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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
古国 ガルチュア編
45/57

S13話 浮舟

「この辺でいいですかね」


 先程の通路よりも開けた場所に来ると、ピオネロは立ち止まった。

 それと同時に追いかけてきたルクスが間髪入れずに、斬り込む。


「おやおや、せっかちですね」


 しかし、その剣を軽々と手の甲で弾き、微笑むピオネロ。

 

「何者なんだ、お前は?」

「何者? 君には自己紹介がまだでしたか。私はピオネロ・タイムリット・ズーハ―。以後お見知りおきを」

「そういうことじゃない!」


 そう言って、ルクスは剣を振り続ける。

 しかし、ピオネロはそのことごとくを手の甲で弾き続けた。

 虫でも払うように、その仕草は何でもない、とでも言いたげに。


「神龍のこと、どこで聞いた?」

「あなたこそ、どちらでその言葉を聞いたのですかね?」

「俺を試したのか?」

「おや、心当たりが?」

「このっ!」


 龍玄流の一つ、『(リュウ)(アギト)』を放つ。

 上下同時の斬撃。

 一種の次元屈折現象。

 だが、ピオネロはそれを両手で止めた。


「何⁉」


 目を見開くルクス。

 今までも斬撃を止められたことはあった。

 だが、それは同じく斬撃や魔法での相殺だった。

 目の前の相手はそのどれとも違う方法で、ルクスの斬撃を止めた。

 

 斬撃に掌を見せる形で、そのまま霧散させたのだ。

 特別なことはしていない。

 その手は魔力すら帯びていない。

 ただの変哲のない手が、超常的とさえ称される龍玄流の剣技を破った。


「何をした?」


 その疑問は当然だ。

 しかし、結果は至極単純。

 斬撃に手を当てただけ。

 それだけ。


「話しませんか? そちらの方がよっぽど人間的だ」

「いや、話はお前を捕らえてからにする。そっちの方がよっぽど確実だ」

「なるほど」


 笑顔で頷くピオネロを見て、ルクスは地面に唾を飛ばし、眉間を狭める。


「余裕そうだな」

「そうですか? だとしたら、あなたが不安なだけですよ」

「そうか……その減らず口、今、塞いでやる」


 駆ける。

 地面を蹴り、一気にピオネロとの距離を詰める。

 そして近距離で、寸分の狂いなくピオネロの首を狙った。


 だが――止められる。


 その手は易々(やすやす)とルクスの剣を止める。

 彼の手は特別でも何でもない。

 何か細工がある訳でもない。

 では、どういうことか?


「それは、ごく明快に実力差、と言うんですよ」


 微笑む。

 彼は微笑み続ける。

 それ以外の表情はないのか。

 どちらにせよ――不気味だ。


「絡繰りがあるはずだ」

「いえ、ありませんよ。私はこの手に魔力を込めていない。そして、これは武術とも違う」


 見れば分かる。

 ルクスも気付いている。

 彼は何も小細工はしていないと。

 

 だからこそ否定したい。

 否定しなければ自分の力――神龍の力――が否定されるようで、嫌だった。


 自分に新たな人生を歩ませてくれた恩人。

 やり直すチャンスをくれた救世主。


 灰色だった彼の前世。

 死ぬのを待つだけだった毎日。


 今は比べようもなく幸せだ。

 だからこそ、この事実を受け入れてはいけない。

 今の自分を肯定しなければいけない。

 

 でなければ、いけない。

 そうでなければ、いけない。


 宿命?

 違う。

 願望?

 違う。


 これはもっと幼稚な思想だ。

 彼はそこまで大人じゃない。

 ルクス=リヴァルサンという人間は、幾ら前世を否定しようと、その真実は彼にべっとりと張り付いているのである。

 

 それ程に彼の前世は、彼の人間性を形成していた。

 彼の前提はそこにある。

 いや、そこにしかない。


「…………」

 

 嫌なのだ。

 否定されるのは、首を振られるのは――嫌なのだ。


 ピオネロ――この存在もいけない。

 今まで相対したことのない相手だ。

 それはルクスの心を(ざわ)つかせる。

 

 大人を思い出す。

 理不尽な現実を告げる大人。

 大人に良い思い出はない。

 大人はいつだって、子供の世界など無視して、その世界を踏み(にじ)る。


「くそが!」


 普段、感情を表に出さないルクスには珍しく、怒りの感情が表出していた。

 何故だ?

