S03話 古国
「おおう、よくおいでなさった!」
古国ガルチュアの王、ガンベルノ三世は勇者一行を玉座から立ち上がり、歓迎した。
「皆の故郷、故国、それが我が国、ガルチュア。と言っても、我が一族は飾りの王として、この玉座に座っているだけ。どうか、肩肘張らず、楽にしてくれ」
古国ガルチュアは元々、遺跡発掘のため、遺跡の周辺に居を構えたのを始まりとし、そこから町に発展、果ては国として建立された。
だからこそ、この国の王族は歴史が浅い。
そもそも、王に選定されたのは、当時の遺跡発掘隊の隊長だ。
血の歴史も、逸話もない。
結果、この国の王はただの役職としての面が大きく、王自ら、積極的に政務に携わっている。
ガンベルノ王は玉座から降り、勇者たちの元へと近寄った。
普通の王族ならば、まずあり得ない行為だが、この国に至っては日常茶飯事。
王の側近もそれに対し、特に苦言は呈さない。
逆に手を叩き、喜色の顔を見せている。
王との謁見後、勇者は歓迎の宴に招待され、二時間ほど、王たちと食を共にした。
そこで出会ったのが、ガルチュアの姫だった。
「こんちにはっす! 私はこの国の姫、名前をイミタシオン・ガルチュアって言います! よろしくっす!」
元気な声で挨拶してきた姫にルクスたちは若干、気後れした。
それは、あまりに王族に似つかわしくない言葉遣いであった。
それとも、やはりこの国では王族というのはただの肩書なのだろうか。
「よろしくお願いします」
先陣を切って、ルクスが挨拶を返すと、続いて、他三人も頭を下げた。
「いえいえ! そんな仰々しくしなくていいっすよ! 私も普通に接しますから、勇者様たちも普段の口調でお願いします!」
「そうか、なら、そうさせてもらう」
早速、普段の口調に戻ったのは、ルクス。
他三人も頷き、姫の提案を受け取ったようだ。
「それじゃあ、ちょっと、お話ししましょう! 同年代の人と話すのは久しぶりなんすよ」
そう言って、姫は壁際に設置された空席のソファを指さした。
「ルクス様、どうぞ」
ソファに座ったルクスに、適当な料理を見繕って持ってきたエミリス。
「ありがと」
宴はビュッフェ形式で、様々な料理が会場の中心に彩られていた。
エミリスはルクスに料理を手渡すと、隣に座って、姫との会話に参加した。
ちなみに他二人の男連中は王たちに捕まっている。
「勇者様の名前はルクスっていうんすね」
「ああ、そうか。まだ、名乗ってなかったな。ルクス=リヴァルサンだ」
「私はエミリス・ライゼン・リューメルヘンです」
「ルクスさんに、エミリスさんっすね。了解っす!」
姫は笑顔で頷いた。
そんな姫の態度にルクスは僅かに瞳を大きくする。
どうにも、目の前の姫はここまでの旅で出会った貴族や王族と印象が違いすぎている。
前世で知る、いわゆる姫という印象とも、かけ離れている。
姫というより、それこそ同級生や後輩と言った感じである。
庶民的というか、人の上に立つような存在ではない。
しかし、それは決して、彼女を貶している訳ではない。
良い印象さえ覚えている。
ここまでフレンドリーだと、接するこちら側も楽というものだ。
「姫はいつも何をしているんだ?」
「私っすか? 私は特に何もしてないっすよ。姫って言っても、まだまだ学生っすからね」
「この国にも学校はあるのか?」
「もちろんっすよ!」
「それは、発掘のための学校?」
「違うっすよ!」
姫はぶんぶんと首を振った。
「確かにガルチュアは遺跡発掘が盛んで、国家事業としても成り立ってますけど、だからって、学校が発掘の専門学校だけって訳ではないっすよ」
「そうなのか?」
「まあ、考古学や発掘調査の専門学校が多いのは認めるっすけど、それだけじゃないっす。そもそも、この国がなんて言われてるか分かるっすか?」
「えっと……」
「全人類が故郷、故国でしたっけ?」
エミリスの発言に「そうっす!」と姫は人差し指を向けた。
「つまり、この国出身の人が様々な国で活躍しているんすよ。だから、遺跡だけじゃなくて、魔法学や剣術はもちろん、魔物学、気象学、地理学、などなど、いろんなことが学べるんす」
「へぇー」
確かにこの王城に来るまでに、多くの学校と思しき建物を見つけた。
