S14話 黎明
明けぬ夜はない。
黎明とは光とともに語られる。
それもそのはずだ。
夜明けを、光なしで語ることなど不可能に近い。
だが、――とピオネロは思う。
黎明とは暗闇があって初めて存在できるものではないか、と。
つまり――
初めに暗闇があって、その後、光とは生まれるのではないか。
暗闇とは始まりなのだ。
逆説的に、暗闇がなければ何も始まらない。
何も生まれない。
何も起きないのだ。
しかして、人は光にばかり目を奪われる。
輝きばかりに称賛を送る。
全く見当違いだ。
全く思慮に欠けている。
これだから、人間とは愚かな生き物だと謗られるのだ。
何故もまあ、そうやって間違い続けるのか。
飽きてきたよ、その愚鈍な歩みに。
劣悪な好奇心に。
不愉快な協調性に。
「君たちの輝きではこの暗闇は照らせない」
ピオネロはルクスとエミリスに向け、滔々と告げる。
彼は栄光と言うものに価値を見出さない。
光臨を期待しない。
光の権化である天使も神も崇めるならば、暗闇を愛すことも当然の理のはずだ。
それを人間は全く――分かっていない。
「輝き? なんだそれは? 俺はただ楽しいから、今を斬る。それだけだ!」
ルクスは顔色一つ変えずに、真剣なまなざしでピオネロを見つめる。
彼にとって、理屈など、どうでもいい。
今生きることが全てなのだ。
思想も哲学も、生死を賭ける極限状態の今この時には、何の価値もない。
そういうものだ。
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
ルクスの顔は嬉々としていた。
最高だった。
胸が躍る。
血が沸き立つ。
これを高揚感と呼ぶのだろうか。
「ああ、楽しくなってきた!」
彼に縛りはない。
社会性という重荷はない。
今を楽しむだけ。
それだけが彼の信念だった。
いや、それを信念と言えば、他に覚悟を持って宿命を成す者たちに失礼だろう。
彼に覚悟などない。
彼に信念などない。
彼に流儀などない。
空っぽだ。
しかし、空虚とも違う。
その空は無限という意味なのだろう。
何色にでもなれる。
何者にもなれる。
空っぽとは突き詰めれば、全と考えることもできる。
それを体現するのがルクスだ。
だからこそ、彼は勇者として選定された。
それは偶然ではなく、必然であった。
この世界に必要だったのだ。
いくら幼稚でも、成熟せずとも、成長途中でも、彼の根底にある――いや、何もない――それこそが彼が勇者足らんとする証明である。
それが彼の美点であり、欠点でもあるが――総じて、恐ろしさに繋がる。
感じれば分かるだろう。
彼の恐怖が、脅威が――
圧倒的な武力や暴力が人を恐怖させるのではなく――
圧倒的な知力や策謀が人を混乱させるのではなく――
人が恐怖する理由は宇宙的な、もっと根源的なところにある。
つまりは――未知だ。
分からない、ということほど知的生命体を困惑させ、動揺させるものはない。
それこそが感情を揺り動かす最大のファクターであり、最恐のファクターである。
彼を見よ。
彼を感じよ。
そこに何を見出す?
そこに何を感じた?
ああ、何もない。
空っぽだ。
だからこそ――人は恐怖する。
何もないとは、側から見れば何も理解できないに等しい。
人間とは理解できないものに好奇心とともに、恐れを抱く。
その感情の割合に多少の差異はあれど、恐怖は必ずそこに沈殿している。
ルクス=リヴァルサンとはそういう存在だ。
勇者とはそういうものなのだ。
決して、善行をなす存在ではなく、笑顔を振りまく存在でもなく、勇敢に悪を討ち滅ぼす存在なんかでは、まったくない。
「神龍も面白いことをしますね。こんな存在を人間側に作るとは。今まで保っていた均衡が崩れるのではないですか? いや、エースではなく、ジョーカーに頼らなければいけないほどの状況ということですね」
ピオネロの声はルクスたちには届かない。
彼の呟きはただ、自分に尋ねるように声に出しただけ。
そもそも、相手に伝えようなどとは考えていない。
「何か言ったか?」
ルクスの問いにピオネロは首を振る。
「何も」
「そうか。なら、戦いの続きをしようか!」
ルクスの満面の笑顔は暗闇を一瞬、照らす。
そんな風に錯覚するほど彼の表情はこの場に不似合いだった。
自分の置かれている状況を分かっているのだろうか?
