014話 兄弟/親友
レムス・ギー・フェンリル。
とある一匹の魔狼について話そう。
彼は第五十階層にて長老様と言う存在と一緒に生活していた。
それは何不自由ない生活だった。
食料に困らず、危険とも縁遠い。
何よりレムスは自由だった。
束縛なく、自分の意志で動くことが出来る。
従属も、隷属も、何もない。
それは一見普通のように思えて――魔物としてはとても珍しい環境だった。
魔物の世界は共通して弱肉強食である。
その摂理はどんな事象が割り込もうと変わることなく――強きものが弱きものを統べる。つまりは、弱きものは強きものに頭を垂れなければ、生きる上での食料も、安全も保証されない。
それが弱者の生きる道だった。
対して、レムスはその点、十分に裕福だった。
魔物世界の摂理からは外れ、安心安全、大抵のことは可能にできる環境。
だからこそ、そんな恵まれた環境で何か一つでも不平を漏らすなど、それこそ必死にその日を生きている魔物からすれば何様、というものだ。
しかしレムスは悩んでいた。
自分の置かれている環境が――、状況が――、素晴らしく豊かであり、それは幸福である、そう言うことを自覚して尚、彼はそれでもその、たった一つの悩みを抱えていた。
それは、とても身近で、些末で、そんなもの? と呆れられる悩みだった。
レムスは――孤独だった。
そう、彼はどうしようもなく独りであることに寂しさを覚えていた。
話し相手には長老様がいた。
長老様は色々なことを教えてくれる。
この地下迷宮のこと、魔物のこと、人間のこと、亜人のこと、この世界のこと……。
昔、人同士は争っていた。
しかして、それを制定したモノがいる。
長老様はそれがかつての友だと言っていた。
自分には世界を始めた三人の友がいた。
今はそれぞれ地上のとある場所で世界を見守っており、長老様もその役割を任せられている。
つまり、長老様の見守る対象はこの地下迷宮――終末塔に棲息する魔物ということだ。
色々な話を聞いた……。
この世には魔法とは対を成すように剣術が古より継承されている。
今でこそ、魔法と剣術を混在一体として戦うスタイルを取る者もいるが、元々は相容れぬものであったそうだ。
しかし、レムスは疑問に思う。
それは魔物には適応されないのではないか、と。
長老様はレムスの問いに嬉しそうに頷き、その答えを教えてくれた。
結論から言えば、剣術は魔物においても馴染み深いものであるらしい。
そもそも、剣術の三流派の一つの祖と言われる剣龍はその名の通り『龍』なのである。
そう、現代において広く知れ渡った流派の一つ『龍玄流』を開発したのは何を隠そう魔物である。
その他の流派に関しては残念ながら、魔物ではないが……しかしそれぞれに種族は異なっていた。
――『聖典流』
――『鬼想流』
――『龍玄流』
剣聖――人の領域を超えた人。聖人とでも呼べばいいだろうか。そんな人物が剣を磨き、辿り着いた頂が剣聖の称号であった。
剣聖は後に『聖典流』と呼ばれる剣術を開発する。
何故、聖典と呼称されているのかと言うと、それは剣聖によって執筆された剣術の指南書から剣聖の剣術が世に広まったことから、いつしかその指南書を聖典と呼ぶ者が増えた。その影響で剣術の名も『聖典流』と言われるようになったらしい。
剣鬼――その名の通り、とある鬼人が剣の腕を認められ剣帝より授かった称号である。
剣鬼が扱う『鬼想流』は『聖典流』のように書物によって広がったものではなく、口伝えによって継承された剣術である。
これには理由があり、『鬼想流』は文字や人からの教えではまずもって習得が難しい。ある程度の『鬼想流』に関する情報を知った上で、考える。
いや、それこそ――想う、のである。
自分自身で『鬼想流』とはどういう剣術なのかを想い浮かべ、形にする。
その結果、三大流派のなかで名前は一番と言っていいほど有名ではあるが、その実、現代で『鬼想流』を使える剣士は少ない。
剣龍――そして、最古にして最強と名高い龍種の一体によって開発された剣術が『龍玄流』である。これは、他の流派よりも覚え方はシンプルである。
剣と剣、それをぶつけ合い、斬り合って、完成される。他のように文献に書かれることもなく、口伝されることもなく、かの剣龍山の頂上にて眠る剣龍に直接、剣の教えを乞わなければ、『龍玄流』は習得できない。
