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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 探索編
14/57

013話 魔物と人間

(隠し通路が懐かしいな……。あの時は一本道でゴールがはっきりしてた)


 と、過去を懐かしむほどには第七階層の迷路を進んでいる。進み続けている。

 壁伝いの方法で脱出を試みている二匹は、あれから三時間たっても一向にゴールの兆しを確認することもなく歩き続けていた。

 この第七階層に入って約五時間、いや、六時間は経っているだろうか。

 この世界の一日が二十四時間なのかは置いといて……。


(うん? そもそも時間っていう概念があるのだろうか。いや、それを考えればこの世界の言語体系……。レムスは俺の言葉が通じているが……いやいや、思念伝達っていうのは言語の壁を超えるとかそういう感じなのか……。うん? 考えれば考えるほど頭がグルグルする)


 そうだ、考えればきりがない。

 今はレムスには言葉が通じる、それで十分だろう。

 どうにか人間など、他種族とも言葉が通じるのかは試したいものだが、とサリユがいつかの未来について思いを馳せていると、そんな彼の想いが通じたのか……後ろから足音が聞こえてきた。


(いや、待て! 足音⁉)


 レムスも気づいたらしい。目を見開いて二匹は顔を見合った。


「レムス!」

「分かってる!」


 レムスの言ではこの階層には魔物は棲息していないらしい。

 だが、後ろからは足音が――聞こえる。

 他の階層から魔物が迷い込んできたのだろうか……?

 後ろから、ということはまさか第六階層――沼地竜?

 いや、それはありえないだろう。

 この階層は入り組んだ狭い通路が張り巡らされている。

 人間二人分ぐらいの高さはあるものの、さすがにあの沼地竜では第七階層には入ることは叶わない。

 では何者か?

 結論は早かった。


「人間か……」


 レムスの静かな呟きがやけにサリユの耳にこびり付いた。


「俺たちが大猿王を倒した直後に、人間たちが第五階層に来てたんだ……」

「偶然?」

「……分からない。けど、俺たちは幸か不幸か人間たちの手助けをしてしまったのかもな……」


 幸か不幸か? いや、不幸の何ものでもないだろう。

 しかし、第五階層の大猿王をスルーできたとしても、その先には第六階層の沼地竜がいた筈だ。

 まさか、自分たちのように沼地竜を無視して縦断した、と言う考えが真っ先に思い浮かんだが、レムスはそれよりも最悪な予想を口にする。


「沼地竜を倒してきたのかもな」

「え?」


 沼地竜を倒した強者……。そんな奴らに勝てるとは到底思えない。


「人間め……まさかこのタイミングで英雄級の人間を迷宮に送り込んできたのか? くそっ、よりにもよってなんでこんな時に!」


 焦りの色を見せるレムス。それほどに相当、迫ってきている人間が危険ということだろう。

 人間と戦って勝ち目がないならば、いっそ交渉はどうだろう、とサリユは考えてみるが、すぐさま首を振ってその考えを一蹴する。

 それは最後の最後の賭けなのだろう。そもそも大前提として、人間の価値観から言って自分たちの話に応じてくれるとは考えられない。

 感情は人間と仲良くしたいと、そんな理想を思い浮かべるが、いざ、身に危険が迫れば、流石に、能天気に理想を口にするほどサリユも馬鹿ではない。


「レムス逃げるか?」

「ああ……そうしよう。足音は結構、近い。壁伝いは止めて、行き当たりばったりに迷路を進むぞ」

「分かった」


 相手の人間もサリユたち同様に壁伝いに進んでいる可能性が高い。同じ方法で進んでは、それこそ逃げる意味が無くなるだろう。

 そうと決まればサリユたちはなるべく足音をたてないように、しかして急いで迷路を走った。

 何の法則性もなく分かれ道を選んでは突き進む。

 もう先程の道も分からずに、もしかしたら、もと来た道を走っているかもしれない。

 そんな不安に駆られながらも、足音がする方から逆方向を走った。

 しかし、足音は遠ざかる気配がない。


「レムス!」

「ああ、分かってる。うーん……けど、もしかしたら俺の勘違いか? この足音は人間のものじゃない? 迷い込んだ魔物のもの?」

「それだと足音が遠ざからない理由にならないぞ?」

「そうだよな……魔物にしても人間にしても、何か魔法かスキルによって、俺たちの居場所が把握されているのか……?」


 そう考えた方が説明がつく、とサリユも同感だった。


「それじゃあ、逃げても無駄?」

「分からない。今は走り続けるしか……」


 レムスの苦渋の顔にサリユは無言で頷いた。

 レムスも焦燥しているのだろう。

 サリユたちは理解できない足音に怯えながら迷路を行き当たりばったりに進んでいく。

 しかし――足音は消えなかった。

 少しずつ、体力が削られていく。


「レムス……」

「ああ、そろそろ決断しないとな」


 レムスは立ち止り、それにつられてサリユも立ち止まった。

 

