表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 吸血姫編
27/57

025話 鍔迫り合い

 剣士の居合いは精錬にして、精緻された無駄のない美しいものだった。

 斬撃がサリユに迫る。

 目に追える――訳がない。

 それは一瞬の出来事。


 だが、サリユはすんでのところで『狼王への謁見(デベモス)』を発動させ、ギリギリのところで斬撃を避けた。

 斬撃は空を切り、そのまま城の壁に一線の斬り傷を与える。


「ほう、避けるか。いや、何かしたな?」


 剣士は続けざまに斬撃を放つ。

 息つく暇など与えない。

 

 ――『(シュデン)


 それは聖典流の基本剣技。

 剣士がまず知る剣技が『(シュデン)』である。

 そのことからも分かるように、この『(シュデン)』は剣士を名乗る者ならば誰しもが扱える、基礎中の基礎の技。


 特にこれと言って付随される効果はなく、ただ斬撃を加えるのみ。

 しかして、それはシンプルだという裏づけでもある。

 強い者がやれば、威力も大きいものとなり、弱い者がやれば、食肉さえ切れない斬撃となる。

 

 しかし、剣士はその『(シュデン)』を片手で剣を振って、涼しげな顔で放ってくる。

 剣を振る手を止めず、連続して『(シュデン)』がサリユに放たれる。

 止まらない。

 斬撃の疾風は止むことを知らない。

 

 その斬撃の一つ一つが重く、鋭いものである。

 軽く振っているように見える剣も、その実は美麗な動きによる剣技である。

 

 剣士は『(シュデン)』を放ちながら、ゆっくりと一歩、また一歩、サリユとの距離を詰める。

 その様は優雅に散歩でもするかのような足取りである。


 サリユは『(シュデン)』を『(ソード)』で切り伏せていく。

 一つ一つの威力は凄まじいが、対抗できないほどではない。

 だが、動けない。

 移動しながら『(シュデン)』を対処できるほど余裕もなかった。

 剣士の『(シュデン)』は、サリユをその場に留めさせるのには成功しているのである。

 剣士の狙いはそれだろう。

 

「なるほどな。尻尾を剣のように扱うことで、斬撃をいなしているのか。面白い」


 サリユの内心とは裏腹に剣士の表情は余裕に満ち溢れていた。

 流石はアリスを圧倒しただけはある。

 圧倒的な暴力というよりは、圧倒的な技量によって、戦局を掌握されている。

 そしてこういう相手は往々にして隙を見せない。


 では、このような相手にはどうするべきか。

 まず考えられるのは、力で押し切る方法である。

 搦め手では、このような剣士には逆効果。

 ならば、策も技能も捻じ伏せる暴力によって押し切るしかない。


 しかし、サリユが誇る圧倒的な暴力の権化『炎獣化(バーゲスト)』はこの場では扱えない。

 城を半壊させるのは、もちろん危惧すべきことなのだが。

 一番として身体が大きくなることで、攻撃を受ける的が大きくなる。

 これでは、一方的に相手の斬撃を受けることになってしまう。

 それに、この場では壁などを使われ、全方位からの攻撃に対処しなければいけない。

 また、炎獣状態では、火力を上げる代わりに、速度が低下し、どちらにせよ、相手の攻撃を避けることは叶わない。

 だからこそ、『炎獣化(バーゲスト)』は使えない。


 残された選択肢は、機動力を生かした戦闘となる。

 速さには自信があるサリユだが、しかし果たして、この剣士がどの程度の機動性を兼ね備えているのか。

 そこが懸念するところだ。


 サリユは再度『狼王への謁見(デベモス)』で相手の移動速度を僅かに遅らせる。

 その一瞬の隙を狙って、剣撃の嵐から離脱する。

 そのまま爪を壁に食い込ませ、壁伝いに移動し、相手の出方を見ることにした。

 さて、次はどう来る?


