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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
古国 ガルチュア編
41/57

S09話 防具

 その魔物の姿は異様だった。

 通常の魔物は、武器を手にすることはない。

 ゴブリンや、蜥蜴人(リザードマン)は例外だが、しかして魔物は基本、武器といった道具を扱うことはない。

 武器を扱う頭脳を持っていたならば、それは大概、亜人種として認められる。

 蜥蜴人(リザードマン)は魔物の中でも、言語を扱えるとして、例外中の例外だが、現在確認されている言語を介さない魔物で武器を扱うのはゴブリンだけなのだ。

 地下迷宮、終末塔(ヴィグリス)の深層には、未だ見ぬ魔物がいるとされているが、人類史においての魔物の見方は以上のようにされている。


 基本的に魔物は武器を扱わない。


 そもそも、その武器を作るのは人間だ。

 ゴブリンに関しては、人間の道具を盗む性質によって、武器を扱うまでに至ったが、魔物の本質は本能による行動のみ。

 そこに、人間ほどの頭脳は持ち合わせていない。


 だが、目の前の魔物は武器を携え、そして防具を着込んでいた。

 それは、あってはいけない光景。

 フルプレートアーマーを身に纏い、真の姿は皆目、見ることは叶わないが、背中から覗く、尻尾は紛うこと無き、人間ではない特徴。

 亜人という可能性も考えたが、目の前のフルプレートは唸り声を上げるのみ。

 その声には、微塵も知性を感じない。


 尻尾を地面に叩きつけ、ルクスたちを威嚇する。

 魔物の手には盾。

 そして、腰に下げられた鞘から剣を抜き取った。

 魔物の体長は3mを超える巨体。

 他の魔物と比べれば、そこまでの大きさではないかもしれないが、人型ということもなり、大きく見える。


「おい、エミリス。ああいう魔物もいるのか?」


 ルクスは魔物から視線を逸らさずに聞いた。

 質問されたエミリスは震えた声で答える。


「見たことがありません。そ、それに聞いたことも……。ロッセルは?」

「僕もだよ。魔物が防具を着て、武器を使うなんて……そんな知識、知らないよ」


 ロッセルも驚愕に目を瞬いている。

 しかし、リゼルだけは驚きも余所に、鋭い眼差しを魔物に向けていた。

 こういう時に、リゼルは頼りになる。

 彼は、ルクスほどではないが、知識が豊富とは言えない。

 少し、抜けているとも言えるかもしれない。

 だが、だからこそ、彼は全ての敵を危険視する。

 油断はない。

 全てが本気なのだ。


「来るぞ!」


 リゼルの声に、三人が身構える。

 魔物が動き出した。

 一直線に、こちらに向かってくる。

 その速度は、巨体に似合わず、俊敏で、一瞬で距離を詰めてきた。

 

 リゼルは大剣を盾に魔法を発動する。


(ウォール)!」


 魔物は剣を横に払い、大きく振りかぶった。

 そのまま、勢いとともに、横一線の斬撃がリゼルの大剣に放たれる。

 

 ――重い斬撃。


「うっ! はぁ、はぁ、はぁ」


 斬撃ではない。

 鈍器で殴られたような重い攻撃に、リゼルは一瞬、呼吸を忘れる。

 血流が止まった、そんな錯覚すら覚える。


「次!」


 息も絶え絶えで、しかし、声を必死に上げる。

 リゼルの声に呼応し、ルクスがすかさず、剣を振るった。


(リュウ)(キバ)!」


 渾身の一撃。

 しかし、ルクスの斬撃をノールック、盾で防ぐ。

 ルクスの方を一切見ずに、ルクスの剣を防いだ。


「んだよ!」


 ルクスは、続けて、『(リュウ)(アギト)』を放つ。

 だが、それも盾と尻尾で、上下の斬撃を防がれる。


「このっ!」


 一旦、距離を開け、様子を窺う。

 リゼルを前に、その後ろにルクス、ロッセル、エミリスの順。


「ロッセル!」

「分かっているとも!」


 ロッセルは指を鳴らし、魔物に対して、魔法を放つ。

 魔物が一歩前に踏み出そうとして、体勢を崩した。


 ――『過重力(グラヴィティ)