 ――迎え撃つ


 人間との戦闘は初めてだ。レムスは過去に経験しているようだが、それでもいつもの魔物のようにはいかないだろう。


「俺が前で戦う。サリュは後衛で支援してくれ」

「分かった」


 サリユたちが戦う決断をした直後、足音が止まった。

 その距離はそこまで離れていない。

 タンッ……タンッ、と鳴り止んだ足音が再び発せられた。

 しかし先程のように早足ではない。こちらを窺うように慎重な足取りのように感じられる。


「ガレス……」

「ああ、分かってる」


 奥から声が聞こえた。

 どうやら二人だけのようだ。片方は女でもう片方は男。

 そうして洞窟の暗闇から現れた人間の男女。

 一人は剣を腰に下げた中年男性。

 もう一人、男の背中に隠れているのは、白い祭服に身を包む、錫杖を持った女性。


(二人だけ……?)


 サリユは首を傾げて二人を見つめた。


(第六階層の沼地竜を二人で突破したのか? だとしたら、どんだけ強いんだよ、この二人……!)


 しかし、男は別として、その後ろの女は怯えて身体を震わせている姿からどうにも強いという印象がない。

 いや、見た目で判断するのは早計か。それこそ人は見た目ではない。

 サリユとレムスは身構えたまま人間二人と対峙した。


「ガレス……こんな魔物見たことある?」

「犬? いや、狼か? そんな魔物は見たこと無いな……強いのか?」

「うん……なんだかさっきの沼地竜を見た後じゃ、ちょっとね……」


 警戒してこちらを確認していた人間は何故か安心したように強張っていた身体を脱力させて、少し笑みさえこぼしている。


(なんだ、こいつら舐めてるのか? そりゃあ、まあ、沼地竜に比べれば、俺なんてただの犬ころだろうさ。けどなあ、そんな油断していると、痛い目見るぞ、って……。いや、本当にこいつらが沼地竜を倒したなら、まあ、その認識も間違ってないのかな……)


 彼らの態度に一瞬、憤りを覚えたが、しかし、未だ人間たちの強さが分からない。

 怒りのままに先制攻撃して、瞬殺なんて笑えない冗談だ。


「おい、人間……。お前たちが第六階層の沼地竜を倒したのか?」

「えっ……はっ?」


 レムスが人間に語りかけた。

 その声を聞いた人間たちは呆気にとられたように目を見開いて、間抜けな声を発した。


「ガレス……魔物がしゃべった……! どういうこと?」

「……ああ……分からない」


 女の問いかけに男が首を振った。

 どうやら、やはり魔物が話すのは人間の常識ではあり得ないようだ。


(これは人間との友好関係とか、なかなか難しそうだな。価値観から覆さないといけないのか?)


 と、サリユが呑気に考えている、その瞬間――男が突然サリユたちに斬りかかってきた。

 瞬時に反応して後ろに退くレムス。


「人間よ、突然、斬りかかってくるのが人間の作法なのか?」

「うるさい、しゃべるな。魔物に教える義理は無い」


 突然の出来事だった。

 少しでも返ってくる言葉があると思っていたサリユは目を瞬き人間たちを眺めた。

 戸惑いは見受けられた。

 しかし、それも一瞬で、話せる話せない関係なく、結局は魔物を狩るのに躊躇いは無かった。


(そんな簡単に判断するのか? 俺たちは話せるんだぞ? 俺たちはお前たちと対話できるんだぞ? それなのに魔物の一言で片付けるのか?)


 愕然とした。

 サリユはもう少し人間という存在は話せば分かる、そんな風に思っていた。

 固定観念、価値観、そういった隔たりはあったとしても、話さえ出来ればどうにかなると、淡い期待を抱いていた。

 勘違い――?

