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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 探索編
4/57

003話 名前

 自分が異世界転生したことを知ったイヌはここ数日、それを教えてくれたレムスと行動を共にしていた。

 そして彼と行動を共にすることでたくさんの驚きを体験することになった。

 それというのも前世の世界とこの異世界とでは様々なことが大きく相違しているのだ。


 まず初めにこの世界には魔物という存在がいる。

 というか、自分たち――イヌがその魔物に分類されるらしい。

 イヌとレムスは同じ種族らしく、種族名は魔狼族。


(……ごめんね、タイトル詐欺!)


 そう、つまりイヌは犬ではなかったのだ。狼だったのだ。

 しかしだからと言って……。


(犬から狼へ転生したという事実に変わったところで、やはり全然、面白くない!)


 出来れば人間に転生してみたかった、とイヌは肩を落とした。


(もしくは人外は人外でもチートスライムとかチート蜘蛛とか……、そんな感じに異世界を無双したかったなぁー)


 しかして犬……もとい狼に生まれてしまった事実はもう変わらない。

 これからは狼として頑張っていくしかない。

 

 そして話は戻って、魔物について。

 魔物とは、ほとんどが知能なく、自分の欲――主に食欲――の為に、もしくは群れの成す魔物なら、その群れの為に生きる生物のことらしい。

 以上が基本的な魔物の説明だが、もちろんそれだけでは他の獣と大差ない。

 魔物が魔物たらしめるその要因、魔物と獣との圧倒的な格差――

 それは――まず第一に、その見た目である。

 一言に言って、その見た目は厳つい。


(鹿とかなんだよ、あの角! すごい枝分かれて、角の先は触れただけで切り裂かれそうなほどに鋭い! というか角全体が青い炎で燃えているのは幻覚? 錯覚? この景色を現実と言わないでくれ!)


 と言った感じで元の世界にはまず居なかった生き物ばかりが棲息している。

 そして――見た目以外にも魔物の特徴がある。

 それが魔法を扱う、というものだった。

 先程の鹿を例に挙げれば、地上の森に棲息する鹿とは違い、ここにいる鹿は炎魔法なるものを使うらしい。


(だから、角が燃えていたのか……)


 そして例に漏れず、イヌたちも魔法を使える。

 ここ数日の間、イヌはレムスから魔狼族が扱える基本的な魔法を教えてもらった。


狼の遠吠え(ウルフ・ユルルモン)』:一定時間、敵の速度をごく僅かだが遅らせる。


火球(ファイアボール)』 :炎魔法の基礎技。レベルによって威力が変動する。


 教えてもらったのは以上の二つ。

 レムスはそれ以上の魔法を行使することが出来るらしいが、現状イヌに使える魔法はこの二つだけ、とのことでそれ以上は教えてもらえなかった。

 ちなみに最初に教えてもらった『思念伝達』も魔法の一種らしいが、魔法は魔法でも詳細に言うのであればスキルと呼んだ方が正しい、と言うことだ。

 しかしこのスキルに関してはレムスも詳しくはないらしく、長老様ならば知っている、と教えてくれた。

 しかしそんなスキル『思念伝達』もほとんどの魔物は使えないらしい。


(確かに最初、レムスもそんなことを言っていたな)


 ある一定以上の知能がなければ使う事は叶わない。

 しかし人間であれば幼児は別としてほとんどの者が使える。

 だが、それは幼少期から基本的な教養を与えられ、その過程で知能が発達し、ごく自然に『思念伝達』、そのスキルの獲得に成功するようだ。なので人間側はこれを魔法だとは特段認識しておらず、まさしく常識として認知されている。


 対して魔物には教育という概念が無い。

 なので魔物は基本的に話せないらしいが……レムスに関してはちょくちょく彼の話に登場する長老様――人間をも超える智慧の持ち主からある程度の教育を受けたらしく、他の魔物と比べても知能レベルの差は圧倒的で、その結果、『思念の伝達』も習得できたらしい。