このことからも『鬼想流』よりもそれを扱える者は数少ない。
そうして三流派をもとにしてあらゆる流派に派生し、現代の剣術に落ち着いたと言われる。
三流派の中で唯一、『聖典流』だけはその形を変えずに、今も現代剣術として広く知れ渡っているが、しかし、それも『聖典流』の一部でしかない。
剣聖本人に剣を教えてもらう、その事によってようやく『聖典流』はその真の姿を見せる。だが、剣聖に認められた者だけがその領域に至れる訳だが、そんな人物はそうそういない。
普段、剣聖は自身の剣の成長にしか興味がない。
そんな剣聖が弟子を取ることはほとんどない。また、珍しくも弟子をとっても彼の教えについていける者は数少ない。
だからこそ、現在、一般的に世に広まっている『聖典流』は所謂、上級までである。その先には……。
色々な話を聞いた……。
地上の各地には『王獣』という魔物が棲息しているらしい。
それらは人々によって天災のようなものだと語り継がれていた。
ここ何百年は姿を見せず、人間たちの間でもその存在は神話や寓話における空想上の魔物だという認識で広まっている。
しかし長老様曰く、『王獣』は存在するらしい。『王獣』は今も、山々に、海の底に、雲の上に、潜んでいるらしい……。
色々な話を聞いた……。
評議国――この国に関しては謎だらけである。どのような過程で建国されたのか、発起人は誰なのか、国の形態はどのようになっているのか、様々な謎が秘められているが、しかし地上の世界ではそんな評議国が世界の中心として――、平和の象徴として成り立っている。
長老様でも分からない。ここには大きな陰謀があると踏んでいるらしいが……。
色々な話を聞いた……。
人と魔物、この対立はいつからなのか……?
起源を辿れば大昔にでも遡らなければいけない程、根深いものだろう。
しかし、それが顕著になったのは百年前の地上の世界大戦が終結した時から人間の魔物への憎悪感情が明確になった。
平和を獲得するための共通の敵を欲していたのかもしれない。それが魔物に当てがわれたのかもしれない。直接的には罪のない魔物たちに謂れのない憎悪を押し付けられた……。
しかし果たしてそれだけなのか……? 長老様はこの事にも疑問を呈された。
色々な話を聞いた……。
この地下迷宮――終末塔には七大魔境という存在がいる。
七体の魔物――知略に長け、武を誇り、最強を冠する魔物たち。
「いずれお前も他の階層に行けば会うことがあるかもしれない」とは長老様の言である。しかし、そんな長老様も実際には七大魔境の面々とは会っていないらしい。一方的に知っているだけのようだ。
そうして色々な話を聞いた。
本当に色々な話……。
レムスが一生かけても知り得ない事実ばかりをかき集めて、整理して、正確に長老様は話してくれた。
その話のどれもが興味深く、興奮し、面白いものばかりだった。
しかし、やはりレムスはそれでも寂しかった。
長老様の話を一人で聞いている……。
隣に誰かがいれば、長老様の話についてもっと話を膨らませていただろう。
結局、長老様との話は一方的である。
それが嫌な訳ではない。レムスの知ることは大抵、長老様も知っている。だからレムスから教えることはなく、レムスはいつだって疑問を浮かべて、それを長老様に解決してもらう。
自分と同じような存在がいたならば……。
それなら分からないことばかりでも、想像を掻き立て、議論はあらぬ方向に行こうとも、そんな激論はなんだか楽しいように感じる。
自分は一人だ……。
一人なんだ……。
しかして転機は訪れる。
ある日、長老様は急にレムスに命じた。
「レムスよ、違う階層に行ってみなさい。そこにお前の仲間がいる」
「仲間……! 本当ですか、長老様!」
「ああ、私はこの迷宮の全てを知っている。そしてその私が言うのだ。本当だ」
「……!」
跳ね上がりたくなるほどに嬉しかった。
レムスはすぐさま支度を整え、その仲間がいると思われる階層に向かった。
長老様の助言により転移門を使って第十階層まで飛び、その後の行き方も長老様は懇切丁寧に教えてくれた。
第七階層の迷路の道順。第六階層の沼地竜の突破方法。第五階層の大猿王とは接触しないように慎重に。第四階層では魔泥人形に気を付けながら魔醒石を集めると良い。
そしてその先の第三階層に仲間が……!
