019話 灰色の城
そこはどこまでも――灰色だった。
緑一面だった第八階層はある一帯だけ、木々も地面も灰色と化していた。
そう、セルジュ曰く、父グリーセスがいる灰色の城を中心に一部分が城と同じ灰色になっている。
それはアリスが知っている第八階層ではなかった。
元々、第八階層は例外なく緑に溢れた階層だったはずだ。
これはどう言うことだろうか?
いや、その原因は分かっている。
――あの城の影響だ。
その影響が吸血帝のせいなのか、それともセルジュの仕業なのか、そこまでは分からないにしてもこの灰色化現象はあの城を中心に起こっている。
ならば、灰色の城に原因があると考えるのは順当だ。
アリスは森を進みながら、灰色の城を視線の先に捉えていた。
森の道中、ケリュネフロガなど魔物が闊歩する中、アリスは極力、魔物たちに見つからないように、慎重に道を選んで、城に向かった。
目的地の灰色の城の城門に辿り着けば、そこは、遠くから眺めた通りに、どこまでも灰色が広がっている領域だった。
城門から左右に城壁が城を囲うように、円周的にそびえたっている。
その城門をさらに囲うのは灰色の森である。
樹木の木肌に関しては灰色というより白に近い気味の悪い色をしている。
枝や葉は垂れ下がり、少しでも風が吹けば一斉に枯れ葉と伏すのではないだろうか。
木々が恨めしそうにこちらをにらんでいる――そんな風に思えるほど不健康的な木々は幽玄的な印象すら醸し出していた。
そしてその中心に――城が座している。
アリスは事前にこの城門を周って抜け道がないか確認をしていた。
そしてその結果は、抜け道など存在しないということだった。
では、どうするか。
答えは決まっている。
城門をぶち壊す……というのは流石に穏やかではない。
それに、それではすぐに相手側に気付かれてしまうだろう。
では、残された答えはこの城門を飛び越えるほかない。
アリスが足の裏に力を込めると、その衝撃で地面が幾分か凹んだ。
足を曲げて、膝を突き出す。
城門を上に視線を向けて、そして――アリスはジャンプした。
一気に足を伸ばして、アリスの身体が宙を舞った。
一直線に城門の頂点に向かってアリスの身体が空中を移動する。
タンッ、と軽やかに着地を決めたアリスは、城門の向こう側に顔を向けた。
視線を下に向ければ、芝生――と呼ぶには緑色の豊かな色は確認できない、灰色の芝生が続いており、その奥に目指すべき灰色の城が鎮座している。
アリスは城門から降りて、何食わぬ顔で扉に歩を進める。
扉へは灰色の芝生を掻き分けて、これまた灰色の煉瓦道が続いており、アリスはその道を静かに歩んだ。
扉に辿り着き、手をかけて慎重に扉を開け、中を確認した。
城内は――もぬけの殻……のように静寂に包まれていた。
誰もいない。
建物が大きく、広いこともあって、誰もいないことで、その空間の広大さが妙に強調される。
同時に不気味さすら感じる静けさだった。
「誰も……いない?」
アリスは小さく独り言ちて、城内に視線を巡らせる。
しかし物音ひとつしない空間に生物の息すら感じられない始末である。
ここに父がいるのか、首を傾げたくなる。
一階をあらかた見回ると、玄関から入ってすぐに目に入った大きな階段から二階に上がった。
階を変えても、物静かな空間に変わりはない。
今まで体験したことのない広さの空中廊下を進みながら、途中廊下に備え付けられている窓から外の風景を眺めた。
そこは、気味が悪い光景だった。
具体的に何がそこまで気味悪いのかは甚だ理解できないのだが、しかし、その光景はどこまでも生気が感じられない、沈鬱な風景。
外にいたときに見た風景のはずなのに――そこには憂鬱な木々と、やる気のない地面、それだけなのにどうにもアリスには気味が悪かった。
外にいたときも同じ感想を漏らしたが、ここからの眺望はその何倍もの感覚だった。
この廊下の影響だろうか。
アリスだけが存在する廊下。
無駄に広く、荘厳な造りの廊下は、こんな陰鬱な風景を眺めるために造られたとでも言うように、ここに存在する。
気色が悪い。
気味が悪い。
吐き気がする。
どうにも城内に侵入してから、気分が悪い。
なにか魔法の効果だろうか?