 しかし、そういった他の魔物との知能の格差によってレムスはある意味で孤独でもあった、と話してくれた。


 独りは悲しく、淋しく、苦しいものだとレムスは語った。

 その感情がイヌにはよく理解できた。

 それは自分のことではなく、在りし日の、大切な親友――アキラがもっとも苦しんだ病、それが孤独だったのだから。


(俺は結局、犬だ。同じ人間としてあいつの孤独を根本的には癒せなかった……)


 異世界に来ても、やはりアキラに対する後悔は残っている。けれど……。


(アキラは死んだ後、どうなったんだろうか……。俺みたいに新しい人生を――、そしてその人生が前世よりも幸福であれば……なんてな)


 かつての親友のその後を想像してかぶりを振る。


(今は自分のことだ。そう、俺もまた新しい一歩を踏み出さないといけないんだ)


 決意を新たにするイヌだが――それにしてもイヌは恵まれていた。

 魔法の習得も比較的早く、また『思念伝達』が出来るほどに知能も発達している。

 レムス曰く、その知能があったからこそ転生しても前世の記憶が保持できたのではないか、と言われた。


 異世界転生もしくは異世界転移の成功例は確認されているもので全てが人間らしい。

 それは世界を越える際の衝撃に耐えられるほどの精神性が確立されているのが、大半、人間だからである。

 獣ではそれに耐えられる精神力をまずもって所持していないので、転生したところで前世のことは覚えていないのが普通。


 いや、これにおいては人間においてもほとんどがそうだ。

 世界を越える精神性は人間の中でも稀であり、前世の記憶保持者は人間界でも珍しい。

 しかしてイヌはそれを成功させた。

 レムスが言うには想像を絶する精神性の持ち主らしいが、イヌにその自覚は無かった。


(そう言われてもなぁ……。少しは他の犬と比べて頭は良いかもな、とは思っていたが……。想像を絶するとか言われると、そこまででは……)


 イヌは首を振って、自分の知能・精神性に関する問題を一旦、保留にした。

 話を戻して、元の世界と異世界の相違についての二つ目。

 それはこの世は弱肉強食というものだ。

 その摂理によって世界は流転しており、弱い者はすぐさま死んでしまう運命である。

 だからこそ身体を鍛え、知略を練り、あらゆる力を駆使して、その日の食料を手にするのだ。

 とどのつまり、この世にはドッグフードは無いらしい……。


(まじか。時間になれば勝手にドッグフードがもらえるんじゃないのか! おお、前世よ! 愛しのマイホームよ!)


 嘆き、吠えるがその声は洞窟内で虚しく響くのみ。


「………………」


 ちなみにこの場所について。

 レムスの説明によると、ここはダンジョンと呼ばれる場所らしい。

 その名も――


 ――地下迷宮――終末塔(ヴィグリス)


(ヴィグリス……? もしかしてヴィーグリーズのことか? たしか北欧神話だったか……?)


 イヌは覚えている知識を整理するが、うまく思い出せない。

 アキラが話してくれた気がしたが……?


