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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
古国 ガルチュア編
38/57

S06話 暗礁

 エミリスとリゼル、ロッセル三人は発掘隊の本部を出て、今は大通りの露店街を歩いていた。

 少し早いが、昼食として、三人の手には露店で買ったケリュネフロガの串焼きがある。

 

「それにしても、収穫なしかよ」

「ええ」


 リゼルは串焼きを食べながら、先程までの発掘隊との対話を思い出していた。

 結論から言えば、発掘隊から目ぼしい情報は得られなかった。

 色々と、手を変え、品を変え、質問したのだが、のらりくらりと答えをはぐらかされた。

 いや、相手の返答には一見して懐疑の余地はないように思えたのだが、エミリスは直感的にその返答一つ一つが怪しく感じられた。

 

「何か隠している、ようには思えるのです。ですが……」

「ああ、僕の真眼は反応しなかった。この真眼においては、発掘隊の話に嘘はないんだよ」

「まさか、ロッセルの真眼の情報が、相手に知られてたんじゃねぇか?」

「そんなはずない、と思うんだけど……。だとしても、真眼の性能を知ったところで、真眼は破れない」


 そう、それほどに真眼は絶対的な能力を有している。

 相手の心の変動に作用する訳ではない。

 真眼は嘘そのものを見分けるのだ。

 嘘をついた時点で、ロッセルの真眼は反応を示す。


「だとすると、発掘隊は本当に何も知らないのでしょうか?」

「エミリスちゃんは、そうは考えていないんでしょう?」

「そりゃあ、直感はそう言っていますが、実際、ロッセルの真眼は反応していません」

「そうだけどね……」


 発掘隊は信用できない。

 何が、とは言えない。

 理屈は分からないが、エミリスはこの直感を信じる。


 彼女の直感は気のせいではない。

 それは、彼女すら知らない、特殊な能力。

 神のお告げ、神託とも呼ばれる、神官の中でも限られた者しか授けられない。

 能力、とは言ったが、正確に言えば、それは、エミリスの能力ではない。

 それは神からの授けもの。

 神の能力である。

 しかし、その神も滅んで久しい。

 だからこそ、その能力は名残というか、残滓のようなものである。


 とはいっても、その神は神獣とは関係ない。


「まあ、発掘隊に関しては、これからも警戒しておきましょう。発掘隊の本部でも言いましたが、探りを入れる必要があるでしょう」

「そうだね。どちらにせよ、王獣の情報を一番得ているのは発掘隊だ」


 今後の発掘隊に対する方針も固まり、次に、本題を考える。


「さて、王獣の所在について考えないとね」


 ロッセルは串焼きを平らげて、唇を舐めた。


「そりゃあ、発掘隊が隠してるんじゃねぇのか? そういう話だったろ?」

「なるほど、リゼルは発掘隊が王獣を隠してる、と考えてるんだね」

「そうだよ」

「だけど、じゃあ、どこに隠してるのかな?」

「どこ? そりゃあ……」

「そう、それが分からない。発掘隊じゃなくてもいい、王獣自ら隠れ忍んだとしても、どこに隠れているのか」

「考えるのは、消えた理由ではないということですね」

「そう、ここで考えるべきは消失した理由、原因じゃない。どこに消えたのか、そこが重要なんだよ」


 ロッセルの指先がエミリスに向けられる。


「それって何が違うんだよ? 結局、どこにいるかなんかよぉ、それこそ消えた理由を知らなきゃ、分からねぇんじゃねぇか?」

「へぇ、リゼルはどうしてそう思うんだい?」

「だってよぉ、消えた理由によって、王獣の行き先も変わるんじゃねぇか? 例えば、腹が減ったから、帰ったとか?」

「ほう、王獣が自分の意志で現れて、自分の意志で元の場所に帰った、と。確かに、理由の内容によって、隠れる、もしくは隠される場所は変わるね。けど、やっぱり理由によって場所を導き出すのは不可能に近いよ。リゼルが例えで言った話もそうさ。結局、その場所を探らなければいけない。つまり――」

