽に映るぞ?」


 ガンベルノは目を細め、眉間を狭めた。

 そして同時に僅かに視線を横に移動させた。

 その視線の先は……。


「――『総和不純(イディオトロピア)』」


 宰相は本を一冊消滅させて、魔法を発動させた。


「詠唱破棄。その方法の破棄は初めて見た」


 彼女はその魔法による自分への影響も考えず、単純に初めて見た詠唱破棄方法に驚きを見せた。


 しかし、次の瞬間、その違和感に気づく。


「なるほど、そーいうこと」


 キミシマユウキは自身の掌を見つめて笑った。

 掌から念じた魔法が発動しない。

 火の一つも生まれることはなかった。


「魔力の流れを乱したのね。ちょっと厄介かも」


 魔法は自身の中の魔力を世界に漂う魔力に適応させる事によって生まれるものである。

 その魔力が乱れた場合、どんなに強力な魔法を扱える者でも、ただの木偶人形と変わらない。

 魔法が使えなければ魔法師は価値など無いのだから。


「さて、いつまでその余裕が保てるか」


 ガンベルノは彼女への言葉とともに魔法を発動させた。


「――『王剣判決(クリシススパシィ)』」


 ガンベルノの手に青白く発光する剣の形をした光が現れる。

 ガンベルノはその剣を高く掲げ、そして彼女に向けてそのまま振り下ろした。

 それは防御不能の攻撃として世界に認知される。

 世界のシステムに干渉する御業といってもいい。

 その(ことわり)は『謁見の間』限定ではあるものの、しかし、その欠点を加味したとしても、人の行える領域をゆうに超えている。


「へぇ、さすがにそれ、食らったら死んじゃうよね」


 だが、キミシマユウキはその攻撃を目の前にしても尚――不敵に笑っていた。


 キミシマユウキは異空間から薙刀を取り出した。

 魔力の乱れがあったとしても、スキルである『異空間』は扱えるようだ。

 ならば、同じ理屈でこれも――


 薙刀を振り下ろし、横に置く。

 そして――


「うん? 何もしない? どういうつもりだ? だが、どちらにせよ、この攻撃は絶対! おぬしの死は絶対だ!」

「いいの? 私がいないと困るんじゃないの?」

「良い。おぬしの死体があれば、また復活させればいい。その時は服従の契約を済ませておこう」

「なるほどね……。で? 何が絶対だっけ?」

「ん? 何を……」


 そこでガンベルノは言葉を失った。

 ガンベルノが見た光景は、自身が発動させた、まさしく御業をも超える異常なものだった。


「止まっている……? 我が王剣が止まっている」


 それは世界の理の否定である。

 王族魔法でもない――いや、そもそも彼女は魔法を扱えない状況だ。

 では、あれは――?


「魔法でないというのか?」


 その疑問にキミシマユウキが答える。


「こっちの世界にはユニークスキルってのがあるんでしょ? あっちの世界だと同じ魔術の括りだったけど、やっぱり私の見立ては間違いじゃなかった」

「ユニークスキル、まさか、これほどの!」


 ガンベルノが見た光景――


 それは青白く光る剣の斬撃が突如、何もない空間から生え出た幾つもの薙刀の刀部分に止められている光景。


「次元屈折? 次元変異? なんだそれは! 我は知らぬぞ!」

「そりゃ、そうよ。これは君島家に受け継がれる術式。この世界じゃ、知らなくて当然」


 その術式の名をーー


 ――『雨ノ時空傷(カンナヅキ)


「これは……」


 宰相はその光景にガンベルノ同様、驚きに言葉を失っていた。

 そして、次の瞬間――


「うっ! なんですか、なんですか、これは! こ、れ、は……」


 宰相の首が切断された。

 一瞬の出来事。


 宰相の首からは一滴の血も噴出されない。

 綺麗に両断された宰相の首。

 

 宰相は自身の不思議な状態に浮遊感を覚える。

 首を切られた。

 生きているはずがない。

 しかし、未だ意識は途切れる事なく、客観的に自分の状態を見ていた。


 死ぬのか?

 何が起きたのだ?

 分からない。

 分からないまま、死んでしまうのか?


 目まぐるしく意識は疑問を生み出し、しかして、その答えは一向に出る気配がなかった。

 困惑。

 混乱。


 国のために――()のために従事してきた人生。

 その最後が、こんなにもあっけなく……。


 止まっていた時が動く。


 ようやく宰相の首から赤黒い血が噴き出る。

 勢いよく、堰き止めていたものが一気に放たれる。


 そこで宰相の意識も途切れた。


「なんだと……」


 その出来事に誰よりも驚きを隠せなかったのはガンベルノだった。


 宰相の首付近に先ほどの王剣を止めた時同様に薙刀を出現させ、そのまま首を切断させた。

 方法と理屈は理解している。

 だが、それでもやはり宰相の首を刎ねることは叶わないはずだ。


 宰相の身体には『守護国家聖域(プロスタシアレイア)』同等の守護魔法を施してた。

 しかし、事実、宰相の首は刎ねられた。

 

