S15話 転変
――それを応報と呼べばいいか。
いや、これは人にとって謂れのない……
――地獄であった。
――――――――――――
眩い光が収束していく。
白い光は一点に集まっていき、間もなくして消失した。
「こ、これは……!」
遺跡の入り口に転移した四人は早々に目の前の光景に瞠目した。
それはこの世にあるまじき光景。
おおよそ常識では空想できない地獄絵図。
彼らの目の前には魔物と思しき怪物たちが跋扈していた。
シロエ遺跡の入り口付近にあるテントには魔物が二匹。
魔物同士で互いを傷つけ合っていた。
自身の牙で、爪で相手の体を傷つけていた。
理性があるようには見えない。
それはまさしく獣だった。
遺跡から離れ、街へと足を向ける。
しかし、街も遺跡の周辺同様、魔物たちで埋め尽くされていた。
魔物たちによって街は支配された、と言っても過言ではない。
いや、それはもう魔物の方がこの街の住人とさえ言えた。
「おい、いたか?」
「いいや」
リゼルの声にロッセルは首を振る。
彼らは現在、手当たり次第に建物の扉を開いては、生存者がいないか確認していた。
しかし、結果は芳しくない。
どこにもいない。
誰もいない。
自分たち以外の人間は未だ一人も見ていない。
異常事態だ。
どういうことだ?
どの建物ももぬけの殻。
あんなに賑わっていた露店街も今や人の気配を一切感じられない状況である。
ここにいた人たちはどこに行った?
どこかに避難しているのか?
だとしたら……
「考えられるのは、あそこか」
ルクスがその場所へと視線を向ける。
ルクスの視線の先、それは……
――王城だった。
ルクスの声に三人が頷く。
そして彼らは目的地――王城へと急いだ。
――――――――――――
リスピィは絶望した。
手が震える。
喉が渇く。
焦点が合わない。
しかしその光景は変わらない。
どれほど視界が歪もうが、見たくないものは変わらない。
その事実は消えない。
これは天罰だろうか?
自分が何もしなかった罰なのだろうか?
「だってしょうがないじゃないかい……!」
未来を知っていようが、それを変えられないことを経験している。
運命力という名の抵抗力がどれほど絶対なのか。
たかだか人間の手でできることなど、些末なもので、未来を変えることなど出来ない。
「許しておくれ、許しておくれ……」
彼女の力は本物だ。
人間の器で、漠然でありながらも未来を知ることができるというのは類まれなる御業である。
僅かに選択肢を換え、世界線が違えばその力で世界に轟く宗教を確立させることも夢ではない。
しかし彼女はただの占い屋として身を置いた。
彼女にそこまでの欲はなく、強いて言えば、彼女の唯一の欲は……。
リスピィは手に握っていた写真を涙目で見つめた。
「ごめんよ、ごめんよ」
もう死ぬことだけを考えていた。
どうやったらあの子の元へ行けるのか。
少しでも善行を積み重ね、あの世に行くしかない。
けれど、こんな最後は……。
「これじゃあ、地獄に堕ちる……」
身体が震える。
小刻みに震える。
それは緊張? 焦り? 恐怖?