「理由は考えても無駄、と言うことですね?」

「そう! エミリスちゃんは頭がいいなぁー」

「おい、そうなると、俺が頭悪いみたいじゃねぇか!」

「違うよ、そんなつもりで言ってない」


 ロッセルは首を振って、発言に他意はないことを示した。


「で、つまり、何が言いてぇんだよ」

「つまり! 王獣の居所を探そうって話」

「だから、それがどこなんだよ!」


 リゼルは先程のロッセルの発言に、多少苛立ちを覚えたのか、声を荒げる。

 ロッセルは「まあまあ」と笑顔で、リゼルを(なだ)めた。


「分かるでしょ? そんな場所、一つしかない。エミリスちゃん、分かる?」


 エミリスはその場所がある方角へ顔を向け、口を開けた。


「シロエ遺跡、ですね」

「その通り! あの遺跡しか考えられない」


 指を鳴らして、ロッセルは声を上げる。


「そもそも、遺跡に魔物が出現するっていうけど、どういうことなのかな?」


 先程、平らげたばかりの、肉の刺さっていた串を指さし、首を傾げる。


「そして、王獣が出現したのも……?」

「遺跡か」


 リゼルが呟く。


「そう、あそこはどのみち、謎がありすぎるんだよ。現段階で一番可能性があるのは、あの遺跡さ」

「それに、もし発掘隊が王獣を隠しているとしたら、そもそも消えていない、という可能性もありますね。遺跡に出現し、同じ遺跡に匿っている。けれど、その場合、何故、出現したことを外部に報告したのか。出現後、消失した、とするよりも、元から王獣などいなかった、とした方が楽に決まっているのですが……」

「発掘隊が裏で糸を引いているとしたら、そうだね。矛盾が生じる。けれど、発掘隊が黒幕と決まった訳じゃない。今は、遺跡を調べる、でいいんじゃないかな?」

「そうですね。王城に戻ったら、ルクス様にも報告しないと」

「うん、流石に遺跡の探索となると、ルクス君の力が必要不可欠だ」

「それじゃあ、早く戻ろうぜ! すぐに遺跡に行こう!」


 リゼルは背負う大剣の柄を握り、笑みを浮かべた。


「今日ですか? 流石に、ちゃんと準備してからにしましょう」

「ちぇー」


 これ見よがしに、リゼルはため息を吐き、肩を落とした。


「今日はこれから、この国の冒険者組合(ギルド)に寄らないといけないんです。情報収集をしないと」

「なるほど、どこに向かっているかと思ったら、冒険者組合(ギルド)だったのか」


 エミリスたちが向かうは、古国ガルチュアの冒険者組合(ギルド)

 そこで少しでも、王獣についての情報を得られれば上々。

 先の王獣出現の際は、冒険者の幾人かも、出動したらしい。

 

「ロッセルは……また、お願いできますか?」


 エミリスの瞳は、彼の瞳を映す。


「分かってるよ。大丈夫」


 ロッセルは「目薬しないと」と呟きながら、目を擦った。


 冒険者組合(ギルド)の入り口、両扉の前で三人は視線を合わせる。


「それじゃあ、行きますか」


 エミリスの声に続き、リゼルとロッセルも組合(ギルド)内に入る。

 そこは、多くの冒険者で賑わっていた。

 この国では冒険者よりも、発掘隊の方が有名だが、遺跡から出現する魔物の影響や、最近では王獣の件もあって、冒険者稼業も活発になっている。


 エミリアたちは中に入ってまず、受付に行こうとした。

 しかし、その途中で呼び止められる。


「おいおい、そこの姉ちゃん、待てよ。見ねぇ顔だな」


 ガラの悪そうな男が二人、エミリスの元へ近づいた。

 絵に描いたようなチンピラ、もとい冒険者だ。

 態度からして小者のようだが、恰好は冒険者のそれだった。

 この国では、こんな輩を冒険者に迎えているのだろうか。


「何ですか?」


 こういう時は無視するのが鉄則なのだが、今は何よりも王獣の情報である。

 有益な情報を持っていそうには見えないが、万が一と言う可能性もある。

 エミリスは内心で嘆息を吐きながら、男たちに笑顔を見せた。


「ほう? えらい美人な神官だな、おい」

「姉ちゃんは、冒険者かよ?」

「はあ……、まあ、そんな感じです」


 男たちはエミリスの身体を下から上へ、視線を舐めまわすように、移動させる。


「なあ、依頼(クエスト)を受けるのか? なんなら、俺たち、手伝おうか?」

「そうだ、それがいい! どうだ、姉ちゃん?」

「いえ、それは、けっこ――」


 エミリスが返答し終える前に、男の一人が無理矢理、エミリスの手を掴み、受付に連れて行く。


「ちょっ、待ってください! 私はただ、聞きたいことが……!」

「おう、後で聞いてやる」

「離して! 離してください!」

「黙れ! このクソアマ!」

「……?」


 男の荒げた声に、眉間を狭める。

 話を聞く気がない。

 どういうこと?

