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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 吸血姫編
22/57

020話 第八階層攻略

 ――灰色の城


「少し眠っていたか……」


 薄寒い玉座の間にて、寂しげにその独り言ちはこだまする。

 玉座に肩肘を突き、未だ微睡むように目を細める男。

 ダークグレーの軍服のような格好の上から黒いマントを羽織り、――そのマントには金糸で様々な模様が刺繍されている――何の意味も内包しない勲章を胸に飾っている。

 いかにも王たる威厳を放つ男の眼前――玉座の間には、しかして彼以外に一人の男しかいなかった。


「少し……というかここ数年では一番長い一週間の眠りだったよ、グリーセス」

「そんなに眠っていたのか」


 百年ほどの仲になるこの男――、名前は確か……思い出せない。

 ああ、もう、大方の記憶が曖昧になっている。

 そんなにも自分は……


「そろそろ限界か。こうやって君と話せるのも一日五分が限界になってきた」

「そうだな。話し相手がいなくて退屈だ」

「……? けれどちょくちょく地上に帰っているんだろ?」

「それはそうだが、地上に行ったところで俺の交友関係は希薄だ。たまにセルジュのところに顔を出すぐらい。あとは剣の修行くらいか?」

「そうか……。熱心だな。私が知る限り百年前からその剣の修行は欠かさないね」


 男――剣士は唇の端を微かに上げた。


「それだけが俺の取り柄だ。それ以外は特にない」


 剣士は毎日この城にやってくる。

 セルジュに頼まれたらしく、律義に百年間欠かさずにこの城に通っている。

 セルジュの頼みなど反故にすればいいと言ったのだが、彼は――


「最初は嫌々だったが、今はお前と話すのが楽しみなんだ」


 なんて言ってくれた。

 よく分からない奴だ。

 しかし――良い奴であることは事実だろう。


「それにしても百年か……もう少し短いと思ったんだが……。お前の娘、このまま来ないんじゃないか?」

「……かもしれないな。けれど、そろそろ来てもらわなければ困る。私も限界なんだ」

「だろうな。日に日にお前の人格は消えつつある。もう一日の大半が吸血帝として存在している。ここ最近は吸血帝と話しっぱなしだ」

「それは……申し訳ない」


 グリーセスは優し気に微笑を剣士に向ける。


「一日一体、眷属を七階層に向けている。こんな――ままごとの敵対関係も、そろそろ崩壊するぞ」

「そうだな。今までのツケを支払わされる時が来たか」

「堰き止めていた流れを一気に開放すれば、それはもう災害だな」

「そうならないようにと願ってはいたんだが……」

「叶いそうにないか? まあ、どちらにしろ最後まで見守ってやる。この俺が」

「それは安心できる」


そうだ。このような欺瞞な平穏はもう長くはない。

 百年も続いたのが奇跡なのだ。


「私はもう長くはないぞ――」


 グリーセスは背もたれに身体を預け、天を仰いだ。

 体重の感覚が分からない。

 羽のように軽くも感じ、岩のように重くも感じる。


 玉座の間の扉が開いた。

 扉の向こうには執事服の老練な古老が立っている。

 奇麗な白髪に、顔立ちははっきりしている。

 古老とは思えないほどに背筋はきちんと伸びていた。

 その姿は若さすら感じる――しかし纏いし空気は熟練、老練のそれだった。


「実に興味深い!」

「? どうした、ルル」

「いえ、申し訳ない。少し興奮していたようです。私が仕えるに相応しいお方がついに現れたのです」

「それは……良かったな」

「ええ、素晴らしい」


 ルル・シンリ――彼もまたセルジュの頼みでこの城に来た――悪魔。


「君ほどの悪魔がどうしてまあ、そう仕えることに執心するのか疑問だな」

「これは吸血帝――いや、グリーセス様ですか。申し訳ない。これは私の生得的な願望なのですよ。この格好もある意味、私の理想の姿といえる」

「君と同等の悪魔――彼は未だ地下深くで王として振舞っていると聞くが、君は権力というものには興味はないのかね?」


 ルルはその問いを鼻で笑い、嘲笑を浮かべた。


「冗談はやめてください。権力など人間が生み出した幻想の力に他なりません。私は真の力を内包したお方を待っているだけなのです。それは残念ながら自分ではないと生まれた時に気付いている。そして私は生まれた時にその真の力を持ちし神とでも呼べるお方に仕えなければと――それは宿命なのです」


