S04話 接触
「そうですね。王獣は突然、遺跡に出現したのです。それまでも、魔物の出現は確認されていましたが、どれもが、地下迷宮、終末塔の三階層以上で発見されたもの。地上にも、生存が確認された魔物ばかりなので、特段、気に留めていませんでした」
古国、ガルチュアはシエロ遺跡を中心に発展していった。
このシエロ遺跡は遥か昔、神話と呼ばれる時代に栄華を極めた地下帝国なのではないか、と最新の研究では主流である。
何故、地下に住んでいたのか。
どのように地下に空洞を作り、建物を建てたのか。
その材料はどのようなに運び込まれたのか。
様々な謎が、未だ解明されていないが、学者たちはこぞって、人生をこの遺跡研究に費やしている。
それほどの魅力が、このシエロ遺跡にはあるらしい。
エミリスはリゼルとロッセルとともに、発掘隊に王獣消失の詳細を訊ねに来ていた。
この国に来た目的は、王獣について調査することである。
そもそも、旅の目的は王獣討伐。
この二か月、冒険者組合からの依頼や国家転覆の事件などの解決に奔走していたが、本来の目的は違うのだ。
しかし、ようやく、王獣の手掛かりを掴めた。
この手掛かりは、是が非でも手放すことは出来ない。
「何故、それが王獣だと断定できたのでしょう?」
エミリスは正面の男――名をピオネロ――に問う。
ピオネロは瞬きの少ない瞳を、こちらに向け続けながら、口元は吊り上げられている。
どうにも、その笑顔は嘘っぽいように感じられた。
「その魔物の姿が伝承そのままだったのです」
「伝承……?」
「はい、こちらをご覧ください」
後ろに控えていた男が一冊の本をピオネロに手渡した。
「ありがとう。……こちらです」
ページをぱらぱらと捲り、とあるページで手が止まった。
ピオネロはそのページを開いて、こちらに見せる。
「これは複製なのですが、書かれている内容は本物です。ここに伝説の怪物のことが記されています」
ピオネロが指さす箇所を見れば、その怪物の姿形、生態に関して描かれていた。
その怪物は地上を移動し、しかし、水中も素早く移動することが出来る。
また、水中と言っても、深海に棲息していたという記述もある。
姿は触手を幾つも生やし、背には黒く不気味な翼を持っていたと言う。
いや、その姿はたびたび、変化していたらしい。
発見されるたび、目撃情報の姿は違う。
「……? 発見されるたびに、姿が違うと書かれているのですが? これって、どうして同じ王獣だと分かったのでしょうか?」
姿が違うのであれば、まったく別種の魔物だと思うはずだ。
だが、この書物には姿が変化する、と書かれている。
「これはですね……次のページに書かれています。……ここですね」
ピオネロが指さす。
そこには、文章ではなく、絵が挿入されていた。
「タコ……?」
「そうです。この怪物は決まって、頭部がタコのような形状をしているのです。そして、この国に現れた魔物も同様の特徴を有していました」
「そうですか」
タコの魔物。
多くはないが、存在はする。
しかし、彼の物言いだと、それらの魔物とは一線を画すのだろう。
「その魔物も頭部がタコのようだったと……?」
「そうです。それも、規格外の大きさでした」
話を聞くと、その魔物はかなりの巨体で、遺跡を暴れまわったという。
「今は、遺跡の復旧作業に追われていまして、今日も発掘隊は慌ただしくしています」
「なるほど……」
王獣は遺跡内で出現したらしい。
発掘隊には多数の死者を出し、遺跡内の被害も甚大。
「その王獣はどこから現れたのでしょうか? 遺跡のどこから……?」
さて、ここからが本題だ。
王獣はどこから出現したのか。
そして、どこへ消えたのか。
「それが、分からない、らしいのです。突然、遺跡に出現し、そして忽然と消えた。そう、報告を受けています」
「……? あなたは、その場にはいなかったのですか?」
「ええ、残念ながら、出現した際は他の場所にいました。ですが、隊員の一人がその王獣の姿を魔法で映写しました。それを映した紙がこちらです」
ピオネロは懐から一枚の紙を取り出した。
その紙には、恐怖そのものが映し出されていた。
そう、それは――恐怖なのだ。
身の毛がよだつ。
吐き気すら覚える。
「これは……」
こんな化物がこの世に存在するのか?