 対象に重力負荷をかけ、鈍足にさせる。

 速度低下などの魔法と結果的に同じだが、重力を扱う点で、周りの環境にも影響がある。

 つまり、今、魔物に上から下への重力を使った攻撃をした場合、通常よりも強力なものとなる。


「リゼル!」

「分かってる!」


 ロッセルの声に、リゼルが頷く。

 防御の構えから、大剣を肩に担ぎ、かけ走る。

 その勢いのまま、高く跳躍し、そのまま、掲げた大剣を、振り下ろした。


「おりゃああああぁぁぁ!」


 叫び声とともに、魔物の脳天にリゼルの大剣が直撃した。

 フルプレートの上からとは言え、『過重力(グラヴィティ)』とリゼルの大剣の合わせ技である。ただでは済まない。

 

 魔物はよろめき、足元もおぼつかずに、ふらふらとその場を移動する。

 その隙を見逃す、ルクスたちではない。

 

「ルクス様、今です!」

「おう」


 地面に片膝を付けた魔物に疾駆し、剣を下ろした構えで維持する。

 

「エミリス!」


 ルクスの掛け声にエミリスが魔法を発動する。

 相手の動きを止める――魔法。


「輝きを重しに、光を呪いに、栄光なる光明よ、今、地獄の底より、禍々しく煌めけ――輝きの呪縛(カタラ)


 詠唱とともに、魔物の身動きを封じた。

 動くこと叶わず、その場に制止させられる。

 ロッセルの『過重力(グラヴィティ)』、エミリスの『輝きの呪縛(カタラ)』が組み合わさり、魔物は完全に行動を停止させた。

 足も腕も、指先でさえ動かせない。

 まさしく、時が止まってしまったように。


 この状態では、魔物は呼吸すらままならない。

 片方の魔法だけならば、単純に行動を制限させるだけに留まるが、両者の魔法が同時に放たれたがため、魔物は生命維持のための呼吸すら抑えられていた。

 息を吸い、吐くことが、完全にできない訳ではない。

 だが、魔物の息は浅く、今にも倒れそうなほどに、呼吸のリズムが速い。


 そんな異常事態に陥っている魔物に襲い掛かるは、ルクスである。

 剣を下に構え、そこから放たれるは聖典流奥義の一つ。


 ――『夢斬(メリサ)


 それこそは、破約。

 理外剣技。

 理を外れし、法則無視の剣技。

 その速さはもう、目で追うこと叶わず。

 体感など不可能。


 身動きを封じられ、尚且つ、神速の斬撃。

 魔物に避ける術はない。

 その身で受けるのみ。

 もはや、魔物には勝ち目などなく、死をもっての敗北だけが目の前に迫っていた。

 しかし、魔物は斬撃すんでのところで、雄叫びを上げる。


 リゼル、ロッセル、エミリスは、魔物の雄叫びに身震いを覚えるが、ルクスは止まらない。

 視界に捉えるは、フルプレートの魔物だけ。

 ルクスの斬撃――『夢斬(メリサ)』は魔物に触れ、そのまま魔物の身体を切り刻む……はずだった。


 魔物はもう一度、雄叫びを上げ、無理矢理、ロッセルの『過重力(グラヴィティ)』、エミリスの『輝きの呪縛(カタラ)』を脱した。

 そして、ルクスの『夢斬(メリサ)』をまず盾で防ぎ、それでも防ぎ切れず、盾が破壊されながらも、続けざまに、こちらも剣でその斬撃を相殺した。


「何⁉ 聖典流だと⁉」


 魔物が扱いしは、聖典流の『(シュデン)』だった。

 普通ならば『(シュデン)』が、聖典流の奥義『夢斬(メリサ)』を破るなどあり得ない。

 しかし、あれは普通の『(シュデン)』ではなかった。

 魔物が雄叫びを上げたのと同時に、魔物の身体を包むように魔力がめらめらと立ち上っている。


「ロッセル! 何が起きた!」

「魔物の魔力量が膨れ上がっている。さっきの斬撃には魔力が込められていた!」


 なんだ、その芸当は。

 ルクスは内心で、驚きを隠せない。

 魔法を扱う、剣士は存在する。

 しかし、魔力を武器に込める剣士は見たことがない。

 世界には、そのような芸当が出来る超人のような剣士もいるようだ。

 しかし、そんな剣士、世界を見渡しても数少ない、希少な存在だ。

 