 その言葉に剣士は今日一番の笑顔で腹を抱えるように笑った。


「悪魔が神を崇めるか……笑ってしまうな!」


 剣士の笑いにグリーセスもつられて笑う。ルルも二人の笑いに微笑みを返した。


 ――三人の笑いが灰色の玉座の間で響きあう。

 

 それはこれから起きる――、百年もの歳月待った幕開けとしては、とてもあっけなかった。



――――――――――――



「何⁉ それじゃあ、八階層の先を抜けるにはあの城、正確に言えば吸血帝をどうにかしなければいけないのか?」

「はい。九階層につながる門は確認したところ灰化していました。試しに色々な魔法を打ち込みましたが、ビクともしませんでした。恐らくあの城のように吸血帝とリンクしているのではないでしょうか?」

「リンク……? 灰化現象は大魔法使いの仕業じゃないのか?」

「セルジュの仕業です。セルジュによって八階層から先は行けないようにしている。私を閉じ込めるために」

「そうか……」


 しかし、だとしたら、どうするべきか?

 階層と階層を繋ぐ入口・出口は正規の扉、一つしか存在しない。

 なので、階層の移動に関してはレムスもその扉を使って九階層から八階層に移動したはずなのだ。というか、レムスの記憶がそれを物語っている。

 だが――アリスの言を信じれば扉は――


 どういうことだ?

 レムスの記憶がおかしいのか。それともアリスの――


(いや、どちらも嘘ではない可能性もあるか……)


 それは――


 どちらにしても、ここに留まる理由もないか。


「それじゃあ、俺はそろそろ第八階層に向かうよ」


 サリユはアリスから出された紅茶――もう冷め切った紅茶を前足を上手く使って、一気に喉に流し込んだ。前世では絶対にできない芸当だが、今ならもしかしたら二足歩行もできるかもしれない。

 それは魔法の力なのか、異能の力なのか――


(まあ、この姿で二足歩行なんてかっこ悪いからやらないけどな)


「ま、待ってください!」

「うん?」


 サリユが椅子から飛び降り、家の玄関に向かおうとすると、それを制止するようにアリスは立ち上がって手を伸ばした。


「もう行かれるのですか? ご夕食を召し上がってからでも遅くはないと思うのですが……」

「ご馳走してくれるの?」

「それはもう」


(てか、夕食の時間なのか? この世界に転生してから時間とか気にしたことがなかった)


 けれど今は夕食よりも――いや、とても気になるのだが――先に進まなければいけない。

 一刻も早く長老様とやらにレムスの逝去を報告しなければいけない。

 それは最低限の礼儀というか、恩返しというか。

 レムスがいなければ今の自分は存在しない。

 だからこそレムスの大切な存在――長老様には一刻も早く伝えなければいけない。


「ごめん。魅力的なお誘いだが、俺は先を急ぐよ」

「えっ? 何故ですか? 先ほども言いましたが九階層に行くには――」

「ああ、分かっているよ。けれど、行ってみないことには何も分からないだろ? もしかしたら簡単に開いたり……」

「あり得ません!」


 サリユの言葉尻を遮るようにアリスの声が部屋に甲高く響く。

 アリスの顔はどこか焦っているようにも見えた。

 困ったように、必死にサリユをこの場にとどめようとしている――そんな風に見える。


「どうした?」

「い、いえ、すみません。少し取り乱しました」


 サリユはそんなアリスにどこまでも自然に小首を傾げた。

 ただ疑問に思った――そこに邪推などなく……。

 そんなサリユの態度にアリスのほうが驚いてしまった。

 恥ずかしさとサリユに対するどこか得体の知れない恐怖を感じながらアリスは唇を嚙んだ。


「あり得なくても行くよ」

「そうですか。これ以上止めても無駄ですか?」

「こういうのは行かなくちゃ納得できないんだよ。もし、お前の言う通り扉が開かなくても、その時はその時考える。吸血帝と相対するなら、それまでだ。俺も本気を出そう」

「パ……吸血帝とですか……」

「ああ」


 アリスは沈んだ顔で目を伏せた。

 思うところがある――そんなのは当たり前か。


「私も……私も付いて行って構いませんか!」

「お前も……? どうして?」

「それは……一人……いえ、一匹様では危険です。私ならばお役に立てると思うのです」


(一匹様って……)