 そうなのかもしれない。


 サリユは元の世界の人間しか知らない。

 人間は環境さえ変われば如何様にも人間性を変化させると知らなかった。

 人間など、そんなもの。

 しかし、サリユは知らなかった。

 サリユの周りの人間は優しい者ばかりで溢れていた。

 優しさばかりを見過ぎていた。

 この異世界に限らない。

 人間はどの国、どの世界、どの星に渡ろうが――結局、根底は変わらない。

 サリユにとってこれが人間と言う存在に疑問を持った――最初の出来事だった。

 そして微かに人間への嫌悪感も……。


「魔物だから、どうでもいいのか? 魔物だから殺して構わないのか?」


 サリユはいつの間にか自分の思いを声に出していた。

 レムスは振り返り悲しそうな顔を見せる。

 対して、人間たちは――

 女は先ほど同様に目を見開いて驚いていた。

 しかし男はレムスの時のような反応は無く、ただ目を細めてサリユを睨みつける。


「話すな、魔物如きが。虫唾が走る。お前らが話そうがどうでもいい。俺は魔物を殺すために生きている。魔物こそが悪なんだ。その存在自体が悪なんだよ!」

「な、何故、そんなことを勝手に決められる! 俺が何かしたか! お前に何かしたか!」

「その存在が悪って言ってるだろ! お前の姿が、形が、存在が気に食わない! いっちょ前に人間のように話をして気持ち悪い!」

「は……?」


 話が通じなかった。

 そこには論理も何もない。

 一歩的な憎悪を押し付けられただけ。


(なんだよ、それ……。全然、俺たち悪くないじゃん……)


 理不尽――この世界でもそれに悩まされるのか?

 アキラも生まれながらの理不尽によって他の同年代よりも短い一生しか生きることが叶わず、その一生も普通の生き方は出来なかった。

 まともに外にも出れずに、身体を動かすことも出来ず、ずっとベッドの上で……。

 けれど、その理不尽は病気という一種の偶発的な不幸とでも言えば良い。


 だが――これは違うだろう。


 何故、理不尽に悩まされる被害者の人間自身が、他の者に理不尽を向ける?

 人間だからこそ、理不尽の歯痒さ、辛さ、苦しさを知っているのではないだろうか。

 その当人である、人間が何故、理不尽を向ける。

 自分もやられたから他人にも?

 魔物なら大丈夫だから?

 それで憂さ晴らしか?


(理不尽だ……。なんだよ……)


「サリュ……ごめんな」


 何故かレムスが謝った。彼に謝るべきやましいことはない。

 ただ、サリユが理想を高くし過ぎていただけだ。

 そして、その理想が砕け散っただけ……。


「何を言っているのか分からないが……、いや、魔物の言葉はどうでもいい、と言ったばかりだったか」


 男が独り言のようにつぶやいた瞬間、斬撃が横一線に放たれた。

 聖剣――

 沼地竜と戦った時のものである。

 しかし、この場所は第六階層ほど、広くはない。

 第七階層を全体的に見れば、第六階層よりも範囲は広いが、しかし、この入り組んだ迷路――狭い洞窟内においては、長物の聖剣は扱いづらい――筈なのだが、壁に当たろうが天井に当たろうがお構いなしにガレスは聖剣を振った。


「ガ、ガレス! 一旦、戻りましょう?」

「はぁ? 何を言ってるセルティネ!」

「いや、しゃべれる魔物なんて初めて見たわ。まずこの情報を王国ないし、それを通じて評議国とかに報告するべきよ!」

「それは、こいつらを殺してからでも遅くない」

「サンプルとして、生け捕りは出来ないの?」

「……したくない」

「……! あなたの感情を訊いているんじゃないの! 可能か不可能か、それを訊いてるの!」

「お前は……魔物を許せるのか? 仲間が二人も殺されたんだぞ?」

「それは……!」


 そこで女が押し黙った。


「話は終わったか? で、どうする? 俺たちはなるべく戦いたくない。というか戦う理由がない」

「俺には理由がある! お前たちに……。俺は魔物を殺さないといけないんだよ!」


 殺気の籠った瞳を二匹の魔狼に向ける。

 彼は本気だ。

 本気でサリユたちを殺したいと思っている。


「分からないな? どうしてそんなに魔物を憎む?」

「黙れ!」

「………」


 やはり話が通じない。

 怒りが沸々と込み上げてくる。


「人間とはこんなにも話が通じないのか?」

「黙れ!」

「はあ……」


 ため息を吐くレムス。

 首を振りたくもなる。


(なんだよ、こいつ……)


 話の通じない馬鹿がこいつだけだと願いたい。


「なんだ? その態度……。話が通じる分、今までの魔物以上に腹が立つ。もういい……」


 瞳を閉じた。


(なんだ、こいつ? 戦いの真っ最中に目を閉じてるぞ?)