 剣士はサリユが壁に張り付いているのを見て、微かに瞼を上げた。

 

「すげぇな。そんなことが出来るのか」


 剣士は笑うと、サリユに対抗したのか、壁に向かって走ったかと思えば、そのまま勢いに乗って、壁伝いに移動し始めた。


「まじかよ」


 剣士の移動方法はサリユとは異なる。

 サリユは爪を食い込ませて、重力に逆らっているが、剣士のそれは、移動速度の勢いを利用し、重力に抵抗している。

 その結果、剣士との距離を離したサリユだが、一気にその距離を詰められる。


「もう少し、斬り合おうか」


 戦う場が壁へと移動し、重力に逆らいながら、一匹のイヌと一人の剣士が斬り合う。

 サリユの尾と剣士の剣がぶつかり合うたびに、低く無機質な、しかして熱を帯びたその音が城内に反響し続ける。


 斬り合いはサリユが押され気味である。

 そもそも、剣での戦いは相手に分があるのは自明だ。

 相手の領分では歯が立たない。

 断続的に『狼王への謁見(デベモス)』を発動することで形勢を均衡に保っているが、この状態も長くは続かないだろう。


 剣を振る速度が増していく。

 時間が経れば経るほど、剣士の剣は速くなっていった。

 どうやら、ウォーミングアップ気分なのか、今までは――いや、今も、本気ではないのだ。

 それを証明するように、彼の表情はどこまでも、余裕そのものだった。

 汗一つ、掻いていない。


 くそが。

 心の中で悪態をつく。

 このままではいけない。

 しかし、戦況を変えるためにこちらから一歩踏み込むのは、危険極まるのも事実。

 だからこそ、膠着状態とは生まれる。


 ここで、剣の打ち合いをやめ、魔法を放つメリットは?

 それで確実に剣士の上を行けるか。

 そもそも、戦況は変わるか?

 

 だが、それは逆説的に、今の状態の肯定になってしまう。

 それだけは違うと分かる。

 今すべきことは現状の打破である。

 ならば、答えは決まった。


 サリユは『(ソード)』を『火の剣(ファイアソード)』へ切り替え、尾を壁に叩き付けた。

 尾から発火した炎の影響で、壁に叩き付けた箇所から、火の粉が舞い散る。

 それを火種にする。

 火の粉がゆらゆらと揺れて、徐々に激しく燃焼し始める。

 火は大きくなり、炎へと転じ、サリユと剣士との間を隔てるように炎の壁が生成される。

 

「魔法?」


 剣士は剣を突き立て、ぶら下がる形で、様子を見ている。

 それを炎の壁から透視して、確認するサリユ。

 今、剣士は剣の握りに捕まっている状態である。

 攻撃を避ける場合、手を離し、落下する他、手段はない。

 魔法を放つにはここしかないだろう。


 この一瞬を見逃さない。

 炎の壁を盾に『火の一線(ファイアライン)』を放つ。


 万が一は考えるべきだ。

 捨て身で、壁から剣を抜き、落下しながら斬撃を放たれる可能性を加味し、炎の壁は消さない。

 この炎は単に剣士と距離を離すためのものではない。

 そう、盾だ。


 一撃でも、防げばいい。

 それだけで、攻撃を加える瞬間が生まれる。

 それだけで、逃げる瞬間が生まれる。

 その瞬間を作るのがどれほど困難か。

 だからこそ、戦いにおいて、瞬間を作るために、死に物狂いで考える。

 死に物狂いで動く。

 それの繰り返しだ。


 その先に何がある?

 何もない。

 だけれど、生きるためには、死なないためには、その瞬間を何度も作らなければいけない。


 サリユの魔法で生まれる炎は、ただの炎ではない。

 揺らめくし、掻き消えるし、一見、変哲のない炎だが、両断し、その斬撃がそのまま炎の先の対象に傷を与えることは出来ない。

 炎の密度によるが、まず、炎を対処してからでなければ、次には繋がらない。

 一つの攻撃で炎と何かを一挙に始末できないのである。


 つまり、剣士がどれほどの達人であっても、炎の壁を両断し、その斬撃をそのままサリユに与えることは出来ない。


 このワンアクションの手間が重要なのだ。

 この手間が戦いの最中においては、じれったい事この上ない。


 そんな炎の壁に守られながら、サリユは炎の壁を通して、『火の一線(ファイアライン)』を剣士に向けて、放つ。

 壁にぶら下がる剣士に避ける手段はない。

 そのまま抵抗なく『火の一線(ファイアライン)』を食らう、とサリユは確信したのだが――


 剣士は壁に突き刺した剣をその状態のまま、力づくで上げて、振りかぶり、壁から剣が抜き出たのも気にせず、そのまま振り下ろす。

 そのアクションから生まれた『(シュデン)』は『火の一線(ファイアライン)』を縦一線に両断せしめた。

 

