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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 探索編
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001話 目覚め

 目を覚ました。

 長いようで、とても短い眠りだった。

 いや、そもそもこの眠りが明けること自体――驚きだ。


 永眠――つまりはイヌは死を覚悟したのだ。

 永眠から目を覚ますことなどありえない。永遠の眠りだからこそ永眠であり、起きてしまえばただの居眠りだ。

 しかしイヌは目を覚ました。

 永眠から目を覚ましたのだ。


(なんというか妙に清々しい寝起きだな。眠る前に感じた身体の軽さとはまた別種の身体の軽さを感じる。生き生きとする――というか力が漲る――というか若返ったように身体の充足感を感じる)


 尻尾を振る。

 いつぶりだろうか、思った通りに尻尾が動く。

 垂れていた耳も若々しく立って、あらゆる音を敏感に捉え、瞳も繊細に目の前の景色を映しだす。


(……というか、ここはどこだ?)


 身体の変化に驚いていたが、ようやくそこで現在いる場所について疑問が浮かんだ。

 見慣れない景色。

 暗く、冷たい空気が漂う空間。

 確かなことを一つ言えるのであれば、ここは家ではないということぐらいか。


 ポチャ、ポチャ、と水滴が落ちる音を聴覚する。

 目覚めた瞬間からこの音がほぼ同じ間隔で発生している。

 蛇口が弛んでいるのか、とも思ったがこの場所にそんな代物があるとも思えない。

 しかして、確認できるのはその音しかなかった。

 視覚は目の前が暗闇であること以外、認識できない。

 つまり――何も見えないということだ。


 イヌは仕方なく音の発生源に歩を進めた。

 今、頼れるのはこの音ぐらいだ。

 イヌは四足の足で向かっていく。


 地面は冷たく、ザラザラとしている。所々、凸凹しているので肉球のあたりが少し痛い。

 家の中――平坦な床に慣れていたせいで、足の裏は敏感に違和感を感じていた。

 そのことから、ここはどうにも外らしいことを同時に直感する。

 アキラもイヌもまだ幼い頃、珍しく外に出て散歩する事があったが、その時も地面はこのようにザラザラしていた。

 ならば、ここは外なのだろう。

 しかし、こんなにも真っ暗なのはどういうことなのだろうか。


(灯りはどこだ? 照明はつかないのか?)


 いや、灯りをつけるスイッチを見つけたとしてもイヌには身長的にどうしたってつけることは出来ないのだが……。

 いやいや、そもそもここは外なのだ。

 照明がある訳がない。

 ならば代わりに外には太陽が存在するはずだが……。

 顔を上に向ける。

 しかし景色は変わらず暗闇だった。


(外……じゃないのか?)


 だとしてもこの地面が家内の床だった場合、粗末すぎる。

 ペタペタ、と右前足で地面をたたく。

 やはり……冷たい。


(うー。……床暖房が恋しい)


 ここがどこなのか?

 考えてみるが答えは出ない。

 納得できそうな可能性は思いつかなかった。

 イヌはため息を吐いて音の鳴る方へ向かった。


 そして到着――

 空間が徐々に明るくなり、視界が広がる。

 到着した先は湖――というか池と呼んだ方が適当だろうか。

 そこまで大きくない水溜まりが目の前に広がっていた。

 おそらく先程の音はここが発生源か、と上に視線を向ければ天井から水滴がポチャ、ポチャ、と落ちてきていた。

 あの水滴が溜まって池が形成されたのだろうか。


(うーん、分からない)


 イヌはこの疑問に関しても一旦保留にした。

 そして次はもう一つの疑問について頭を悩ませる。


 それにしても何故、この空間だけ明るいのだろう?


 辺りを見回すがどこにも灯りを発光させそうなものは見当たらない。

 火も電気もこの辺りには無かった。

 もしかしたら暗闇に目が慣れた結果、ここでようやく視界を確認できたのかもしれない。


(まあ、今のところはそう結論付けるしかないか)


 色々な疑問を放り投げて一旦、目の前の池に近づいた。

 池は波紋もなく、綺麗な水面を作り上げていた。

 水はどこまでも透き通り、底の岩肌が鮮明に視覚できる。


 そういえば喉が渇いていた、とイヌは自覚する。

 起きてからここまで一切の飲食をしていない。

 自覚してすぐにイヌは早足になって池に近づいた。

 そして、喉の渇きを潤そうと水面に顔を突き出そうとした瞬間――


(……はっ? こ、こいつは誰だ?)


 綺麗な水面に映る自分と思しき顔はイヌが知っている自分の顔とは大きく異なっていたものだった。

 いや、大きく異なった、と言えば正直そこまでの違いは無いのだが、目の前に映る自分の顔は明確に自分の知る顔ではない。

 耳に口、その内に潜む牙、そして顔を覆う毛、ここまでは犬の体裁を保っている。というか、目の前の顔は犬ではある。

 しかし……。


 イヌは白と茶色、二色の模様の柴犬だった。

 どちらかと言えば、自分で言うのもなんだが可愛らしい顔つきだったのだ。

 しかし水面に映るその顔は――

 牙は鋭く、目つきも鋭く、耳すら鋭い。

 そして舌は長く、毛色も白と茶色ではなく、黒色一色に染められていた。

 犬は犬でも、これは自分の姿ではない。

 しかし、認めたくはないが水面に映る姿は確かに自分自身なのだろう。

 舌を動かす。口も動かす。

 前足も動かして……自分の思った通りに水面に映る自分と思しき姿も身体を動かした。


 これは確実に、目の前の自分は自分なのだ。

 しかしどうして自分はこのような姿に……?

 いや、そもそもここはどこ……?

 というか自分は死んだのでは……?

 放り投げたはずの疑問がダムが決壊したように濁流と化して流れ始める。


(訳が分からない! どういうことだぁぁぁぁ!)


 水を飲むことも忘れて水面に映る自分を見つめながら混乱を続ける。

 そうして現状に脳が追い付かず、頭をグルグルさせていると、そんなイヌにとある足音が近づいていた。

 しかしイヌは気付かない。

 足音の主は速度を変えずにゆっくりと歩みを進める。

 そして遂に、足音の主はイヌのそばに辿り着く。

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