S06話 暗礁
エミリスとリゼル、ロッセル三人は発掘隊の本部を出て、今は大通りの露店街を歩いていた。
少し早いが、昼食として、三人の手には露店で買ったケリュネフロガの串焼きがある。
「それにしても、収穫なしかよ」
「ええ」
リゼルは串焼きを食べながら、先程までの発掘隊との対話を思い出していた。
結論から言えば、発掘隊から目ぼしい情報は得られなかった。
色々と、手を変え、品を変え、質問したのだが、のらりくらりと答えをはぐらかされた。
いや、相手の返答には一見して懐疑の余地はないように思えたのだが、エミリスは直感的にその返答一つ一つが怪しく感じられた。
「何か隠している、ようには思えるのです。ですが……」
「ああ、僕の真眼は反応しなかった。この真眼においては、発掘隊の話に嘘はないんだよ」
「まさか、ロッセルの真眼の情報が、相手に知られてたんじゃねぇか?」
「そんなはずない、と思うんだけど……。だとしても、真眼の性能を知ったところで、真眼は破れない」
そう、それほどに真眼は絶対的な能力を有している。
相手の心の変動に作用する訳ではない。
真眼は嘘そのものを見分けるのだ。
嘘をついた時点で、ロッセルの真眼は反応を示す。
「だとすると、発掘隊は本当に何も知らないのでしょうか?」
「エミリスちゃんは、そうは考えていないんでしょう?」
「そりゃあ、直感はそう言っていますが、実際、ロッセルの真眼は反応していません」
「そうだけどね……」
発掘隊は信用できない。
何が、とは言えない。
理屈は分からないが、エミリスはこの直感を信じる。
彼女の直感は気のせいではない。
それは、彼女すら知らない、特殊な能力。
神のお告げ、神託とも呼ばれる、神官の中でも限られた者しか授けられない。
能力、とは言ったが、正確に言えば、それは、エミリスの能力ではない。
それは神からの授けもの。
神の能力である。
しかし、その神も滅んで久しい。
だからこそ、その能力は名残というか、残滓のようなものである。
とはいっても、その神は神獣とは関係ない。
「まあ、発掘隊に関しては、これからも警戒しておきましょう。発掘隊の本部でも言いましたが、探りを入れる必要があるでしょう」
「そうだね。どちらにせよ、王獣の情報を一番得ているのは発掘隊だ」
今後の発掘隊に対する方針も固まり、次に、本題を考える。
「さて、王獣の所在について考えないとね」
ロッセルは串焼きを平らげて、唇を舐めた。
「そりゃあ、発掘隊が隠してるんじゃねぇのか? そういう話だったろ?」
「なるほど、リゼルは発掘隊が王獣を隠してる、と考えてるんだね」
「そうだよ」
「だけど、じゃあ、どこに隠してるのかな?」
「どこ? そりゃあ……」
「そう、それが分からない。発掘隊じゃなくてもいい、王獣自ら隠れ忍んだとしても、どこに隠れているのか」
「考えるのは、消えた理由ではないということですね」
「そう、ここで考えるべきは消失した理由、原因じゃない。どこに消えたのか、そこが重要なんだよ」
ロッセルの指先がエミリスに向けられる。
「それって何が違うんだよ? 結局、どこにいるかなんかよぉ、それこそ消えた理由を知らなきゃ、分からねぇんじゃねぇか?」
「へぇ、リゼルはどうしてそう思うんだい?」
「だってよぉ、消えた理由によって、王獣の行き先も変わるんじゃねぇか? 例えば、腹が減ったから、帰ったとか?」
「ほう、王獣が自分の意志で現れて、自分の意志で元の場所に帰った、と。確かに、理由の内容によって、隠れる、もしくは隠される場所は変わるね。けど、やっぱり理由によって場所を導き出すのは不可能に近いよ。リゼルが例えで言った話もそうさ。結局、その場所を探らなければいけない。つまり――」
「理由は考えても無駄、と言うことですね?」
「そう! エミリスちゃんは頭がいいなぁー」
「おい、そうなると、俺が頭悪いみたいじゃねぇか!」
「違うよ、そんなつもりで言ってない」
ロッセルは首を振って、発言に他意はないことを示した。
「で、つまり、何が言いてぇんだよ」
「つまり! 王獣の居所を探そうって話」