だとしたら、見誤った。
城内に関しても少しずつ調査を続けた上で父の救出を敢行すべきだった。
しかし、ここまで来てしまったのだから仕方ない。
アリスにはもう引き返すという選択はない。
空中廊下を渡り、そこから手当たり次第に部屋を確認していくが、人っ子一人いない。
本当にここは居城としての機能を果たしているのか疑問ではあるが、あのセルジュが自らの口で言ったのだ。
ここに父がいると。
あの大魔法使いを信用などしていない。
そもそも、彼がこの事件の黒幕である。
何を考えているのかアリスにはさっぱりではあるが、しかし、単にアリスたちを困らせようとして行動しているようにも思えない。
セルジュにはセルジュの目的があるのだろう。
そしてその目的のために、父を吸血帝に進化させた。
嘘は言わない――と考えるのは流石に早計かもしれないが、しかし現状、得られる情報はセルジュの言しかない。
ならば、それを信じるしかアリスには選択肢がなかった。
二階の部屋を全て確認し終えると、次は三階に上がった。
三階も今まで同様に人の気配を感じられない。
同じように部屋の扉を慎重に開けていき、中を確認する。
誰もいない。
誰もいない。
誰もいない。
いくら扉を開けても、そこには同じ造りの内装しか確認できない。
三階の部屋もあらかた調べ終わると、今度は遂に最終階である。
しかし、その前に一つだけ確認を終えていないところがある。
三階の奥に存在する広い空間。
途中で城内の地図を発見したアリスはその空間を怪しみながらも、真っ先には確認に行かず、最後まで取って置いた。
そして今、その場所へと向かっている。
今までの部屋とは異なる両開きの扉が目の前に現れた。
扉からして他の部屋とは趣も空気も違う。
アリスは息を呑んで、慎重にゆっくりと扉を開けた。
そこは地図上に書かれている通りに広い場所になっていた。
両側の壁には大きな窓が嵌められ、床には赤い絨毯が広がっている。
天井も高く設置され、天窓によって他の部屋よりも物理的にも、感覚的にも広大に感じる空間だった。
その部屋の奥には一人の男が立っている。
ここに来て初めての人物である。
男は悠然と腰に下げた鞘に手を添えると、自然な流れで鞘から剣を抜いた。
その動きがアリスにはどうにも日常的な一場面のように思えて、戦闘態勢にも移行せず呆然と眺めていた。
しかしすぐにハッとして、アリスは相手が剣を構えるのと呼応するように、姿勢を低くした。
男は甲冑とはいかないまでも、それなりの装備を着用していた。
その出で立ちはまさしく騎士と言って過言ではなく、剣の構えも様になっている。
灰色の顔に灰色の髪、灰色のアーマーに、灰色の剣――
どこまでもこの場所にふさわしい容姿と格好だった。
「パパはどこにいるの?」
アリスの問いかけに騎士は微動だにせず、口だけをゆっくりと開けた。
「何故、ここに少女がいる?」
アリスの問いかけは逆に騎士の問いかけによって返された。
「少女だからって甘く見ないでほしいわ」
静かに、しかし言葉の節々には憤りが含まれている声音だった。
子供扱いなどされたくない。
見た目は未だ成長途中の子供同然だが、けれど彼女の実年齢はとうに五十は越えている。
精神的には人間で言う成人……を超えて、中年と言って差し支えない。
とも言えたら立派だが、実際は彼女の精神年齢はそこまで高くはない。
見た目と精神の年齢が一概にイコールの関係性ではないとも思うが、彼女に至ってはそこまで見た目と精神に遜色がない。
それもこれも父との二人暮らしの影響だろう。
いつだって彼女には父がいて、父と娘という関係性を前提に毎日を送っていた。
巣立ちも何もない生活は彼女の精神成長という点においては阻害だったのかもしれない。
「そうか、それは失礼した。ならば一人の敵として相手をしよう」
柄を顔の横に立て、剣を構えた。
その瞬間、男の雰囲気が変わる。
気配――存在――その言語化できない何かが確実に変化した。
アリスにはその正体が分からない。
魔力?