この国は学びの園としての一面もあるのか。
「って、私のことなんかどうでもいいんすよ! それよりも、勇者様たちのことを教えてほしいっす!」
「俺たちのこと……?」
「そうっす! ここまでの旅路でどんな出来事があったんすか? 噂はこの国まで来てるんすよ」
「そうか」
ここまでの旅でも、滞在した町では質問攻めされることもしばしばだった。
それほどの事はやってないつもりなのだが、ルクスの思いとは裏腹に、功績は積み重なっているらしい。
ルクスはただ、戦うことが好きだった。
前世では一生味わうことの出来なかった体験。
特に、身体を目一杯、動かす喜びはこの世界に来て二か月ほど経った今でも変わらない。
その結果、事前に立てた作戦を無視し、突っ走ることも多いが。
「それで、この国に来るまで、どんな旅をしてきたんすか?」
純真無垢な瞳をルクスたちに向け、先を促す姫。
ルクスはエミリスに視線を向けて、話を促した。
正直、ルクスは話をするのが苦手だ。
未だ、人とコミュニケーションをどのように取るべきなのか、悩んでいる。
加えて、自分語りなど恥ずかしい。
ここは、エミリスに任せよう。
「あっ、えっと……それじゃあ、僭越ながら、私が話しますね。ルクス様と私、そして他二人の華麗なる冒険の数々を!」
「おぉー!」
戸惑いを見せながらも、何だかんだ乗り気なエミリス。
そんなエミリスに姫も感嘆の声を上げている。
そうして、エミリスの話は続き、姫は終始、目をキラキラさせて、彼女の話を聞いていた。
――――――――――――
宴の翌朝。
ルクスは姫と町を散策していた。
本来なら、皆と一緒に王獣消失の件で、発掘隊に話を聞きに行くはずだった。
しかし、ルクスにはそう言ったことは不向きだとパーティの三人も重々承知なので、一人蚊帳の外で、留守番と相成った訳なのだが――
そこに現れたのがこの姫様だ。
暇ならば、と一緒に出掛けようと提案してきたのである。
実際に暇だったルクスは、すぐさま頷いて、今に至るのだが……。
ルクスの腕には姫の胸が押し付けられている。
豊満とは言えないが、しかし決して、小さい訳でもない。
中々のものをお持ちだ。
ルクスも精神年齢は男子学生だ。
前世では夢にも思わなかった経験。
ルクスは綻びそうな口元を必死に我慢し、平静を装っていた。
そういえば、エミリスが最後まで姫との外出を反対していたが……。
(そんなに俺を部屋に閉じ込めたかったのか? 外出したところで、俺は迷子になったりしないぞ)
しかし、実際、ルクスは歩けば事件に巻き込まれる、と言えるほどに、彼は様々な出来事に遭遇していた。
エミリスの懸念もあながち間違っていない。
いや、エミリスが反対した理由はその他にもありそうだが……。
「それで、どこに行くんだ?」
王城から出て、大通りに来ていた二人は、露店で賑わっている人通りの中、歩いていた。
「特にこれと言った目的地はないっすよ。テキトーにぶらぶらしようかなって」
「案内してくれるのか?」
「いいっすよー。この町の楽しいところ、色々案内するっす!」
そんな姫の先導でルクスは町を散策した。
彼女の最初の案内がこの大通りの露店街だった。
「ここが、この町名物、一日露店街!」
「一日露店街?」
「そうっす! 一日中、朝、昼、晩、どの時間帯も露店が開いているんっすよ!」
「ずっと店を開いてるのか? 店員は寝ているのか?」
「あー、違うっす、違うっす」
姫は手を左右に振って、笑う。
「同じ店がずっと店を開いている訳じゃないっす。時間によって、店は入れ替わるんすよ」
「そういうことか」
露店街には多くの人だかりが出来ている。
そして、どの店も賑わいを見せていた。
「あっ、ルクス様! あれ! あれ食べましょう!」
姫が指さすは、串に肉を刺し、網で焼いている露店だった。
「何の肉だ?」
香ばしく、見た目もジューシーでおいしそうだが、何の肉だか、一見して分からない。
「何だろう? ここら辺でよく取れるのは鹿とかっすかね?」
「おうおう、ご両人! こりゃあ、遺跡でとれた魔物の肉さ! 魔物の名はケリュネフロガ!」
「ケリュネフロガ?」
聞いたことがあるような、ないような……。
どんな魔物だったか?
