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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 吸血姫編
29/57

027話 吸血姫vs吸血帝

 偽りの王が玉座に坐して、吸血姫を待っていた。

 吸血姫――アリスは玉座の間に入り、その王を視線で捉える。

 視線は逸らさない。

 ただずっと、見つめた。


「パパ?」


 慎重に言葉を紡ぐ。

 確認するように、恐る恐る、声を出す。

 

「…………」


 しかし、返答はない。

 口を閉じたまま、玉座に座る吸血帝はアリスを見据える。

 その態度はどこか傲慢。

 不機嫌そうに見下している印象である。


 その表情でアリスは確信する。

 今、邂逅せし男は父ではない。


 落胆が心を支配する。

 だが、沈んだ気持ちも、首を振って、気を取り直す。

 この現実を予想していた。

 そうなんだろう、と期待なんかしていなかった。

 けれど――


「ああ、やっぱり悲しいな……」


 一縷の望みはあった。

 もしかしたら、と正直、少しだけ期待していた。


 だから、涙が出る。

 泣いてしまう。

 泣きたくないのに、瞳からは、ぽろぽろと涙が生まれる。


「吸血姫よ」


 吸血帝の声が玉座の間に響く。

 その声は重く、低かった。

 父の優しい声音ではない。

 声質も、滑舌も、全て父のものなのに――

 その声はどこまでも父と異なっていた。


「ようやく会えたな」


 吸血帝は不敵に笑う。

 その笑みは気味が悪いものだった。

 見ていて、吐き気がする。

 生理的に嫌なのだ。


 父の姿でその笑みをやめてほしい。

 その声を発さないでほしい。

 その身体で近づかないでほしい。


 吸血帝は玉座から離れて、すたすたとアリスのもとへと迫ってきた。

 アリスは身構える。

 あと十数mで魔法を放つ。

 吸血帝と自分の距離に集中しながら、相手の手の動きにも注意を払う。

 

 徐々に、ゆっくりとその歩みはアリスに近づいていた。

 唇を噛む。

 眉間に力が入る。

 緊張の汗が額に垂れるのを自覚する。

 しかし、集中は途切らせない。


 そして、遂に吸血帝が目的の距離まで近づいた。

 それを確認してすぐ、アリスは魔法を放とうと、掌を相手に向けようとして――


 大量の血の海がそこに現れた。


 それは――突然だった。

 異空間から出したことは分かる。

 しかし、これほど大量の血を放出して何を……。


「まさか……!」


 アリスは辺り一面を見回す。

 城は半壊し、第八階層の一帯は血の海に変貌していた。


 これは一種の領域魔法だ。

 アリスの『血脈繋がる血卵の呪い(メッカ)』と同様の領域支配。


 しまった。

 初手で相手のテリトリーを形成させてしまった。

 これでは戦いを通して、不利な状況が続いてしまう。

 

 しかし、領域魔法には代償がつきものだ。

 何かこの領域魔法にもデメリットがあるはず……。

 アリスは思考しながら、血の海の上に立った。

 どうやら、立つことは出来るようだ。

 

「うん?」


 いや、おかしい。

 何故、立てるのだ?

 自身が生み出した血液ならまだしも、他者の血液には意志が伝達できない。

 その意志の伝達によって、血液に触れ、変化させ、動かすことが可能となるのだが――

 実際として、アリスはこの血の海に意志を伝えることが出来ていた。

 ということは……。


 これは吸血帝にだけ有利になる領域ではない。

 その対象には、吸血姫も属するということである。


「舐めたことを」


 アリスは低い声で独り言ちた。

 つまり、相手に自身と同じ有利な環境を与えても、大丈夫だ、と判断されたのだ。

 格下だとでも思っているのか?