 と、首を傾げるサリユだが、レムスも同様の反応だった。


「レムス……もういいよ、逃げよう。構ってる場合じゃ――」


 話している最中――それは一瞬だった。

 

 ――『天斬(ミリス)


 先程の斬撃とは比べる余地すらない速さ――そして、美しさ。


 ――『狼の遠吠え(ウルフ・ユルルモン)


 瞬時に後方のサリユが『狼の遠吠え(ウルフ・ユルルモン)』によって男の動きを鈍らせる。

 しかし、そんな効果など無かったように斬撃は高速に繰り出され、目では見えなかった。

 レムスは咄嗟に『剣』を使って、尻尾を硬化させた。そして、すぐさま男の剣を迎え撃つ。

 甲高い音――聖剣と『剣』の弾ける音が洞窟内に響く。


「うっ……!」


 レムスが呻く。

 レムスの尾から赤黒い血が垂れていた。

 聖剣と『剣』の剣戟の結果はレムスの尾に聖剣が食い込む形で終わっていた。


「サリュ! 逃げろ! こいつはヤバい!」

「い、いや! 俺も戦わないと……!」

「逃げろ!」


 レムスは瞬時に理解する。

 こいつが沼地竜を倒した。

 こいつは英雄級の人間だ。


「逃げろ!!」

「あ、あ……」


 顔を歪ませる。

 こんなこと、すぐに決断できるはずがない。

 自分の命を優先させるなら、レムスの言葉の通りにすべきだ。

 それに、もしかしたらレムスには勝算があり、サリユがいては邪魔だという判断かもしれない。

 ……だが、その判断の可能性がとても低いことはサリユにも分かっていた。

 十中八九、レムスは……。

 サリユは泣きそうな顔をレムスに向ける。


「レムス……」

「後で追いつくから、大丈夫」

「……分かった。待ってるから」


 そう言ってサリユは後ろを振り向き――がむしゃらに走った。



――――――――――――



「セルティネ、追ってくれ」

「え? それじゃあ、ガレス一人に……」

「いいから」

「……分かったわ」


 セルティネは渋々と言う風に頷くと一匹の狼が逃げた方へ駆けだした。

 その瞬間、対峙している狼――レムスがそれを尻尾で阻む。

 ただの尻尾ではない。何がしかの魔法――『剣』によって硬化させた尻尾である。


「行かせると思うか?」

「――ああ、行かせてもらうよ」


 ガレスは狼に斬りかかる。

 狼は尻尾でそれを受け止めた。


「今だ、早く行け!」

「うん……」


 セルティネは狼の横をすり抜け奥に消えていった。


「このっ!」

「チッ……人間みたいにしゃべるなよ!」


 剣を振り下ろす速さが増していく。そして、それを硬質化させた尾で対応する狼。

 尻尾から垂れた血は『剣』によって無理やり固められている。それも利用してレムスは『剣』を発動させた。

 剣戟は何度も何度も繰り返された。

 剣と尾がカチンッ、カチンッ、と火花を散らして弾け合う。


「まったく……何でこんなことに……」


 レムスは呟く。

 最悪どころではない。

 本当に何故、こんなことになったのか……。

 そんなレムスにガレスは眉根を寄せ、唾を吐いた。


「戦っている最中に無駄口か……」

「ああ、そうだな……。本気で行く。俺はサリュと一緒にいたいんだよ! もう一匹なんて嫌なんだ!」


 魔狼の叫びがガレスの鼓膜を震わせた。


(雰囲気が変わった? こっからが本番か)