いや、分かっているはずもなく、彼はただ純粋にその今を楽しんでいる。
それ以外はない。
「龍・転」
その剣技は剣のみで次元に干渉する。
龍玄流『龍・顎』もまた同じく次元干渉を可能とする。
そもそも剣でそのような芸当、できるのがおかしい。
魔法の領域、いや、魔法でさえ次元干渉は秘奥の術だ。
おいそれと誰でも出来る訳ではない。
まだ魔法ならば理解に苦しむことはない。
次元の歪みには魔力が微かに影響している。
その魔力を操作できれば、理屈として納得できる。
しかし、それが剣だった場合。
理屈がまったくとして理解できないのである。
剣とはなんだ?
ただの金属の塊ではないのか?
人を傷つけるための道具ではないのか?
それ以上でもそれ以下でもなく、ただの道具ではないのか?
そこに特別な意味はなく、特別な価値などありはしない。
だが、それを特別だと、掛け替えない価値だと信じた者たちがいた。
それが剣士。
まったく馬鹿らしい。
と、卑下することはできない。
愚直なまでのその剣への信仰が次元を斬り、そして宇宙さえも斬らんとしているのだ。
そんな彼らをただの阿呆だとは言えない。
そんな軽口、言えるわけがない。
彼らはこの世界で一つの地位を築いたのだ。
一つの信奉心を芽吹かせたのだ。
剣とはなんだ?
その答えは未だ解き明かされていない。
それも当然だ。
剣に果てはない。
剣もまた深淵の底は皆目見えない。
「これは」
ピオネロの身体が宙を浮き、地面に頭を向けていた。
それは突然に、何の前触れもなく、彼は逆さまの状態になっていた。
そして重力という名の自然法則は彼を襲う。
つまり、落下である。
高く宙空に放り出されたピオネロは勢いよく地面に向かって落下した。
人は空中では無力である。
ただ重力に逆らえずに、地面に落ちるのみ。
正確に言えば、惑星の中心に向かっているわけだが。
さて、この世界は星なのだろうか。
それとも永遠に続く地平線?
重力というものが存在しているのだから、ここは地球のような星と考えてもいいだろう。
そもそも宇宙という概念がある時点で、ルクスの元の世界に通ずるところは多分に存在する。
宇宙における人間も同じことが言える。
宇宙に放り出された人間も無力だ。
呼吸することが可能だとしても、宇宙に浮遊し続ける人間はそれだけで塵と大差ない。
今、ピオネロは無力だ。
何もできずに、何もすること叶わず、落ちる。
そんな無防備な相手を見過ごすルクスではない。
今のピオネロは格好の的、同然である。
ルクスの剣が煌めく。
その煌めきは星々を思い出す。
夜空に輝く星々よ。
光を見せる星々よ。
その光はまやかしか、それとも本当の輝きなのか。
しかして、剣は真に煌めく。
真に輝く。
真に耀う。
千転せよ。
龍蓮、龍美、龍蘭、龍龍。
賛辞せしはその大いなる神秘である。
秘奥の奏は音の調を連想し、母神は夢にも思わず。
さあ、破約せし世界からの逸脱を。
世界からの超越を。
《龍剣、ルクス=リヴァルサンを承認》
その声はルクスの剣の煌めきを、より一層輝かせる。
星の如く、その光は夜を照らす。
いや、夜を成立させる。
「いくぞ」
声とともに、その剣技は生まれる。
――『龍・暾』
龍玄流の中でも、より超常的と称されるその剣技は、光よりも前に生まれ、誰も見ぬ世界を具現する。
閃光がピオネロの視界を支配する。
何も見えない。
いや、――眩い光だけが目の前に広がる。
光しかない。
それは暗闇よりも恐怖を覚える。
視界の消失――
同じ結果でさえ、ここまで感じる恐怖に差異がある。
輝き――
それは希望と表裏一体に絶望が垣間見える。
「これは、確かに……素晴らしい」
しかし、そんな状況下でさえ、ピオネロは焦燥を感じない。
恐怖など微塵も感じない。
彼はただいつものように微笑するだけ。
