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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
古国 ガルチュア編
42/57

S10話 抗戦

 何故、この人物がここにいる?

 そんなのは――決まっている。

 彼こそが今回の事件の黒幕。

 

 ピオネロ・タイムリット・ズーハー。


 王獣消失事件の黒幕なのだ。


「どうしてここに?」


 それでも、聞かずにはいられない。

 彼がどうしてここにいるのか。


「大体予想しているのではないですか? 今回の一連の事件の首謀者が私であると。しかし、それがどのようにしてかは分からない、そう言った感じですかね?」

「……」


 ピオネロが笑顔でルクスたちを歓迎した。

 立ち止まって、話し始めるピオネロ。

 しかし、そんなピオネロの奥からもう一人、影がこちらに近づく。

 靴音が遺跡内に響き渡り、ルクスたちの耳に妙に残響する。


「副隊長さんでしたか?」

「…………」


 エミリスの投げ掛けに返答はない。

 ピオネロに並ぶは発掘隊副隊長、ダスカロイ・フォルゲン。

 ダスカロイは無言でルクスたちの前に現れた。


「そうですか。発掘隊そのものがグルだったんですね」

「いえ、このことは一部の者しか知りませんよ」

「可哀想ですね。知らず知らずのうちにあなた達の片棒を担がされていたって訳ですか?」


 エミリスの嘲笑が、ピオネロに向けられる。


「おやおや、これはおかしなことを仰りますね。私は本当のことしか話しませんよ。片棒を担ぐ、と言うのであれば、彼らのそれは、自身の意志で行動した結果ですよ」

「本当のことだけ?」


 エミリスは目を細め、ピオネロを睨め付ける。

 何を馬鹿なことを言っているのか。

 

「たぶらかしたの間違いではないですか?」

「いえ、私は真実しか話してませんよ。そちらの方の真眼に誓って」

「まさか⁉」


 エミリスは瞠目する。

 ロッセルに顔を向ければ、彼も驚いた表情を露わにしていた。

 

「やっぱり、僕の真眼のことを知ってたのか……!」

「知っていた……その割には、随分と取り乱している様子ですよ。少し、落ち着いた方が良いですね」

「余計なお世話だよ」

「おや、見栄を張るのは感心しませんね。自分の心には素直であるべきですよ。欲望に忠実に、とも言いましょうか」

「口が達者だね。どんな手品を使って、僕の真眼を欺いた?」


 ピオネロは微笑を浮かび続ける。

 というか、それ以外の表情を見たことがない。

 彼には、感情の起伏と言うものがあるのだろうか?


「欺いた? だから言っているじゃないですか。私は真実しか話していません。誰も騙していませんし、まして、脅してもいません」

「それじゃあ、どうやって僕の真眼を!」

「だから、本当の事しか話していませんよ?」

「……? まさか……!」


 ロッセルは目を見開く。

 一つだけ、可能性を見つける。

 しかし、その可能性は、常人の精神状態ではまずもって無理だ。

 だから、あり得ない。

 その可能性は不可能だからこそ、選択肢から外れていた。


「お前は……」


 だが、それを可能とするのか?

 この男の精神は並の人間レベルではない。

 想像を絶する、深い暗闇を頭の中に飼っているとでもいうのか。


「この真眼は嘘を断定する。真実を告げれば、確かに反応しない」


 しかし、嘘をつかずとも、隠し事をしていれば、誰しも自分の心に嘘をついていると言える。

 人とはそういう生き物だ。

 どのように取り繕ったところで、自分の心を騙すことは出来ない。

 この真眼はその嘘さえ見抜く。

 だが、実際はこの男――ピオネロに対しては反応しなかった。

 ということは……。


「お前は自分の言葉を心の底から真実だと思っているんだ。騙そうとか、嘘をつこうとか、そういう(やま)しい感情はない。お前は純粋に欺いている」

「おや? 要領を得ない説明ですね」

「分からないかい? そりゃあ、そうさ。普通、そんな精神構造を持つ人間はいない。お前は異常だって話さ!」

「異常……。そう面と向かって言われると、私も悲しくなりますよ」

「このっ……!」


 ロッセルは話も途中で、魔法を放った。

 放った魔法は『黒球』である。


「おや、いきなり魔法を放つとは、忙しないですね」


 しかし、ロッセルが放った『黒球』のことごとくを手で弾き、無力化させる。

 その常人から逸した芸当に、ロッセル含め、四人は呆然と目を見張った。


「な、なんだ! 何をした!」

「ん?」


 首を傾げて、こちらの様子を窺うピオネロ。

 埃を払うように手をはたき、ルクスたちの方へゆっくりと歩んでくる。


「ロッセル!」


 エミリスの甲高い声が暗闇を貫く。

 呼ばれたロッセルは返事する間も惜しく、行動に移す。

 