 ガレスも体勢をを低くして、剣先が地面にギリギリつかないところで構える。

 現在、ガレスとレムスがいる洞窟の一箇所だけ、空間が少し開けていた。

 先程のガレスの斬撃は、なにも狼を狙っていただけではない。

 洞窟の壁や天井を切り刻み、的確に剣が振り回せる空間を作っていた。

 粗削り――中堅の冒険者ならそう言うだろう戦法をガレスに至っては狭い空間での有効な戦法として扱っていた。

 ガレスならばそれを可能とする。それほどの実力。


「マジかよ……」


 レムスは言葉を失っていた。

 今更になってガレスの思惑に気付いたのだろう。

 もう遅い、とガレスは笑う。


 レムスは意を決し、突貫した。

 凄まじい速さである。

 地面を蹴る力も強く、その上で筋肉の柔軟さが、駆ける速度に身体を対応させていた。

 レムスは走りながら『火の一線(ファイアライン)』を繰り出した。

 ガレスはそれを真正面から迎え撃つ態勢。


 ガレスも狼と同様に前へ走る。

 低い体勢を維持しながら地面を駆け、そして炎の放射線が目の前に来た瞬間を見計らって、剣を下から振り上げ、狼の炎魔法を斬り消した――

 レムスはそれに怯むことなく続けざまに『火の一線』を放つ。

 ガレスは次に先程とは逆に剣を振り下ろして『火の一線』を両断した。

 炎はガレスを目の前に二手に分かれ、その後、火は弱々しく消えていった。


「あり得ない。なんだ、それは? 斬撃で『火の一線』を消したのか?」

「ああ、そうだ」


 ガレスは不敵に笑う。

 魔物が自分の剣に間抜けに驚いている。

 優越感――とはまた違うが、ガレスは笑いたかった。

 続けてガレスは距離を詰めるため走り、今度はレムス本体に斬りかかる。

 レムスはすぐさま距離を離そうとするが、ガレスはそれを許さない。


「このっ!」


 距離を離せない、と瞬時に判断し、レムスは尾を硬質化させてガレスの剣に迎え撃った。

 剣と尾が再度、剣戟を始める――

 ガレスは右手を重心に、剣を左肩から右下に振り下ろす。

 しかして、それも狼は尾で払った。

 リーチは互角。

 聖剣も洞窟内で使うならば長くリーチがあるが、レムスの尾は長さを変幻自在に調節できる。

 対応の柔軟さはレムスに分がある。


 ガレスは――と言うか人間はもちろん動きに制限がある。

 どんなに鍛錬をしようが人間の身体――その器の縛りからは逃れられない。

 それに対してレムスの魔法『剣』における可動域は広かった。

 右に左に――上に下に、とそのスピードは目まぐるしくも、的確である。

 そして――狼にはもう一つ、ガレスよりも分がある点があった。

 レムスは尾でガレスの聖剣を払いながら、口を開けて、それをガレスに向ける――

 そう、レムスにおいては『剣』で剣戟を繰り広げながら、同時に口を開けて、魔法を繰り出せる――


 ――『狼の遠吠え』


 ガレスの動きが鈍くなる。

 すぐにもう一度『狼の遠吠え』を放つ。間隙を埋めるように『狼の遠吠え』を繰り返す。

 ガレスの動きは持続的に鈍重になった。

 狼はガレスの変化を見逃さず尾で攻撃を加える。


 形勢が逆転する――


 斬りつけていたガレスが、今度は受ける側に回る。『狼の遠吠え』による効果もあり、先程の剣戟からガレスが押される形に変わる。


「くっ、小癪な……!」


 攻撃の速さが増していく。

 ――いや、ガレスの動きが遅くなっている。

 対応が遅れていき、腕に、腿に、頬に、切り傷が増えていく。

 レムスはここだ、と判断し、『狼の遠吠え』から魔法を変更。『火の一線』に切り替える。

 その一瞬、ガレスの動きは戻りかけ――しかし『火の一線』には反応できない。


「うっ、ぐあああああぁぁぁぁぁ!!!」


 ガレスは『火の一線』をまともに食らった。

 レムスはガレスのもがき苦しむ姿を見て尚、油断しない。

 ガレスに放っていた『火の一線』を止め、次の瞬間には尾に炎を纏わせ、それをガレスに打ち付けた。

 

 ――『火の剣(ファイアソード)


 狼――レムスは炎魔法が得意だった。

 それも彼のユニークスキル『炎の加護(フレアトュス)』によるものである。

 通常の炎魔法に加護の力が加わり、倍の威力を発揮する。

 続けてレムスは『炎の守護(フレアガルド)』を発動する。

 身体全体に炎を纏わせ、その状態のまま『火の一線』を繰り出した。

 スキル『炎の加護』に魔法『炎の守護』の追加効果で『火の一線』の威力が凄まじいものになる。


 隅々に火傷と酷い箇所には焦げ跡を見せて瀕死状態になったガレスにまたも『火の一線』が放たれる。

 それも先程の『火の一線』ではない。

 その威力はレムスの最大火力。

 ガレスは息も絶え絶えの状態で、再度『火の一線』に反応できず、食らってしまう。

 ガレスの身に炎が染め上げられた。

 炎に包まれ黒い影になる――


 ――やったか?