落下する。
光が身体を襲う。
絶体絶命。
だが――
「絡新婦の糸」
蜘蛛の巣が突如、ピオネロが落下する空間に現れる。
頭を上に向け、態勢を変える。
そのまま、『絡新婦の糸』を踏み台にし、跳躍する。
「流石に、この斬撃はいけませんね」
ピオネロはルクスに指を向け、魔法を発動する。
「檻」
光の檻がルクスを捕らえる。
そして、一気に縮小し、小さな点へと……。
――ならなかった。
ルクスは斬撃を四方八方に放ち、ピオネロの『檻』を食い止めていた。
そして、躱したと思っていた光の集合剣技、『龍・暾』もピオネロを追いかけて、急接近していた。
「これは……」
そこで初めて、ピオネロの瞳に驚きの色が見えた。
その斬撃は意志を持ったように、敵を捕らえるまで追跡する。
光の放流はピオネロに向かって、凄まじい速度で迫ってきていた。
流石のピオネロも、避け続ることは叶わない。
ピオネロはすかさず自身に『檻』を展開させ、身を守った。
「おや、これでも、まだ……」
しかし、展開した『檻』に亀裂が生まれた。
光の放流は『檻』を破壊せんと、その圧倒的な暴力を振りかざす。
ピオネロは『檻』の外側からもう一つの魔法を展開する。
「複合入子構造」
いくつもの黒い箱が次々に『檻』を覆い隠していく。
何重にも守られたピオネロは、それでようやくルクスの光の斬撃を防いだ。
しかし、その損傷は激しく、何重に守った黒い箱はその全てを破壊され、残されたのは最初に展開していた『檻』だけだった。
「まさか、これほどとは」
その攻撃はピオネロにとって予想外のものだった。
しかし、そこには、やはり恐怖はない。
驚きが恐怖に転ずることはなかった。
彼にとって、その驚きは好奇心へと昇華されてしまう。
「素晴らしい! もっと見せてください。君の全てを!」
彼を怯えさせることなど不可能。
怯えや恐怖という感情は彼と最もかけ離れた位置に存在する。
ピオネロ・タイムリット・ズーハーとはそういう生き物だ。
分かるだろうか?
理解できるだろうか?
それは、未知との遭遇である。
見たことのない生物との遭遇である。
「はははっ! すごいじゃないか! お前、本当に何者だ?」
「おやおや、あなたも存外、人間を辞めていますね。その精神、理解に苦しみます」
「お前も大概だぞ? 俺の方が理解できないな。お前の頭の中はどうなってるんだ? お前に感情はあるのか?」
ルクスの質問にピオネロは微笑む。
「感情はありますよ。ただ、不要なものは切り捨てるのが効率的、人間的だとは思いませんか?」
「不要なものか。確かに理想はそうあるべきだな。だけど、本当の人間なら、その不要なものを簡単に切り離せないから苦しむんじゃないか?」
「なるほど」
ピオネロはルクスの発言に押し黙った。
反論は可能だ。
だが、実際には反論しなかった。
「そろそろ、終わりにしましょうか。これ以上、続けても意味がありません」
「ん? いきなり、どうした? もっと戦おう!」
「おやおや、血の気があるのは結構ですが、君にはお仲間もいらっしゃるでしょう。私に掛かりつけで、良いんですかね?」
そう言って、ピオネロは空間全体に『黒糸』を張り巡らせた。
それは一瞬の出来事。
次の瞬間には『黒糸』の世界がそこに広がっていた。
「大詰めですね」
もう良いのだ。
時は満ちた。
さて、ここで。
「これは」
ルクスは剣で『黒糸』を切断しようとし、その違和感に気づく。
剣が悲鳴をあげる。
龍剣と称される、世界最高峰とも名高い剣が、その糸の切断に躊躇っていた。
「やっぱり普通の糸じゃないのか」
それも先程までの『黒糸』よりも数段、硬化させている。
並の剣では切断しようとして、逆に切断されてしまう始末である。
「では、いきましょうか」