 確かにアリスは弱い。

 それは誰よりも自分が理解している。

 昨日までは驕っていたアリスも、悪魔と出会い、サリユと戦い、その自信は地に落ちていた。

 だからこそ、油断はしない。

 弱いことを自覚しているからこそ、相手がどのような者でも最善最適の方法論を最後まで考え抜く。

 

 だが、目の前の吸血帝はアリスのことを侮っていた。

 傲岸不遜とはこういうことを言うのだろう。

 自分を信じ、相手を見下す。


 自信をもつことは間違いではない。

 しかし、鼻から相手を格下として見なすのは、少なくとも真の強者のすることではない。

 自分の予想外を疑っていないのだ。

 世界はこんなにも広いというのに。

 自分の知らない強者が星の数ほどいるというのに。


 アリスはにやり、と口の端を上げた。

 そういう相手には勝手に思わせておけばいい。

 自分も勝手に本気でやるだけだ。


 だが、唯一、心配なことは――


「サリユ様」


 階下のサリユの身の心配をする。

 この血の海によって城は半壊してしまった。

 ちょうどこの下にはサリユたちがいるのだ。

 普通ならば、間違いなく助かっていない。

 しかし、あの悪魔が一緒にいるのだ。

 恐らく、無事だろう。

 それよりも――


 アリスは吸血帝を睨む。

 今は目の前に集中だ。


 血の海から直接『血弾(ブラッドブレッド)』を大量に生み出す。

 相手がわざわざ用意したのだ。

 存分に利用させたもらおう。


 血の弾丸が一斉に発砲された。

 ――弾丸の行進。

 次々と『血弾(ブラッドブレッド)』が吸血帝へと注がれる。

 この一斉砲火を、無傷で潜り抜けられるものなど、いない。


 吸血帝は血の弾丸の波に、僅かに眉を上げた。

 予想していた以上の魔法だったのだろう。


「ざまぁみやがれ」


 口汚く、呟く。

 父を乗っ取った罰、その魂で償ってもらう。


 そして、終わらせよう。

 全てをここで終わらせる。

 止まった百年を動かし、その百年に幕を下ろす。


 吸血帝は『血壁(ブラッドウォール)』を展開し、『血弾』の一斉砲火を凌ぐ。

 その壁は鉄壁を誇る。

 尋常ならざる膨大な魔力から生成される、高密度の障壁。


 単純な魔力で練り上げられた魔力障壁と比べ、吸血種族が扱う『血壁』は汎用性が高い。

 防御力という点では魔力障壁と大差はない。

 どちらも魔力量に比例して、堅牢になる。

 しかし、『血壁』が魔力障壁よりも優れている点はその形を変えられる、というところだ。

 つまり、相手の攻撃を受けながら、こちらも攻撃ができる。


 吸血帝は『血壁』を展開したまま、壁の表面を変形させ、赤黒い棘をアリスに向けて発射する。

 その数は八つ。

 しかし、棘の規模が『血弾』に比べて、圧倒的に大きい。

 数でものを言わせている『血弾』をその大きさで、蹴散らしていく。


 アリスは『血弾』を放ち続けながら、血の海面に手を添え、迫りくる血の棘に視線を向ける。


 まだ。

 あと少し。

 ギリギリまで。

 