いや――違う。
そうして彼女はいなくなる。
この世界からリスピィという人間はいなくなる。
「ああ、これなら、少しでも希望を振り絞って……」
――足搔けばよかった……。
――――――――――――
王城に来た。
しかし、ルクスたちの期待とは裏腹に、王城にも人の気配はなかった。
誰もいない。
王城の周りには兵士の一人もおらず、王城の中には忙しなく働く官吏の姿も確認できない。
誰もいなかった。
どこにもいなかった。
「本当にどうなっているのかな!?」
ロッセルの叫びは尤もだ。
この場にいる四人、誰一人として理解できなかった。
「ロッセル魔力探知で……」
「もうやったよ! でも魔物の魔力が混じって分からない!」
エミリスの声に被さるようにロッセルが声を荒げる。
ロッセルの額には無数の汗が流れていた。
「まあ、落ち着け。慌てても仕方ない。今すべきことは……」
「生存者の確認。そして、現状理解」
リゼルの言葉にルクスが答えた。
その通り。
現時点、最優先で行うべきことは生存者の探索。
そして生存者ならば、今の状況が何かしらわかるかもしれない。
四人がシロエ遺跡にいる間に、地上で何があったのか。
この国で何が起きたのか。
ルクスの言葉に三人は頷く。
このパーティはルクス中心に動いている。
そもそもこのパーティの成り立ちは勇者ルクスのため。
しかし、それは単にパーティの経緯があってのことだけでもない。
三人はルクスを認めているのだ。
少々……いや、とても世間を知らない部分はあれど、彼の万象に対する嗅覚、絶対的な勘、そして……。
――圧倒的な力
彼は饒舌ではない。
話をすることもあまりない。
無口と言っても差し支えない。
正直者で余計な一言を言ってしまうこともあるが……。
だが、ここぞという時、彼は決定的な一言をいつも言う。
だから信じる。
三人は勇者を信じている。
いや――ルクスを信じている。
そうして彼らは王城中を隈なく確認していった。
あらゆる部屋の扉を開け、人が隠れられる場所は見落としなく探した。
しかし、その結果は……。
「誰もいないか」
魔物ならいる。
そこかしこにいた。
何体も斬り、屠った。
だが、人はいない。
どこにもいなかった。
そして、最後――
「あとはここだけですね」
エミリスの声に三人が固唾を飲む。
唯一探していない場所。
あとはここだけ。
――謁見の間
この王城に来て、彼らが最初に通された場所だ。
あとはここを探せば、終わりだ。
その終わりが果たして、良いものか……。
それとも――
謁見の間へは巨大な両扉を開けなければいけない。
荘厳な両扉である。
銀色に輝く扉の縁には色とりどりの丸い宝石が埋め込まれており、こんな状況でなければ感嘆とともに、その美しさにため息の一つでも吐いていただろう。
しかし、今はそんな余裕はない。
ルクスとリゼルがそれぞれ扉を押す。
少しずつ、少しずつ。
そしてロッセルがエミリスを背に、慎重に中の様子を確認した。
いつでも魔法が発動できるように、事前に五感を魔法で鋭敏にしている。
その反応速度は剣士であるルクスとリゼルに引けを取らない。
恐る恐る中を見渡す。
そして、その人物にすぐに気付いた。
「あなたは……」
ロッセルの声が幾分か和らいだ。
どうやら、その人物を見て安心したのだろう。
ロッセルの反応を見て、すぐさま三人も謁見の間を確認した。
そして、そこには――
「いや待て、あれは……」
ルクスがそれにすぐ気付いた。
ルクスの声に他三人も、それを視認する。
「これはお前がやったのか?」
ルクスの問いにその人物はいつもと同じ笑顔で頷いた。
「そうっすよ……いや、これも、もういいかな。……そうだよ、勇者さん。私がやったの」
ルクスはその人物に――そしてその人物の姿に目を見開いた。
謁見の間、奥――玉座に座る人物。
そこにはこの国の――姫がいた。
そして、何よりも姫の姿にルクスは驚いていた。
それはルクスの知る服装。
しかし、この異世界では不似合いな異端の恰好。
スカーフは落ち着きのある暗い赤の色。
袖は肘ほどの半袖。
爽やかな白に、スカーフの赤が良く映える。
黒のスカートは膝を隠し、ひらひらと揺れている。
実際に見たことはない。
しかし、ルクスはそれでも理解している。
その服装はこの異世界には存在しない。
自分の元の世界に存在した服装。
彼女はいわゆるセーラー服を身に纏っていた。