その呟きとともに、ピオネロが糸地獄を流麗な動きで避けていき、ルクスに接近してきた。
その速さは尋常ならざる、としか言えない圧巻の速度だった。
無駄な動きがない。
効率化を主目的に、辿り着いた先とでも言うように。
だが、それで焦るルクスではなかった。
いや、焦りなど置き去りにして、今のルクスはこの状況を最高に楽しんでいた。
嬉しくて、感動して、幸せで、喜びだった。
その感情は幸福を詰め込んだおもちゃ箱のようだった。
それ程にルクスの心を躍らせる。
身体を動かすとは、こんなにも楽しいことなのか。
生きるとは、こんなにも、楽しいことなのか。
「来い!」
笑みを浮かべながら、ルクスはピオネロに対峙する。
そこに恐れはなく、喜びだけが存在する。
ピオネロの接近にルクスは動けない。
張り巡らされた『黒糸』によって、身動きが許されないのだ。
ならば無理矢理に剣で斬ればいい。
だが、斬れない。
硬いだけではない。
その弾性によって、斬り難くなっている。
しかし、ルクスは笑う。
危機的状況だというのに、ルクスに恐怖はない。
焦りはない。
喜びを胸に。
ルクスは剣を掲げる。
その構えは聖典流か、それとも龍玄流か。
力で押し切るつもりのようだ。
相手からこちらに近づいてくるのだ。
無理にこの場から抜け出す必要はない。
力を溜め、近づいたところを放出させればいい。
それだけのことだ。
至ってシンプル。
ピオネロの右手が黒く、禍々しく、闇とともに揺らめいた。
彼の右手に魔力が収束する。
その魔法は生物を絶命させる。
とある暗殺集団がいた。
その集団は北方にある辺境の国に代々仕えており、影から国を支えていた。
いや、実質、暗殺集団によって国は存続していたと言っても過言ではない。
その国の王家は正直に言って凡庸だった。
特別な才覚はなく、欲もなかった。
ただただ、普通の一言に尽きる、平々凡々な者たちであった。
しかし、だからこそ、自身らの危うい立場も理解していたのだろう。
隣国には戦で名をはせる武将を要する軍事国家、その他に政治的策謀に長けた公国などが隣接していた。
いつ攻められてもおかしくない。
だが、結果として隣国に攻められることはなかった。
それは何故か?
どの文献にもそれは記されていない。
だが、興味深い噂、というか昔話が存在する。
それは子どもを寝付かせる時に使われるようなお話。
――怖い怖い影の人々
彼らは不思議な力を有する。
悪い子を狙って、様々な絶望を……。
泣くよりも怖いことが、そこにはあるんだよ……?
ピオネロは昔、そんな暗殺集団に所属していたことがあった。
ただの気まぐれ、好奇心だったのだが――
いや、これはまた別の機会に、相応しい時に話すべきだ。
しかし、その集団に入ってピオネロは価値観を僅かに変化させた。
人間を多少は評価してもいいかもしれない、と。
それ程にその集団の人間たちは――狂っていた。
人とは一つのことに心血を注ぐと、これほどまでに凄いことになるのか。
ピオネロは単純に驚いた。
そして評価した。
この魔法はそんな暗殺集団で受け継がれし秘奥の術。
対象の身体の一部に触れるだけで、心臓を停止させる。
対人間においては絶対的な暗殺術。
――『雪墨/心』
「見せてください、あなたの力を! あなたの脅威を!」
向かってくるピオネロに対し、ルクスは静かに剣身を下げ、龍玄流『――』の構えを見せた。
「見せてやるよ! とっておきだ! お前にはとっておきを見せてやる!」
まだまだ戦い続けたい。
本気で剣を振り続けたい。
この喜びを、幸せを、平和を味わいたい。
しかし、それもここまで。
終わらせよう。
最後は、一番最高の技で――
宇宙の顕現。
至れ、至れ、至れ。
剣帝が目指した地点。
この星では窮屈だ。
今行くぞ。
祝福を!
贅の限りを尽くした、この――夜空を!