「だから、それがどこなんだよ!」
リゼルは先程のロッセルの発言に、多少苛立ちを覚えたのか、声を荒げる。
ロッセルは「まあまあ」と笑顔で、リゼルを宥めた。
「分かるでしょ? そんな場所、一つしかない。エミリスちゃん、分かる?」
エミリスはその場所がある方角へ顔を向け、口を開けた。
「シロエ遺跡、ですね」
「その通り! あの遺跡しか考えられない」
指を鳴らして、ロッセルは声を上げる。
「そもそも、遺跡に魔物が出現するっていうけど、どういうことなのかな?」
先程、平らげたばかりの、肉の刺さっていた串を指さし、首を傾げる。
「そして、王獣が出現したのも……?」
「遺跡か」
リゼルが呟く。
「そう、あそこはどのみち、謎がありすぎるんだよ。現段階で一番可能性があるのは、あの遺跡さ」
「それに、もし発掘隊が王獣を隠しているとしたら、そもそも消えていない、という可能性もありますね。遺跡に出現し、同じ遺跡に匿っている。けれど、その場合、何故、出現したことを外部に報告したのか。出現後、消失した、とするよりも、元から王獣などいなかった、とした方が楽に決まっているのですが……」
「発掘隊が裏で糸を引いているとしたら、そうだね。矛盾が生じる。けれど、発掘隊が黒幕と決まった訳じゃない。今は、遺跡を調べる、でいいんじゃないかな?」
「そうですね。王城に戻ったら、ルクス様にも報告しないと」
「うん、流石に遺跡の探索となると、ルクス君の力が必要不可欠だ」
「それじゃあ、早く戻ろうぜ! すぐに遺跡に行こう!」
リゼルは背負う大剣の柄を握り、笑みを浮かべた。
「今日ですか? 流石に、ちゃんと準備してからにしましょう」
「ちぇー」
これ見よがしに、リゼルはため息を吐き、肩を落とした。
「今日はこれから、この国の冒険者組合に寄らないといけないんです。情報収集をしないと」
「なるほど、どこに向かっているかと思ったら、冒険者組合だったのか」
エミリスたちが向かうは、古国ガルチュアの冒険者組合。
そこで少しでも、王獣についての情報を得られれば上々。
先の王獣出現の際は、冒険者の幾人かも、出動したらしい。
「ロッセルは……また、お願いできますか?」
エミリスの瞳は、彼の瞳を映す。
「分かってるよ。大丈夫」
ロッセルは「目薬しないと」と呟きながら、目を擦った。
冒険者組合の入り口、両扉の前で三人は視線を合わせる。
「それじゃあ、行きますか」
エミリスの声に続き、リゼルとロッセルも組合内に入る。
そこは、多くの冒険者で賑わっていた。
この国では冒険者よりも、発掘隊の方が有名だが、遺跡から出現する魔物の影響や、最近では王獣の件もあって、冒険者稼業も活発になっている。
エミリアたちは中に入ってまず、受付に行こうとした。
しかし、その途中で呼び止められる。
「おいおい、そこの姉ちゃん、待てよ。見ねぇ顔だな」
ガラの悪そうな男が二人、エミリスの元へ近づいた。
絵に描いたようなチンピラ、もとい冒険者だ。
態度からして小者のようだが、恰好は冒険者のそれだった。
この国では、こんな輩を冒険者に迎えているのだろうか。
「何ですか?」
こういう時は無視するのが鉄則なのだが、今は何よりも王獣の情報である。
有益な情報を持っていそうには見えないが、万が一と言う可能性もある。
エミリスは内心で嘆息を吐きながら、男たちに笑顔を見せた。
「ほう? えらい美人な神官だな、おい」
「姉ちゃんは、冒険者かよ?」
「はあ……、まあ、そんな感じです」
男たちはエミリスの身体を下から上へ、視線を舐めまわすように、移動させる。
「なあ、依頼を受けるのか? なんなら、俺たち、手伝おうか?」
「そうだ、それがいい! どうだ、姉ちゃん?」
「いえ、それは、けっこ――」
エミリスが返答し終える前に、男の一人が無理矢理、エミリスの手を掴み、受付に連れて行く。
「ちょっ、待ってください! 私はただ、聞きたいことが……!」
「おう、後で聞いてやる」
「離して! 離してください!」
「黙れ! このクソアマ!」
「……?」
男の荒げた声に、眉間を狭める。
話を聞く気がない。
どういうこと?