 何故こんなにも心が騒つくのか?


「おやおや、剣に精錬さが欠けていますね。取り乱しているのですか? さて、何に?」


 しかし、ルクスとは相反して、ピオネロに焦燥はない。

 怒りも悲しみもない。

 彼にあるのは興味と探究心。

 すなわち、それ以外は無価値というより、考えられない。

 単にストレスから生じる感情が湧かないのだ。


 彼はただ進むだけ。

 立ち止まることはない。


 後悔も嫉妬も、自分を卑下することも、他人を見下すこともしない。

 彼は常に平然と目的のために行動する。

 それが、生きとし生きる者の務めであるかのように。


 強迫観念でもない。

 運命でも、まして宿命などではない。


 それは――当然なのだ。


 当然であって、ごく当たり前であって、至極、普遍的である。

 そこに疑問の余地はなく、前に進むだけ。

 

 英知とは進化の結果であり、過程である。

 つまり、前に進み続けなければいけない。

 探究とは――追究とは、すなわち、その極致にある。

 

 ピオネロは不思議に思う。

 何故、人とは怠慢を覚えるのだろうか。

 何故、慢心を覚えてしまうのか。

 何故、停滞を選んでしまうのか。

 

 不思議でならない。

 そんな者たちを、果たして本当に()()と呼べるのだろうか?


 人間とは何だ?

 進化を拒絶し、安寧と言う名の堕落を(むさぼ)り、それでいて、他種族は否定する。

 その上で、この世界を我が物のように支配している。


 人間に価値などあるのか?

 人間に生きる意味があるのか?

 この世界のために、人間は必要なのか?


 首を振る。

 いや、いらない。

 必要ない。

 そもそも、いてもらっては困る。


「そうは思いませんか……勇者、ルクス=リヴァルサン」


 相手には聞こえない声で呟く。

 その問いに答えなど、必要としていない。

 とうに答えは、決まっている。

 

聖なる壁(プロテクション)!」


 その声は突然、発せられた。

 暗闇の奥から、駆け足で近づく音が聞こえる。

 どうやら、二人の後を追ってきたエミリスがようやく合流したらしい。


 エミリスの『聖なる壁(プロテクション)』はピオネロを囲うように、地面を抜いて五面に展開された。

 ピオネロは拳を握り、『聖なる壁(プロテクション)』を殴打する。

 しかし、ビクともしない。

 いや、というより手ごたえが、全くない。


「随分と概念強度があるようですね。しかし、これでは私を閉じ込めるだけ。その先はどうしますか?」

「このまま閉じ込めたままの方が、こちらにとっては好都合です」

「おやおや、そうですか。ですが、それは私がこの壁を破れない前提の話。まさか、本当に私を閉じ込めたとは思っていませんね?」


 ピオネロの手が光り始めた。

 その光は暗闇に支配される遺跡内においては、一際、目立った。

 眩い光が『聖なる壁(プロテクション)』の中で輝く。


「閉じ込めたのは称賛します。しかし、閉じ込めて、次の瞬間には、私をどうにかするべきでした」


 そう言って、微笑むピオネロ。

 そして、光り輝く手を『聖なる壁(プロテクション)』に押し当てようとした――瞬間。


空斬(ウルス)


 それは、上段からの一太刀。

 高く掲げられた剣は一瞬の速度をもって、振り下ろされ、凄まじい斬撃を生み出す。

 