《承認。表出過程を削除……。龍の名において、剣帝との盟約を履行します》
踊る、踊る、踊る。
星は踊る。
ここは夜空の舞踏会。
剣を振る。
一線――
剣を振るった先、そこから銀河が広がった。
目を奪われる光景。
眩い景色。
見惚れる世界。
「こ、これは……!」
ピオネロの右手はルクスの身体に触れること叶わず。
ルクスの剣技を食らったその瞬間、ピオネロの動きは止まった。
いや、動けるはずがない。
ピオネロの身体半分、胸から下が――無くなっていた。
「素晴らしい……」
ピオネロの上半身は血だらけのまま地面に付した。
痙攣する。
ピクピクと、最後の命の灯が揺らめくように、身体が震えている。
「言い残すことは?」
ピオネロの『黒糸』が解除され、自由に動けるようになった。
ルクスはピオネロの元へ歩き、言葉をかけた。
「言い残す……? 何を残すというのですか? まだまだこれから! これから面白くなるのですよ!」
「そうか……。残念だ。もっと楽しみたかった。けど、お前は俺より弱い。だから、ここで終わりだ」
「おやおや……! まだ、これからと言って――」
ルクスはピオネロの言葉を最後まで聞かずに、首を刎ねた。
切断した首の表面からは綺麗な鮮血がダラダラと溢れてくる。
そこでピオネロ・タイムリット・ズーハーの身体は完全に停止した。
「……ルクス様!」
その声にルクスは振り返る。
「ああ、エミリスか。お疲れ様」
「いえ、私はほとんど何も……」
「いやいや、お前がいてくれて助かった」
「そうですか……?」
嘘だ、とエミリスは胸の内で呟いた。
後半、自分は何も出来なかった。
ルクスとピオネロ、二人の間に一切として手も足も出せなかったのだ。
次元が違った。
これが、戦い?
こんな戦いを見せられて、自信を持てる常人がこの世にいるはずがない。
そうだ、自分は……。
(私は……常人なんだ)
目には浮かべない。
決して浮かべる訳にはいかない。
その涙は心の底に沈めた。
「おーい」
突然、暗闇の先から声が聞こえた。
この声は……ロッセルである。
「おう、お前たちも片付けてきたのか?」
「ああ、どうやらそっちもだね」
「ちょうどな」
ロッセルの後ろからリゼルも顔を見せた。
二人ともボロボロの身体である。
どうやら相当激しい戦いだったのだろう。
しかし、なんにせよ、終わったのだ。
「で、結局、王獣消失の事件の黒幕は発掘隊だったのか?」
リゼルの問いにルクスが「あっ!」と口を開けた。
額に手を当て「しまった」という表情をしている。
「その顔、口を割らせる前に殺したな?」
「そういえば、そんな理由でここに来たんだっけか?」
「はあー」
リゼルはため息を吐いて、首を振った。
こういうとき、いつもルクスとともに怒られるリゼルが今は叱る立場に立っていた。
どうにも新鮮だな、とエミリスは思った。
しかし、リゼルはそんなエミリスにも視線を移し、口を開いた。
「エミリス、お前がいたのに、どうしたんだよ」
「それは……」
エミリスは先程の戦いを思い返していた。
そしてすぐに目を伏せた。
「思ったよりも強敵でして、私が声を掛けられる状況ではなかったんです」
「……そうか、まあ、こっちも強かったしな。副隊長であれだ、隊長は相当強かったんだろ」
リゼルは首を縦に振って納得したようだった。
「それにしても、これからどうする? 一旦、遺跡から出るか、それともこの先を進むか」
ロッセルの問いにエミリスは眉間を狭めた。
どうやら、この先も遺跡は続いているようだ。
果たして、この先に消えた王獣がいるのか。
可能性は高そうだが、本当にいるかは保証できない。
仲間たちの疲弊も鑑みれば、一度、立て直してから遺跡を攻略するのがいいだろう。
「うん、そうですね。ここは一度遺跡から出て――」
その時――
エミリスがこれからの方針を口に出した途中で、異変が起きた。
「なんだ、これは!?」
リゼルの声とともに他の者たちも同様の反応を見せる。
地面が揺れている。
いや、遺跡全体が揺れている。
「これは、やばいな」
ロッセルは暗闇に包まれた遺跡内を『暗視』で見渡し、遺跡が崩れかかっていることを確認した。
「エミリス!」
「はい! ロッセル頼めますか?」
「もう準備してる!」
ロッセルは自分を含め四人が収まるように、白い棒――チョークで地面に円を描き、その中心に手を翳した。
ただの白い円だった内側に様々な文様が浮かび上がる。
いわゆる魔法陣である。
「ポイントは遺跡入り口。転移後も油断しないでくれよ」
「分かっています!」
「それじゃあ、行こうか!」
ロセッルはそれぞれ三人に視線を巡らせ、頷いた。
そして次の瞬間、魔法陣の内側は白い光に包まれ――
――四人は転移した。




