S11話 空蝉
無駄がない。
一切として、無駄がない。
ダスカロイ・フォルゲンの動きには余計な動作が、微塵も存在しない。
彼の動きは目的のための行動として終始していた。
それ以外はない。
癖もなく、しかして法則性もない。
実に厄介な相手である。
リゼルとロッセルは二人がかりで攻撃を加えているというのに、ダスカロイは一向に崩れる姿勢を見せない。
もはや、こちらが劣勢とさえ言える。
それ程に、ダスカロイの動きには精錬としたものがあった。
「ロッセル、攻撃が……」
「うん、いなされている。どうにも僕の魔法も決定打にはなり得ない」
息をぜえぜえと吐く二人。
呼吸は浅く、攻撃の手を緩めなかった証左でもある。
しかし、結果が伴わない。
彼らの攻撃は、その全てを刀一本でいなされていた。
赤子の手をひねる様に、それは圧倒的な技量の差だった。
「発掘隊の副隊長がこんなに強いって、反則だろーがよぉ!」
「愚痴を言ったところで、戦況は変わらないよ、リゼル。今は、どうにかして活路を見出さないと」
と言いながら、ロッセルも焦っていた。
彼の専売特許である『真眼』が通用しないのである。
こんな敵は初めてだ。
先程の発掘隊隊長――ピオネロもそうだったが、そもそも『真眼』を破れる人間などいないはずだった。
今までのロッセルの人生では初めての経験だ。
それが今、あっさりと破られている。
反応しない。
ロッセルの『真眼』は何も言ってくれない。
「これも真眼に頼りすぎた僕への罰なのかな? そんなつもりはなかったのだけど……」
ロッセルは小さく呟き、苦笑する。
「おい、ロッセル! 落ち込んでる場合じゃねぇぞ!」
肩を落とすロッセルにリゼルは叫ぶ。
大剣を振り回し、ダスカロイに攻撃を加え続ける。
しかし、その攻撃の全てを、軽くいなされる。
そこには決定的に、実力差が窺えた。
「リゼル……そうだね」
ロッセルはリゼルの叫びに微笑し、魔法を展開する。
「火の雷よ。今、炎天より神の鉄槌を下せ!」
詠唱を唱える。
無詠唱で魔法を放つことも可能だが、その場合、威力に不安が残る。
ここは、避けることが出来ないほどの広範囲に、高火力の魔法を放つ。
これならば、技術で凌駕するダスカロイも、ただでは済まない。
その判断は正しい。
今のところ、単発の魔法も物理攻撃も、刀で無力化される始末である。
ならば、刀では絶対に対処できないほどの火力と、回避できない広範囲をもって攻撃するしかない。
だからこそ、ロッセルの判断は正しい――はずだ。
リゼルはロッセルの詠唱を聞き、ダスカロイとの剣の打ち合いを離脱。ロッセルの後ろに回った。
それを確認して、ロッセルは魔法を発動する。
――『灼雷』
遺跡の通路全体に稲妻を纏いし炎の廻廊が生み出される。
それは、放射線と言うには規模が大きく、激しいものだった。
流石のダスカロイもこれを軽くいなす、という訳にはいかない。
その身に受ければ、火傷で済むはずもなく、焼死体――いや、焼け焦げた後、炭と化すだろう。
人間の形も保てず、生物の終わりも許さない。
何もかもを焼失させる終焉とも言える炎魔法最大級の魔法。
だが、ダスカロイの瞳に恐れはなかった。
その表情を見たロッセルは冷や汗を浮かべる。
悪寒さえ覚えた。
ロッセルの魔法は確実に相手を消し炭にさせる。
それ程の火力だ。
だというのに、ロッセルは微かに怯えていた。
ロッセルが他人の影響で感情を変容させることはほとんどない。
それは彼が先天的に得た『真眼』というスキルのせいだ。
それを恩恵と呼ぶ者もいるが、幼き頃のロッセルには、そのスキルは呪いでしかなかった。
他人の善意が、嘘と分かってしまう。
優しげに話すあの人も嘘を吐く。
穏やかな物腰のあの人も嘘を吐く。
あの城では全てが――嘘だった。
そんな『真眼』に慣れれば、その前提の生き方をしてしまうのも当然だ。
ロッセルは『真眼』で他人の思惑を、真意を知ってしまう。
その結果、他人のことを考える、という行為を真の意味ですることがなくなった。
慮るのも無意味。気を遣うのも無意味。
他人の心を窺うなんて無価値な行為はしない。
ロッセルは他人との交流に空虚さを覚えていた。
だから、彼の言葉は嘘っぽく聞こえる。
何も感じていないのだ。
他人の言葉に、感情の一片たりとも動くことがない。
だから、ロッセルは自身の言葉に表面上の感情しか乗せられない。
だが、そんなロッセルが今、怯えていた。
『真眼』が通じない相手。
感情が読めない。
それは、ロッセルが知っている人間ではなかった。
ダスカロイ・フォルゲン。
彼は、何者だ?