 ――『火の一線(ファイアライン)


 先程、フルプレートの魔物に使った時以上の高火力でピオネロを攻撃する。

 しかし、そこに割って入ったのは発掘隊副隊長のダスカロイである。

 腰に下げていた鞘から抜刀し、『火の一線』を斬り伏せる。

 ロッセルの『火の一線』は上下に斬り分けられ、そのまま掻き消えた。


「この火の一線を刀一本で霧散させるのか⁉」


 ロッセルの驚きも当然である。

 並みの剣、刀ならば先の『火の一線』で融解してしまう。

 しかし、ダスカロイの刀は一切、溶けることなく、その形を保っている。

 あの刀が特別なのか、それとも……。

 ダスカロイ――この男の力なのか……?

 どちらにせよ、この二人、只者ではない。


「何故、こんなことを⁉」


 エミリスは疑問を呈する。

 やはり、分からないのだ。

 この男たちの目的が。


 一連の事件、とピオネロは言った。

 一連とは何だ?

 王獣消失だけではないのか?

 最近、ガルチュアでは失踪事件が多発していると聞く。

 まさか、それが関係している?


 だとしても、分からない。

 彼らの目的が。

 彼らは王獣を消して、この国の人々を失踪させて、何を狙っている?

 何を成そうとしているのだ?


 疑問が頭の中を埋め尽くす。

 突然の黒幕。

 しかし、黒幕が分かったところで問題は解決しない。

 これは探偵小説ではないのだ。

 ミステリーなら、犯人の正体を暴けば、それで大抵、幕引きだろう。

 だが、現実は違う。

 

「あなたが王獣消失の件の黒幕だと言うなら、何故そんなことを? 理由がよく分かりません」

「そうだね、それは僕も気になっていた。実際どうなのかな?」


 ロッセルもエミリスに続いて、口を開く。


「おやおや、魔法を放ったと思えば、次は質問ですか。本当に我儘な方々だ。けれど、答えましょう。せっかく質問してくれたのです。答えなければ、不義理というものです」


 不義理?

 何を馬鹿なことを言っているのか。

 この人物はつくづく捉えどころがない。


「魔物と人間の違いとは何でしょうか?」

「えっ?」


 唐突な問いだった。

 人間と魔物の違い?

 そんなのは決まっている。

 知能があるかないか。


「では蜥蜴人(リザードマン)はどうですか?」

「あれは例外です! 仕方のないことです」

「そもそも亜人と人間の違いとは? 人の亜種とは、人間中心の定義ではないですか?」


 それの何がおかしいのだ。

 この世界の生物の大半は人種によって構成されている。


「それは間違いですよ。世界を見渡して、人間の数はさほどいません。魔物の方が多いくらいです」

「魔物と言っても、そこには多分の区分があります。泥人形(ゴーレム)とケリュネフロガが同じ生物として括るのはおかしい」

「ですね。それは私も同意見です。しかし、それを総じて魔物と呼称するのは人間でしょう?」

「それは……」


 そうだ。そもそも魔物という言葉の起源は?

 何故、魔物と括るのだろうか?


