026話 加速/絶
「俺の名はサリユ・ギー・フェンリル」
相手の名乗りに、サリユは律儀に返した。
名乗らない選択肢もあったが、ここは礼節に重んじるべきだろう。
剣士――クゼンの顔を見る。
彼の顔は真剣そのものだった。
先程とは違う。
余裕などない。
認めたのだ。
サリユを敵として、剣を交えるに足ると。
ならば、それに応えるしかないだろう。
サリユも相手を認める。
この剣士を――
クゼンという名の好敵手を――
サリユは壁に張り付いたまま、クゼンを見下ろす。
クゼンは剣を構えて、サリユを見上げていた。
視線がぶつかる。
逸らしはしない。
目を細くして、見据える。
次の瞬間、両者は同時に動いた。
剣士はまたも壁に走る――ことはなく、床を疾駆しながら、サリユのいる方向へ。
サリユは壁伝いに上に向かって走る。
そのまま、位置的優位を最大限生かし、剣士の頭上から『爆炎』を投下する。
炎の爆弾が雨になってホールに注がれる。
これを避けるのは至難の業だろう。
逃げ道はない。
ならば――
(その剣で斬るしかないよな?)
混合魔法を放ったことで魔力はごっそりと抜かれていた。
しかし、サリユには魔醒石がある。
異空間から取り出し、噛み砕く。
そろそろ、この無味にも慣れた。
魔醒石で魔力を回復させ、『爆炎』の雨の中、『火の一線』を放射する。
予想通り、クゼンは左手の剣で『爆炎』を斬っていく。
しかし、その対処も追いつかなくなってくる。
『爆炎』を斬っている最中に『火の一線』をクゼンに放つ。
避けること叶わず、どちらか一方の攻撃は身に受けるは必中。
だが、クゼンは第三の選択肢を提示する。
異空間から剣――それは西洋の剣ではなく、日本刀のような形状だった――を出し、手に取ることなく、足を使って、刀を蹴った。
蹴られた刀は『火の一線』に激突し、炎の放射線を穿つ。
炎はクゼンのもとに来ることはなく、逆に、蹴られた刀が『火の一線』の始点、サリユに向かう。
追いつめていたはずだった。
しかし、背水の陣をここまで流麗に形勢逆転へと変えられるとは。
それに、剣を――刀を蹴るなど通常の思考では思いつかない。
それは剣術なのか?
これに関しては甚だ疑問なのだが、しかし戦法としてはこれ以上なく多彩で応変である。
鬼想流――聖典流とは全く違う論理のもと成り立つ剣術。
侮れない。
サリユは迫る刀を尾で弾き、いなす。
だが、『爆炎』は途切れてしまった。
その間隙を狙って、クゼンは全速力で走って――跳躍した。
そのジャンプは人間業を遥かに超え、大きく空間を跨ぐ。
一気にサリユとの距離を詰め、跳んでいる途中――空中でクゼンは自身の足元に手に持つ剣の先端を向け、その先端を小刻みに回し始めた。
まもなくして、クゼンの足元に小さな竜巻が生まれる。
その竜巻を利用し、さらに上へと跳んでいく。
その剣技の名は『弁天』
それはもう、剣技の領域ではなく、魔法の領域であった。
通常では起こりえぬ事象。
それを剣一本で成し得る――考えられぬ所業。
鬼想流に不可能なし。
万象は鬼想流に繋がる。
クゼンが近づく。
天と地の位置関係だったはずが、いつの間にか、両者の距離は目と鼻の先にまで縮まった。
クゼンは剣を投擲し、その後、すかさず異空間から刀を取り出す。
次の瞬間には、刀を横に構えて、そのまま円を描くように回り、斬撃を放つ。
サリユはまず剣の投擲――『天廊』の対処に追いやられる。
これには再度、尾を硬質化させ『剣』でいなし、しかして次をどうするか。
『天廊』と斬撃の時間間隔は短い。
『天廊』の対処をした後では尾での攻撃は間に合わない。
