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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
古国 ガルチュア編
39/57

S07話 予感

 今日、手に入れた情報をルクスに話し終えたエミリスは、そこで一息ついた。

 話してみれば、色々なことがあった。

 発掘隊隊長、冒険者組合(ギルド)での出来事……。

 話している内に、情報の整理にもなる。

 改めて、今日の出来事を言葉にすることで、脳内で、その情報が明確化されていく。


 しかし、話を聞く立場のルクスはといえば、話半分で、ほとんど耳に入っていないのではないだろうか。

 と言っても、今に始まったことではない。

 ルクスは五分以上の話をまともに聞くことはない。

 集中力が持続しないのだ。

 戦闘においては、その並外れた集中力に感服さえするというのに、日常においては実年齢相応の、いや、それ以上に子供のような態度をとる。

 嫌いなものは嫌い、と言い、好きなものは好き、と言う。


 だが、そんなルクスも話を全く聞かない、という訳ではない。

 とどのつまり、彼は一番重要な事柄だけを頭に入れる。


「つまり、その遺跡に行けばいいんだな?」

「要約すると、そうなります」


 確かに、要点はそこになるが、そうではない。

 過程が大事なのだ。

 どのような道筋を経て、この結果に至ったのか。

 しかし、わざわざエミリスから、そのようなことは言わない。


「それで、いつ遺跡に行くんだ?」

「そりゃあ、明日だろ。早く行こうぜ!」

「いえ、待ってください。遺跡にどのような魔物が潜んでいるのかも分からない状態で、すぐ探索は出来ません。というか承認できません」

「そうだね、準備はしっかりしないと」

「ロッセルの言う通りです。明日はそれぞれ遺跡についての情報収集と武器の手入れ、道具の調達などをしてください」


 エミリスの発言にリゼルだけは不満そうな顔を見せるが、他二人は(おおむ)ね肯定したのか、頷いた。


「それじゃあ、そういうことでお願いします」


 これにて、ようやく長い一日が終わった。



――――――――――――



 エミリスはルクスと一緒に街に出ていた。

 ルクス一人では、自分に必要な道具も、最適な装備も見繕えない。

 こういう時は、決まってエミリスが面倒を見ていた。

 

 彼は魔法、剣術のレベルは言わずもがな、流石、勇者と言える実力だ。

 しかし、こと、それ以外になると、彼は、てんで役に立たない。

 変なところで詳しい知識を披露することもあるが、基本、ルクスは世間知らずという評価ができる。

 

 エミリス自身も、他人のことは言えない。

 彼女も箱入り娘として、大事に育てられ、その弊害として、あまり世間一般の常識というものが欠如している部分も多い。

 評議国の神殿に入ってからは、それなりの常識を教えられたものだが、しかし結局、あそこも閉鎖的な環境だった。

 外の世界をエミリスも、存外、知っている訳ではないのだ。

 

 だが、そんな彼女でさえ、ルクスの世間知らずは異常だと思える。

 本当に何も知らない。

 それは、誰とも交友関係を築かなかったかのように、何も知らない。

 自分だけの世界しか知らない、ようだった。


 だからこそ、エミリスはルクスに同伴したのだ。

 どのみち、彼一人では心配だ。

 誰かが、一緒にいなければいけない。


 そのような事情で、エミリスはルクスとともに防具屋に向かっていた。

 この街の防具屋は数店あるのだそうだが、その中でも、一番評判が良いのが、グロッテの防具屋である。

 二人は、高台にあるグロッテの防具屋に辿り着いて、早速、店へ入った。


 店の中は、和の甲冑や、西洋のフルプレートアーマーなど、多種多様、様々な防具が飾られていた。

 そして防具だけでなく、ここは武器屋としても経営しているらしい。

 防具の隣には、刀や剣、槍や斧、そして魔法詠唱者の杖などが飾られていた。


「いらっしゃい」


 奥から一人の男が現れる。

 その男こそがグロッテである。


「あの、この方の防具を見繕いたいんですが……」


 エミリスは隣のルクスに手を向けて、説明する。

 グロッテは頷いて、受付から、エミリスたちの方へやって来た。


「どれどれ、ちょっと身体を触りますよ」


 そう言って、グロッテはルクスの身体をペタペタと触りだした。

 その動作はゆっくりとしたもので、掌の感覚で、入念に筋肉や骨格などを確かめているようだった。

 