 だが、剣士は落下する。

 その力業の曲芸は瞠目せざるを得ないものだったが、だが――避けるにしても、攻撃するにしても、その落下からは逃れられない。


 見逃すはずがない。

 それを待っていた。

 その瞬間を待っていた。


 ――ここしかない。


 サリユは混合魔法を放射する。

 炎と光と黒の三種の魔法の放射線。

 

 三色の放射線は一直線に落下する剣士に向かっていく。

 落下速度も計算して、放射線は確実に剣士に直撃する。

 剣士に避ける手段はない。

 空中は無防備だ。

 

 この――瞬間なのだ。


 一瞬を掴めるか。

 一瞬を手放さないか。

 一瞬を手中に収められるか。


「まずいな」


 剣士の呟きは誰にも、届かない。



――――――――――――



 その放射線は眩かった。

 先程の炎の放射線とは違う。

 三色に彩られた、まったく別の魔法が一つの事象として創造される。

 それは、あり得てはいけない――奇跡だった。


 流石の剣士もその光景には、瞠目せざるを得なかった。

 見たことのない事象。

 かの大魔法使い――セルジュであっても、この奇跡を具現することは出来るだろうか。

 

 それほどに、これは――


 重力のままに落下する剣士。

 このままでは直撃は免れない。

 避ける手段はなく。

 講じることが出来るのは、手に持つ剣を振るうことだけ。

 しかし、並みの斬撃では、歯が立たないのは見て分かる。

 

 剣士の知る聖典流の剣技でこの魔法を打破できる技はない。

 剣聖ならば当然、一般的に知られる聖典流のその先、奥義というものを扱えるだろうが、この剣士には残念ながら聖典流の奥義は扱えない。

 そもそも聖典流は門外漢。

 彼の歩みし剣の流派は――


「仕方ないか」


 まだまだ聖典流で遊びたかったが、そうも言っていられない。

 このままでは死んでしまう。

 そう、死は目の前だ。


 剣士は落下し続けながら、上半身を大きく反らして、剣を持つ右手を後ろへ引き絞る。

 やり投げのような要領で、左手を前へ、狙いを絞って、「ここだ」という瞬間に引き絞った右手を前に突き出す。


 剣を投擲する。


 聖典流の剣士が見れば、それを剣術と呼ぶことはないだろう。

 唾棄すべき曲芸と呼ぶかもしれない。

 しかし、その攻撃の威力は凄まじい――の一言では到底表せないものとして、空を切り、相手の魔法に刺突した。


 その剣は鬼想流。

 自身で考え、想像し、練られていく。

 時代ごとに変わり、環境によっても変わるかもしれない。

 人によって違い、その日によっても違うかもしれない。


 しかして、鬼想流は相反するあらゆる戦術を剣術に転換させることで、唯一無二の剣術として確立されていった。


 今この時、剣士が放った剣の投擲は、鬼想流においても珍しいものだ。

 その剣技の名を――


 ――『天廊(てんろう)


 投擲した剣の周りに白く眩い光が煌めいている錯覚をしてしまう。

 それほどに剣は美しく、しかして激しい勢いのもと、三色の放射線に向かっていく剣の様は芸術的だった。


 三色の放射線と『天廊』が激突する。

 二つの攻撃が触れた瞬間、両者の力が拮抗する。

 どちらも相手を押し潰そうと、力一杯に前に進む。

 前へ、前へ、前へ――


 退くつもりは毛頭ない。

 先に引け、俺が勝者だ、とその主張を取り下げることはない。

 どちらの攻撃も我が強く、強かだ。

 