 次元断層を切り刻み、集束された宇宙の(ともしび)は最強の斬撃を現世に顕現させた。

 それこそは銀河への憧れ、剣の頂への茫洋たる夢。


 ルクスが放った『空斬(ウルス)』は『聖なる壁(プロテクション)』を破って、ピオネロを襲った。

 エミリスの『聖なる壁(プロテクション)』が破れてから、『空斬(ウルス)』がピオネロのいた場所に放たれるまで、およそ0.3秒。

 逃れることは叶わない。


 斬撃の光が収まっていく。

 夜空の一片が消えていく。


 土煙が晴れる。

 そして、ようやく斬撃の跡が垣間見えた。


 そこには、ピオネロが悠然と立っている。

 微笑を浮かべ、服についた埃を払いながら、そこに立っていた。


「すごいな、お前」


 ルクスは先程までの怒りの感情も忘れ、単純な驚愕をもって相手を称した。

 そんなルクスにピオネロもいつもの微笑をもって、称する。


「いえいえ、君も素晴らしい剣技でした。その才能はまさしく端倪すべからざるものを感じますね。素晴らしい」


 ピオネロの周りには糸が張り巡らされていた。

 黒い糸。

 それがピオネロを守ったのだろうか。

 分からない。

 斬撃の光によって、その瞬間は目視できなかった。


 だが、ピオネロは生きている。

 それが事実だ。

 聖典流、奥義の一つ、『空斬(ウルス)』を防いだのだ。


「どうです? 話し合いをする気は起きましたか?」

「起きないな。さっきよりもお前と戦いたくなった」

「元気ですね。若いというのは何よりも得難い宝ですよ」


 ピオネロの両手首から黒い糸が、ちょうど短剣ほどの長さになって一本ずつ出現した。

 それを携えながら、ルクスに向かって走る。

 ルクスもそれに反応して、同じく走った。


 両者、それぞれ近づいていく。

 そして、ルクスの剣がピオネロの身体に届く距離になって、同時に二人の剣と黒い糸がぶつかり合う。

 その瞬間、示し合わせたかのように、二人の攻撃するタイミングはまったくの同時だった。


 その糸はルクスの剣を受け止めた。

 普通の糸ではない。

 

 ――『黒糸』


 それこそは複数の黒い糸が束なり、重なり、強靭な硬度を誇る、漆黒の一線。

 それでいて、その糸は変幻自在に伸縮し、硬度も変化させることができる。

 つまり、鞭のように使うことも可能なのだ。


「どうしますか?」


 疑問の言葉とともに、剣と鍔迫り合いをしていた『黒糸』が伸びた。

 そして、滑らかな曲線を描き、ルクスを襲う。

 

 ルクスはギリギリでそれを躱す。

 先程までルクスがいた場所は『黒糸』によって地面が抉れ、その破壊力を物語っていた。


 相手に当てる瞬間を見計らって、『黒糸』の硬度を高めたのである。

 それには相当な魔力コントールがなければいけない。

 しかし、ピオネロはそれを可能とする。

 

「おやおや、鬼ごっこですか?」


 ピオネロの『黒糸』が暗闇の空間を縦横無尽に跳び回る。

 それを目で追うことなど、出来ない。

 暗闇という事もあるかもしれない。

 だが、ルクスとエミリスはそれぞれ暗視を可能としている。

 暗闇だからと言って遅れは取らない。


 それよりも、厄介なのは、その速さである。

 凄まじい速度で『黒糸』はその空間を上下左右、至る所を移動していた。


 動けば、直撃し、ルクスたちにとって強力な一打になり得てしまう。

 掠れただけで、重傷ものだ。


 だが、このまま動かざること山の如し、なんて訳にはいかない。

 そもそも、彼らは山のように雄大ではない。

 彼らもまた、小さな生命の一つである。

 そう、か弱き生命なのだ。


 忘れてはならない。

 錯覚してはならない。


 彼らはすぐに死んでしまう。

 すぐに倒れてしまう。

 すぐに傷を負ってしまう。


 そういう種族だ。

 そういう生き物だ。

 そういう生命だ。


 だが、それでも諦めない者は存在する。

 ルクス=リヴァルサン。

 彼は諦めない。

 いや、諦める、という次元ではないのだろう。


 そこに死の恐怖はない。

 死ぬことに恐れがない。

 