「それは、魔力を持っている獣だからですよ! 危険だからこそ、畏怖を込めて、魔物と……」


 学校で教わる常套句である。

 そう教え込まれた。

 それが常識だった。

 それこそが真実だ。


「だとしたら、人間はどうなるのですか? あなた方にも魔力がある。あなた方も……あなたも魔物なのですか?」

「違う! そんな訳あるか! 私は……私たちは人間です!」

「そこにどのような違いがあるのですかね?」

「私たち人間は知恵を持っている! 理性で感情を、本能を抑制できる。魔物は本能の赴くまま……」

「では……」


 そこでピオネロは大袈裟に手を叩いた。

 その音が空気を震わせ、暗闇の中でこだまする。


「では、犯罪者は、人殺しはどうなるのですか? そんな方々に理性があるとは到底、思えませんが?」


 それは……。

 そこで言葉が詰まる。

 答えが咄嗟に出ない。

 分からない。

 人殺しの考えなど分からない。

 そもそも、そんな輩どもの肩など持ちたくない。

 しかし、ここで引いたら、それこそ人間の尊厳を否定されるような気がした。


「魔物にはそもそも理性がないでしょう? それは魔物にも理性や知性があって初めて起きる議論です」

「ほう、なるほど。即興にしては中々、素敵な返しだ。しかし、人間に匹敵する、いえ、人間以上の知性を持つ魔物がいたならば? 議論の余地はあるのではないですか?」

「そんなのは空想です! いる訳ない! そんな魔物!」

「ほう、空論だと、空想だと。そう、あなたは言うのですか? ならば違う観点でこの話を詰めましょう」

「違う観点?」


 ピオネロは笑顔でエミリスを見た。


「元々人間だった魔物ならどうです?」

「人間だった魔物? な、何を……」


 いや、待て。

 そこで何かがカチッとはまる音がした。

 ズレ続けた歯車がかち合うような、そんな感覚。


「ま、まさか……この魔物……。いえ、ここ最近の遺跡内の魔物の大量発生……」

「おや、ようやく気づかれましたか?」


 ピオネロの声が遠い。

 距離が離れた訳でもないのに、エミリスの耳にはどこか遠く聞こえるのだ。


「遺跡にいた魔物は全て、この国の人たちだったんですか……?」


 エミリスの震えた声が、脈動や心拍のようにバクバクと困惑を表す。


「何を言っているんだい? エミリスちゃん、そんな馬鹿なこと……」


 ロッセルはエミリスの言葉を否定する。

 そんな現象、聞いたことがない。

 人間を魔物にするなど。


「どうしましたか皆さん? 顔色が悪いようですよ」


 エミリスやロッセルの焦燥に対して、ピオネロは終始、微笑を浮かべ続ける。

 変わらない笑顔。

 それがこんなにも不気味に思えるとは。


「そういう事は可能なのか?」


 困惑と焦燥、そんなグチャまぜの感情に苛まれていたエミリスとロッセルを余所にルクスが疑問を口にした。

 リゼルも同様に首を傾げていた。

 