ロッセルの怯えは本能が叫ぶ警鐘だったのかもしれない。
確かに、ロッセルの魔法――『灼雷』は凄まじいものだ。
これに対処できる人間などいない。
まずもって無傷はあり得ない。
だが――
その刀には何も感じられない。
強力な剣技には、それ相応の空気がある。
しかし、ダスカロイの刀の動きには一切として、そういうものがなかった。
ダスカロイは刀を持ち替え、刃がある方を上に向け、下ろす。
だらんと、垂れ下がっているような形で刀を構える。
いや、それを構えると呼称して良いのだろうか。
それはただ、刀を支えているだけのように見える。
しかし、ロッセルの『灼雷』が迫り、直撃する、その一瞬――
刀は上方向に移動し、次の瞬間には、ダスカロイを避けるように、『灼雷』が二つに分裂した。
「なんだ、これは……」
ロッセルの声が震える。
それは、見たことのない光景――
現実とは思えない光景――
「なんだい、これは……これは……」
その剣技は、
――『空蝉』
それは、三流派の、どの剣術にも当てはまらない前人未到のまったく新しい剣術。
――――――――――――
三流派。
――『聖典流』
――『鬼想流』
――『龍玄流』
剣士を目指せば、この三流派を一切通らずに、剣を覚えるということは不可能と言われている。
それほどに三つの剣術は、剣の基礎を築いた。
どんなに新たな剣術を開発しようと、そこには三流派の色が何かしら反映されているのである。
三流派は言わば剣士にとっての常識である。
それがなければ、剣は振るえず、剣そのものが成り立たない。
観点を変えれば、三流派は縛りとも言える。
だが、ダスカロイ・フォルゲンの剣技はそのどの流派にも属していなかった。
聖典流のように万人的でもなく、鬼想流のように個人的でもなく、龍玄流のように超常的でもない。
ダスカロイの剣技はその常識を覆す――いや、今まで常識と信じられていた領域から逸した剣技だった。
「リゼル、あれはどう言った剣技なんだい?」
ロッセルは剣術に関してはてんで素人である。
基本的な剣技や、強力な剣技として有名なものに関しては知識にあるが、実際に剣を持たないロッセルにとっては馴染みの薄い分野である。
剣技を見る機会もルクスやリゼルと出会う前は縁遠いものだった。
なので、ロッセルにとって、ダスカロイの剣技は見たことがないものではあっても、そう言う剣技もあるのか、と言う認識程度だった。
もちろん、『灼雷』を真っ二つにした事実は驚愕に値するものだったが。
だが、対してリゼルの心中は嵐が吹き荒れているかのように、ぐちゃぐちゃだった。
リゼルには剣しかなかった。
だからこそ、それ以外の知識を必要とせず、その無知さが恐れ知らずに繋がった。
しかし、リゼルは唯一、剣術に関する知識だけは飛び抜けて豊富だった。
それしか考えてこなかった。
それだけが彼の全てだった。
だからこそ、目の前の景色に身体が震える。
知らない剣だった。
知らない剣技だった。
知らない剣術だった。
知らない斬術だった。
知らない斬撃だった。
剣においてはおよそ知らない事はない。
だが、知らなかった。
分からなかった。
そんな剣技はこの世にはないのだから。
この世にあってはいけないのだから。
それは剣士の夢だ。
三流派からの脱却。
しかし、現代においてもそれは叶わず、今も三流派の呪いは剣士を縛る。
どのような剣術を思いつこうが、絶対に三流派の剣がどこかに残る。
だからどの剣術も剣技も三流派の派生でしかないのだ。
その三つの素から逃れる事はできないのだ。
リゼルもその一人だった。
彼も自分だけの剣に憧れ、その夢は未だに捨てることが出来ずに走り続けている。
半ば可能性は無いと、心の隅では気づきながらも。
だが、幼き頃の夢は捨てきれなかった。
そのために全ての剣を知った。
全ての剣を覚えた。
全ての剣を自分の身体に叩き込んだ。
それも未だ、旅の途中。
世界に残存する剣術の数は膨大で、剣技に至っては、数多の数である。
そして、知れば知るほどに三流派の深さは尋常でなく、果てがないように錯覚してしまう。
それでもリゼルは諦めなかった。
諦められなかった。
そうしてしまえば自分の生きる価値がなくなると思ったから。
自分の人生が否定されてしまうから。
だから、諦めずにここまで来た。
なのに、目の前の光景は何だ?