「お前、何者だ?」
ルクスはより一層の注意を向けて、問い掛けた。
そんなルクスに姫は不敵な微笑を返した。
「それはこっちのセリフ。あなたこそ何者?」
姫は微笑を引っ込め、無表情でルクスに首を傾げる。
――――――――――――
その異変にガンベルノは誰よりも先に気付いた。
王族には特殊な魔法が存在する。
その魔法の一つに国の危機と判断した場合にのみ、対象者――王族に警鐘を鳴らすものがある。
そして、今現在、古国ガルチュアの王、ガンベルノ三世はその魔法の影響を受けていた。
つまり、その耳にはけたたましい警鐘が鳴り響いていた。
不安を煽るような音だ。
心根を激しく叩きつけるような音だ。
その音の影響でガンベルノは突如として顔中から汗を吹き出させた。
焦燥に駆られる。
不安が押し寄せてくる。
その初めての体験にガンベルノは一気に精神を磨耗させた。
それもそのはず。
この魔法が発動すること自体、驚きなのだ。
半分冗談のように語り継がれてきた魔法。
先代も先々代もついぞこの魔法の発動を待たずに崩御した。
つまり、この国の王族として初めての体験をしているのだ。
そしてその意味するところも十分理解しているからこそ、ガンベルノは焦っている。
この魔法が発動したということは、それほどの国の危機と判断されたのだ。
その危機のレベルというのが――崩壊。
国の崩壊が予想される危機、それが発生したと判断された場合のみ、この緊急警鐘は鳴り響く。
ガンベルノには信じられなかった。
先程まで穏やかな一日として過ごしていたはずが、一瞬にして国の崩壊などと信じられるはずがない。
しかし、彼の耳には未だにその警鐘が鳴り響く。
ガンベルノは焦燥感を押し殺しながら、近くにいた宰相に声を掛けた。
今、起きたこと。
そしてこれから起きるであろう最悪を。
といっても具体的に何が起きるかは分からない。
ただ危機を知らせる魔法であって、つまりほぼ無意味に近い魔法である。
ただただ不安を煽らせる魔法。
しかし、この魔法もそもそも、意味があって作られた訳ではない。
本当にもしも、そんなことがあった場合、誰よりも国王がそれを知るべきという、先々代の馬鹿みたいな道理から生まれたものである。
「どうするか、宰相。どうやら国の危機であることは間違いなさそうだが」
「その原因ですか。まず考えられるのは消失している王獣によるものですが……」
しかし、だとしたら矛盾が生じる。
以前、王獣が出現した時、ガンベルノの魔法は発動していない。
だとすれば、王獣が国の崩壊の原因であるとは判断されていない。
直接は関係していないのだろう。
しかし、全くもって無関係という訳でもなさそうだ。
でなければ、他に考え得る原因があるというのか?
否、ない。
しかし直接的な関係がないとしたら、真の原因はなんだ?
王獣以上に厄介なことか?
そんなものあるというのか?
「王よ、取り敢えず、謁見の間に行きましょう。あの場なら王の力も――」
「うむ、そうだな。玉座にてこの国の異変を探るか」
そして彼らは急いで謁見の間へと移動した。
しかし、そこには先客がいた。
「けっこー、早い到着! 驚いちゃった、もう真実に気付いた? いや……そっか、この場所か!」
玉座に座るのはこの国の姫と呼ばれる者。
いや、正確に言えばこの国に姫はいない。
そう、いなかったのだ。
彼女は一時的にこの国の姫として扱われている。
彼女を人目に晒さず、隠すことも検討されていたが、当人たっての希望で姫として行動させている。
多少の自由は与えるべき。
変に監禁して、自らの命を絶たれても困る。
ガンベルノたちにとって彼女は必要なものだった。
彼女がいたからこそ、希望が見えたのだ。
しかし、そんな彼女が玉座にふんぞり返っている。
足を組んで、不敵にこちらを微笑んでいる。
服装は最初に出会った時のものを着ている。
ドレスではなく、よく分からない服装。
しかし自然とその格好はしっくりきていた。
彼女にはそれしかないように思えた。
そんな服装だった。
「この場所? 何をしている、おぬし?」
「何って座ってるのよ、良い椅子に」
「玉座は王以外に座るところではない。その意味が分かるか?」
「分かるよ。分かった上で座ってんの」
ガンベルノは彼女の不遜な態度に腹を立てることはせず、ただじっと、様子を窺っていた。
彼女の目的、彼女がなぜここにいるのか?