エミリスは、周りに視線を向けるが、冒険者の誰とも目が合わない。
いや、目を合わせてくれない。
冒険者はいずれも、エミリスから視線を逸らしていた。
(そういうことですか……)
男たちの行く先に視線を移動させる。
受付ではない。
そこには、男たちが屯している。
男たちは、いやらしい視線をこちらに投げていた。
「リゼル! ロッセル!」
彼らの名前を声に出す。
しかし、彼らはエミリスのところへは、駆けつけなかった。
いや、そもそも、エミリスがこのような状態に陥った時点で、彼らならば、すぐさま助けてくれるはずだ。
だが、来ない。
エミリスはリゼルとロッセルの方へ顔を向ける。
案の定、彼らは男たちの仲間と思しき者たちに囲まれていた。
「計画的? どこからつけていたんですか?」
「ひゅー。勘が良いね、姉ちゃん。そうだよ、露店街で姉ちゃんを見つけて、一目惚れしちゃった」
「それで、これは愛の告白ですか? それにしては強引ですね?」
「これが俺の、俺たちの愛情表現さ。いっぱい可愛がってやるから、大人しくしろ。お友達を痛い目に合わせたくないだろ?」
「……あなた、私たちが何者か知らないんですか?」
「ん? そりゃあ、別嬪な姉ちゃんだろ?」
「はあ……」
呆れた。
この男たちは何も知らずに、エミリスを連れて行こうとしているのか。
こんな輩に王獣の情報を引き出そうなどと考えたのが、間違いだった。
エミリスたちの素性も知らない者たちが、王獣の情報など知る由もないだろう。
しかし、どうしたものか。
この男たちは、この国の冒険者組合で幅を利かせている連中なのだろう。
だからこそ、他の冒険者たちは手を出せない。
金をちらつかせているか、もしくは……そうか――
屋内を再度、見回す。
(やっぱり、そうだ……)
屋内には受付の人物以外、女性がいない。
(まったく、腐ってる……)
組合も組合だ。
冒険者間のいざこざには手を出さない、中立の立場と言うことは分かるが、男たちを野放しにして良い理由にはならない。
「あなたたち、止まりなさい」
エミリスは厳かに、声を出した。
「なんだよ、姉ちゃん。まだ、この状況で平静を保てるのかよ」
「ゲスが……。こんなことして、恥ずかしくないんですか?」
「ああ? おい、姉ちゃん、口が過ぎるぞ。その口、無理矢理、塞ぐぞ?」
「そうですか」
そろそろ、リゼルたちも、囲いから抜け出す頃合いだろう。
(この人たちも、少し痛い目を見れば、諦めてくれるでしょう)
「おい、エミリス。こいつらは、お前の知り合いか?」
噂をすれば、なんとやら。
どうやら、リゼルたちが助けに来てくれたらしい。
しかし、それにしては、芝居じみている。
今更、「知り合いか?」などと、とぼける必要があるのだろうか。
だが、その脚本に乗ってあげることにする。
「はあ……」
エミリスは、これで何度目か分からない、嘆息を吐き、棒読みで言葉を発した。
「違いますよー。私は無理矢理、この男たちに、連れて行かれてるんですよー」
「そうか」
その返事の声と同時に、エミリスの手首を掴んでいた男の拘束が剥がれる。
そして、男は次の瞬間、身体を一回転し、宙を舞い、そのまま頭から地面に直撃した。
「げえぇ!」
男は頭を打った瞬間、変な声を出して、白目を剥いたようだ。
気絶している。
エミリスは掴まれた手首を回して、軽くさすった。
少し、男の手汗がついてしまった。
「最悪です」
「大丈夫か?」
エミリスの辟易した声に、淡々とした声が心配する。
「平気です。ありがとうございます、リゼル、ロッセ……」
エミリスは、そこでようやく助けてくれた人物に視線を向けた。
その人物は、エミリスの予想と反して、リゼルでもロッセルでもなかった。
「ルクス……様?」
「おう」
そこには、ルクスがいた。
姫とデートしに行ったはずのルクスが。