 魔力をギリギリまで使って、最後に念には念を――『爆炎(フレア)』を放った。

 一見『火球(ファイアボール)』のように見える球状の炎がガレスの身に当たった瞬間、弾けて爆発を巻き起こした。

 ガレスの実が弾けるように火花とともに彼の血と思しき液体も爆ぜて飛んだ。

 炎が徐々に消えていき、ガレスの姿が見えてくる。

 残炎がガレスの身体にこびり付いていた。

 火傷など生易しい、身体の大半を炭のように黒く、染め上げている。

 ガレスは焦げた身体を動かせずに顔だけをレムスに向けて苦々しく歯軋りを起こした。


「この、この……! 抜かった……。舐めていたのか……。油断していたんだ……」


 何やら呟いている。

 レムスは訝しげにガレスを見つめて、少ししか残っていない魔力を練り上げた。

 これ以上の戦闘は難しい、とレムスは苦虫を嚙み潰したように渋面を表す。

 魔力は小さな灯ほどしか残っていない。限界の一歩手前。

 もう、倒れてくれよ、とレムスは――信じてはいないが――神に祈った。

 しかし――レムスの祈りは届かず、ガレスは一歩、足を動かす。


「認めてやる。犬みたいな見た目に偏見していたことを認める。お前を強者だということを認めてやる。俺はお前に本気を見せる、それほどの魔物だと認めてやる!」


 ガレスはおもむろに焦げた手を懐に入れて、何かを探っていた。

 レムスは迷った。

 ガレスの変な動きを止めるべきか――?

 しかし魔力は限界。体力も底がつきそうだ。

 このまま静観して、最後の一撃を加えるべきか否か――?

 だが、その迷いも一瞬。

 レムスは最後の魔力を絞って『剣』を発動させ、ガレスの手を斬りつけようと尾を振り下ろす――

 

 しかし、レムスの尾はすんでのところで止められた。

 

 ガレスは最後の力を――限界など越えて――、もう片方の黒焦げた手で剣を握り締め、レムスの『剣』を受け止めた。


「まだ、そんな力が……!」


 剣が弾けて、レムスはすぐさまもう一度、尾を振り下ろす。

 しかしその時にはガレスは目的の物を探し当て、懐からそれを取り出していた。

 ガレスが手にしていたのは何の変哲もない小瓶だった。


 それは――『回復薬(ポーション)


 ガレスは小瓶を開けて、顔を上げ、口を開いた。そうして、それをグビグビと飲む。

 小瓶の中身はみるみる内に減っていき、遂に中身を飲み終えると、口を拭い、小瓶を投げ捨てた。

 地面に落ちた小瓶はひび割れて不快な音と共にガラス片へと変り果てる。

 同時に黒焦げていたガレスの身体が徐々に元通りの肌へと綺麗に変化した。

 しかし、それも途中まで。

 完全回復とまではいかず、所々に火傷の痕が目立っている。


「これは……」


 だが、レムスを困惑させるには十分だった。

 また、もう一度、この男と剣戟を繰り広げないといけないのか、そう考えるレムスは首を振って不可能だという結論に至る。

 しかし、無理でもやらなければいけなかった。

 逃がしたサリユに追いつかなければ……。

 サリユとまだ一緒に……。

 もっと一緒にいたい!


「ウォォォォォォォォ!!!!!」


 雄たけびを上げる。

 そうでもしなければ自分の限界は越えられない。


「俺はもう、お前を侮らない」


 対してガレスは静かな空気を纏っていた。

 炎のように燃え上がるレムス。

 水のように静かなガレス。

 ガレスは再度、低い姿勢で、聖剣を地面すれすれで下ろしながら構える。


 余計な力はなく、必要な力さえ加わっていないのでは、と思わせるほどにガレスの雰囲気は――見えなかった。

 そう、何も見えない。

 空気のように見えない。

 軽く――、静かに――、何もないように――

 そして――それは一瞬だった。


 ――『心斬(へロス)


 その斬撃はレムスに……。





  名前:レムス・ギー・フェンリル

  種族:魔狼族

  魔法:『狼の遠吠え』

     『火の一線』

     『中位回復』

     『剣』

     『火の剣』

     『炎の守護』

     『爆炎』

      ?

 スキル:『思念伝達』

     『収納』

     『炎の加護』


  名前:ガレス・ウェルナー

  種族:人族

  剣技:『天斬』

     『心斬』

      ?

 スキル:『?』

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