「それは、俺にとっては良い話だが、お前にとってのメリットが見えないな」

「私のメリットですか? せっかく久しぶりにお会いしたお方なのです。知らぬうちに危険が及んでは、と考えて心配なのです」

「俺はそんなに弱くないぞ」

「それは……分かっておりますが。それでも心配なのです!」

「心配……ね。そうか」


 そこまで言うならとサリユはアリスの同行を許した。

 しかし、最後までアリスの言い分には納得していない。


 やはり彼女のメリットがないのだ。


 アリスが底抜けにお人好し、という可能性もなくはない。

 全否定はできないが、しかしメリットなしに行動するというのも人の摂理から外れる。

 いや、人ではなく吸血鬼なのだが。

 そしてサリユも人ではなく犬。前世も犬。

 人の摂理などこれっぽちも理解していない。


 しかし、犬だとしても魔物だとしてもメリットーーつまりは自身の欲望なしには行動は生まれない。

 行動はその者の欲望を映す鏡だ。

 そこには目的があって、初めて行動が発生する。


 彼女にも何かしらの思惑があってサリユの同行を望んだ。

 いや、アリスは元々サリユをこの場に留めたそうだった。

 そもそも彼女は八階層に行かせたくなかったのではないだろうか?

 その折衷案が同行なのか?

 何故、サリユをこの場に留めたい?

 どのような意図が?


 やはり引っかかる。

 過去の話からどこか彼女には引っかかりを覚えているのだ。

 何かを隠している。

 意識的に? それとも無意識的に?

 どちらにしても彼女の同行は危険か?

 断るべきか……。


 いや、でも――


 この引っかかりは無視しては行けないように思える。


「分かった。同行を許す。八階層の道案内も必要だしな。よろしく頼む」

「……っ! はい!」


 サリユの言葉を聞いて、沈んでいた顔が一瞬にして明るくなった。


「それじゃあ、早速、八階層に行くが準備とか大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

「……? そうか」


 見たところ荷物は何も確認できないのだが……と一瞬、疑問が過ぎったが、そういえば彼女も『異空間』の魔法が扱えるのだ。

 ならば心配は無用だ。


「道案内、頼む」

「承知しました」


 そうして、アリスに先行してもらって、第八階層に向かうことになった。

 ここまで来た道を辿って、隠し扉を抜ける。

 そういえば、吸血帝の眷属――吸血鬼の成れ果てはピンポイントでこの隠し扉を抜けて、アリスの家を毎日襲っている――のか。


 当たり前の疑問なのだが、一日一体――何故、一体しかやってこないのだろうか。

 複数体で襲いにくれば、その数に比例してアリスをどうにかできる確率は上がるだろう。

 それとも、一日に生成もしくは操作できる眷属の数に限界があるのか?

 しかし吸血帝とまで呼ばれる種族なのだ。一日一体しか眷属を生み出せない――そのような制約があるとは到底思えない。


(うまく繋がらないな……)


 聞かされた事柄と今ある事実が妙に繋がりを見せない。

 アリスの話が嘘とも思えない。

 ならば――

 そこにはそれぞれの思惑があって、交錯して、結果として繋がらないのか……。


 アリスの道案内により、スムーズに迷路の第七階層を進み、苦も無く第八階層への入り口に辿り着いた。

 そこは光を内包する穴だった。

 今までの入り口のように暗闇に繋がる真っ黒な穴ではなく、穴の向こうには確実に明かりが存在していることが分かる。


(太陽光? 地下に明かりが存在する? 第四階層のような魔醒石による輝きか?)


 疑問に思い、アリスに聞いてみれば、この明かりは第八階層の特徴の一つらしい。

 第八階層には疑似太陽なるものがあるらしい。

 そしてそれは地上の太陽と動きが連鎖しており、地下迷宮でありながら周期的に朝がやってくる階層なのだ。

 つまり、朝があるということは夜もやってくる。


(なるほど、そういうことか。アリスが時間の概念を理解していたのは、この八階層の特性ゆえか)


 なんでも、この第八階層の疑似太陽は大魔法使いが創ったものらしい。

 本人曰く偶然の産物らしかったのだが、せっかく出来てしまったのだから、この地下迷宮に疑似太陽を設置した場合の影響を見てみようと、大魔法使いが暗闇の第八階層に光を与えたらしい。

 その結果、第八階層には草木が芽生え、そこに棲息する魔物は以前よりも強力になった。


(なんというか大魔法使い……。色々やってくれるなぁ)


 第八階層のことは大体わかった。

 あと懸念すべきことは……。


(あの人間たち……。隠し部屋から出て、七階層全体を魔力感知したが、この階層にはどこにもあの人間たちの反応はない。この先にいるのか? だとしたら気を引き締めなければいけない。アリスを信じれば八階層から先には行けない。人間たちは八階層にいる……?)