「なんだ、まだやる気か?」
男たちは、予期せぬ出来事に一瞬、たじろいでいたが、すぐさまルクスを取り囲み、武器を構え始めた。
行動が速い。
そこは、曲がりなりにも、冒険者と言ったところか。
「お前、何者なんだよ!」
「うん? 知らないのか? まあ、自惚れる訳じゃないが……」
ルクスはエミリスに首を傾げる。
エミリスは首を振って、肩を竦めた。
「そうか……。それじゃあ、力で分からせるか」
「何言ってんだ? お前、今のこの状況、理解できねぇのか? この数の相手を、どうにか出来る自信でもあんのかよ?」
男たちは笑う。
嘲り笑う。
馬鹿なことを、こいつ本気か、現実を知らねぇようだ、など男たちは好き勝手に、ルクスに言葉を投げつける。
しかし、どんな雑言を吐かれようが、ルクスは気に留めていないようだった。
「御託は良い。かかってこないのか?」
「なんだよ、頭のネジ外れてんじゃねぇのか? 余裕こいてるようだがよぉ、その顔、すぐに絶望させてやるよぉ!」
男たちが一斉にルクスに飛び掛かる。
しかし、当のルクスは顔色一つ変えず、そんな光景を眺めていた。
そして――
「えっ?」
男の素っ頓狂な声がした途端、男たちが散り散りに吹き飛んだ。
「な、なんだ?」
男たちは尻もちをつき、身体を震わせる。
何が起こったのか、訳が分からないといった感じだ。
「おい、少し、魔力を出しただけだぞ?」
「魔力放出? そんなんで、こんなことが出来るのか?」
ルクスの魔力に当てられたせいで、男たちは膝を震わせながら、やっとこさ、立つことが出来た。
「諦めないその姿勢は、いいんじゃないか?」
「偉そうにしてんじゃねぇよ。さっきのは、何かの間違いだ! お前ら、もう一度、一斉にかかれ! 弓使いと魔法師は、遠距離で攻撃しろ!」
間違い、と言いながら、しっかりと先程のルクスの攻撃に対応してきた。
頭は回るんだな、とエミリスは素直に思う。
どうして、その頭を真っ当なことに役立てないのだろう、と疑問にも思うが。
男たちの一斉攻撃がルクスを襲う。
魔法師たちの様々な系統の遠距離魔法攻撃。
弓使いたちの一斉射撃。
そして、剣や戦斧、棍棒や鎌での接近攻撃。
だが、その攻撃のことごとくをルクスは無に帰した。
拳を床に殴りつける。
その衝撃で、床に大きな亀裂が生まれる。
床は――地面は震え、男たちも不安定な態勢で揺れている。
そんな男たちに、ルクスは握っていた拳を開き、掌を真っすぐに伸ばした。
そして、そのまま横に風を切る。
――無刀。
それは、剣術よりも、原初の戦法が一つ。
ルクスはそれを教えられることもなく、センスそれだけで、その攻撃を成し得た。
ルクスの無刀は自分を中心に円を描いて、斬撃となって放たれた。
男たちの装備を裂き、身体の表面には、大きな一本の切り傷がつけられた。
「お、おい。こ、こここっ、これ! なんだよ、これ!」
男は自分の胸につけられた切り傷を見て、絶句する。
胸元の傷は肉を抉り、赤い血が漏れ出ていた。
「あっ、あっ、ああ……」
「おい、もう終わりか? 続きはしないのか?」
ルクスはやはり、顔色変えずに、男たちに首を傾げた。
男たちはそんなルクスを見て、震えていた身体をより一層、震わせる。
「今度は、傷じゃなくて、腕か足か、それとも身体そのものを両断するか」
「ひぃいい!」
ルクスの言葉を聞いて、男たちは全員、脱兎のごとく、組合から出ていった。
「ふぅ、やっと終わりましたか」
エミリスは無意識に力が入っていた肩を落とし、息を吐く。
「おっ! そっちも終わったか。こっちも終わったぞ! ルクス!」
「よっ」
ルクスとリゼルはハイタッチをして笑い合った。
「いや、遅いですよ、リゼル、ロッセル!」
エミリスは目を細め、二人を睨んだ。
「違うんだ。行こうと思ったら、もう、ルクス君が来ていて、助けに入るタイミングを逸しちゃったんだよ」