しかし、第三階層までの苦難な道程を駆け抜けて辿り着いたものの、そこでレムスの仲間は見つからなかった。
どんな魔物に話しかけても、襲い掛かってくるのみ。自分の『思念伝達』が通じていないことは明白だった。
長老様が嘘をついた……? もしかすれば長老様は自分の存在が邪魔に感じたのではないだろうか? だから追い出す口実に……。
いや、そう思われても仕方はないかもしれない。
自分は何も出来ない。長老様に恩の一つも返せていない。
こんな無能な自分に価値などあるのだろうか……。
(いやいや、待て待て! 悲観的になるな! 長老様がそんなこと思うはずないだろう!)
けれど……。
可能性を考えればきりがなかった。
そうしてトボトボと第三階層を歩き周った先に、とある湖に辿り着いた。
いや、湖と言うよりは池と呼んだ方が適当かもしれない。
そこまで大きくはない水溜まりが微かな光を漂わせて、淡く輝いているように見えた。
そう言えば、喉が渇いたな、と池に近づく。
しかし、そこには先客がいたようだった。
その先客は……。
(俺と同じ姿……。耳に牙に鋭い目つき……。同じ魔狼族……? 同族に会うのは初めてだ……。もしかして、こいつが……!)
そいつが何を隠そう、サリユ――サリュだった。
サリユ・ギー・フェンリル。
レムスがつけた名だ。
最初は他の魔物と同じく言葉が通じないように見えたが、自分の言葉に頷く仕草をして、どうやら話が通じていることに気付いた。
そうしてどうにか『思念伝達』を教えようとするものの、このスキルに関してはレムスもどのような原理なのか分からない。
教えるのには苦労した。
しかしサリユはそんな粗末な教えにも応えてくれて『思念伝達』を獲得した。
ようやく、話せる相手が見つかった!
嬉しかった。
どうしようもなく嬉しかった。
いつも一人で、話せる存在なんて長老様以外考えられなかった。
それが今、レムスは新たに話せる存在に出会うことが出来たのだ。それもレムスと同じ立ち位置の――いや、レムスよりも何も知らないか弱い存在と。
それからレムスはサリユに色々なことを教えた。長老様のまねごとのように朗々と戦い方や魔法など、果ては長老様から教えてもらった世界の話について色々語った。
話を聞くのではなく、話す。そして話し合う。
初めての体験にレムスは泣きそうにもなった。しかし、そんな情けない姿を見せるわけにはいかない。
レムスはサリユを弟のような存在として認めていた。だからこそ、事あるごとにサリユのことを「兄弟」と呼んだ。そうした方が二匹の距離もすぐに縮まると思ったのだ。
サリユはものすごいスピードで強くなった。
最初は基本的な魔法しか教えなかったはずが、一人での初戦で『毒霧』を扱い、『火の一線』まで習得した。
サリユはただの魔狼では無いようだった。
いや、それは彼の出自からしてそうなのだろう。
転生者。
それも人外から人外への転生を果たした魔物。
そんな事例は聞いたことがない。
異世界人は何やら特殊な能力を授かると聞いたことがあったが、サリユもその例に漏れなかった、ということだろうか。
しかし、それにしても本来、魔狼が覚えるはずのない『毒霧』、その後には『光線放射』や『黒線放射』など、様々な魔法を会得した。
サリユは特別なのだ。
大猿王との戦闘でもその特別さは遺憾なく発揮されていた。
レムスが倒れた後も孤軍奮闘して、様々な魔法で大猿王を苦しめた。
最後には三つの魔法を組み合わせて、大猿王の胸を貫く。
その間、レムスが役に立った場面は最後の最後、ようやっと目を覚まして駆け付けただけ。
(俺が守る……そう思ってたのにな)
簡単に追いつかれて、追い抜かれて……。
(お前もいつかは俺の前からいなくなるのか?)