「確か、ケリュネフロガって、鹿みたいな魔物でしたっけ?」
ということは結局、鹿なのね、と思うルクス。
「おー! よく知ってんな嬢ちゃん! そうそう、角に青い炎を纏った鹿の魔物。そいつが遺跡にも出現したんだと」
「へぇー、でも、美味しんすか?」
「味は保証するぜ! ちゃんと味見したからよ」
「ルクス様、どうっすか? 食べてみません?」
「そうだな……。すまん、店主、二本くれ」
「はいよ、ちょいと、お待ち」
そう言って、露店の男は下味をつけた肉を焼き始めた。
串をくるくると回して、肉全体に火を通す。
ものの数分で出来上がった。
「はい、二本、お待ちどお」
ルクスは肉を受け取り、代わりに金を支払った。
「はい、ちょうど。ありがとさん!」
一本を姫に渡し、露店を後にする。
二人は歩きながら、ケリュネフロガの肉を食った。
歯ごたえがあって、噛み切りにくいものの、味は抜群においしかった。
下味は塩胡椒とシンプルながらも、肉本来の旨味と肉汁が口いっぱいに広がる。
「おいしいっすね!」
「ああ」
姫もケリュネフロガの肉を気に入ったようだ。
笑顔でルクスに同意を求めてきた。
二人は肉を片手に、次の場所へと移動する。
――――――――――――
「隊長! 王獣ネームCのバイタルが安定しました。眠りに入ったようです」
「そうですか。ご報告ありがとうございます」
暗闇の中、男――ピオネロ・タイムリット・ズーハーは、さらに深い暗闇に視線を向ける。
「偶然にしては、できすぎですね。けれど、進めましょう。勇者一行には全面協力しなければいけませんね」
微笑みを湛え、ゆっくりと、その場から離れる。
勇者一行の三人が話を聞きたいとアポイントメントが入ったのだ。
これから彼らに会わなければいけない。
しかし、肝心の勇者がいないのは不可解だが、だからと言って断る訳にもいかない。
ピオネロは昇降機に乗り、隠されたこの場から地上へ向かう。
部下の一人が同乗し、地上へのボタンを押した。
「これから、十四時にエミリス様、リゼル様、ロッセル様とお会いしていただき、先の王獣消失の件についてお話してもらいます。関係各所には話を通してますので、事前のカバーストーリーに沿って、話していただければと思います」
「なるほど、分かりました。ご苦労様です」
王獣の発見、そして消失。
一連の事件に関わっているのは何を隠そう、彼ら発掘隊である。
王獣の発見は偶然だったものの、国への誤魔化しはどうにかなりそうだ。
しかし、まさか評議国からの使者として、勇者たちがこの国に来るとは想定していなかった。
それも、こんなに早く。
「けれど、あまり噓を言っても怪しまれますね……」
「ですが、真実を言う訳には……」
「いいえ、真実を言わなければいいんですよ。ただ、嘘を言いたくないんです」
「なるほど……?」
それは何が違うのか、と部下の男は思った。
だが、ピオネロにとっては、その違いは雲泥の差であった。
「カバーストーリーを崩すつもりはありませんが、嘘を言わないようにしましょうか」
「……承知しました。隊長のお考えで、再度、関係各所に連絡します」
「いいですよ」
「……? それはどういう……?」
「言う必要ありませんよ。大丈夫です。いいですか?」
ピオネロは満面の笑顔で、部下の男に言った。
男にはピオネロのその顔――笑みを浮かべている――が怖く感じられた。
見えない圧力を察知する。
「了解しました」
「ええ、そうしましょう」
男は震えた声で返事をする。
昇降機は地上に向けて、昇っていく。
昇降機の明かりだけが、暗闇から彼らを照らしていた。
――照らされた二人は、無言のまま、昇降機に揺れる。