「何をした! 何をしたのだ!」


 だが、彼女から答えが返ってくることはなかった。

 唯一、返ってきたのは、彼女の不敵な笑みだけ。


「これで魔力の乱れは消えたわね。じゃ、そろそろ、終わらせましょう」


 薙刀を構え、ガンベルノを見据える。

 対してガンベルノはすぐさま『守護国家聖域(プロスタシアレイア)』を展開させた。


 だが――


「それってさ、内側からの攻撃は無意味じゃない?」


 その通りだった。

 実際、この魔法は壁である。

 これは外側からの攻撃に対して効果を発揮するものであり、内側からは想定されていない。

 いや、そもそも内側からの攻撃など普通はあり得ないのだから、仕方ない。

 

 だが、今、目の前にいる存在はそれを可能とさせる人物だった。


「――『血脈装束(エマエンディマ)』」


 血に含まれる魔力に意識を集中させ、血管を硬化させ、そこから身体全体を硬化させていく。


 魔法――特に王族魔法は継承されていくに従って、魔力量が増加し、術式が強化されていく。

 そして体内でより魔力が色濃く流れているのが、血液である。

 それはつまり、血脈――血が一番、人との繋がりを具現しているからだ。


 キミシマユウキは『守護国家聖域(プロスタシアレイア)』の内側にガンベルノを囲う形で何十の薙刀を出現させた。

 代わりにキミシマユウキが持っている薙刀の刀部分は時空間に消えている。


 次元跳躍。

 次元屈折。

 重複事象。


 幾つもの理屈が考えられるが、果たして、その真実は未だ元の世界の魔術界(・・・)においても解明されていない。

 しかし、キミシマユウキが手に持つ薙刀と今まさにガンベルノに襲い掛かろうする幾つもの薙刀は繋がっている。

 

「これほどなのか。異世界人とは……」


 ガンベルノの言は半分正しく、半分誤っている。

 確かに異世界人はその全てに特別な能力が備わっている。

 だが、ここまで戦闘できる異世界人はほとんど存在しない。


 彼女は特別だ。

 元の世界でも魔に通じ、戦いにも慣れている。

 そして、異世界召喚における恩恵。

 これによって彼女は絶大な力を手に入れたのである。


 しかし――

 ガンベルノに襲いかかる薙刀。

 四方八方から迫る薙刀から逃れる術はない。

 だからこそ、ガンベルノはその身で受けるしかなかった。


「やっぱり、そう簡単にはいかないんだ」


 薙刀はガンベルノの身体を貫くことは出来なかった。

 王族魔法によって、彼の身体は硬化され、どのような魔法も、武器も食らわない。


「こんなところで終わるわけにはいかぬ。こんなところで、おぬしごときに……」


 力の差は圧倒的だった。

 ここは王城、謁見の間。

 玉座――


 王族魔法にとってこれほどの地の利はない。

 今ならば、神話に登場する人物たちとも渡り合えるかもしれない。

 そうだ。

 それほどの力なのだ、王族魔法とは――


 しかし、キミシマユウキはそれと対等に――いや、それを軽々といなし、優位に立っていると言える。


 何者なのか?

 彼女はいったい何者だと言うのか?


(我はこんな化け物を喚んでしまったのか。因果応報、自業自得、これも天命……)


 ガンベルノは首を振る。

 それでもだ。

 それでも自分の夢を諦められるか!

 これは覚悟などと言う言葉で片付けられない。


「宿命だ! 宿願だ! これは我の全てなのだ!」


 宰相の死体に視線を送る。

 もう動くことはない。

 首があった場所からだらだらと血が流れ、そこ一帯はちょっとした血溜まりができていた。

 そして、頭部の方は……


 目を開けて、未だ世界を見ようと――生きようとしているようだった。

 しかし、彼は死んだ。

 死んでしまったのだ。


(ああ、宰相よ。我が片腕であり、朋友よ。唯一、我の夢を明かし、笑わず、ついてきてくれた友よ)


 この先、夢のために進もうと今までのように歩みを共にしてくれる者はいない。

 

 涙は流れない。

 薄情なのだろうか。

 そうかもしれない。

 彼は結局、夢にしか興味がないのだ。

 だが、なんだ――これは。


 ガンベルノは自身の胸に手を当てる。


(この空虚感。何かが喪失されたような、この感覚……)


 わからない、わからない。

 だが、ここで負けてはいけない気がした。

 彼女を絶対に討たなければ、と思った。


 それは夢のため……。

 だけではない――気がする。


(友よ……)