長い時を過ごし、ようやく会えた親友で兄弟。
そんなサリユが遠い所に行ってしまう。
レムスはそんな焦りから――もっと自分が出来るというところを見せなければ、そう思った。
しかし、その結果が迷子とはお笑いぐさも良い所だ。
(けど、そんな俺をサリユは許してくれた。いいや、こんな俺を兄弟とさえ呼んでくれた!)
何の心配をしていたのだろうか。
サリユはどこにも行かない。
サリユはずっと隣にいてくれる……。
レムスは迷路を抜け、長老様のところに行った後の彼との毎日を考えた。
ずっと五十階層にいるのも良いが、一緒に他の階層に冒険に出るのも良い。
なんなら、地上の世界に旅立っても面白いかもしれない。
レムスは思いを馳せた。
色々な想像をして笑みを浮かべた。
サリユとならばどこへだって行ける。
そんな希望にも似た安心感があった。
――――――――――――
――『心斬』
この剣技は『聖典流』における聖級剣技。
聖典には載っていない剣聖自らに教えを乞わなければ会得できない奥義の一つ。
それをこの男は使っている。
レムスは長老様からの話で聞いた秘技がこんなところで見れたことに少しだけ感動しながらも……。
ああ、自分はこれで死ぬのか、と自身の死を達観的に見ていた。
――死
そんなもの夢にも思わなかった。
死ぬなんて考える余地すらない、そんな安全な生活をしていた。
(死ぬんだな……。俺は死ぬんだ……。サリュは逃げきれただろうか? 出来れば第七階層を抜け出して第八階層に行けていれば、こいつから逃げれるだろう……)
意識が薄くなる。
このまま途切れるのか……?
この命、この魂、この存在……。
……消える。
死ぬ……。
……どこに?
そう言えば、サリユも死んでここに来たのだっけか? と、薄い意識のなか、思い出すレムス。
(そうか、兄弟も死を経験したんだな……。俺ももうすぐ……)
消える、消える、消える……。
すべてが消える。
記憶も、感情も、すべてが消える――
――すべてが消える?
消えるのか、消えてしまうのか?
レムスは消える。
この世界でのレムスと言う存在が消える。
また新たに転生することはあるだろう。
もしかすれば、この世界に転生することも……。
しかし、その時はもうレムスではない。
レムス・ギー・フェンリルではないのだ。
サリユのことも知らず、分からず、理解できず……。
短い間だったが、この思い出もなくなってしまうのか。
ようやく会えた親友に――
ようやく会えた兄弟に――
ようやく会えた仲間に――
(ああ、忘れてしまうのか……。俺は忘れてしまうのか……!)
死にたくない、死にたくない、死にたくない……!
(まだ、俺は死にたくない!)
男の剣技『心斬』が目の前に迫る。
(まだだ、まだだ、まだだ!)
レムスは必死に口から『収納』で魔醒石を取り出した瞬間にそれを噛み砕く。
(食え、食え、食え、食え、食え、食え!)