それは、どんなに望んでも手に入らなかった頂き。
どんなに足掻いても追いつけなかった光。
その光明が、そこにあった。
現実に存在した。
理想がそこに実在していた。
剣士の憧れが。
剣士の希望が。
剣士の絶望が。
そこには――あった。
「あはっ! はははははははっ! 何なんだよ! 何なんだよ、これ……」
知りたくなかった。
理想であって欲しかった。
空想であって欲しかった。
突きつけないでくれ!
提示しないでくれ……。
夢は夢のままで終わらせてくれ……。
その剣技こそ――『空蝉』
四つ目の流派になり得る、全く未知の剣技。
それこそは、新しい剣の概念を生み出す、始まり。
「リゼル……大丈夫かい? 君……」
突如として笑い出すリゼルを心配な面持ちで窺う。
リゼルは目元に涙を溜め、ロッセルの方へ顔を向けた。
「泣いているのかい?」
「いや……これは……」
ロッセルに指摘され、涙を拭う。
しかし、目元は涙の証として、赤く腫れていた。
「お前、何者なんだよ……。何者なんだよ!」
リゼルの叫び声がダスカロイに向けられる。
だが、当のダスカロイはきょとん、とこちらを見つめるばかり。
その様子にリゼルは今までに経験したことのない感情を抱く。
この感情は何だ?
苛立ち?
嫉妬?
焦燥?
いや、違う。
これは、悲嘆。
「俺は、俺は……」
そこで、膝を崩す。
胸が空虚に包まれる。
駄目だ。
湧かない。
湧かないのだ。
何も来ない。
何も生まれない。
「リゼル!」
地面に膝をつけるリゼルにロッセルがすかさず庇うように前に出た。
「何をしてるんだ、リゼル! 戦いは終わってないだろう!」
ロッセルの声掛けに返答はない。
リゼルが置き物のように、動かない。
「それ程なのかい、あの剣技は? それ程の剣士なのかい?」
ロッセルの問いにも答えない。
それは彼の独り言として昇華される。
「ん? 来ないのか?」
そして、攻撃の手を止める二人に何もしない相手ではない。
ダスカロイはまたも先程と同様の構えを見せる。
「またか!」
ロッセルはその構えを見て、すぐに魔法を展開させる。
「遅い」
だが、ダスカロイの言葉通り、その動きは――遅い。
――『空蝉』
その剣技が他の三流派と異なるのは、刀を他人として扱っている点である。
剣を鍛錬すればするほど、自分と剣との親和性が高まる。
つまりは、自分の身体と剣とが同一になっていくのだ。
それはごく自然な事である。
剣を知れば知るほど、剣を近い存在として認識していく。
物に心などない。
だが、人とはあらゆる物――森羅万象に意志を見つける生き物である。
実際どうかは分からない。
だが、そう思ってしまう。
思い込んでしまう。
それが人間なのだ。
だが、ダスカロイの剣にはそう言ったものがなかった。
刀をただの道具として認識している。
しかして、その上で精錬された剣技を見せる。
そんな剣術は見たことがない。
かつて剣術史に、そんな剣は存在しなかった。
しかし、ここに存在していた。
ダスカロイ・フォルゲンの剣技は新たな剣を創造した。
「間に合わない……」
その通り――
ロッセルの魔法発動までにかかる時間は魔法詠唱者の中でも随一に短い。
しかし、そんなロッセルでさえ、間に合わない。
並みの魔法では対抗できない。その為に通常より魔力量も発動時間も掛かる魔法でなければいけない。
それもある。
だが、それは圧倒的な速度。
ダスカロイの『空蝉』は一瞬の出来事。
その上で凄絶。
遺跡内を崩さんばかりの斬撃が二人に迫る。
打つ手なし。
その圧倒的な実力の差に二人は……。
「俺は……俺は……俺はああああぁぁぁぁぁ!!!!」
リゼルの叫び。
ロッセルの前にリゼルが立つ。
そして――