 だが、そんな拮抗状態も長くは続かない。

 どちらもそれぞれが今、可能な最大出力の攻撃。

 それが、今――


 三色の放射線と『天廊』が二つ同時に掻き消える。

 両者の最高の攻撃は、消失によって幕を下ろす。

 どちらが勝つこともなく、二つのエネルギーがぶつかったことによる余波が螺旋の楼を震わせる。


 消失した。

 二つの攻撃は同時に霧散した。


「これで、ダメなのか?」


 相手のイヌの声が強張っている。

 それを聞いて、剣士はほくそ笑む。


 確かに、あの魔法には冷や汗を搔いた。

 この身で受けていたならば、身体の原型をとどめず――いや、この身は粉塵と帰していたかもしれない。

 それほどに、あれは――やばい。

 適切な言語化が出来ないほどに、あの攻撃は人知を超えていた。

 渾身の『天廊』でさえ、相打ちである。

 

 この剣技――『天廊』の多発は案外、難しいものではないが、あれほどの威力の『天廊』となると、一度の戦いの中で一回が限界だろう。

 つまり、切り札をここで切ってしまったということである。

 

 肩回りの筋肉が悲鳴を上げる。

 恐らく、いくつかの筋繊維が千切れている。

 右腕はもう使い物にならない。

 右腕を上げることは叶わない。

 だらんと地面に向かって垂れ下がっている。


 ここから先は左腕だけで戦わなければいけない。

 それに対して、相手はどうだろうか。

 あの魔法だ。魔力消費は甚大なものであるはずだ。

 しかし、目に見えては特にこれといった変化はない。


 少し前までは余裕すらあったはずだ。

 侮っていた訳ではない。

 しかし、格下であることは確実だった。

 だからこそ、相手の出方を窺った。

 

 だが、相手のイヌはずっと狙っていたのだ。

 この瞬間を――

 見逃さず、集中して、その一瞬だけを狙っていた。

 そして、その一瞬を最大限、活用した。


 切り札は最後にとっておく――そんな定石など無視して、相手は勝利するために、最大の一手を序盤に放ったのだ。

 

 ――すげぇ


 それが、率直な感想だった。

 心の中で漏れ出た呟き。

 この時点で、剣士は相手を認めた。


 百年前の吸血姫とは比べられない。

 いや、今まで戦ってきた、どの猛者以上かもしれない。

 こんなにも心が歓喜しているのは、剣聖と剣を交えた時以来か。

 

 目の前のイヌが、剣士の心を燃え上がらせた。

 これが宿敵という奴なのかもしれない。

 直感的にそう思った。


 剣士は地面に着地すると、異空間から新たな剣を抜き出し、左手で剣を持ち、壁にいるイヌに視線を向けて、剣を構えた。

 油断はもう、1mたりともありはしない。

 

 剣士の肌にひびが入る。

 腕にも、顔にも、唇にも、あらゆるところに。

 自身の身体の異変も気にせず、剣士は再度、壁を走り、イヌに近づいた。

 先程よりも速い。

 疾風そのもののように、風を味方につけ、剣士は走る。


 イヌも何もせず、近づけさせる訳がない。

 イヌの周囲に、炎が舞い上がる。

 至る所から炎が噴出する。

 一瞬にして、壁一面が炎の海へと化した。


「範囲魔法、か」


 剣士は独り言ち、しかして、立ち止まらない。

 揺らめく炎を避け、斬り、進んでいく。

 そんな剣士を見て、イヌは後ろに下がって、距離をとった。

 それと同時に、今までそこに揺らめいていただけだった炎が、意志があるかのように剣士に向かってきた。

 炎と炎が蛇のように形を変え、それが剣士に突撃する。

 

 しかし、それにも臆さない。

 剣士は左手に持つ剣を振るい続ける。

 剣を平面に保ち、そのまま炎の蛇を横一線に切断し、上からくるものには勢いそのままに、刃を上に向け『(シュデン)』を放つ。


 炎の蛇は次々に切り伏せられていく。

 当たれば灼熱の炎が身を焦がすが、当たらなければ、どうということはない。

 だが、炎の蛇に集中していたところに、奥から眩い光が神々しく、輝き始めた。

 その光は輝き始めたのも束の間、レーザービームとなって、一直線に剣士に向けられた。

 