 エミリスは、周りに視線を向けるが、冒険者の誰とも目が合わない。

 いや、目を合わせてくれない。

 冒険者はいずれも、エミリスから視線を逸らしていた。


(そういうことですか……)


 男たちの行く先に視線を移動させる。

 受付ではない。

 そこには、男たちが(たむろ)している。

 男たちは、いやらしい視線をこちらに投げていた。


「リゼル! ロッセル!」


 彼らの名前を声に出す。

 しかし、彼らはエミリスのところへは、駆けつけなかった。

 いや、そもそも、エミリスがこのような状態に陥った時点で、彼らならば、すぐさま助けてくれるはずだ。

 だが、来ない。

 エミリスはリゼルとロッセルの方へ顔を向ける。

 案の定、彼らは男たちの仲間と思しき者たちに囲まれていた。


「計画的? どこからつけていたんですか?」

「ひゅー。勘が良いね、姉ちゃん。そうだよ、露店街で姉ちゃんを見つけて、一目惚れしちゃった」

「それで、これは愛の告白ですか? それにしては強引ですね?」

「これが俺の、俺たちの愛情表現さ。いっぱい可愛がってやるから、大人しくしろ。お友達を痛い目に合わせたくないだろ?」

「……あなた、私たちが何者か知らないんですか?」

「ん? そりゃあ、別嬪(べっぴん)な姉ちゃんだろ?」

「はあ……」


 呆れた。

 この男たちは何も知らずに、エミリスを連れて行こうとしているのか。

 こんな輩に王獣の情報を引き出そうなどと考えたのが、間違いだった。

 エミリスたちの素性も知らない者たちが、王獣の情報など知る由もないだろう。


 しかし、どうしたものか。

 この男たちは、この国の冒険者組合(ギルド)で幅を利かせている連中なのだろう。

 だからこそ、他の冒険者たちは手を出せない。

 金をちらつかせているか、もしくは……そうか――


 屋内を再度、見回す。


(やっぱり、そうだ……)


 屋内には受付の人物以外、女性がいない。


(まったく、腐ってる……)


 組合(ギルド)組合(ギルド)だ。

 冒険者間のいざこざには手を出さない、中立の立場と言うことは分かるが、男たちを野放しにして良い理由にはならない。


「あなたたち、止まりなさい」


 エミリスは厳かに、声を出した。


「なんだよ、姉ちゃん。まだ、この状況で平静を保てるのかよ」

「ゲスが……。こんなことして、恥ずかしくないんですか?」

「ああ? おい、姉ちゃん、口が過ぎるぞ。その口、無理矢理、塞ぐぞ?」

「そうですか」


 そろそろ、リゼルたちも、囲いから抜け出す頃合いだろう。


(この人たちも、少し痛い目を見れば、諦めてくれるでしょう)


「おい、エミリス。こいつらは、お前の知り合いか?」


 噂をすれば、なんとやら。

 どうやら、リゼルたちが助けに来てくれたらしい。

 しかし、それにしては、芝居じみている。

 今更、「知り合いか?」などと、とぼける必要があるのだろうか。

 だが、その脚本に乗ってあげることにする。


「はあ……」


 エミリスは、これで何度目か分からない、嘆息を吐き、棒読みで言葉を発した。


「違いますよー。私は無理矢理、この男たちに、連れて行かれてるんですよー」

「そうか」


 その返事の声と同時に、エミリスの手首を掴んでいた男の拘束が剥がれる。

 そして、男は次の瞬間、身体を一回転し、宙を舞い、そのまま頭から地面に直撃した。

 

「げえぇ!」


 男は頭を打った瞬間、変な声を出して、白目を剥いたようだ。

 気絶している。


 エミリスは掴まれた手首を回して、軽くさすった。

 少し、男の手汗がついてしまった。


「最悪です」

「大丈夫か?」


 エミリスの辟易した声に、淡々とした声が心配する。


「平気です。ありがとうございます、リゼル、ロッセ……」


 エミリスは、そこでようやく助けてくれた人物に視線を向けた。

 その人物は、エミリスの予想と反して、リゼルでもロッセルでもなかった。

 