 これは死した先の今なのだから。

 それこそ死ぬ気で生きるのだ。


 彼にとっての生きるとは、死と表裏一体なのだ。


「エミリス、お前は動くな。俺の援護に回ってくれ。俺が道を切り拓く」


 ルクスの声にエミリスは無言で頷いた。

 唾を飲み込み、その表情は覚悟を決めたものである。


「おや、どうしますか?」


 ピオネロの表情は変わらない。

 微笑み混じりに、その余裕な顔は崩れることを知らない。


 そんなピオネロを見て、ルクスは不敵に笑う。

 その顔を驚きに塗り替えてやる。

 ルクスの心は高鳴っていた。

 胸が躍っていた。


 ルクスは自分の感情に驚きを隠せない。

 段々と戦いを続けていくうちに、いつものルクスに戻っていく。

 そうだ、これこそルクス=リヴァルサンである。


 この状況で笑みを浮かべる。

 それが、彼だ。

 追い込まれたこの危機的状況で笑うのがルクス=リヴァルサンなのだ。


 どこまでも身体を動かす喜びを知り、

 戦える幸せを自覚し、

 生きていることに奇跡を感じている。

 

 相手が何者か、など些末なこと。

 神龍など二の次。

 彼の欲求は今なのだ。


 今この時を生きることに、最上の意味を見つけている。

 

 今、なのだ。

 彼にとって重要なのは、今だ。

 それ以外は必要か?

 今、生きるということ以上に必要か?

 本当に必要か?


 この時、この瞬間、今しかない。


 今だけが真実だ。

 今だけが永遠だ。

 今だけが全てだ。


「もう一度、放ってやる」


 集束するは宇宙の灯。

 銀河への憧憬、宇宙への羨望、始まりと終わり。

 端倪(たんげい)とはそのこと。

 生まれ、終わり、また始まり、堕ちる。


 光が集まる。

 輝きが増していく。

 剣に宇宙が見える。


 放てば、輝きは脅威となって、相手を襲う。

 掲げていた剣を勢いよく――振り下ろす。


『黒糸』の鞭は『空斬(ウルス)』の光に包まれ――そして、消滅する。

 灰も残らない。

 そこにはもう、何もない。

 

 その斬撃は『黒糸』を消し、そして、もちろん、そのままピオネロにも向けられる。

 脅威の輝きが迫る。

 しかし、その直前、ピオネロは自身を囲うように六面体の光の箱を出現させる。

 その魔法の名は――


 ――『(キャージュ)


 それは基本的に攻撃に用いる魔法。

 しかし、ピオネロはその魔法を覚えて間もないというのに、このような応用を見せた。


「助かりましたよ。先程の聖なる壁(プロテクション)、あれが発想の契機でした。ありがとうございます」


 閉じ込めるとは、言い換えれば、鉄壁の囲いとも言えるかもしれない。

 エミリスの『聖なる壁(プロテクション)』の囲いが、これを思いつく切っ掛けになったのだ。


「まさか、空斬(ウルス)も防がれるか」


 驚くことにも慣れてきた。

 ルクスはこの戦いを楽しみ始めていた。

 

 二人は笑う。

 ピオネロは終始、微笑みを(たた)え。

 ルクスは心から、この今を楽しみ、笑顔を湛える。

 それぞれの笑顔にはそれぞれの思惑があり、意味があり、価値がある。

 

 そんな二人を見て、エミリスは眉間を狭め、目を細めた。

 その異様な光景に。

 彼女は今まで知る人間とは全く異なる、二人の存在を見つめる。


 ――理解できない。


 その反応は正しいのかもしれない。

 通常の社会通念を所持していれば、その反応は自然なのだろう。

 しかし、この場では彼ら二人が――世界の中心である。

 この場では、彼らが法則だ。


「楽しくなってきた……!」

「おやおや、君もつくづく、人間的ではないですね」


 二人は笑う。

 暗闇の中。

 遺跡の中。

 

 その先に待ち受けるは――救済か、転変か。

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