それとも自分の知らない能力?
この感覚はどこかで味わったようにも思える。
しかし、それを思い出せない。
緊張感――いや、これは……。
――殺気
ただそれだけだと言うのだろうか。
それだけでアリスは背筋に伝う冷や汗を鋭敏に感じ、震えた喉には溜まった唾がねっとりと絡みつく。
緊張感が一瞬にして跳ね上がる。
アリスも男の構えに追随するように姿勢を低くし、戦闘態勢に移行した。
そして――戦いが始まる。
まず最初に動いたのはアリスだった。
先手必勝――『血弾』を連続発射して、男に攻撃を向けた。
しかし男は連続発射された全ての『血弾』を灰色の剣で的確に両断する。
決して『血弾』は大きいと言うわけではない。
その名の通り、銃弾ほどの小ささを誇る『血弾』は常人ではまず持って避けることは叶わない。
しかしこの男はその『血弾』を流麗な動きで一弾ずつ斬り伏せたのである。
ただの人間――ではない。
いや、そもそも人間というのも疑わしい。
もしかしたら、自分と同じような存在? とアリスは直感的にそう感じた。
そしてその直感は決して間違いではなかった。
彼の正体は――
「どうして? 何をしたの?」
何をしたのかなど分かっている。
全てその剣で斬ったのだ。
しかし、それでも尚、信じたくなかった。
だからこそ、アリスは自然と疑問を口にしていた。
「理解しているだろ? 君はそこまで馬鹿とは思えない。全部、この剣で斬ったんだ」
無表情の顔をアリスに向けて、淡々と事実を話す。
そこには一切の虚言も隠し事も無かった。
「くそっ!」
アリスは唇をかみしめて、自身の甘さに後悔していた。
十全な準備をしてきたつもりだったが、ここまでの強敵は予想していなかった。
やはりどこかで楽観的だったと言わざるを得ない。
アリスはそんな後悔による自身への怒りを沸々と煮えたぎらせながらも、すんでのところで冷静さを取り戻す。
今はそんな場合ではない。
強敵であることは間違いない。
しかし――勝ち目がないという訳でもなさそうだ。
理想では父のところまでほぼ無傷で辿り着くはずだったのだが、だがこれも許容範囲と言えば許容範囲。
アリスは拳を握って、目を細め、その視線を男に一直線に向ける。
――『血拳』
拳を纏うように赤黒い血が噴出する。
魔法を発動すると同時に、アリスはすぐさま男との距離を縮めるために、真っ直ぐに駆け走った。
その素早さは目にも止まらぬ――をまさしく表現するかのように一瞬にして男の目の前まで近づき、拳に纏わせた『血拳』を男の胸目がけて突き出した。
ドンッ、と鈍い音が室内に響き渡り、『血拳』が何かに衝突した。
アリスは苦虫を噛み潰したような顔で目の前の光景を確かめる。
アリスの『血拳』は男の胸、その直前で剣の側面で受け止められていた。
男は微かに口元を歪めて、アリスに視線を向ける。
試すような瞳にアリスは反射的に怒りを込み上げるが、すぐに息を吐いて冷静さを取り戻す。
「どうした。お前の力はそんなものか?」
すぐさま男と距離をとって次の攻撃を行う。
アリスの掌から球状の血の塊が発現する。
彼女の魔法、『血弾』は先程、男に全てを斬り伏せられた。
同じ魔法では言わずもがな、先と同様の結果になるだろう。
ならば、単純に『血弾』よりも強力な魔法で対抗するのが自然な流れだ。
そして、その魔法というのが――
――『血壊』
血の塊を生成し、それを『血弾』の要領で敵に向けて放っていく。
男はアリスの予想通りに『血弾』の時と同じく、剣によって両断しようとした。
しかし、剣が血の塊を斬った瞬間――血の塊は霧散せずに爆散した。
男は目を大きく見開くが、次の瞬間には『血壊』の爆発に巻き込まれた。
その後も次々に放った『血壊』が爆ぜていく。
床に血が飛び散り、爆発の余波として煙があたりを覆う。
漂う煙に向けてアリスは様子見などせずに手を止めず『血壊』を放っていく。
爆ぜ続ける『血壊』によって徐々に室内はその爆発の影響を受ける。
床は削れ、壁は抉れ、天井は崩れていく。
そうして『血壊』を放ち続けたアリスは3分ほどしてようやく魔法を発動する手を止めた。
掌は血の色でべっとりと鮮血に染められている。
あたり一面も同様に、掌のように鮮やかに血色に染められていた。
爆煙が室内を漂う。
アリスは固唾を飲んで煙の先の男の安否に注視した。
段々と煙が晴れていく。
薄く描き消えていく煙。
その奥に黒い影が忽然と現れた。
その影は二足で立っている。
アリスはそれを確認して、戦闘態勢を維持した。
煙が晴れた。
男の姿が露わになる。
男は――静かにこちらを眺めていた。
その姿は何も変わっていない。
傷一つ作らずにその身は綺麗なままだった。
あり得ない。
あれほどの『血壊』を受けながら無傷など――物理的にあり得ない。
何をした?