 彼――グロッテには掌の感覚で僅かな筋肉の隆起、弾力性を調べ、それを防具に反映させる技術を持っている。

 その技術によって、彼はこの国一番の防具職人として、有名になったのだ。

 それはスキルでもなく、まして魔法でもない。

 単純な努力の末の研鑽によって、彼の技術はこの領域まで達したのである。

 

「すみません、お客さんを鑑定しても構いませんか?」

「ああ」


 グロッテはルクスの身体を確かめつつ、鑑定の魔法で、彼の魔力量や保有魔法、スキルなどを確認する。

 

「うん⁉」


 想像以上のスペックにグロッテは目を剥いた。

 魔力量も、所有魔法もスキルも、見たことのないものだった。

 グロッテでは知らない魔法やスキルが一覧として、脳内に入っていく。


「あなたは……一体……?」


 視線をルクスの顔に向ける。

 しかし、当人のルクスは首を傾げて、不思議そうにグロッテを見つめ返していた。


「ああ、えっと……この方は……勇者様です」

「勇者……! そんな噂を一昨日聞きましたが、そうですか、あなたが……」


 グロッテは納得したように、うん、と頷いて、ルクスの身体の確認作業に戻った。

 そして、ものの数分で、それも終わり、グロッテは立ち上がって、話を切り出した。


「それで、ご予算はどれほどですか?」

「予算は特に。出来る範囲で最高のものを見繕っていただければ」

「それだと、一から作った方が、良いものが出来ますが……?」

「いえ、それだと、明日に間に合いません」

「明日……そうですね。流石に間に合いませんね」

「ええ、今ある防具でお願いします」


 グロッテは顎をさすり「うーん」と唸って、ルクスの身体を見つめる。


「胸当ては、そのままの方が良さそうですね」

「これは、そうだな……」


 ルクスの胸当てはベルトリスから貰ったものである。

 他の防具と比べても、段違いにステータスが高い。

 付与された魔法も数多く、耐久度もどの金属よりも固い。


「となると、(すね)当てと、手甲ですね」

「その上からマントコートを羽織る予定です」

「そうですか。分かりました、少しお待ちください」


 グロッテはそう言って、奥に消えた。


「ん? ここに飾っている防具じゃないのか?」

「そりゃあ、本当に性能の良い防具は、店先に飾りませんよ。盗まれちゃいますからね」

「そういうものか」

「そういうものです」


 エミリスはルクスの質問に微笑んだ。

 今は二人。

 グロッテが奥にいる間、偶然にも、エミリスとルクスは二人きりになった。

 こうして、落ち着いて二人だけになったのは、初めて会ったあの時以来だろうか。

 

 二人で出掛けるのも初めて。

 いつもなら四人で防具屋に行くのだが、今日に限って、リゼルとロッセルは早朝にどこかに行ってしまった。

 そういうことで、エミリスはルクスとともに街へ出たのだが……。

 

 二人きりの空気は久方ぶりで、少し緊張する。

 何を話せばいいのだろうか?

 二人の間には沈黙が隔てる。

 エミリスは「そういえば」と言って、話を切り出した。


「昨日のお姫様との外出はどうでしたか?」

「姫との?」

「はい」


 正直、気になっていた。

 昨日のガルチュア姫との……デート。

 ルクスと姫は何をしてたのだろうか。

 そして……。


(私は何を知りたいんですかね……)


 気になってはいたが、知ってどうするのだろうか。

 自分は――


「つっても、街をテキトーに散策しただけだぞ。露店街とか、あと……占い屋に行ったな」

「占い?」

「ああ。……この後、一緒に行くか?」

「……! はい! 行きたいです」

「うん」


 ルクスは静かに返事をする。

 対して、エミリスは元気な声だった。

 嬉しそうに笑顔を(たた)える。

 そんな彼女を見て、ルクスは微かに口元を上げた。


「お待たせしました」


 そこで丁度、グロッテが戻ってきた。

 グロッテの手には脛当てと手甲が携われていた。

 それを受付の机に広げ、ルクスたちに見せる。


「ご確認をお願いします。サイズは丁度いいと思うんですが……」


 ルクスは手にとって、確かめた。

 