 喉を鳴らして、サリユは今から向かう第八階層の光を目に据えた。

 人間がいないにしても、吸血帝の問題がある。

 気を引き締め、サリユはアリスに続いて穴を抜けた。

 

 第七階層と第八階層を繋ぐ穴道は短かった。

 しかし、短い距離でありながら、第八階層の様相は第七階層とは全く違うものだった。

 

 聞いたとおりにそこは緑が一面を支配していた。

 猛々しい樹木が我先にと宙に浮かぶ疑似太陽に身体を伸ばしていた。

 森――というよりは樹海に近いだろう。

 せっかく太陽の光がありながらも、木々が光を遮り、地上は影を落としていた。

 

 そして、そこに棲息する魔物――


「あれは、ケリュネフロガか……」


 サリユが一匹で初めて狩猟した魔物。

 枝分かれした角に青い炎を纏わしている、地下迷宮においては比較的、穏やかな性格をしている魔物である。

 しかしその角は第三階層にいたケリュネフロガのよりも格段に大きく、厳めしい。

 体長も大きく、筋肉もサリユが知っているケリュネフロガよりも発達していることが見て取れた。


「ケリュネフロガ――少しクセはありますが、美味しいですよね」


 アリスはサリユの視線をなぞって、同じくケリュネフロガを視界に捉えるが、その感想はサリユとは違ったものだった。

 味の感想が出るあたり、アリスにとってケリュネフロガは日常に結び付いた存在なのだろう。

 敵というよりも食糧。


(さすがはアリス。こいつの実力なら当然か)


 アリスはさも包丁で肉や野菜を切るように、魔法で生み出した血液の剣でケリュネフロガの頸動脈を狙って一撃で仕留めた。

 ケリュネフロガに反撃の隙を一切与えず。


「この大きさなら数日は持ちますね」


 そう言うと慣れた手つきで、その場でケリュネフロガの解体を行った。

 部位ごとに切断して、皮を剝ぎ、血抜きは吸血鬼の専売特許とでも言うように、アリスが手をかざすとケリュネフロガにある体内の血液を吸収した。


 血液は宙を浮いて一塊に球状になって集まっていく。

 そうして、全ての血を抜いたのか、ケリュネフロガの身体は縮んでいた。

 というか、もうどこにもケリュネフロガだった面影はない。

 それは――肉塊だった。


 アリスは微かに息を吐いて、両手をパチパチと叩くと、肉を『異空間』に入れた。

 一仕事終えた、そのような感じで「お待たせしました」とサリユの方を振り向いた。

 そんな彼女を見てサリユは溜息を吐いて、やれやれと微笑を浮かべた。


「あまり目立つのは良くないんじゃないか? 一瞬でも、魔法を使っての戦闘は吸血帝に感知されるんじゃ?」

「大丈夫だと思いますよ。日常的によく八階層で魔物を狩っていますが、それで今まで危険が及んだことはありません」

「そうなのか?」

「はい」


 それもなんだかおかしな話ではないだろうか。

 目当ての吸血姫――アリスがテリトリーである第八階層にいるというのに、みすみす見逃している。

 まさか、気付いていない、なんてことはないだろう。

 気付いていないのだとしたら、吸血帝なんて呼称は飾りもいいところだ。

 評価も大幅に下降せざるを得ない。


 だが――


 意図的だとしたら?

 目的はなんだ?

 第八階層で襲わず、わざわざ第七階層の隠し部屋まで追っ手を仕向ける理由はなんだ?

 メリットが見えない。


 いや、もしかしたらサリユが考える前提が違うのかもしれない。

 

 敵対関係――


 これが違う?

 仮にもアリスの父親だ。

 しかし――


(うーん、考えても無駄だな。そもそも俺には関係ない。これは――アリスの問題だ)


 繋がらないピース。

 それを完成させるのはおそらくサリユではない。

 しかし適任者にその意思がなければ?


(だとしたら、問題は一生解決しない。それが百年という歳月の結果か)


 そんな自分とは関係ない問題に無駄に思考を費やしていると、ガサガサと草や葉を掻き分けて近づいてくる何者かを察知した。

 魔力感知――これに反応した数が――


(十……二十……三十はいるか?)