瞳は深紅に彩られ、気味の悪い触手を踊らせている。
その触手の中から、人間のような巨腕が二つ、そして、不気味に笑う大きな口が覗く。
得体の知れない恐怖心。
それは精神の根源的な部分を刺激する。
奥歯が微かに震える。
それを必死に我慢する。
たったこれだけの絵で、心がかき乱される。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが?」
ピオネロがエミリスの顔を心配そうに見つめる。
それほどに、自分の顔は酷いのだろうか。
「少し、休憩しましょう。やはり、これを見せるべきではありませんでした」
「それは、どういう……」
「この王獣はその姿、存在そのものに相手を恐怖させる力があるようなのです。発掘隊の幾人かも、その姿を見ただけで泡を吹き、気を失いました。この映写も奇跡に等しい。よくぞ、撮ってくれました」
オーラ。
確かに、魔法の中には相手を威圧し、無力化させるものがあるらしい。
これは、そのような魔法の一種なのだろうか。
いや、これは魔法ではない。
魔法はその者の実際の身体に作用する。
しかし、これはただの絵だ。
エミリスは絵に恐怖したのだ。
「お二方は大丈夫ですか?」
ピオネロはエミリスの後ろに立つ、リゼルとロッセルを窺う。
二人は頷き、同時にエミリスに視線を向けた。
エミリスの顔は蒼白、本当に気分が悪そうだった。
「薬と白湯を持ってきてください」
ピオネロは部下らしき男に声をかけた。
「席を外します。気分が良くなられたら、お呼びください」
そう言って、ピオネロは部屋を出た。
エミリスはソファに横になって、身体を休めた。
頭痛も酷く、出された薬と白湯を飲み、どうにか痛みを和らげる。
「すみません、二人とも」
「いいや、謝る必要ないよ。それに僕たち、さっきまで、立ってるだけだったしね。何の役にも立ってない。いや、まあ、立ってはいるのか」
「つまらないですね」
「ははっ!」
ロッセルが軽口を言い、リゼルも彼の言い分に頷いた。
「そうだなー。正直、俺もルクスと同じく、こういうのは苦手な口なんだけどよぉ」
「護衛が必要なんですよ。それくらいは働いてください」
「へいへい。けど、それなら、ルクスも連れて来れば良かったじゃねぇか?」
「駄目ですよ。ルクス様はこういった交渉を得意としません。あの方は正直ですから」
エミリスの言にロッセルも、うんうん、と首肯する。
「だね。ルクス君はこういう場で無言を貫くことも出来ないしね。連れて来なくて正解かもね。でも、エミリスちゃんは良かったの? 今頃ルクス君は姫様とのデートを楽しんでるんじゃないかな?」
「……何か、問題でも? 確かに、ルクス様が外出されると、たびたび事件に巻き込まれますが、でも、大丈夫でしょう。ルクス様の実力なら、まずもって……」
「そういう話じゃないんだけどなぁ」
ロッセルは瞳を閉じて、苦笑する。
「けれど、さっきの王獣の絵、凄かったね」
「ええ、気味が悪かった」
「まあな。俺も反吐が出そうだった」
「そうか、リゼルもそうだったんだね。僕もだよ」
間接的に怪物の姿を見ただけで、あの破壊力である。
実物を見た時、エミリスたちはどうなってしまうのか、想像したくない。
「でも、こうなると、やっぱりルクス君には来てもらうべきだったかな。彼も僕たち同様の反応を見せるのか、知るべきだった」
「そうですね、その点は同意です」
「彼も、同様の精神作用を受けるとなると、実際に王獣と戦う場合、苦戦どころじゃないからね」
「でもよぉ、その王獣は消えたんだろ?」
「そうだね……」
王獣が出現した、だけだったら、問題はシンプルだった。
解決方法は、その王獣の討伐で事が済むのだから。
しかし、今回は王獣の出現に合わせ、消失も起きてしまった。
王獣はどこに行ってしまったのか?