「うん、いい感じだ」

「そうですか。それは良かった。どうぞ、実際に、装着して、着け心地も確認してください」

「分かった」


 防具を装着するルクス。

 そんなルクスを眺めるエミリス。

 エミリスは、新しい防具に目を輝かせるルクスに、母性のようなものを感じる。

 ルクスと言う男は、どうにも母性をくすぐる雰囲気を醸し出している。

 顔立ちもそうだが、その純粋な心は、眩しいぐらいに子供のそれだった。


「どうですか、ルクス様?」

「これにする、エミリス」

「分かりました。すみません、この防具一式をください」

「はい、ありがとうございます」


 グロッテはエミリスから金貨と銀貨を受け取り、二人に笑顔を見せた。


「お客さんたちは明日、どちらに行かれるんですか?」


 そのまま二人が店を出るのを待とうか……、と思っていたが、グロッテは何の気まぐれか、ルクスたちを引き留め、質問した。


「すみません、それは答えられません」

「そ、そうですよね。すみません、突然、不躾なことを言って」

「いえいえ」


 そう言って、エミリスは立ち去ろうとした。

 しかし、ルクスは立ち止まったまま、グロッテに視線を向けていた。


「どうしたんですかい、お客さん?」

「いや……えっと……」


 口ごもるルクス。

 そんなルクスをエミリスは後ろから、怪訝そうに見つめた。


「俺は……強いぞ」

「えっ⁉」


 突然の告白に、後ろで様子を窺っていたエミリスは困惑した。

 それは、グロッテも同様なようで、驚きの声を上げる。

 しかし、その驚きも、すぐに引っ込め、微笑みを浮かべた。

 いや、彼にはどこか心当たりがあるのだろうか。

 困惑したままなのはエミリスだけである。


「そうですか。それは、安心だ。明日、気をつけてください」

「ああ……。防具、ありがとう」

「いえ、こちらこそ、お買い上げありがとうございます」


 そして、今度こそ、二人は店を後にした。


「どういうことだったんですか、ルクス様?」


 店を出て、すぐにエミリスがルクスに訊ねた。

 ルクスは「あー」と言って、中空を見つめる。


「特に意味はない」


 ただ、似たような顔をする人物を知っていたから。

 前世での記憶がちらつく。


「そんなことより、行くか」

「……? はい」


 首を傾げながらも、エミリスはルクスの後をついて行った。

 ルクスは先程の約束通り、昨日行った占い屋に向かう。



――――――――――――



 グロッテは店を出た二人の後ろ姿を扉のガラス越しに、見えなくなるまで眺め続けた。


「あれが、勇者か」


 不意に出た呟きは、静かな店内で、妙に目立って聞こえた。

 

 グロッテは先程まで話していた勇者を、過去の仲間に重ね合わせて見ていた。

 顔立ちも、背丈も似ていない。

 しかし、あの朴訥とした、無表情なところは、よく似ているな、と感じた。


 グロッテは昔、とある冒険者パーティに属していた。

 そこで出会ったのが――彼だ。

 