エミリスは二人に「もう……」と頬を膨らませ、しかし、その件に関しては目を瞑った。
今は、もう一つの疑問の方が気になっている。
「ルクス様は……何故、こちらに?」
上目遣いで、ルクスの顔を覗く。
「ああ、それは、姫がもう一度、露店街に行こうって言って、それで、お前たちを見つけて……」
ルクスは唇をむにむに、と揉んで、眉間を狭めた。
どうやら、説明するのが面倒くさくなったのだろう。
ルクスと言う人間は、そういう男だ。
二ヶ月余りの付き合いだが、彼のことはずっと観察していた。
彼がどのような人物なのかも、だいたい理解したつもりだ。
「いいですよ。大方、分かりました。そうですか、姫様と……」
エミリスはそこで、ようやく、入り口――扉付近に件のガルチュア姫がいるのに気づいた。
「こんにちはっす! 皆さん!」
「どうも、こんにちは……」
どうしてだろう。
どうして自分は、この姫に苦手意識を抱いているのか。
昨日、初めて会って、まだ一日、いや、半日ほどしか経っていないはずなのだが、エミリスは、正直に言って、この姫に嫌悪感にも似た、モヤモヤとした感情を抱いている。
そのモヤモヤは、何故だか胸を締め付ける。
こんな感覚は、生まれて初めての体験だった。
そんなエミリスたちの元へ、一人の女性がヒールの音を高らかに、向かってきた。
「ちょ、ちょっと、あなたたち! どうしてくれるんですか! この床! 弁償してもらいますよ!」
甲高い声で、ギャーギャー、と喚くのは受付にいた女性だ。
何をいまさら、とエミリスは目を細めて、その女性を見た。
「いや、これは、あいつらが突っかかってきて……」
ルクスは口ごもりながら、床を指さす。
やはり、彼はどうにも、他人とのコミュニケーションが苦手だ。
そんなルクスに対して、女性の勢いは止まらない。
逆に、勢いが増した気もする。
「こちらに来てください! 書類にサインしてもらいます。さあ、早く!」
「うぅ……、エミリス……」
そして、この子犬のように困った顔である。
いつもは、淡々と感情を見せないルクスだが、いざ、どうしようもない状況になった時は、このように、助けを求めてくる。
その時の表情が、どうしたものか、エミリスの心を変にざわつかせる。
「大丈夫ですよ、ルクス様。……あの、すみません」
「はい? あなた……ああ、さっきの。もしかして、お連れの人なんですか? でしたら、あなたもご同伴――」
「私たちの素性を知らないんですね?」
「ん? 知りませんけど、大体、予想はつきます。恐らく、他の国で、少しは名の知れた冒険者なんでしょう? けれど、この国では関係ありません! ここでは、ここのルールに従ってもらいます!」
エミリスは、声を荒げる女性に嘆息を吐く。
そんな態度に、女性はさらに激高した。
しかし、エミリスと女性の言い合いに、割って入る人物が現れる。
「な、何をしているんだ! 君!」
「はい? ああ、これは組合長。この人たちが、組合の床を壊したんですよ!」
「君は……! 君は何を言っているんだあああぁ! こっ、この方たちは……この方たちは、勇者様たちだ!」
「……えっ?」
女性は呆けた表情をする。
「昨日、城と評議国冒険者組合より、連絡を受けました。すみません! 昨夜、連絡を受けたばかりで、情報が下の者まで行き届きませんでした!」
「いえ、大丈夫ですよ。ルクス様も、良いですか?」
「ああ」
「あっ、それと、この床は……」
エミリスは、さも今、思い出したように言葉を口にする。
「もちろん! 組合で補修いたします」
「あと、あの人たちは……」
「はい! 騎士団に連絡した後、司法省へ判断を仰ぎたいと思います」
「そうですか、それは良かった」
「こちらこそ、大変申し訳ございませんでした!」