 光の速度、まずもって人間の器では体感することは出来ない。

 しかし、剣士はギリギリで身体を動かした。

 左腕を掲げ、剣を振り下ろして、光の放射線を真っ二つにしようとする。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


 剣士の叫びがこだまする。

 左腕だけで、力が上手く入らない。

 しかし、心は折れない。

 

 剣が震える。

 カタカタと震える。

 相手の魔法の威力は並みの剣士ならば、受け止めきれない。

 いや、剣で受け止めようとするのはそもそも間違いか。

 だが、剣士はたかだか、剣一本でそれを受け止める。


 なかなか、剣が下に振り下ろされない。

 放射線は尚も剣士に向かって、勢いを弱めない。

 ならば、力で捻じ伏せるほかない。

 相手が根負けするのを待つ?

 いや――勝つ。


 ここで、斬る。


 鬼想流、その剣技の一つ。

 

 剣士は下に向かっていた刃を斜めに軌道を変え、そこからまた、方向を変え、捩じるように、円を描くように、剣の軌道を変えていく。


 それこそが、鬼想流剣技――『穿鬼桜転(せんきおうてん)


 竜巻のように斬撃が交錯し、捩じれるように、歪な軌道で光の放射線を打ち消していく。

 そして光の魔法は消えた――


 その瞬間を見逃さない。

 次は自分だ。

 先程のお返しだ、と言わんばかりに剣士は投擲する構えを見せる。

 それすなわち、言わずもがな――『天廊』である。


 左手で持っていた剣が閃光の如く、投擲される。

 電撃が走るかのように、狙いを寸分違わず、イヌに向かっていく。

 威力は先程の『天廊』よりも劣るものの、鬼想流の最大最強の剣技である。

 どちらにせよ、それを食らったものはただでは済まない。


 その『天廊』を目の当たりにして、イヌは怯えるように身体を震わす――そんな光景はなかった。

 イヌは尾を大きく、長くして、立ち向かう姿勢をとった。

 しかし、剣士はそれに笑みをこぼす。


 無理だ。

 魔法ならいざ知らず、物理的にあれをどうこう出来る訳がない。

 どうにか出来るとすれば、それは――


 イヌの尾は鎌のように横から、尋常ならざる刺突――いや、剣の投擲――を迎え撃つ構えをする。

 そして、横一線にイヌの尾が斬撃の線を描く。

 そう、それは――


天斬(ミルス)だと⁉」


 そう、それこそは聖典流の奥義の一つ、『天斬(ミルス)』であった。


 剣士の『天廊』は『天斬(ミルス)』によって、目的のイヌに到達する前に、その剣をボロボロにして、潰えた。


「まさか……まさか、ここまでとはな!」


 剣士は壁から離れ、地面へと落下する。

 そのまま、イヌを見据えて、最上の笑みをその顔に満たした。


 この相手は本物だ。

 今までの敵など比にならない――強者だ。

 こいつを待っていた。

 この強者を待っていた。

 剣士はまたも歓喜する。

 

 剣士の身体のひびが大きくなる。

 模様のように刻まれるひびが深く、深く……。

 そして、葉脈のように分かれていき、全身がひびに侵されていく。


「くそっ、もたないか」


 それほどにあのイヌは剣士を追い詰めた。

 だからこそ――


「ここからが本番だ」


 全身のひびが割れ、肌が落ちていく。

 表皮が欠片となって落ちていく。

 脱皮のように、真の姿が中から現れる。


 その姿は先程の雰囲気とは違う。

 幽霊のような顔立ちには血色が現れ、灰色だった髪は赤く、彩られている。

 出で立ちは焦げ茶色の袴に黒の長着、その上からは黒い羽織を羽織っている。

 まさに侍のような姿。

 そして、剣士の額からは二本に伸びた鋭い角が垣間見える。


 そう、彼こそが――


「俺の名はクゼン・リュウリュウ」


 世界三大剣士が一人。


 ――剣鬼

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