考えるな。目の前だけを見ろ。
(俺は生きる!)
魔醒石で魔力を回復して、レムスは瞬時に『狼の遠吠え』を発動させる。
レムスは『狼の遠吠え』の効果によって一瞬だけ鈍くなった『心斬』をすんでギリギリのところで躱す。
そうして躱してすぐに『炎の守護』を発動し、炎を身に纏う。
「まだ、諦めていないのか?」
男の掠れた声がレムスに向けられた。
しかしレムスはその質問に答えない。いや、答える余裕なんてない。
喉を震わせ、威嚇する。
そのままレムスは一心不乱に『火の一線』を放ち続けた。
先の要領で『収納』で魔醒石を出し、噛み砕く。
そして魔力回復を繰り返し、魔法を発動し続けた。
しかし魔醒石では魔力しか回復できない。
傷口からは血がダラダラと垂れ続けている。
痛みはとうに消えた。痛苦が酷過ぎて痛みすら感じない。
口の中は胃液が喉を這い上がり、吐き気も通り過ぎ、不快感すらない。
もう残っているものは魔力だけ。それも魔醒石頼り……。
限界も限界、いや、限界も超えている。
しかしてそれでも、レムスは戦う。
戦わなければ――もう生きて帰れない!
――『爆炎』
洞窟内の壁も天井も駆け巡って、移動して……『爆炎』を放ち続ける。
男の身に『爆炎』が連続して命中していく。その都度、男の身は爆ぜ、炎が舞い上がった。
爆発は男の身体だけでなく、その余波で洞窟内を崩れ去す。
岩壁は傷つき、瓦礫が至る所に散乱した。
(まだだ! まだなんだよ!)
魔醒石を喰らい、魔力を途切れないように注意しつつ、魔法を出鱈目にでも繰り出した。
――『火の一線』、『爆炎』、『狼の遠吠え』
遠距離魔法攻撃にデバフを挟みつつ、男への攻撃の手を緩めない。
男もただレムスの魔法を受けるだけではない。
魔法が放たれる方向に斬撃を放ち、流麗な動きで躱せる攻撃は躱して行く。
レムスほどの致命傷でなくとも男も相当の手傷である。そもそも立っていることすらおかしい。
(この男、本当の化け物だ。こいつがまさか、あの剣聖か?)
いや、今はそんなことはどうでもいい。
どうでもいいのだ。
こいつを殺す。
殺せなくとも戦闘不能にすれば、サリユに追いつける。
生きて、生きて、生きて帰る……!
――『炎獄』
レムスは『火の一線』、『爆炎』が決定打に欠けることを判断し、範囲魔法の『炎獄』を発動させた。
男が立っている地面から鮮血のように赤い炎が巻き上がって、男を閉じ込めた。
男は途端に高熱の牢獄に縛られ、肌に灼熱の痛みが襲い掛かるが、それを尋常ではない精神力で耐えた。
すぐに『天斬』で横一線に炎を断じようとするが、『炎獄』はそれだけでは掻き消えなかった。
レムスの発動した『炎獄』はどんな魔法も剣技も効果はない。回避できるのは発動する前に移動するのみ。
閉じ込められた後は一定時間が経過しなければ、絶対に逃れることは出来ない。
レムスは『炎獄』の発動中に魔醒石を食える分だけ食った。
そうして、未だ『炎獄』の中の男に向けて『爆炎』を連発する。『炎獄』を通過し、『爆炎』が男の身に当たって爆ぜた。
何度も何度も何度も……。
それでも尚、レムスは攻撃を続ける。
(生きるんだ! 生きるんだ! また、サリュと一緒に……!)