 そもそも、剣術を磨きながら、魔力操作も出来る、なんてのが難しい話なのだ。

 魔法師ならば、魔力操作ができる者も多い。

 しかし、こと剣士の道を選んだ者で、魔力操作を行おうと思う者は、まずもっていない。

 魔力を使うならば、魔法と言う、既にフォーマットが完成しているものに当てはめた方が圧倒的に楽であり、使いやすい。

 その方が、汎用性も高く、戦闘にも役立つ。


 だが、魔力操作は、その難しさのわりに、目に見えての戦闘力向上に繋がらない。

 確かに、応用力は効く。

 しかし、そこに至るまでには、相当な熟練度が必要であり、そこまでするのであれば、魔法師としての道を歩むだろう。

 剣士でそこまで極めようという者はいない。


 だからこそ、魔力操作が出来る剣士は少ないのである。

 だが、目の前の魔物は、その魔力操作をした。

 武器に魔力を込め、通常ならば叶わない剣技を相殺したのである。


 それは人間よりも知能ある戦い方であった。


 そして、何より、この魔物は聖典流の剣技を使ったのである。

 魔物が人間の剣技を。

 聖典流の中でも『(シュデン)』は基本的な剣技に位置付けられているが、しかし、だからと言って、魔物に扱える剣術ではない。


 この魔物は何なんだ?


 四人の頭の中では、その疑問が浮かび続ける。

 こんな魔物は初めて見た。

 エミリスやロッセルでさえ、こんな魔物の知識は微塵も知らない。


「あれは、本当に魔物なのか?」


 その疑問も当然である。

 あのフルプレートアーマーの下に人間が入っている、と言われた方が幾分か納得がいく。

 だが、そんな可能性もなくなる。


 魔物は頭に被っていた防具を剥ぎ取り、その顔を見せた。

 そこには、およそ人間の顔とは思えない容貌が垣間見えた。


「ああ、間違いなく、魔物だな」


 ルクスの声に、他三人も同意見である。


 その魔物の顔はつい先程まで灼熱地獄にでもいたかのようにドロドロと肉を溶かていた。

 目玉は溶けた肉が下に垂れ下がり、半分ほどが隠されている。

 唇も垂れており、そこから僅かに見えるのは二本の鋭い牙である。


 確かに人間ではない。

 魔物、というか化物のそれである。

 だが、あんな生物、見たことも聞いたこともない。


「一応聞くが、エミリス、ああいう魔物は存在するのか?」


 ルクスの問いにエミリスはすぐさま首を振って否定した。


「知りません! あんな化物、知りませんよ!」


 エミリスの悲鳴とも呼べる叫び声が遺跡内にこだまする。

 エミリスの返答に、リゼルもロッセルも同様、見たことのない化物に息を呑んでいた。


 流石のリゼルもその魔物が今までの常識から外れた生物である、と直感的に感じていた。

 この光景は異常なのだ。


 だが、不思議と、退くという選択肢はなかった。

 そもそも、このような狭い空間で逃げられる確率は低い。

 今、この場で最善の選択は戦う、ただ一つである。


 未だ、魔物の姿に驚きを禁じ得ないが、こちらはまだこれといったダメージを受けていない。

 数においてはこちらが優勢。


「ロッセル!」

「分かっているよ。君は考えずに突き進め!」


 ロッセルは魔法陣を空中に幾つも展開させる。

 その魔法陣から放たれるは、炎魔法の代名詞。

 これこそは人間が火をその手に掴み、我が物とした具現。

 恐怖を英知とし、道具に下した、象徴。


 ――『火の一線(ファイアライン)


 炎の放射線が一直線に魔物に向かっていく。

 その数、五つ。

 紅蓮の一線はルクスを横切り、そして魔物へ――


 同時に、ルクスが走る。

 その速さ、疾風が如く。

 風魔法を使っている。

 単純な走力だけでも、ルクスの速度は馬を超え、猟豹と肩を並べる。

 そこに風魔法を加えれば、尋常ではない速さであることは言わずもがな、それこそ目で捉えることは不可能。


 ルクスはまさしく一瞬で、魔物の目の前まで近づいた。

 それと同じくして、ロッセルが放つ『火の一線(ファイアライン)』が魔物に直撃する。

 灼熱が魔物の身体を苦しめる。

 それは痛みを超え、脳が沸騰する苦痛の果て。

 五つの高熱が身体のそれぞれを攻撃する。


 苦しむ魔物にルクスは『龍・顎』の構え。

 上下同時の斬撃。『火の一線(ファイアライン)』に苦しむ魔物では対処できまい。

 しかし、魔物は諦めるということを知らない。

 唸り声を上げる。

 それこそが、この魔物の限界を超える合図。

 

 あれも生物だ。

 火で炙られれば、いずれ焼死する。

 斬撃を加えられれば、血を噴き出し、倒れる。

 

 だが、それでも本能は動き続ける。

 その本能を燃料に、無理矢理、身体を動かす。

 

 魔物の咆哮は威嚇ではない。

 それは自分への鼓舞である。


 魔物は五つの『火の一線(ファイアライン)』をその身に受けながら、盾と剣で上下の『龍・顎』に対応を見せた。

 だが、それでも足りない。

 そう、足りないのだ。

 