 グロッテはその後、すぐに冒険者業を畳み、今の防具屋に落ち着いたが、彼はグロッテがパーティを離れた後も交流を続け、足繁く、グロッテの防具屋に来ていた。


 しかし、その仲間――彼はもうこの世にはいない。

 先の遺跡での王獣出現の被害に遭い、彼は内臓を(さら)け出し、帰ってきた。

 しかし、凄惨な身体とは裏腹に、表情は安らかだった。

 いつも無表情のあいつが、最後の最後で、一番の微笑みを(たた)えていたのだ。


「ほんと、何なんだよ」


 彼の遺体を見て、グロッテは涙声で言った。

 彼とはもう話せない。

 馬鹿話もなにも……。


 あの勇者は、そんな彼と重なった。

 だから、少し――不安になったのだ。

 突然、どこかへ行ってしまう。

 そんな、空気が……。


「今日、初めてあった人に、何を思ってんだか……」


 気を取り直して、仕事に戻る。

 久しぶりに彼のことを思い出して、変に感傷的になってしまったようだ。

 寂寥感にも似たノスタルジーを胸に、グロッテは防具の手入れを始める。


「勇者か……」


 窓から見える青空。

 太陽の光が反射し、眩し気に目を細める。


 翌日、グロッテは店から忽然と姿を消した。

 そして一生、店に帰ることはなかった。



――――――――――――



「宰相殿! また失踪事件が起きました!」


 男が一人、会議に向かう途中の宰相に、緊急の連絡を伝える。


「それを私に話してどうする。騎士団に任せておけ」

「しかし……騎士団長殿が、王に判断を仰ぎたいと」

「それ程に深刻なのか?」

「はい。今週だけでも都市だけで百を超えます。国全体となると万を超える試算も」

「万だと⁉ 先週と比較にならないではないか!」


 男は手に持っていた文書を広げ、読み上げる。

 そこには、失踪した人物たちの特徴、経歴ともに接点がない点、そして、最後の目撃場所も散らばっており、関係性が認められない点。

 以上のことから、それぞれの失踪事件に繋がりはない、という報告だった。

 しかし、それを聞いた宰相は荒げた声で、怒号を上げた。


「そんな訳があるか! この短期間で失踪事件が関連性もなく起こるはずがないだろ! 騎士団は馬鹿なのか!」

「いえ、騎士団も同じ考えを持っておりましたが、ここ数週間の捜査で一切として繋がりを示せる証拠を発見できなかったのです。それは物的証拠だけでなく、状況証拠もです」

「犯人の目撃情報は何もないのか!」

「神隠しのように忽然と消えたのです。目撃情報はありません」


 全てが忽然と消える。

 それこそ、それを一つの繋がりとして見なせるが、しかし犯人の目星には何も役立たない。


「宰相殿……これは誰かの意図が介在して起きた事件なのでしょうか?」


 宰相は会議に足を急がせながら、顎に指をあてる。


 正直、どうとも言えない。

 しかし、安直に考えれば、同一犯の可能性が高い。

 こう、立て続けに失踪事件が起きるものか?

 そこには同一の存在が裏で糸を引いているのではないだろうか?

 だが、だとしたら、どのような目的で?


「分からない。だが、この事件を野放しにすることは出来ない」


 王獣消失の次は失踪事件である。

 いや、これもあながち消失事件と言えるかもしれない。

 考えすぎかもしれないが、この二つの事件に何かしらの繋がりでもあるのだろうか。


「……いや、流石に考えすぎか」


 しかし、人が消失している傍らで、逆に遺跡内では魔物が大量に発見されている。

 遺跡内では以前からも魔物は確認されていたが、ここまでの数では到底なかった。

 一日に数匹見つかられば幸運で、見つからない日もあったほどだ。

 だが、今は遺跡に入れば、確実に魔物と遭遇する始末である。

 一日に1235匹という発見報告もあったほどだ。


「何が起きている? 王獣出現から、何かが動き出しているのか……?」


 そう、見えていなかったものが見え始めてしまったような、不穏な感覚。

 未だ、その感覚は言語化できない。

 だが、それでも、何かしらの行動はとらなければ。


「王には私から報告しておく。お前は、直ちに騎士団に赴き、団長に夜の会議に出るよう伝えておけ」

「分かりました。至急、伝えに行きます」


 男は、そう言葉を残して、走り去った。

 宰相も、これから会議である。

 議案はたくさんある。

 問題は山積みだ。


「勇者は遺跡に行くと言っていたか……」


 宰相は城の窓からシロエ遺跡を視界に捉える。

 謎に包まれる、解明なしの遺跡。

 あの遺跡に、この国の王も内心では憑りつかれている。

 宰相はため息を吐き、扉を開けた。


「さあ、会議を始めよう」

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