ならば、口を開けて攻撃するしかない。
使える箇所はそこしかないだろう。
サリユは口から炎をため、そして、放射する。
炎の放射線は一直線にクゼンの斬撃に向かう。
これで、対処は出来た。
しかし、この後をどうするか――と次の思考に移り変わろうとした時だった。
サリユの『火の一線』が横一線に分断される。
そう、斬撃が『火の一線を斬ったのだ。
これが、確定切断の理外剣技。
鬼想流剣技の一つ。
――『断罪』
この斬撃で断たれぬものなし。
一切万象、『断罪』によって、分かたれるは必然。
真っ二つにされた『火の一線』は掻き消え、もう一度、発火しない限り、戻ることはない。
破られた。
そして、そのままクゼンはもう一度、空中で『断罪』を放つ構えを見せる。
サリユはすかさず『狼王への謁見』を発動。
一瞬のズレを利用し、その場から離脱。
クゼンが『断罪』を放つ。
ギリギリのところでサリユはそれを躱した。
サリユが先程までいた壁は『断罪』によって一刀両断され、壁の向こう側、第八階層の景色がお目見えする。
同じく『断罪』の影響で螺旋階段も切断され、途切れた状態になっている。
世界の摂理を破るは破約。
理外剣技――
剣技には魔力消費がない。
よって、体力が続く限り、剣を振るうことが可能なのだ。
それはある側面では魔法よりも優れていると言えるかもしれない。
それに、この剣士――クゼンの剣技は魔法の領域に到達している。
ただの剣術というには、それは規格外を超えて、常軌を逸している。
《解析。取得不可。鬼想流剣技――『天廊』、『穿鬼桜転』、『弁天』、『断罪』、いずれも所得不可。対象、クゼン・リュウリュウに最適された剣技だと推測。サリユ・ギー・フェンリルの身体構造では適合不可》
解析結果が出た。
どうやらサリユではクゼンが扱う剣技は使えないようだ。
それが鬼想流が一般的に広まっていない所以である。
聖典流は技としての追求がある。
詰まるところ、剣技としての究明をしており、突き詰めれば、誰でもその剣技を扱うことが出来る。
奥義になれば、天賦の才能や圧倒的体力などが必要になるが、前提は変わらない。
その剣技は広く門扉を開けている。
しかし、対して鬼想流はその個人の追求を主としている。
必ずしも剣技を極める訳ではなく、個人としての最適な行動を極めるに至っている。
その剣技は単純にその個人の骨格、筋肉、可動域、全ての身体的要素から生まれる最適行動が結果として、剣技として昇華されているのである。
鬼想流は想像する。
そして、創造する。
想い、創り、そして自分だけの剣技が生まれる。
剣技に多少の繋がりや土台はあれど、そこから追求せしは自分の想像力だけ。
だからこそ、鬼想流は口伝で広まり、しかして、それを真の意味で剣術として成立させられる者は少ない。
よって、サリユではクゼンの剣技を真似ることは叶わない。
そんな領域の剣技ではないのだ。
どれもクゼン・リュウリュウ、唯一人だけの剣技。
だが、だからといってなんだ。
サリユのユニークスキルが通用しない相手だろうと、今までの経験が消えた訳ではない。
そして――レムス。
彼の全てをサリユは食らった。
身体も、技術も、魔法も、記憶も……。
サリユは強くなった。
神話級でさえ、後れを取らない。
並みの魔物では、もうサリユの相手ではない。
息を整える。
無意識に浅くなっていた呼吸を深呼吸をして、落ち着かせる。
呼吸がいつものように戻ったところで、相手の剣士を見据える。
加速だ。
もっと速さがいる。
機動力で勝たなければ――
