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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 吸血姫編
31/57

029話 ごめんよ

 ここはどこだろうか?

 分からない。

 分からない。

 

 溺れるように、藻掻(もが)いてみるが、沈んでいく。

 息は出来るのか?

 身体は動かせるのか?


 その全てが叶わない。

 ここは水中でも、泥中でも、血の中でもない。

 どこでもない。


 無――だ。


 ああ、そうか。


 私は死んだのか。


 暗く、暗く、暗く……。

 ずっと、沈んでいく。

 

 少しだけ、眠っていただけだったのだが……。

 そうか、アリスが……。

 ようやく、苦しみから……。


 いや、違うな。

 あの百年も楽しかった。

 アリスを思い続ければ、それもまた、私の幸せだ。

 あの二人と話すのも、()かった。

 

 けれど、これは望みし結末だ。

 アリスには悪いことをしたが……。


 あの()にはまだまだ色々なことを教えたかった。

 それに、もっと、もっと一緒にいたかった。

 アリスとは、どんなことを話したっけ。

 忘れたくないのに……。


 百年という年月はそれほどに長い。

 吸血帝の影響もあるが、段々と薄れていくのだ。

 意識も、記憶も、何もかも……。


 けれど、すんでのところで、私は解放された。


「グリーセスよ」


 その声は、吸血帝かい?


「そうだとも、我が友よ」


 百年の付き合いだ。

 彼には意識を乗っ取られるけど、悪い関係ではなかった。


「すまないな。最後はお前に意識を渡したかったが」


 いいさ。

 どちらにしても、私の力は薄まっていた。

 もう、自力で主意識にはなれなかった。

 だけど、最後の最後で、吸血帝の力も借りて、ほんの少しだけ意識を変えてもらった。


「最後の一言だけじゃないか。吸血姫は気付いていないんじゃないか?」


 それでもいいのさ。

 最後、あの娘に声をかけられた。

 それだけで、この百年を我慢した甲斐はあった。


「そうか……。なら、いいのか」


 いいのさ。


「ふふっ。お前は面白いな。幾千人もの意識を支配してきたが、お前はその中でも一番だ」


 君こそ、面白かったぞ。

 というか、すごかったな。

 あれほどの魔法、見たことがなかった。


「皮肉か? お前の(むすめ)はそれ以上だったじゃないか」


 いや、そんなことはない。

 そもそも、私は見ていないさ。

 最後の戦い。


「そうか……。すごかったぞ、吸血姫……アリスは」


 うん、そのようだね。

 もう、私がいなくても大丈夫だ。


「親離れか。なら、お前は子離れだな」


 ああ。


「おや、そろそろ時間だ」


 君もいなくなるのか?


「消えやしない。我は概念だ。此度は少々長い滞在だったが、次はまた別の世界に行くやもしれない」


 異世界か……。


「さてはて、お前以上に気の合う奴はいるだろうか」


 自分では決められないんだっけか。


「そうだ。その都度、その世界が決める。我を求めし世界は多い。それほど、吸血鬼という存在は欲されているのだ」


 そうか。

 吸血鬼か……。


「どの世界にも吸血鬼は存在している。お前だけではない。自分の身を蔑むな」


 だけど、私たちは隠れて暮らさないといけなかった。


「それは否定できない。どの世界でも吸血鬼の肩身は狭い。だが、この世界――お前がいた世界は変わり始めるぞ」


 変わる?


「変わるとも。我を倒したのだ。それは世界のシナリオにはなかった。願うなら、この世界を見届けたかったが……もう、時間が本当に無いようだ」


 吸血帝の声が掠れていく。

 そして徐々に遠のき、最後に――


「今までありがとう、グリーセス」


 感謝を告げて、その声は消えた。


 こちらこそだよ。

 ありがとう、吸血帝。


 そして、一人になった。

 暗闇の中、落ちていく。

 行き着く先はどこなのだろうか?

 分からない。


 地獄というやつか?

 天国……はないか。

 それとも、本当に無なのか。


 何もない。

 意識だけがある。

 それは、怖いな……。


 しかし、そんなことはなかったようだ。

 私の身体が霞になっていった。

 そうか、私は消えるのか。

 

 輪廻は存在するか?

 転生はあり得るのか?

 次の生か……。


 アリス……。


 やはり、私は……。


 ――あの()の父親でありたい。


 落ちていく。

 落ちていく。


 セルジュ、君との契約は守った。


 そして――


 唯一、恋した君よ。

 君の思惑通りにはいかないようだよ。

 

 私は笑顔のまま、どこかへ落ちていく。

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