《報告。近づきつつある魔力反応を解析したところ敵意を感知しました。何かしら私たちに対して害をなそうと予想されます》


(ということは……十中八九、吸血帝の眷属か? そうなるとさっきの俺の予想した可能性も外れたことになるな。それともちょうど限界だったのか? それじゃあ、俺はつくづく運が悪い)


「あ……れ?」


 アリスは冷や汗をたらたらと流して目を泳がしていた。


(まったく、言わんこっちゃない、と叱りたいが……今はそういう状況でもない)


「アリス! 戦うぞ! お前なら大丈夫だと思うが、いけるか?」

「あっ、はい! 大丈夫です。自分の失態は自分の手でどうにかします!」


(案外、天然なのかな……なんて彼女への印象の変化を感じてる暇もないぞ)


 吸血鬼の成れ果て――ゾンビとの戦闘は初めてだ。

 アリスとゾンビの戦いを間近で見るには見たが、実際にこの身で戦うとなると、話は変わってくる。

 それにアリスとゾンビの戦い――というかあれは戦いと呼べるようなものでもなかった。

 一方的な暴力。

 一種、作業的でさえあった。


 アリスの顔を窺う。

 彼女の眼は気を引き締めたのか、キリッと目を細めて敵の存在を捉えていた。唇を下で湿らせ、今か今かと敵が来るを待っている。

 しかし――


 微かに手が震えていた。


 緊張している?

 戦闘には手慣れた印象のアリスが気負っているように感じる。


「すみません……ここまで複数の相手と同時に戦ったことがありません。少し……不安です」


 能力的には問題ないように思えるが……。

 経験が能力を上回ることもある。

 初めては誰にだって緊張を伴うものだろう。

 かく言うサリユも――


(初めてなんだよなぁ。アリスに偉そうなこと言えねぇ。けど――やるしかないんだ。行動する理由はそれで十分だ)


「大丈夫だ、お前の実力があれば倒せない敵じゃないはずだ」

「……! 分かりました!」


 サリユの一言でアリスの緊張は搔き消えた。

 相手を倒すだけ。

 できる――ではなく、する――。

 

 対してサリユは最初からどこまでも冷静だった。

 何故だろう――

 この感覚はレムス――お前のお陰か?

 お前が一緒に戦っている、そんな風に感じる……。


《いえ、自動的に『精神安定化』が発動したためです。これは大猿王の『脳熱鎮火(クール・ケレブルム)を解析した結果、得たスキルです》


(あっ、さいですか。はい……)


 この謎の声には情緒とかそういうの感じ取れないのだろうか。


(なんかいい雰囲気っぽかったのに……。レムス……お前のお陰じゃないらしいけど、お前の思い、忘れずに戦うよ)


 そもそもこの謎の声、普通に出てくるようになった。

 誰の声なのか未だに分からないのだが――役に立ってくれるなら、それまでは良しとするか。


 気を取り直し、サリユは敵の姿に視線を向けた。

 その動きは緩慢、のろのろとゾンビのように遅々とした歩みでサリユとアリスを囲んだ。


(……って囲まれた! 遅すぎて油断した! つーか遅いのが悪い! あんなの逆に油断するわ!)


 眷属どもはギシギシと歯と歯を擦り付けて、食いしばっている。

 怒りの形相を隠そうともせずに、サリユたちに向けていた。


「ウオオオォォォォォ!」

「ウオオオォォォォォ!」

「ウオオオォォォォォ!」

「ウオオオォォォォォ!」


 各所から眷属たちの雄叫びがサリユたちの耳を貫く。


『ウオオオオオオオォォォォォォ!!!!』


 この咆哮、魔力を感じる。

 魔法の類だろうか。

 だとするなら――

 サリユは眷属たちの集団の咆哮に負けじと自身の魔法で対抗した。


狼の遠吠え(ウルフ・ユルルモン)』と『山羊の鳴き声(ゴート・メェー)』、そして『魔力低下』、『体力低下』、『酩酊付加』


 二つの魔法を土台に、様々な魔法を組み合わせ最適化させた新たな魔法。


《発動可能です》


(よし……!)