力でも、技能でもなく、速度をもって相手を倒す。
可能性はそれだけだ。
サリユは自身の背後に七つの火球を生み出した。
それこそは、混合魔法と双璧を成す、もう一つの切り札。
――『七曜』
その一つの異能。
――『Accelerating expansion of the universe』
その加速の規模は光速を超える。
熱を溜め、熱を帯び、その熱は加速度的に高まり、速度へと転化され――
その行き着く先は、宇宙の加速膨張にまで至る。
普通ではありえない。
しかし、魔法が――『七曜』がそれを可能とする。
そして、それを耐えうる身体改造。
《炎魔法、スキル『軟体』、『加速』を統廃合。『七曜』へ吸収。……、……、――『Accelerating expansion of the universe』動作確認――了解。異能顕現――承認。異能開始》
始まる。
これが現時点におけるサリユ・ギー・フェンリルの最大速度。
人間の領域を超えしクゼンでさえ、それは体感できない。
これもまた世界の摂理を一旦だが外れる。
次元跳躍――転移とも違う。
単純な加速によって生まれる――宇宙的規模のエネルギー。
煌めけ、銀河よ。
混沌せよ、星たちよ。
過激せよ、太陽よ。
火球が一つ消えると同時にサリユは目にも止まらぬ――などという表現が陳腐に思えるほどの――速さをもって、サリユの身体は消えた。
――――――――――――
「はっ?」
クゼンの声はもっともだ。
それは意味が分からない。
そう――疑問すら思いつく前にサリユが目の前に現れ、クゼンの肩を食らう。
炎の牙で食らわれた箇所から尋常ならざる痛苦が襲う。
「ぐおおおおおおぉぉぉぉ!!」
慟哭が響く。
苦痛はもちろんだが、悲しみが……。
なんだ、これは?
「まずい」
本音が漏れ出る。
こんなことは初めてだ。
焦り?
緊張?
吐き気がするほどの身体の震え――精神の怯え。
だが、その上で剣鬼は笑う。
これほどの喜びは人生、最初で最後。
ようやく来た。
これが愉悦だ。
これが歓喜だ。
これが――愛だ。
「さあ、来い! 来い、来い、来い、来い、恋、恋、恋恋恋恋恋恋、来い恋来い恋恋来い恋恋、こい!」
その言葉は呪言となって、狂気的に螺旋の楼に響き渡る。
楽しい。
辛い。
嬉しい。
痛い。
同居しない感情が矛盾を孕んで、今この時は『愛』という感情のもと、手を繋ぐ。
クゼンは瞳を閉じる。
この速さだ。
目を開けようが、閉じていようが、関係ない。
ならば、集中するために瞼を下げて、暗闇の世界で精神を研ぎ澄ませる。
音はない。
空気の振動すら置き去りにする。
それほどの速さ。
しかし――クゼンの闘志は消えない。
鬼想流剣技――『絶禅』
速さには速さ。
視覚情報を消すことによって、可能となる速さ。
しかし、視覚だけではダメだ。
もっと、あらゆる情報を切断し、速さに至る。
聴覚、嗅覚、味覚、触覚――体性感覚
異常をきたす。
身体の細胞レベルでおかしくなっていることを自覚――することすら出来ない。
知覚、第六感、人知を超えた領域外の感覚も遮断。
そして、生まれいずる。
それが――『絶禅』
消える。
同じく、剣鬼の姿も忽然と消えた。
分かる。
分からない。
けれど、ようやく、サリユ・ギー・フェンリルの姿を捉えることが――出来ない。
もう一つ先なのか。
サリユ・ギー・フェンリルはもう一つ上の次元の速さを獲得している。
だが、それでも、追いつく。
相手もこの速さの代償はあるはずだ。
長くはもつまい。
しかし、その限界を待つなどあり得ない。
この速度の世界で倒す。
剣は振るえるか?