「ロッセル、発掘隊の隊長……ピオネロという男の発言に嘘はありませんでしたか?」
エミリスはロッセルの瞳を見つめ、質問した。
彼の瞳は特別だ。
相手の嘘を見抜き、真実であるか問い質す。
その眼――異能の名を『真眼』と呼ぶ。
彼の眼には二つの能力が備わっている。
一つは真実か否かを判定する。
もう一つは相手に真実を話させる強制能力。
しかし、その強制は一つ目の能力によって、嘘が断定された場合に発動可能。
つまり、二つの能力は密接に繋がりを見せており、片方の能力だけでは真の意味での能力発揮とはいかない。
と言っても、大抵は一つ目の嘘の判別だけで事足りている。
それだけで、彼の眼の能力は万能なのである。
そんなロッセルは瞳に手を翳し、首を振った。
「あの男、嘘は言っていなかったんだよね」
「そうなんですか?」
「うん、嘘偽りは判定されなかった。彼の発言は全て真実」
「と言うことは、彼らは本当に何も知らないのでしょうか?」
「うーん、さあ? そう結論を急ぐのもどうかな? 彼はただ嘘を言っていなかっただけに過ぎない。本当のことを言っていないだけかもしれない」
「何か隠し事があると?」
「かもね。でも、やましい隠し事があるなら、僅かながらに僕の真眼も反応するんだけど……その反応もないんだよね」
「どちらにせよ、彼ら発掘隊には警戒しましょう。少し、彼らを探る必要があるでしょう」
「だね」
エミリスは身体を起こし、首を回した。
話をして、気が紛れた。
体調が幾分か回復したようだ。
「リゼル、発掘隊長を呼んできてくれませんか。話の続きをしましょう」
「分かった」
エミリスに言われ、リゼルは扉を抜け、隣の部屋に行った。
「さて、あともう少し、有益な情報を手に入れましょうか」
――――――――――――
「怖いですね。真眼とは珍しいスキルをお持ちだ」
ピオネロは別の部屋で、エミリスたちの会話を盗聴していた。
「けれど、その部屋を隅々まで確認されなかったのは、不用心と言わざるを得ませんね」
エミリスたちも決して、油断していた訳ではない。
しっかりと、魔法的な仕掛けがないか確認していた。
しかし、その部屋には魔法による干渉はないが、盗聴器などの装置が隠されていた。
「いけませんね、魔法に頼りすぎるのは。ですが、それも無理ありませんか。このような機械よりも、魔法の方が、手軽で汎用性がありますから」
ピオネロはヘッドホンを外し、席を立った。
扉の横には先程までいなかった男が屹立していた。
「戻られたんですね」
「はい、つい先程、一分二十三秒前に現着しました」
「そうですか、気付きませんでした、すみません」
「いえ、声を掛けようか迷ったのですが、盗聴音声の方が優先度が高いと判断しました」
「そうですね……。それで、どうでしたか、勇者様は?」
「はい。今のところはこれと言って、目立った行動はしていません」
「なるほど……。今は別の方が?」
「はい。任せて、こちらに来ました」
男の名をダスカロイ・フォルゲン。
ピオネロの優秀な部下の一人である。
発掘隊では副隊長を務めている。
ピオネロはそんなダスカロイとともに部屋を出ようと、扉のドアノブに手を掛けようとした。
しかし、すんでで立ち止まり、後ろに視線を向ける。
「そう言えば、ご苦労様でした」
「えっ……?」
ピオネロの後ろに立っていた部下の男が、疑問の声を出した瞬間――男の首は弾け飛び、爆散した。
「檻」
ピオネロの一声とともに、血が飛び散る男は魔法でできた四角形の空間に収められ、小さく圧縮させられた。
そして、男は小さくなって、そのまま点となり、消えた。
「まだ、あまり使いこなせませんね。せっかくあの方に教わったというのに……」
先程まで部下の男がいた場所を見つめながら、ピオネロは呟く。
「良かったのですか? まだ、生贄などに利用できたのでは?」
ダスカロイがピオネロに聞く。
ピオネロは首を振って、笑みを浮かべた。
「いけませんよ。この方は私に嘘を言うように促したのです。この方の言う通りにした場合、今頃、勇者一行には、隠し事がばれているところでした。それを一回のミスとして許しても良かったのですが、今はそういう状況でもないでしょう? リスクは少ないに越したことはありません」
「そうですね……隊長のおっしゃる通りだと思います」
ダスカロイは頷き、先行して扉を開け、ピオネロを先に通した。
「ありがとうございます」
扉を抜けた先は階段になっており、その先で廊下を抜け、幾つかのの部屋を移動すると、エミリスたちと話した応接室へと戻れる。
「まず、最初にダスカロイの紹介をしないといけませんね」
「はい」
「そのあと、あの方々がどのような質問を振ってくるのか……。どのような質問にも、誠実に答えなければいけません。確認する必要はないと思いますが、嘘は駄目ですよ?」
「承知しています」
「それと、真摯に答えてください。心は純粋に」
「難しいことを仰られますね」
「仕方ないのです。あの真眼はそこまで見抜くようなので」
「分かりました、肝に銘じておきます」
二人は静かに廊下を進んだ。
進んだ先には、別の部下が待機している。
部下はこちらに軽く会釈して、扉を開けた。
「さあ、ここを乗り切れば、あともう少しです」
「はい」
ピオネロの言葉にダスカロイが返事をする。
ピオネロの表情は変わらず、笑顔だった。