 その魔法は――魔法というよりスキルに近いだろうか。

 それは存在そのものへの恐怖。威圧――

 

 ――『狼王への謁見(デベモス)


 魔法が発動された瞬間――眷属たちは一斉に動きを止めた。

 ピタリと、時間が止まったように硬直している。

 しかしだんだんと動きを止めていた眷属たちに変化が見えた。


 プルプルと痙攣しだす者、わなわなと顔を震わせて、恐怖に打ちひしがれ阿鼻する者。

 吸血鬼とはすなわち生の理から脱し、亡者の論理を得た者たちである。

 そんな吸血鬼たちには恐怖も恐慌も狼狽も、何かを怯える感情など紙屑のように捨てたはずだった。


 だが、今彼らは恐怖を覚えていた。

 忘れたはずの恐怖をその身で感じていた――


「へぇー、これだけで倒れる奴がいるのか。随分な進化だな、おい」


 以前使っていた『狼の遠吠え』や『山羊の鳴き声』と使用魔力にはさほどの違いはない。

 それでありながら、これほどの効果。

 それに声を出さなくてよくなったのも有り難い。


 声を出す――つまりは音の発生によって敵に自身の場所、距離、その他諸々の情報を与えることに繋がっていた。

 それに声を出すというワンアクションを短縮出来たことも大きい。

 これでより使い勝手がよくなっただろう。


「これは……すごい」


 アリスはサリユの『狼王への謁見』の効果を目の当たりにして純粋にその絶大さに驚いていた。


「今のうちだ。頼む」

「は、はい!」


 彼女のそばから突如として赤黒い球体が出現する。


 ――『血刃』


 赤黒い球体が高速回転を始める。

 回転するたびに徐々に形状が平らになっていく。

 そして高速回転する円はアリスの詠唱とともに一気に広がり、水圧カッターもとい血圧カッターと化した血液の円は吸血鬼の成れの果て――ゾンビの身体を一瞬にして両断した。


「こりゃあ、すごい」


 サリユもアリスの魔法に感嘆の声を漏らした。

 その魔法は華麗に敵を無力化した。

 効率的に、美しく、静かに……。


 眷属たちは次々に倒れていった。

 両断された身体の切断面からは血は噴出しない。

 ただ腐っていた身体が、腐ったまま本当の死体になって地面に付しただけ。


 彼女の魔法で大方の眷属は無力化された。

 が――、まだ動くゾンビもいる。

 両断され上半身だけになりながらも腕の力だけで身体を引きずる者もいる。

 しかし後は残党狩り、手負いのゾンビを倒すだけだ。

 

「『火の一線』とかで一掃するか。それともお前がやるか?」

「はい、私がやります。これも弔いですから」


(弔い、ねぇ)


 アリスはまたも異空間から赤黒い球体を出現させた。

 そしてその球体に加速エネルギーを集中させ、『血の一線』を発動しようとした――

 その瞬間だった。


 突如としてゾンビたちが立つ、もしくは倒れている地面が黒く変色し、沼のように液状化した。

 ゾンビたちが黒い沼に落ちていく。

 それはどうにもゾンビたちの意思とは関係ないらしく、沼に引きずり込まれるのを抗っていた。

 しかしその必死な抵抗もむなしく、ゾンビは全て沼に落ちてしまった。

 そして、全てのゾンビが消えたのと同時に、巨大な黒い沼が出現した。

 

 黒い沼から巨大な腕が這い出た。

 鋭く長い爪、黒く鈍い光を輝かせる皮膚装甲。

 片手だけでなく、もう片方の腕も這い出てきた。

 沼の奥からは凄まじい魔力を感じる。

 どす黒く、禍々しい魔力。


「こいつは……!」


 両腕で踏ん張り、ようやく上半身が沼から出現した。

 それは――

 

「こいつは、きめえ」


 目を陥没させ、長い舌を伸ばし涎を滴らせる。

 鼻息は荒く、表情は何がおかしいのかニヤついている。

 頭は腕の皮膚と同じく黒く照っている。


 その姿はそれこそ吸血鬼の成れの果てではないだろうか。

 まあ、どちらにせよ――


 ――化物であることには変わりない。


 そうして、戦闘が始まる。





  名前:サリユ・ギー・フェンリル

  種族:狼王

  魔法:『火の一線』『中位回復』

     『光線放射』『黒線放射』

     『狼王への謁見』

      ?

 スキル:『思念伝達』『魔力感知』

     『軟体』『加速』『異空間』

     『精神安定化』

     『?』


  名前:アリス・ヴリコラカス・セミルメラ

  種族:吸血姫

  魔法:『血の一線』『血剣』『血刃』

     『血弾』『血壊』『血拳』

     『血脈繋がる血卵の呪い』

 スキル:『思念伝達』『魔力感知』

     『異空間』

      ?

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