「ルクス……様?」

「おう」


 そこには、ルクスがいた。

 姫とデートしに行ったはずのルクスが。


「なんだ、まだやる気か?」


 男たちは、予期せぬ出来事に一瞬、たじろいでいたが、すぐさまルクスを取り囲み、武器を構え始めた。

 行動が速い。

 そこは、曲がりなりにも、冒険者と言ったところか。


「お前、何者なんだよ!」

「うん? 知らないのか? まあ、自惚れる訳じゃないが……」


 ルクスはエミリスに首を傾げる。

 エミリスは首を振って、肩を竦めた。


「そうか……。それじゃあ、力で分からせるか」

「何言ってんだ? お前、今のこの状況、理解できねぇのか? この数の相手を、どうにか出来る自信でもあんのかよ?」


 男たちは笑う。

 嘲り笑う。

 馬鹿なことを、こいつ本気か、現実を知らねぇようだ、など男たちは好き勝手に、ルクスに言葉を投げつける。

 しかし、どんな雑言を吐かれようが、ルクスは気に留めていないようだった。


「御託は良い。かかってこないのか?」

「なんだよ、頭のネジ外れてんじゃねぇのか? 余裕こいてるようだがよぉ、その顔、すぐに絶望させてやるよぉ!」


 男たちが一斉にルクスに飛び掛かる。

 しかし、当のルクスは顔色一つ変えず、そんな光景を眺めていた。

 そして――


「えっ?」


 男の素っ頓狂な声がした途端、男たちが散り散りに吹き飛んだ。


「な、なんだ?」


 男たちは尻もちをつき、身体を震わせる。

 何が起こったのか、訳が分からないといった感じだ。


「おい、少し、魔力を出しただけだぞ?」

「魔力放出? そんなんで、こんなことが出来るのか?」


 ルクスの魔力に当てられたせいで、男たちは膝を震わせながら、やっとこさ、立つことが出来た。


「諦めないその姿勢は、いいんじゃないか?」

「偉そうにしてんじゃねぇよ。さっきのは、何かの間違いだ! お前ら、もう一度、一斉にかかれ! 弓使いと魔法師は、遠距離で攻撃しろ!」


 間違い、と言いながら、しっかりと先程のルクスの攻撃に対応してきた。

 頭は回るんだな、とエミリスは素直に思う。

 どうして、その頭を真っ当なことに役立てないのだろう、と疑問にも思うが。


 男たちの一斉攻撃がルクスを襲う。

 魔法師たちの様々な系統の遠距離魔法攻撃。

 弓使いたちの一斉射撃。

 そして、剣や戦斧、棍棒や鎌での接近攻撃。


 だが、その攻撃のことごとくをルクスは無に帰した。

 拳を床に殴りつける。

 その衝撃で、床に大きな亀裂が生まれる。

 床は――地面は震え、男たちも不安定な態勢で揺れている。

 そんな男たちに、ルクスは握っていた拳を開き、掌を真っすぐに伸ばした。

 そして、そのまま横に風を切る。


 ――無刀。

 