全ての感覚を消し、どのような理屈で走っているかも分からない。
しかして、クゼンは確信する。
剣は振るえる、と。
剣はそんな次元にない。
剣とはすなわち――源。
始まりであり、世界そのものである。
クゼンにとってそれが真理だった。
それこそが真実だった。
「いくぞ……」
掠れた声で呟く。
やはり謎だ。
どのような原理で声を発せられるのか、甚だ疑問だ。
しかし、クゼン・リュウリュウならば可能だと信じてしまう。
存在そのものに説得力がある。
だから、今回も最後に立っているのは――剣鬼だ。
魂が叫ぶ。
魂が泣く。
魂が悟る。
届け――
剣を相手の身体に刺しこむのだ。
あと、もう少し。
あと、ちょっと。
あと……。
だが、クゼンの剣はサリユに届く寸前で制止される。
感覚外の感覚で察知する。
クゼンの身体は突然現れた黒色の狼、数体に噛まれて、動きを止めたのだ。
「影狼」
サリユの声が一瞬で遠ざかる。
あと、少しの世界だったのに……。
まだだ。
まだ――
クゼンは思考を挟まず、『影狼』を切り伏せる。
それでもしつこい狼には自身の片足ごと切断し、離脱する。
少しでも早く、サリユとの勝負をするために。
こんなところで足止めを食っている場合ではない。
またも『絶禅』で追いかける。
しかし、サリユの姿は捉えられない。
それでも追いかける。
この速度の世界で――この剣で――
「まだ!」
その叫びとともにクゼンの左腕が消えた。
いや、斬られた、と言った方が適当だ。
クゼンの上方、そこにはサリユが尾――『剣』を展開していた。
その剣技は――
「夢斬か……」
右腕は使えず、左腕は消えた。
下半身は片足状態で、クゼンにはもう戦う術はない。
などと、クゼンーー剣鬼が考える訳がない。
「まだ、口がある」
異空間から剣を口で取り出し、剣を咥えた状態で相対する。
まだ、終わっていない。
剣鬼にとってはまだまだ序章。
これからが――
「本番だろ?」
剣鬼は不敵に笑う。
それに対して、サリユも笑うしかない。
「この化物が」
「お前もな! サリユ・ギー・フェンリル!」
まだ終わらせたくない。
ずっと続けたい。
死ぬまで続けたい。
来世も続けたい。
未来永劫、続けたい。
「世界が終わるまで――宇宙が終わるまで戦い合おう!」
狂気の底は見えない。
彼の剣は潰えない。
その剣の精神、まさしく――鬼そのもの。
姿勢を低くする。
カチカチッ、と咥える剣の位置を確かめる。
そして、あとは――相手を見る。
サリユ・ギー・フェンリルはあの尋常ならざる加速を解いていた。
やはり限界があったのだ。
その代償は色濃く、身体の至る部分が黒く焦げていた。
しかし、同情などない。
そもそも、クゼンも満身創痍だ。
『絶禅』の影響で身体の至るところが悲鳴を発している。
痛いだけならまだしも、その痛みが分からない。
片目は見えず、耳からはヒュー、ヒュー、と風の音がうるさい。
だが、終わらせない。
「ここで、いいや」となる訳がない。
もっとだ。
もっと、この喜びを――
片足でぴょんぴょん、と跳ね、それを数回繰り返す。
そして、そのまま、その跳躍の勢いをもって、相手のもとへと飛ぶ。
弾丸のように――ミサイルのように――飛ぶ。
「向かい打つ!」
相手の声がクゼンの胸を打つ。
戦ってくれることに感謝を。
終わらせないことに感謝を。
サリユは口に炎をためる。
ギリギリまで待つ。
クゼンが目の前まで来る、その時まで最大限威力を高める姿勢のようだった。
それならば、とクゼンは身体を捻り、回転する。
一直線の閃光が捩じれる竜巻へと変貌する。
――『穿鬼桜転』
近距離の攻撃でも、それを打ち消してやろう。
笑いながらクゼンは回転する。
しかし、それを見て、サリユはすぐさま魔法を放つ行動に出る。
サリユの『火の一線』とクゼンの『穿鬼桜転』が激突する。
炎の苛烈さに痛み以上の何かを感じる。
もう感覚もおかしくなっている。