どうして無傷なのか?
疑問に対して答えは出てこない。
アリスはこの場で解決できな事項をすぐに棚に上げ、次の手に移す。
今度は血を剣に形状変化させて、男に向かって疾駆した。
剣先を男に向け、突き刺す構えで一直線に疾走する。
しかし、その攻撃も男の流麗な剣捌きによって一蹴される。
何故もこう自分の攻撃が効かないのか?
アリスの懐疑はますます深まるばかり。
しかしその疑問への答えは当然ながら見つからない。
「あなたは何者?」
その疑問がようやっと口から出る。
男は無表情のまま剣を振り下ろして、鞘に戻した。
そしておもむろに口を開き、静かな声でアリスの質問に答えた。
「ただの剣士だ」
「ただの剣士がなんでこの城にいるのよ!」
次のアリスの質問に男はゆっくり頭を縦に振って、顎を引く。
「それもそうだ。何故ここに居るのか? その問いを深く考えれば、正直、俺にもさっぱりよく分からないが。けれど彼に言われたのだから仕方ない、と言うのが答えでいいかな?」
「彼?」
「そうだ、彼。セルジュという名の魔法使いさ」
「セルジュ!」
その名前を聞いてアリスは瞬時に目を見開き、同時に眉間を狭めた。
「あなた! セルジュとどういう関係なの⁉︎」
「彼との関係? そう言えば彼とはどういう関係なのか考えたこともなかった。友人? いや、友人と言えるほど彼と仲が良いという訳ではないから、単に知り合い? いや、それではここまでの頼まれごとを引き受ける道理もないしな……」
男は独りぶつぶつと言って首を傾げていた。
しかし、男は悩むのに疲れたのか、首を振って再度アリスの方に視線を戻した。
「まあ、知り合いではあるかな?」
微かに笑みを浮かべながら男は言った。
その言葉にアリスはますます渋面を深くする。
しかしこれ以上何か聞いたところで有益な情報は無さそうだということは分かった。
そうと判断すれば、行動は早かった。
アリスは油断しているであろう男との距離を一気に詰めて、そのまま掌で血の塊を生成する。
血の塊は見る見るうちに複数個に分裂し、細い針状に形状変化した。
その血の針をアリスは走りながら正面の男へ向けて投げる。
血の針は目を細めなくては確認できない程に細く、それが一直線に凄まじい速さで飛ばされれば、まずもって目視は不可能であった。
だが剣士はその針を最小限の動きだけで避けた。
アリスはその光景を苦笑交じりに確認する。
半ば結果は分かっていたのかもしれない。
この攻撃でさえあの剣士には届かない。
力量が圧倒的に違う。
この差はすぐには埋めようの出来ないほどに決定的で致命的だ。
つまり、スペックの問題ではない。
単に技術の格差によって、この戦いは余裕な大人と必死な子供のように、どうしようもない。
この相手には敵わない。
アリスはそこでようやくその事実を頭の中で言葉にする。
どうする?
今の自分では絶対に敵わない相手。
逃げる?