「あんたらはさぁ、私を利用してんでしょ? なんか理由を付けて、私をこの世界に呼んだことにしてたけど、結局、私の力が目的なんでしょ?」
ガンベルノは彼女を見据える。
彼女――そう言えば、彼女の名は……。
「利用しようなどとは、そんなこと!」
宰相が弁明する。
乾いた笑顔で声を上げる。
しかし彼女はそんな彼に表情を変えず、見据えるだけ。
「神の使役。あんたら、私の魔術を知ってるよね?」
「それは……」
宰相が押し黙る。
彼女は口を噤む宰相を他所に口を開く。
そして饒舌に話し始める。
「あんたらは私を他の世界から呼び寄せた。うん、召喚させた。その具体的方法は知らないけど、どうにかこうにか、私を呼んだわけ。で、なんで私をこの世界に召喚したのか? 最初はあんたらにこの世界を守るとかなんとか言われて、素直に信じてたけど……いや、ごめん。これぽっちも信じてなかったわ。最初から疑わしかった。ていうか、それは私がそういうふうに育てられたのが原因……。ううん、それは今関係なくて、つまり私はどうしてこの世界に呼ばれたのか考えたんだよ。その時、聞いたのが、王獣の話だった」
そこで一旦、彼女は息を整えた。
「王獣を支配したい。使役したい。飼い慣らしたい。つまり、あんたらの目的はそれだ! 私はそう考えた。そして、そこから逆説的にあんたらは私の魔術を知っていることになる。どういう訳か。まあ、そこも具体的には分かんないけど、でも私は確信してる」
「ゴホンッ、失礼、よろしいですか?」
宰相は咳払いをして彼女の言葉を止めた。
「先ほどから聞いていれば、どれも証拠に欠ける憶測ばかり。結局、あなたのいう結論には裏付けがない」
「だから?」
「だから……? いえ、ですから、そんな曖昧な理由で私たちを疑わないで欲しい、と」
「私の言ってることは間違ってるの?」
「はい」
「ふーん」
彼女は目を細めて、玉座から宰相を見下した。
何もかも見通していると言わんばかりのその視線。
結論から言えば、彼女の言い分は正しかった。
彼らの目的は彼女の力を使った王獣の制御。
そう、彼女の魔法が必要だったのだ。
召喚魔法を使用した場合、召喚者は召喚した対象に様々な制約を加えることができる。
その制約の数が多ければ多いほど、また召喚対象を縛れば縛るほど、対象の力は削がれる。
つまり、召喚魔法においてこの制約のバランスというものがとても重要であり、召喚魔法の研究においてはこの制約による影響を研究する者も少なくない。
そして、彼女に対しては一つの制約しか交わしていない。
それが召喚対象の能力を知ることができるというもの。
変に制約を増やし、目的の能力が失われては困る。
その結果、ガンベルノたちは彼女に対して、その制約だけを縛りとした。
そもそもこの制約だけが重要だった。
彼らはその能力があるかないか、それだけにしか興味がなかったのだ。
無い者に対しては生きてもらっても困る。
その場で処分すれば良いだけ。
いちいち魔力を使って制約を増やす理由を彼らは見出せなかった。
彼らは楽観的だったのだ。
その結果、彼らの前に彼女は立ちはだかった。
「それがどうしたというのか?」
彼女と宰相の言い合いを聞いていたガンベルノは至って真剣な面持ちで首を傾げた。
「あんたには後ろめたさとか無いの?」
「後ろめたい? 何がだ? もしお前の言うことが正しいとして、それのどこに問題があると言うのだ?」
「あんたらが勝手に召喚したんだよねぇ? 責任とかは感じないわけ?」
「責任? 感じているとも、だからこそ有益にお前を使わなければ」
「ふーん、そういう感じ」
彼女は玉座から身体を離し、その場に立った。
そしてゆっくりとガンベルノたちの方へと歩いていく。
「何をする気だ? まさか力づくか?」
「うん、その通り。もう、あんたらと話してても意味ないかなぁ、と思って」
「うむ、それに関しては同意見だ。どちらにしろおぬしを叩き潰せば、全て解決するのだろう? 国の危機、原因はおぬしか?」
「国の危機? ああ、確かにこの国はぶっ潰す予定だけど、なんだ、やっぱりバレてたんだ」
「やはりか。おぬしが原因か。ならば……行くぞ!」
ガンベルノは後ろに控える宰相に声を掛ける。
宰相はガンベルノの声に「はい!」と声高く返事した。
そんな二人に彼女は薄ら笑いを浮かべ、口を開く。
「んだよ。二人がかりかよ。情けな」
彼女の名は――キミシマ ユウキ。
彼女はこの世界とは違う世界からやって来た異世界人。