 それは、剣術よりも、原初の戦法が一つ。

 ルクスはそれを教えられることもなく、センスそれだけで、その攻撃を成し得た。


 ルクスの無刀は自分を中心に円を描いて、斬撃となって放たれた。

 男たちの装備を裂き、身体の表面には、大きな一本の切り傷がつけられた。


「お、おい。こ、こここっ、これ! なんだよ、これ!」


 男は自分の胸につけられた切り傷を見て、絶句する。

 胸元の傷は肉を(えぐ)り、赤い血が漏れ出ていた。


「あっ、あっ、ああ……」

「おい、もう終わりか? 続きはしないのか?」


 ルクスはやはり、顔色変えずに、男たちに首を傾げた。

 男たちはそんなルクスを見て、震えていた身体をより一層、震わせる。


「今度は、傷じゃなくて、腕か足か、それとも身体そのものを両断するか」

「ひぃいい!」


 ルクスの言葉を聞いて、男たちは全員、脱兎のごとく、組合(ギルド)から出ていった。


「ふぅ、やっと終わりましたか」


 エミリスは無意識に力が入っていた肩を落とし、息を吐く。


「おっ! そっちも終わったか。こっちも終わったぞ! ルクス!」

「よっ」


 ルクスとリゼルはハイタッチをして笑い合った。


「いや、遅いですよ、リゼル、ロッセル!」


 エミリスは目を細め、二人を睨んだ。


「違うんだ。行こうと思ったら、もう、ルクス君が来ていて、助けに入るタイミングを逸しちゃったんだよ」


 エミリスは二人に「もう……」と頬を膨らませ、しかし、その件に関しては目を(つむ)った。

 今は、もう一つの疑問の方が気になっている。


「ルクス様は……何故、こちらに?」


 上目遣いで、ルクスの顔を覗く。

 

「ああ、それは、姫がもう一度、露店街に行こうって言って、それで、お前たちを見つけて……」


 ルクスは唇をむにむに、と揉んで、眉間を狭めた。

 どうやら、説明するのが面倒くさくなったのだろう。

 ルクスと言う人間は、そういう男だ。

 二ヶ月余りの付き合いだが、彼のことはずっと観察していた。

 彼がどのような人物なのかも、だいたい理解したつもりだ。


「いいですよ。大方、分かりました。そうですか、姫様と……」


 エミリスはそこで、ようやく、入り口――扉付近に(くだん)のガルチュア姫がいるのに気づいた。

 

「こんにちはっす! 皆さん!」

「どうも、こんにちは……」


 どうしてだろう。

 どうして自分は、この姫に苦手意識を抱いているのか。

 昨日、初めて会って、まだ一日、いや、半日ほどしか経っていないはずなのだが、エミリスは、正直に言って、この姫に嫌悪感にも似た、モヤモヤとした感情を抱いている。

 そのモヤモヤは、何故だか胸を締め付ける。

 こんな感覚は、生まれて初めての体験だった。


 そんなエミリスたちの元へ、一人の女性がヒールの音を高らかに、向かってきた。


「ちょ、ちょっと、あなたたち! どうしてくれるんですか! この床! 弁償してもらいますよ!」


 甲高い声で、ギャーギャー、と喚くのは受付にいた女性だ。

 何をいまさら、とエミリスは目を細めて、その女性を見た。


「いや、これは、あいつらが突っかかってきて……」


 ルクスは口ごもりながら、床を指さす。

 やはり、彼はどうにも、他人とのコミュニケーションが苦手だ。

 そんなルクスに対して、女性の勢いは止まらない。

 逆に、勢いが増した気もする。


「こちらに来てください! 書類にサインしてもらいます。さあ、早く!」

「うぅ……、エミリス……」


 そして、この子犬のように困った顔である。

 いつもは、淡々と感情を見せないルクスだが、いざ、どうしようもない状況になった時は、このように、助けを求めてくる。

 その時の表情が、どうしたものか、エミリスの心を変にざわつかせる。


「大丈夫ですよ、ルクス様。……あの、すみません」

「はい? あなた……ああ、さっきの。もしかして、お連れの人なんですか? でしたら、あなたもご同伴――」

「私たちの素性を知らないんですね?」

「ん? 知りませんけど、大体、予想はつきます。恐らく、他の国で、少しは名の知れた冒険者なんでしょう? けれど、この国では関係ありません! ここでは、ここのルールに従ってもらいます!」