逃げられるのか?
しかし私には……
彼女にはもうそれしかなかった。
決死など馬鹿らしい。
命があって初めて夢は叶う。
ここで死ぬわけにはいかない。
絶対に生きなければ……!
アリスは必死に頭を捻り、この場からの脱出方法を考える。
そして――
アリスの身体が血で覆われる。
プクプクと沸騰したように水泡を弾けさせながら、赤黒い血がアリスの身体を包んで、球状に変化していく。
その魔法の名を――『血脈繋がる血卵の呪い』と呼ぶ。
それは始まりであった。
卵は誕生の象徴である。
そしてその卵から生える、枝のように広がっていく血脈は命の繋がりである。
この魔法は特別でも何でもない。
自爆といえばそうかもしれない。
しかし唯一気にするとすれば……
「これは……困ったな」
部屋が赤く染まっていく。
――領域支配
その魔法の類は神話に伝わりし、神秘を冠した空想上の魔法。
現代ではまずもってお目にかかれない――そもそも存在自体が疑わしい代物である。
しかし今ここにその魔法は――発動された。
「この魔法は俺でも斬れないか……」
剣士はそう呟くと次の瞬間には消えていた。
タンッ、と地面を蹴るような音がしたかと思えば、もうこの部屋のどこにも剣士の姿はなくなっていた。
アリスはそれを確認すると、すぐさま魔法の発動を止めた。
身体を纏った血から解放されると、静かに地面に着地し、胸を撫で下ろす。
まさか……
「まさか、こんなハッタリが通用するなんて」
神話に伝わりし魔法――確かにそれは彼女の切り札だ。
しかし、それは自身の命を引き換えにする、まさしく切り札なのである。
そんなもの生き長らえたいと願う今、使うわけがない。
アリスはすぐさまこの場を脱した。
空間跳躍を駆使して、一気に城を抜け出し、そして数秒で第八階層からすら脱出する。
計画は失敗に終わった。
父にすら会えず、敗走した。
アリスは忸怩たる思いを胸に悔し涙を目元に浮かべる。
「私は弱い……!」
それがおよそ百年前の出来事だったか――
――――――――――――
「それから私はずっと七階層にいます。あの城には一度も赴いていません」
「それは……?」
「怖いからです。父と会えないその事実を目の当たりにするのが……」
「……? そうか」
怖い?
それは本当に父と会えないことが、なのか?
確かに彼女の話にはどこにも疑問の余地がない。
しかし、どこか引っかかる。
それに話に出てきた謎の剣士――この存在も気にかかる。
そして、セルジュ・キルク・クローノス。
大魔法使い――
レムスから聞いた神話上の存在。
そんなフィクションのような人物が本当に存在していたのか。
そして話しぶりからすれば今この時も――
――――――――――――
――エルフの森
「ムムムッ、うまくいかないなー。疑似的な神格化の実験も人の身では限界か」
地下に繋がる階段を小気味よく降りる音。
その音は暗闇に広がる空洞によく響く。
不気味に、怨嗟の声を交えて。
「まだしゃべれるの? ……いや、なぁんだ。それはもう人間の声じゃないね」
地下の大きな空洞には人の身体が山積みにされていた。
「どれもこれも役には立ってくれたけど、いまいち魔法の深淵にはたどり着けないなぁ」
眼球を穿られ、真っ黒な穴が二つ――
髪を無理矢理、毟られて、その代わりに頭皮に蛇を噛み付かせ――
うら若き町娘だった少女の身体――その腹には大きな穴が一つ。その穴からは蛆虫が湧き出ている――
「完全な死体の上には痙攣している人間が幾つか。それとまだ精神が微かに残っている人間が」
数えるのをやめた。
まあ、後ででいいか。
それより――
「ようやく動き出しそうだ。百年も経ったのか」
今動いている実験の中で一番可能性があるのは、アレだ――
「グリーセス。ようやく君との――君たちとの約束が叶いそうだ」
暗闇の地下の中で少年――セルジュは天井に、宙に向かって掌を掲げる。
大魔法使いセルジュ・キルク・クローノスは今、エルフの森にて――