男を閉じ込めていた『炎獄』が消え、男が自由になる――が、レムスはすかさず男に飛び掛かって肩に噛みついた。
そうして牙から炎が燃え上がり、男の肩を中心に灼熱が――獄炎が広がっていく。
――『炎牙』
「くそっ、次から次と……! なんだ、なんでまだ倒れないんだ!」
「グルルルルゥゥゥゥ!!!!」
生きる、生きる、生きる、生きる、生きる!
レムスに男の問いは聞こえない。
どうでもいい。どうでもいい。
(生きる、それだけ……それだけなんだよ!)
男は剣を掲げてレムスを斬りつけようとして――止めた。
体力も精神も限界で、いつの間にか頭に血が上り、男は視野も思考も狭量になっていた。
自分の肩に剣を振り下ろそうとする程に。
しかし、この状況から脱出するにはどうするべきか、男は考えるも――妙案は思いつかない。
剣士において剣以外の対応策を考えること自体がそうそうあり得ない事態である。
一般的には後衛からの支援によって緊急事態から抜け出す。
しかし、今、男は一人だ。
このような事態に陥ることが事前に分かっていたならば、もう一人――セルティネを追跡には向かわせなかった。
「くそっ、くそっ!」
どうするべきか、その自問ばかりが頭を埋め尽くす。
しかしてその答えが導き出せな――いや、待つんだ、と冷静になる。
未だ頭に熱が残っている。
ナイフ――そうだ、何故、そんなことも思い出せなかったんだ。
どうにも、頭に靄がかかっているようだ。
頭に血が上る? 違う、自分がそんなことで冷静さを欠くなどありえない。
――『幻火』
いつの間にか、辺りには火の球が漂っていた。
この魔法は相手の思考力、判断力などを低下させ、酷い場合は幻影を見せることもある。
男はレムスのその魔法によって判断力を鈍らされていた。
ナイフに気付いた男はすぐさまレムスを切り付ける。
背中に激痛が走り、レムスは我慢できずに口を放して絶叫してしまう。
(やばい、このままじゃ……!)
しかし、その時には遅い。
死に物狂いでありながら、『幻火』を使った搦め手も利用した。
レムスは死の淵を目の前にしながらも、自身の力を全て利用した。
だが――足りないというのか。
「――強い。お前は強い。俺は結局どこかで舐めていたのかもな……。魔物だからと言って偏見していたんだ……。けれど、お前だけは認めよう。魔物で唯一、俺はお前を対等の敵だと判断する」
空気が凍る。
横一線の『天斬』でもなく、どの方向から斬撃が放たれるか分からない『心斬』でもなく、男は剣を下げた構えをして、低い体勢でレムスに対した。
男――ガレスによる『聖典流』奥義の一つ。
――『夢斬』
やはりこの剣技も一瞬の斬撃だった。
破約――
『聖典流』の聖級剣技は世界の理、約束を一瞬だけ破る。
つまりは破約。
世界の約束は一瞬の内だけ、その剣技で解放される。
この剣技は速いのではない。
それは、ただの恩恵。
この剣技は速くなければいけないのだ。
つまりは速さは結果ではなく、過程――
『聖典流』の聖級剣技の目的は……
――世界の理から抜け出すこと。
その先、聖級を超える、剣聖にしか扱えないと言われる神級では……。
しかし今のレムスには関係ない話だ。
何故なら、レムスは――
ガレスの『夢斬』を『火の剣』で迎え討つが――しかして、『火の剣』――レムスの尾は斬撃を喰らい両断され、その先のレムスの身体に……。
(これは……駄目だ……)
そうして、レムスは――
――死んだ。
名前:レムス・ギー・フェンリル
種族:魔狼族
魔法:『狼の遠吠え』
『火の一線』
『中位回復』
『剣』
『火の剣』
『炎の守護』
『爆炎』
『炎獄』
『炎牙』
『幻火』
スキル:『思念伝達』
『収納』
『炎の加護』
名前:ガレス・ウェルナー
種族:人族
剣技:『天斬』
『心斬』
『夢斬』
?
スキル:『?』