 エミリスは、声を荒げる女性に嘆息を吐く。

 そんな態度に、女性はさらに激高した。

 しかし、エミリスと女性の言い合いに、割って入る人物が現れる。


「な、何をしているんだ! 君!」

「はい? ああ、これは組合長(ギルドマスター)。この人たちが、組合(ギルド)の床を壊したんですよ!」

「君は……! 君は何を言っているんだあああぁ! こっ、この方たちは……この方たちは、勇者様たちだ!」

「……えっ?」


 女性は呆けた表情をする。


「昨日、城と評議国冒険者組合(ギルド)より、連絡を受けました。すみません! 昨夜、連絡を受けたばかりで、情報が下の者まで行き届きませんでした!」

「いえ、大丈夫ですよ。ルクス様も、良いですか?」

「ああ」

「あっ、それと、この床は……」


 エミリスは、さも今、思い出したように言葉を口にする。


「もちろん! 組合(ギルド)で補修いたします」

「あと、あの人たちは……」

「はい! 騎士団に連絡した後、司法省へ判断を仰ぎたいと思います」

「そうですか、それは良かった」

「こちらこそ、大変申し訳ございませんでした!」


 組合長(ギルドマスター)は深く頭を下げながら、隣の女性の頭に手を押し付けて、無理矢理、頭を下げさせる。


「す、すみませんでした!」


 女性はようやく現状を理解したようだ。

 涙で、顔をぐちゃぐちゃにして、鼻水もそのままに、声を張り上げた。


 そんな女性の姿に、エミリスは胸をスカッとさせ、満面の笑みで「いいですよ」と口にした。

 一時は面倒なことに巻き込まれたな、と思ったが、しかし、これも借りを作ったと考えれば儲けものかもしれない。

 せっかくだ、お願いしてしまおう。


組合長(ギルドマスター)さん、申し訳ないのですが、一つ、お願いをしてもいいですか?」

「何なりとお申し付けください!」

「それじゃあ、遠慮なく。確か、冒険者にもシロエ遺跡の入場許可証が出ると思うんですが。それ、私たちにもいただけませんか?」

「それだけですか?」

「ええ」

「そんなこと、喜んで、発行いたします! 君! 早く、許可証を作りなさい!」

「は、はい!」


 返事をして、女性はすぐさま受付の方へと走っていった。


 しかし、偶然にも、遺跡の許可証を手に入れられるとは。

 先程、ロッセルたちと話した矢先の出来事である。


 正直に言えば、王室や発掘隊に伝えれば、同じ許可証を入手することも可能だろう。

 だが、そうすると、王室はともなく、発掘隊に、遺跡に行くことを知られてしまう。

 それで、万が一、発掘隊が王獣消失に関わっていた場合、証拠隠滅などされてしまっては、どうしようもない。

 ここは、冒険者組合(ギルド)で許可証を発行するのが最善手だろう。


「発行完了しました! こちら、遺跡の入場許可証です。こちらのカードには、特定の感知魔法が施されています。遺跡の入り口の扉に、この許可証を(かざ)せば、扉が開く仕掛けとなっております」

「そうですか、ありがとうございます」

「いっ、いえ……」


 エミリスは女性から許可証を受け取り、カバンへ仕舞った。

 これで、ようやく、一段落だろうか。

 なんだか、冒険者組合(ギルド)に寄るだけだったのだが、予想外に、疲れてしまった。

 エミリスはリゼルとロッセルに声を掛け、帰るように促した。

 そして、ルクスにも視線を向ける。


「ルクス様も一緒に帰られますか?」

「そうだな……。姫、もう城に帰ってもいいか?」

「そうっすね、今日はもう十分、楽しんだっすから、いいっすよ!」

「姫も一緒に帰るか?」

「いえ! 私はちょっと用事があるっすから、先に帰ってもらっていいっすよ!」

「分かった。だそうだ。一緒に帰るか、エミリス」

「はい!」


 エミリスは疲れもどこへやら、今日一番の笑顔をルクスに向けた。

 そうして、四人は帰路に就く。



――――――――――――



「おい! ここはどこだよ!」


 男たちは暗闇に放り出された。


 昼に冒険者組合(ギルド)で、一人の男に返り討ちに合い、必死に逃げる途中で、騎士団に捕まり、そして――

 そこで、記憶が途切れている。

 何も思い出せない。

 気が付いた時には、暗闇にいた。


「おやおや、お目覚めになりましたか、皆さん?」

「誰だお前!」


 怒りの声がそこかしこで上げられる。

 どうやら、ここにいるのは数人という訳ではない。

 あそこにいた、冒険者全員いるのだろうか?

 しかし、どうして?

 そして、ここは、どこだ?


「答える必要はありませんね。そして、あなた方は言葉を発する必要もありません」

「おい! 何、勝手なこと言ってんだよ!」

「ですから、言葉を発する必要はありません。……いえ、言葉を発する必要がなくなるのです」

「……どういうことだ?」

「言葉の通りです。もう、あなた方に、言葉は必要ありません」

「おっ、おい! 本当にどういうことだ⁉ なんだよ! 何なんだよ!」


 次の瞬間、男たちの悲鳴があちらこちらで響いた。

 その悲鳴は連鎖し、共鳴し、そして――


 ――男たちから、言葉は失われた。


「素晴らしい! 素敵なお姿ですよ、皆さん!」


 その声は暗闇に溶けていく。

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