だが、膝は折らない。
――ここで諦めるほど、俺は自分に優しくない。
炎の放射線が掻き消える。
クゼンの斬撃によって、雲散霧消する。
しかし、それでクゼンの『穿鬼桜転』は終わらない。
そのまま、サリユに向かって、捩じり、廻り、その命を刈り取る。
だが、サリユもその闘志を燃やしている。
一切の諦念がない。
そこには勝利の可能性への道筋を探る心のみ。
サリユはクゼンの『穿鬼桜転』を『天斬』で迎え撃つ。
両者の斬撃が触れる瞬間、クゼンは『穿鬼桜転』の軌道を僅かに変え、相手の『天斬』を躱す。
今のは、やばかった。
十中八九、あの斬撃の衝突で負けていたのはクゼンの方だったはずだ。
クゼンはそれを直感的に悟った。
ここで終わりなど味気ない。
もっと苦しみ、痛み、その先で終わるのであれば終わりたい。
いや――終わらせない。
クゼンは壁に着地したのと同時に異空間から幾つもの剣を出現させ、次々にその剣を蹴った。
剣のミサイルがサリユを襲う。
サリユはすぐにそれを察知し、『爆炎』を大量に展開。
クゼンの蹴った剣が『爆炎』と接触すると、そのどれもが爆ぜて、炎を辺り一面に撒き散らす。
クゼンは落下しながらも剣を蹴り、地面に着地したのと同時に、またもサリユに向かって飛ぼうとする。
だが、動けない。
唯一の片足を見る。
またも――『影狼』だ。
クゼンは考えるよりも先に『影狼』たちを串刺しにしていく。
その間に、サリユは――何もするはずがなく、『火の一線』を放射。
これに対抗するには――
クゼンは『影狼』たちに噛まれた状態で首――上半身を大きく捻るように曲げ、そのまま捻った分を元の状態に戻す。
それと同時に咥えた剣を離す。
それこそ、満身創痍、限界寸前の『天廊』である。
燃え上がる放射線。
眩く向かう閃光。
二つの攻撃は相打ち。
同時に消失する。
魔法と剣技が消え、そこに立つは一匹と一人。
言葉はない。
身体は動かない。
それでも終わらせない。
それでも、まだ――
しかし、両者の間に割って入る者が一人。
「ルル!」
流石の剣鬼でもこの状態で万全のルル・シンリに勝てるとは驕れない。
だけど、終わらせたくない。
口惜しい。
もっと、もっと、もっと!
しかし、ここは逃げるしかないだろう。
勝負はお預けだ。
再戦の機会を気長に待つか……。
「サリユ・ギー・フェンリル……」
名前を呟く。
宿敵の名を――
待ち侘びたその者の名を――
「逃がすと思いますか。ここで確実に殺します。あなたは今後、サリユ様の脅威となり得る」
「そうか。お前とは友人のつもりだったんだけどな」
「そうですね。僅かながらに親しくは思っていましたよ。けれど――」
「それほどの奴ってことか、そいつは?」
「はい」
ルルの言葉にクゼンは心の中で同意した。
確かに、そいつは特別だ。
――俺にとっての特別にもなってしまったのだから。
「それでも逃げる」
「逃がしません」
その声にクゼンは笑う。
ボロボロの顔で笑う。
そして、上を見た。
「どちらにせよ、ここまで、だったのか……」
クゼンの呟きとともに、突如として上から大量の赤黒い液体が落ちてきた。
そう、降ってきた、などという表現は生易しい。
それは、落ちてきた。
「何⁉」
クゼンは赤黒い――血の濁流に乗じて異空間に逃げ込む。
「待て!」
「いいのか? お前の主は?」
サリユの目は虚ろだった。
もう、戦うことしか考えられない。
自分の身も、何も考えられない。
「サリユ様!」
「ふっはっはっはっは!」
クゼンの笑い声が残響する。
また会おう。
また戦おう。
また楽しもう。
「サリユ・ギー・フェンリル」
再度、その名を呟く。
最高の好敵手。
最大の宿敵。
そして、最愛の存在。
「愛しき宿敵よ。再会を、再戦を……。その日まで、息災たらんと……」
異空間の中、剣鬼はほくそ笑む。
身体はボロボロだが、その心は――
――最上の喜びで溢れていた。