 もう一つの思い。

 それを胸にガンベルノは決着の魔法を放つ。


「――『王命(ゼウス)』」


 その魔法の発動とともにキミシマユウキの身体が硬直した。

 自分の意思で動かすことができない。

 魔法による強制。

 等価を求めない一方的な命令。


「それって結構な魔力を使うんじゃない。いや、魔力だけじゃない。人の意思を無視した肉体への干渉は何かを贄にしなければいけないはずよ」

「ふっ……」


 彼女の言は正しかった。

 これは最後の切り札。

 奥の手――と言うよりも背水の陣だ。


 この魔法は王族魔法の中でも特別なものである。

 言ってしまえば、対象の動きを操る催眠に近いかもしれない。

 いや、意識をどうこうするわけではなく、肉体への強制命令であるから、洗脳や催眠とは本質的に違うが、結果的には同じことが起きる。


 また、洗脳の類とは決定的に強制力が異なる。

 洗脳は対象の意識を安らかにし、一種の酩酊状態にまで陥らせなければいけない。

 その点、『王命』は対象の意識の状態は関係ない。


「でも、口は閉ざさなくていいの? 詠唱できれば、動けなくてもあんたを攻撃することはできるのよ?」

「最後に遺言でも言わせなくては、気の毒だろう? これも王の温情。しかして――これまでだ」


 ガンベルノは指を鳴らした。

 と同時に先程まで自由だったキミシマユウキの口が閉ざされた。


「これで終わりだ。無詠唱で魔法が行使できるとて、この状況でもは、もう何もできまい」


 ガンベルノの両手に青白く光る王剣が出現する。


 ――『王剣判決(クリシススパシィ)


 一歩も彼女へは近づかない。

 身体が動かないとしても、未だ警戒心は解かない。

 それほどの敵だ。

 

「油断はせぬよ」


 王剣を掲げ、その高貴なる輝きを謁見の間に照らす。

 これこそは厳かなる威風である。

 王の在り方。

 王の栄光。


 収束する。

 全ての中心が、かの王に――


「決着の時だ!」


 掲げた二つの王剣を振り下ろす。


 これにて勝負は幕を下ろす。

 その攻撃を防ぐ術なし。

 これこそは必中――いや、決定されし斬撃なり。


 だが――


 その斬撃は生まれなかった。


「な、んだ、と……」


 ガンベルノは自身の腹を見た。

 腹からは止めどない血が溢れ出ていた。

 

 どうして?


 疑問はすぐさま解決する。

 腹に突き刺さった刃物が原因だ。

 そして、その刃物を持つ者は――


 ガンベルノは後ろを振り返る。

 そこには仮面を被った得体の知れない何者かがいた。


「ば、かな……。我は『守護国家聖域(プロスタシアレイア)』を展開していた。それに『血脈装束(エマエンディマ)』も……」


 キミシマユウキの動きが制止されているとしても、彼女の魔法は強力だ。

 無詠唱だとしても油断はできない。

 だからこそ、『守護国家聖域(プロスタシアレイア)』を展開させていた。

 そして念には念を――

 物理攻撃に対して『血脈装束(エマエンディマ)』で警戒もしていた。


「なのに、なぜ……?」

「なぜ?」


 ガンベルノの目の前、キミシマユウキがニヤリと唇の端を吊り上がる。


「わからない? わからないかー。やっぱり人類程度ではわっかんないかー!」

「何を……」


 キミシマユウキは一歩踏み出す。

 ガンベルノの『王命』はすでに解かれている。


「やっぱりあんたは凡人さ。王であろうがなかろうが、結局、神には勝てないってことよ」

「神、だと……?」

「そう、神。それが私の力よ」

「何を言っている? お、お前の魔法は『魔物の使役』のはず!」

「ああ、それね。簡単な話よ。隠蔽したの。当然でしょう? 魔術師として」

「隠蔽? 馬鹿な! 召喚魔法において召喚者と召喚対象の関係は絶対! 我は確かに……」

「どんな物事にも抜け道はあるものよ、王様さん。まあ、全くの嘘に塗り替えるのは大変だけど、一定以上の情報を隠す程度なら、そう難しいことじゃないわ」

「と言うことは最初から我らを欺き……」

「その通り。私の計画。最初っからねー!」

「おぬしの魔法は――神なのか!」

「それも正解! これは私の――私だけの魔術!」


 仮面の男? いや女?

 それは何者か?


「魔物でもない、この化け物が神?」

「この世界の神じゃないけどね。でも、ずっと私と友達の神様」


 仮面の化け物は手に持つ槍を引き抜いた。


「ありがと、テスカトリポカ」


 仮面の化け物は彼女の言葉に頷いて、その場から光の粒子となって消えていった。


「私の勝ちね、ガンベルノ三世」


 キミシマユウキは倒れるガンベルノに顔を近づけ、囁いた。


「まだ、ま、だ、だ……」

「諦めない心は素晴らしいと思うけど、あんたにはそれを可能とする力が無かったのよ」

「う、る、さい……。我はまだ、まだ……辿り着いていない」

「ふっ」


 キミシマユウキは微笑みを持ってガンベルノに最後の判決を下す。

 それをぼんやりとした視界で捉える。

 まだ、死ぬわけには……。


「やめ……ろ。我を、殺す……な」

「それは――無理」


 無慈悲にその薙刀はガンベルノの首を切り取る。

 そしてガルチュア王――ガンベルノ三世は――


 ――死んだ。

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