 鬼想流が一つ。

 大剣をぶん回す。

 そこから生まれる、嵐。

 雷電、(たっと)び、怒号戦乱、それまさしく――嵐の片鱗。


「迅雷鬼嵐」


 ルクスが跳ぶ。

 同時に、ルクスの真後ろにピッタリとついていたリゼルが大剣を横に薙ぎ払い、凄まじい斬撃を放った。

 それこそ、リゼルと大剣、その二つが組み合わさり、成し得る剣技。

 これはリゼルがその大剣を使うことでしか完成しない。

 リゼルが欠けても、異なる大剣でも不可能。

 それは、リゼルと大剣、この両方が重なり、『迅雷鬼嵐』へと昇華されるのである。


 魔物はリゼルの大剣を食らうしかない。

 しかし、それこそ、その斬撃を食らえば、死は確実。

 

 またも雄叫びが上げられる。


「グオオオオオオォォォォォォ!!!!」


 リゼルの大剣が魔物の腹にめり込む。

 そのまま肉を斬り、血とともに、魔物の生命を刈り取る。

 

 だが、魔物はそれでも、本能を震わせる。

 尻尾を使い、リゼルを薙ぎ払おうとする。

 最後まで足搔く。

 足搔き続けた先、どんなに惨めであろうと、生き残る。

 

 ――何故?


 生きる。

 それが重要。

 それが全て。


 ――何故?


 分からない。

 どうしてこんなことを。

 自分はいったい……?


聖なる壁(プロテクション)!」


 エミリスの声とともに、リゼルの前方に『聖なる壁(プロテクション)』が展開された。

 それによって、魔物の尻尾はリゼルに届く前に、防がれる。


 そして――


「終わりだあああぁぁぁぁ!」


 稲妻が走る。

 雷神が迫る。

 嵐が翔ける。


 ――『迅雷鬼嵐』


 雷鳴轟く――雷撃とともに、魔物の身体が真っ二つにされる。

 

「グガガガガガアアアアアァァァ!!!!」


 叫ぶ。

 吠える。

 喚く。


 しかし、もう、魔物に限界は――ない。

 超える限界がない。

 死に限界はない。

 死とは、天上天下、それだけで完成されている。

 それには劣ることも、優れることもない。


 魔物はただ――死ぬのだ。


 遺跡の壁に魔物の血が飛び散る。

 魔物が倒れたのと同時に、フルプレートの金属音が、ガシャン、と響いた。

 暗闇の中、灯りに照らされながらも、そこには冥府に至る闇が漂っている。

 

 醜い顔。

 異形な身体。


「終わったのか?」

「ええ、終わったようです」


 ルクスとリゼル、ロッセルが魔物に近づき、覗き込む。

 その後ろからエミリスも恐る恐る、近寄った。


「それにしても、本当におかしな魔物だったね」

「ああ、何度も諦めずに向かってきた」


 それに、防具を纏っていることや、武器を扱う点も魔物と戦っているという感覚とは違う。

 人間や亜人と相対しているような感覚。

 と言っても、四人がかりで、これである。

 これが人間ならば、恐ろしい事この上ない。


「で、どうする? この魔物を担いで、これ以上奥に行くわけにはいかないだろ?」

「こういう時に、異空間のスキルがあれば、良いんだけど……」

「そんなスキルを授かった人間なんて、聞いたことありませんよ」

「だね。それじゃあ、この魔物の対処をどうするか、だけど……?」


 そうして四人、魔物を見下ろす。

 このまま放置という訳にもいかないだろう。

 未だ見たことのない魔物である。

 地上で解析してもらわなければいけない。

 となると、この魔物を回収し、一度、地上に戻るべきか。

 

「うん、そうですね」


 エミリスは頷き、ルクスとリゼルにそれぞれ魔物の上半身、下半身を背負ってもらうよう声を掛けようとした――その瞬間。


「おやおや、地上に戻られるのですか? それは少し、お早いご帰宅ではないでしょうか。もう少し、ここでゆっくりされてはどうですか?」


 奥の暗闇から影が近づいてくる。

 その声はどこか、聞き覚えのあるものだと、エミリスが気付く。

 そして、その声の主の正体に思い至る。


「あなたは!」


 確かに、気になっていた。

 警戒していた。

 油断などしていない。

 しかし、今なのか?


「発掘隊隊長――ピオネロ・タイムリット・ズーハー」

「おや? 私のフルネームをお覚えで? それは嬉しいですね」


 静かな笑みが暗闇から現れる――

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