 それは恐怖とともに接近する。

 アリスの『血弾』ではかすり傷も与えられない。

 止まらない。

 止められない。

 それは威圧感をもって、アリスに向かっていく。

 その距離――


 あと少し。

 もう少し……。


 凄まじい速度。

 回転し始める血の棘。

 回転の影響で熱を帯び、当たればひとたまりもないのは、見れば分かる。


 けれど、待つ。

 待ち続ける。

 その瞬間を。

 この一瞬を。


「来た!」


 声と同時に海面から突如として『血壁』が現れる。

『血壁』の上部は鋭利に細くなっている。


『血壁』が展開した結果、血の棘が切断される。

 血の棘との距離、まさに、すれすれ。

 触れるか、触れないか、その瀬戸際だった。


 自身の攻撃がいなされたことを確認すると、吸血帝はノータイムでアリスに近づき、接近戦に持ち込んだ。

 判断力が速い。

 戦い慣れている。

 その自信はただの過信ではなさそうだ。


 吸血帝は『血剣(ブラッドソード)』を片手に、アリスに迎え撃つ。

 アリスも同様に『血剣』で対応する。

 しかし、『血弾』の発砲はやめない。

 距離的優位は保つ。

 接近戦になったとしても、ヒット&アウェイで近距離と中距離の攻防を繰り返す。


 吸血帝と吸血姫の剣が触れ合う。

 打ち合う音は金属と金属が打ち合う、硬い音響そのもの。

 それが、血でできた剣の打ち合いとは、到底思えない。


 数度、剣の打ち合いをして、死角から『血弾』で吸血帝を狙う。

 しかし、それを『防御(シールド)』で防がれる。


 大部分的な防御には障壁を展開するのが常套だが、ある一点やいずれかの箇所に対しては、大掛かりな防壁ではなく、小さなシールドが有用である。

 魔力消費の側面もそうだが、防御する箇所が狭い分、小回りが利く。

 つまり、すぐに攻撃に転じられる。


 吸血帝の斬撃がアリスを襲う。

 吸血帝の剣の動きは中々のものだった。

 純粋な剣士と比べれば、荒も目立つが、基本は忠実である。

 そして、元来のパワーも加われば、それだけで技能を上回り、剣士に剣で対抗――いや、圧倒できるほどである。


 アリスはその斬術に善戦している。

 そもそも、アリスは接近戦が苦手だ。

 剣の扱いも、素手での戦闘も不得手であり、嫌いだ。

 それでありながら、どうにか凌いでいるのだから誉めてほしい。


 しかし、愚痴を言っても仕方ない。

 ここは、どうするか、考えなければ。

 

 剣の打ち合いは、このまま続ければ、いつかは押し負けてしまう。

 その前にどうにかして、この形勢を変えなければいけない……。


 アリスは拳を握り、吸血帝をきっと睨む。

 ここから、もう一段階、ギアを上げる。



――――――――――――



 形勢はこちらに優勢である。

 このままいけば、最終的に勝つのはこちらだ。

 

 相手は吸血姫。

 吸血帝と肩を並べる神話級の最強種族。

 しかし、僅かながらに魔力などの基本ステータスはこちらが上だ。

 単純な魔法の打ち合いならば、順当にいって、負けることはあり得ない。

 

 だからこそ、領域魔法『血海(けっかい)』を展開した。

 この魔法は吸血鬼ならば、相手味方関係なく、優位に事が運ぶ環境を作る。

 吸血姫相手には、これといったアドバンテージにはならない。

 逆に、相手にも有利な環境である。

 しかし、真正面から戦えば、魔力、フィジカルの面で負けることはない。


 それに、『血海』の影響で周りには障害物がなくなった。

 この場では搦め手も使えない。

 純粋な力で、戦うしかないのである。


 吸血帝は相手を見くびる。

 それは傲慢から生じるものだが、裏を返せば、絶対的な自信によるものであるとも言える。

 吸血帝の力は本物だ。

 敵を軽視するのも頷けるほどに、その力は圧倒的であり、戦闘技術も達人のそれを優に凌ぐ。

 

 吸血帝とは概念である。

 吸血鬼たらんとした思想。

 吸血鬼の理想、願望、幻想、その集合。

 それが吸血帝。

 言い換えてしまえば、吸血鬼の祖、起源であり、元凶。

 それでありながら、行き着く先が吸血帝。

 つまりは、終局、終焉。


 全ての吸血鬼の中心――それが、吸血帝。


 その力、絶対であり、絶大。

 しかし、その力は自由ではない。

 理想に縛られるという点では、拘束である。

 

 吸血帝とは――


 このまま押し切る。

 剣の握る手に力が入る。

 手に持つ『血剣(ブラッドソード)』の剣身を『血海』に刺しこむ。

 血の海に浸かった剣身は大量の血と融合し、巨大化していく。

 柄を握る力を強め、思いっきり引き上げる。

 