組合長は深く頭を下げながら、隣の女性の頭に手を押し付けて、無理矢理、頭を下げさせる。
「す、すみませんでした!」
女性はようやく現状を理解したようだ。
涙で、顔をぐちゃぐちゃにして、鼻水もそのままに、声を張り上げた。
そんな女性の姿に、エミリスは胸をスカッとさせ、満面の笑みで「いいですよ」と口にした。
一時は面倒なことに巻き込まれたな、と思ったが、しかし、これも借りを作ったと考えれば儲けものかもしれない。
せっかくだ、お願いしてしまおう。
「組合長さん、申し訳ないのですが、一つ、お願いをしてもいいですか?」
「何なりとお申し付けください!」
「それじゃあ、遠慮なく。確か、冒険者にもシロエ遺跡の入場許可証が出ると思うんですが。それ、私たちにもいただけませんか?」
「それだけですか?」
「ええ」
「そんなこと、喜んで、発行いたします! 君! 早く、許可証を作りなさい!」
「は、はい!」
返事をして、女性はすぐさま受付の方へと走っていった。
しかし、偶然にも、遺跡の許可証を手に入れられるとは。
先程、ロッセルたちと話した矢先の出来事である。
正直に言えば、王室や発掘隊に伝えれば、同じ許可証を入手することも可能だろう。
だが、そうすると、王室はともなく、発掘隊に、遺跡に行くことを知られてしまう。
それで、万が一、発掘隊が王獣消失に関わっていた場合、証拠隠滅などされてしまっては、どうしようもない。
ここは、冒険者組合で許可証を発行するのが最善手だろう。
「発行完了しました! こちら、遺跡の入場許可証です。こちらのカードには、特定の感知魔法が施されています。遺跡の入り口の扉に、この許可証を翳せば、扉が開く仕掛けとなっております」
「そうですか、ありがとうございます」
「いっ、いえ……」
エミリスは女性から許可証を受け取り、カバンへ仕舞った。
これで、ようやく、一段落だろうか。
なんだか、冒険者組合に寄るだけだったのだが、予想外に、疲れてしまった。
エミリスはリゼルとロッセルに声を掛け、帰るように促した。
そして、ルクスにも視線を向ける。
「ルクス様も一緒に帰られますか?」
「そうだな……。姫、もう城に帰ってもいいか?」
「そうっすね、今日はもう十分、楽しんだっすから、いいっすよ!」
「姫も一緒に帰るか?」
「いえ! 私はちょっと用事があるっすから、先に帰ってもらっていいっすよ!」
「分かった。だそうだ。一緒に帰るか、エミリス」
「はい!」
エミリスは疲れもどこへやら、今日一番の笑顔をルクスに向けた。
そうして、四人は帰路に就く。
――――――――――――
「おい! ここはどこだよ!」
男たちは暗闇に放り出された。
昼に冒険者組合で、一人の男に返り討ちに合い、必死に逃げる途中で、騎士団に捕まり、そして――
そこで、記憶が途切れている。
何も思い出せない。
気が付いた時には、暗闇にいた。
「おやおや、お目覚めになりましたか、皆さん?」
「誰だお前!」
怒りの声がそこかしこで上げられる。
どうやら、ここにいるのは数人という訳ではない。
あそこにいた、冒険者全員いるのだろうか?
しかし、どうして?
そして、ここは、どこだ?
「答える必要はありませんね。そして、あなた方は言葉を発する必要もありません」
「おい! 何、勝手なこと言ってんだよ!」
「ですから、言葉を発する必要はありません。……いえ、言葉を発する必要がなくなるのです」
「……どういうことだ?」
「言葉の通りです。もう、あなた方に、言葉は必要ありません」
「おっ、おい! 本当にどういうことだ⁉ なんだよ! 何なんだよ!」
次の瞬間、男たちの悲鳴があちらこちらで響いた。
その悲鳴は連鎖し、共鳴し、そして――
――男たちから、言葉は失われた。
「素晴らしい! 素敵なお姿ですよ、皆さん!」
その声は暗闇に溶けていく。