 この地下迷宮は五十階層まで地下に続いているらしい。

 イヌたちが現在いるのが三階層。

 五階層までは人間も行き来するらしいが、それよりも地下に潜ると、危険な魔物が棲息している。

 しかし今、レムスとイヌが向かっているのはその五階層よりも地下深く、いや一番下の――五十階層である。

 どうやらその五十階層にレムスが言う長老様がいるらしく、イヌをその長老様に紹介するということで、イヌたちは五十階層に向かっている。


 けれど、正攻法で真正面からこのダンジョンをクリアしていく訳ではない。

 今のイヌとレムスの実力では行けても十階層。そこを抜けられても、それより地下に潜れば即死は確実らしい。

 なので、真正面からクリアはしない。

 十階層に隠されている転移門を通って五十階層に一気にジャンプする手筈ということだ。


 レムスは元々、五十階層に住んでいたのだが、そこでの生活は長老様と二人きり――二匹きり。

 長老様と話をするのは楽しかったが、やはりレムスは同年代の同族とも話したかったし、一緒にいたかった。

 そうしてレムスは仲間を探すべく長老様に許可をもらって転移門を経由し、ここ三階層までやって来たらしい。


「だから兄弟に会えて、本当に嬉しかったんだぜ!」

「そうか……それはどういたしまして?」

「ああ、本当にありがとう。――兄弟が異世界転生してくれたことに格別の感謝を!」


 そう言ってレムスは満面の笑みを浮かべて、大きく吠えた。

 ちなみにここは三階層のとある地点。

 魔物や人間でも知らない隠し通路らしく、吠えても問題は無いということだ。


「そういえば、兄弟。お前はこの度、新しい生命を宿した訳だが、名前は元の世界のを使うのか?」

「名前……。そうか、俺はもう新しい存在なんだよな。記憶を保持していても、もうアキラじゃないのか……」


 自分の姿を思い出す。

 どう言い繕っても可愛らしい柴犬時代の面影は一切ない。

 ならば前世の時の名前を使うのはどうにも変な気がする。

 それに、あの名前は特別で大切なものだ。


 同時に――あの世界で別れを告げた名前でもある。


 心機一転、イヌはこの世界で新しい名前で生きていくことを決意した――


「よし、俺は新しく名前を付けることにした。アキラって名前は元の世界にいたからこそ特別な名前だったんだ。この世界でも同じ名前を使うのは、なんというか俺を愛してくれた人たちにも悪いしな。それに……あの名前とはちゃんと元の世界と一緒に別れを告げてきたから……」

「そうか……」


 レムスは微かに笑みを浮かべて、イヌの顔を静かに見つめた。


「なら、俺が新しい名前を付けてやろうか、兄弟?」

「え⁉」


 唐突な提案に一瞬、間抜けな声を出してしまったが、考えてみればその方が良いかもしれない。


(自分で自分の名前を考えるのは恥ずかしいしな)


 ということで、イヌはレムスに名前を考えてもらった。


「そうだな……うーん……うーん……あっ、そうだ!」


 眉間に皺を寄せて悩んでいたレムスが目を見開いてイヌの方を見つめた。


「フェンリル! フェンリルって名前はどうだ?」

「フェンリル……」


(いや、フェンリルって……またまた北欧神話だな。というか狼でフェンリルは流石に名前負けするというか、元犬としてもフェンリルは狼界だけでなく犬界でも神のような存在。俺がその名前を使うのは……耐えられない)


 うんうん、と頷いてイヌは口を開く。


「さすがにフェンリルは……畏れ多いな」

「むー、そうか……うーん」


 耳を垂らして残念そうな顔をするレムス。考えてくれたレムスには申し訳ないが、流石にフェンリルと言う名前は名乗れない。


「それじゃあ、そうだな……。おっ、そうだ! サリユ! サリユ・ギー・フェンリル、これでどうだ?」

「フェンリルは外さないんだな」

「そりゃあ、まあ、特別な名前だし……。それに俺とお揃いだ、兄弟! これで名実ともに俺とお前は兄弟だ」

「おお、そうか? まあ、ファミリーネーム? とかならまだマシか……。というか、そういうのって勝手に付けていいのか?」


 レムスは大きく縦に首を振って頷いた。


「大丈夫、大丈夫! 俺の名前だって自分で勝手に付けたんだし。それに元々、俺たち魔物にとって家族の概念は薄いしな」

「うーん、そういうものか?」

「そうそう、そういうもんだぜ、サリュ!」


 早速、名前で呼んでくるレムス。


(というか、サリユじゃなかったのかよ! 愛称ってことか? 何と言うか、会った時から妙に距離が近いんだよなぁ。まあ、いいけど)


 ため息を吐いてイヌ――サリユは自分の名前を受け入れた。

 そうして、とある一匹の犬、もとい狼に名前が付けられた。


 その名は、サリユ・ギー・フェンリル。





  名前:サリユ・ギー・フェンリル

  種族:魔狼族

  魔法:『狼の遠吠え』

     『火球』

 スキル:『思念伝達』

     『?』


  名前:レムス・ギー・フェンリル

  種族:魔狼族

  魔法:?

 スキル:『思念伝達』

     ?

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