 今はそこに論点はないだろう。

 と、エミリスとロッセルは思う。

 これは根本から否定しなければいけない話なのだ。

 それを良しとした場合、百年の平和を謳歌した人間社会が瓦解する。

 人間という在り方が根底からひっくり返るのだ。


「あなたが勇者ですか。動じないのですね。強い方だ」

「そんな事はどうでもいい。それは可能なのか?」


 ピオネロの言にルクスは先を促した。


「可能ですよ。現にあなた方がここまでの道中で屠ってきた魔物は全て、古国ガルチュアの国民だった者たちなのですから」

「その方法は?」

「それは流石に秘密ですよ。しかし、実際に起こっている事です。先程、戦った魔物には驚いたのではないですか?」


 そこで思い出す。

 ルクスたちのそばで真っ二つに横たわる魔物の死体。

 四人は一斉に、その魔物の死体に視線を向けた。


「なるほどな。確かにこの魔物が人間だったなら、色々と合点がいく」

「そういうことです。話が早くて助かりますね」


 ピオネロはルクスに対して拍手で賞賛する。

 そんな彼らにエミリスは尚も困惑した表情で声を出す。


「ル、ルクス様……。ルクス様は動揺しないんですか? 私たちが殺した魔物が人間だったんですよ!」

「エミリス……」


 エミリスの取り乱した声が反響する。


「私たちは人間を……人を殺したんです! そんなことあり得ない! あり得ないんです!」

「でも、実際、可能性が高そうなのは、この男の言い分じゃねぇか?」


 そこで言葉を挟むのはリゼル。


「リゼル……。じゃあ、あなたは平気だって言うんですか! 人が人を殺すなんて……!」

「いや、それは……」

「今までの旅でも、悪事を働いた奴を、仕方なくだが、殺めたじゃないか?」


 ルクスは不思議そうに首を傾げる。


「それは悪人です! でも、この魔物たちは、もしかしたら、何の罪もない市民だったかもしれないんですよ!」


 エミリスの怒号を聞くのは初めてだった。

 ルクスは少し驚く。

 しかし、心はどこまでも冷静だった。


「……お前の言い分はわかる。けど、仕方ないじゃないか? 元人間だからと言って、襲ってきたら対処しないといけない。俺だって喜んで殺したい訳じゃない」


 ピオネロはそんな彼らの言い合いを見て、大きく頷く。


「おやおや、喧嘩するとは仲が良いですね、皆さん」

「あなた……! あなたは何も思わないんですか! 人を魔物に変える! 正気の沙汰ではない!」

「正気ですよ。いたって健康な精神状態の上で、私は人を魔物に変えたんですよ」

「どうして、こんな事を……。意味が分かりません!」

「分かりませんか? ここまで話して、理解できないのであれば、一生理解できないでしょうね。しかし、仕方ありません。人それぞれによって、理解力は異なりますからね。いえ、理解と言うより、納得と言った方が良いですかね。あなたはただ、納得したいのでは?」


 エミリスは首を振る。

 一歩、後ろに退いて、彼の言葉を否定する。

 

「怯えているのですか? 震えていますよ? あなたは、本当に、模範的な人間ですね。神龍が欲する人間のモデルケースですね」

「神龍……⁉ お前、神龍を知っているのか?」


 ルクスの声が突如として強張る。

 眉間に皺を刻み、その目はピオネロを捉え、睨んでいた。


「おや、どうしてそのような反応をするのですか? 勇者――ルクス」

「何を知っている? どこまで知っている?」

「さて、どうでしょうね。あなたの仲間の真眼でも使って、好きに調べると良いでしょう」

「ロッセル!」


 突然、大声で名前を呼ばれたロッセルは、肩を跳ねさせ、驚く。


「無理だよ、ルクスくん。僕の真眼は、彼には反応しないんだ。今も、この目で見てるけど、何も示さない」

「お前……何者だ!」


 ルクスの怒号が響き渡る。

 彼のこんな声も初めてだった。

 普段は感情を表には出さないのだが。

 エミリスは、目を瞬き、固唾を飲んだ。


「神龍の何を知っている? お前は何者なんだ! 何が目的だ!」

「おやおや、次はあなたが詰問ですか? 皆さん、強引ですね」

「話さないのか?」

「話さなければ、どうしますか?」

「そんなの、決まっている……」


 ルクスは剣の柄に手を添える。


「実力行使ですか。野蛮ですね。もう少し知性ある人間的な解決方法を探りませんか?」

「こっちの方がシンプルなんだよ。問題を複雑にするな」

「なるほど、そういう考えですか。しかし、それこそ人間としてどうなんですか? その行為は人間的と言えるのですか? 暴力で解決とは、魔物と何が違うんでしょうね?」

「知らない。俺は俺のすべきことをするだけだ」

「あなたには話が通じないようだ。分かりました。なら、一つだけ……私の目的だけお伝えしましょう」


 ピオネロの姿が暗闇と同化する。

 奥へ消えたのだ。

 ルクスはすぐさま彼の後を追う。


「ま、待ってください! ルクス様!」


 そんなルクスをエミリスが追う。

 

 二人を見て、リゼルとロッセルも追随する。

 そして、地面を蹴って、奥へと向かおうとして――行く手を阻まれた。


「そこをどいてくれないかい? 副隊長さん」

「……無理だ」


 一言、口を開いて、刀でリゼルとロッセルの行く手を阻む。

 

 ダスカロイ・フォルゲン。

 

「あの二人だけにして、何を企んでいるんだい?」

「さてな」

「……」


 ロッセルは唇を噛み、苦笑を浮かべる。


「なるほど、君も中々に曲者だ。ピオネロ・タイムリット・ズーハーとはまた違った精神構造を持っている。僕の真眼がまた反応していない。君は何も知らないんだ。その上で、ピオネロを信じている」

「……」


 ダスカロイは何も返答しない。

 ただ二人を見据えて、刀を構えるのみ。


「さて、リゼル。あの二人が心配だ。早く合流しないと」

「となると、速攻で肩を着けなきゃいけねぇ訳だ」

「ああ、話が早くて助かるよ。それじゃあ、行くか!」

「おう!」


 二人はダスカロイとの戦闘を始める。

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