 巨大な剣が『血海』より現れた。

 それは剣というより、戦斧と呼んだ方が適当だろうか。

 吸血帝はその戦斧を肩に担ぎ、アリスに視線を向ける。


 ここから一気に片を付ける。

 パワーで薙ぎ倒す。


 吸血姫はそれを見て、再度『血弾(ブラッドブレッド)』を一斉砲火。

 しかし、吸血帝にとって、その攻撃はもう見飽きたに等しい。

 二度目の攻撃ほど無意味なものはない。


 吸血帝は血の戦斧の斧刃の表面を海面と垂直にして、壁とする。

 吸血姫の『血弾』はそのことごとくを戦斧の壁によって阻まれた。


『血弾』の発砲が止んだのを見て、戦斧の刃を相手に向ける。

 身体を捻り、遠心力を使い、戦斧を振る。

 そこから生まれる戦斧一線は切れ味というより、凄まじい暴力が垣間見える。

 大規模の斬撃は吸血姫の方へと接近する。


 吸血姫は『キューブ』を展開し、全方位を防御に徹した構えを見せる。

 戦斧の斬撃は濁流のように吸血姫に襲い掛かる。

 その斬術は恐怖である。

 怨嗟の念がそのまま放たれるが如く、恐怖そのものがアリスを犯そうとする。

 

 吸血姫が展開した『キューブ』は四方八方を血の壁で塞いだ、いわば『血壁(ブラッドウォール)』の上位魔法である。

 しかし、防御範囲を分散させることで、その防御力は『血壁』より、やや劣る。

 吸血帝の斬撃は広範囲による攻撃もあって、この魔法を選択したようだが……。

『キューブ』にひびが入る。

 やはり、この魔法での防御は心許ない。

 だが、それでも、ギリギリで吸血帝の攻撃を受けきった。


「やるじゃないか」


 純粋な賛美を呟く。

 だが、それは吸血帝の常識を超えることはない。

 許容の範疇である。


「しかして、それを超えなければ、この物語を壊すことは出来ないぞ」


 そう、これは世界が決めし物語である。

 絶対に抗えぬ、世界が執筆したシナリオ。

 吸血帝が吸血姫を殺す。

 それは悲劇である。

 悲劇を世界は望んでいる。

 

 吸血帝はそれを宿命とし、縛られる。

 理想であり、幻想であり、だからこそ、彼は運命に縛られる。

 

 吸血帝とはすなわち、世界に意志を決められる。


「だからだ。我にはどうすることも出来ない」


 望んでいる、――シナリオの完遂を。

 しかして、同時に望んでいる、――シナリオの破綻を。


(やってみろ、吸血姫……いや、アリス・ヴリコラカス・セミルメラよ。それが、我が友、グリーセスへの……)


 我に感情なし。

 我に夢なし。


 だが、一つだけ……。

 一つだけ、期待する。


 アリスに異変が生じる。

 姿勢を低くし、両手を前についた。

 その姿はどこか……獣のような。


「サリユ様! あなた様のお力、お借りいたします!」


 ようやく、初めて、吸血帝の予想を超えた。


「何を見せる? それはシナリオにはないぞ!」


 笑う。

 心の底から、期待する。

 

 感情などない――はずだった。

 夢などない――はずだった。


 しかして、笑う。

 渇望する。

 

「グリーセス、見ているか? お前の娘は今、何をする?」


 世界よ、摂理よ、大魔法使いよ、そして――


 ――神龍よ。


 見ているか?

 感じるか?


「世界は変わろうとしているぞ!」


 決定論を破壊せよ。

 運命を蹴散らせ。


 その上で我は――吸血帝は立ちはだかる。


 運命の権化、それこそが――吸血帝である。


「さあ、ここからが決戦だ!」

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