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異世界イヌ  作者: 双葉うみ
地下迷宮 探索編
13/57

012話 迷路

 ――サリユたちは第七階層にいた。


 第五階層にて、大猿王に勝った二匹は十分な休憩をした上で、いざ、第六階層に意気揚々と向かおうとすると、入り口の大穴の手前でレムスは緊張した面持ちでサリユに声をかけた。


「ここから全速力で駆け抜けるぞ。まず俺と一緒に『狼の遠吠え(ウルフ・ユルルモン)』をして、その後、真っ直ぐに突っ走る、いいな?」

「……あっ? どういうことだ?」

「いいから、言う通りに……。多分、説明しても意味ないから」


 サリユは訝しげにレムスを見るが、彼は奥の一点を見つめて、深く息を吐き、集中していた。

 サリユはそんなレムスの空気に気圧され、仕方なく指示に従うことにする。

 そうして第六階層の光景を目にして――レムスの言葉の意味が遅まきながら理解できた。


「な、なんだよぉ、これぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


 サリユは『狼の遠吠え』を発動した瞬間に、全速力で第六階層――沼地竜(クロコディロス)の間を駆け抜けた。

 数十匹の沼地竜が地面のみならず壁や天井に這ってウロウロしていた。

 そんな沼地竜は突然現れたサリユたちに気付くが『狼の遠吠え』の効果によって瞬間、動きが鈍る。

 沼地竜たちの中で唯一、漆黒の表皮の沼地竜だけが雄叫びを上げてサリユたちを威嚇したが、そんな叫びも構わずに無視して、沼地竜の横を通り過ぎ、出口を抜けた。


「グガァァァァァ!!!!」


 後方、穴の向こうから怒りに狂った咆哮が聞こえるが、追ってはこないようだった。

 どうやらあの沼地竜たちは第六階層に居座っている。

 感情云々の前に、あそこを離れられない理由でもあるのだろうか。

 サリユは疑問に思い、隣のレムスに訊くと、驚くべきことに本当に存在している沼地竜は一匹で、『権獣』である沼地竜がユニークスキルを使って自分以外を召喚しているらしい。


 では何故、漆黒の沼地竜は第六階層から離れないのか。

 その理由は簡単だった。

 あの階層においては沼地竜は最強である。

 自身が最も得意とする湿度の高い沼地であり、相手を見失うほど広くもない。

 だが、第六階層から一歩外に出れば沼地竜にはアウェー地帯である。

 自ら無策で、万が一にも可能性のある危険に手を出すような真似を漆黒の沼地竜はしない。


 と、レムスは説明してくれた――が、もう一つ驚愕の事実を教えてくれた。

 あの漆黒の沼地竜はユニークスキルによって水龍の魔法を扱うことが出来るらしい。


「水龍……? なんか、名前を聞いただけでヤバい奴ってのは分かったけど、実際どうなの?」

「サリュの想像通りヤバい。いや、ヤバすぎる」

「そ、そうか……」


 魔物の中でも上位種に位置づけられる龍種の一匹。人間界では最強種とまで認識されているらしい。


(ああ、怖い……)


 恐怖に(おのの)きながらも、震えた足で第七階層に向かう。

 

(なんで、そんな龍の魔法を使える奴が第六階層なんかにいるんだよ。というか、もしかしてこれから先、そんな化け物ばっかりなのか? 大猿王(バシレウスコング)の第五階層に沼地竜(クロコディロス)の第六階層……。はあ、第七階層を思うと憂鬱だ……)


 ため息を吐き、夢見ていた冒険の現実を知って頭を冷やされた気分になるサリユ。


「レムスぅ……こっから先もさ、すげぇ危ないんだろ?」

「なんだよ、沼地竜を見て怖気づいたか、兄弟?」

「ああ、もう、ちびる程には怖い。怖すぎる。第三階層のケリュネフロガが懐かしいよ」

「あの鹿な……そうだな、なんだか懐かしく感じるぐらいには色々あったな。魔泥人形(マジックゴーレム)と戦って、大猿王とも戦って、さっきは沼地竜の大群の間を駆け抜けて……」

「まったくだよ。もう……あのまま第三階層ら辺で居座ってた方が楽だったんじゃないか?」

「いやいや、第三階層にいたら人間に会うからな。魔物のレベルは低いにしても、人間と遭遇する危険と天秤にすれば、第三階層は離れて正解なんだよ」

「そうか……人間ってのは強いのか?」


 レムスは暫し中空を見つめて、おもむろに首を傾げた。


「うーん、どうだろうな……。大猿王に比べれば弱いかもな……。実際、人間たちは大猿王に勝てなくて第五階層止まりらしいから」

「え、えっと……。大猿王に勝てなくて……順当に考えれば、大猿王に勝った俺たちなら、まず負けないって認識で大丈夫か……?」

「そう考えて良いだろうな。けど、人間の厄介なところは俺たちみたいに複数人、チームを組んで戦うところだ。今までの魔物は単独で迫ってきたろ? まあ、魔物にとってはそれが普通なんだけど……。だからこそ、的が一つ、考えるべき対象も一匹で楽だった。けど、人間の場合は考えるべき相手が複数人。それも同一個体じゃなくて、それぞれに役職が違う者たち。魔法師に神官。戦士と剣士と弓手……そこに前衛、後衛の側面も考えないといけないから……辛いんだよなあ」

「ふむふむ、なるほど……。レムスは人間と戦ったことがあるのか?」

「ああ、一回だけな。その時は本当に焦ったぜ。今までの魔物との戦い方と全然違うんだから……」


 レムスの話を聞いて、人間の戦い方を知る。

 話を聞く限り、今までの魔物との戦いとは根本的に異なるのだろう。

 一番ネックなのはそれぞれの役職の相違。

 それぞれに特化した能力を活かした上で戦術も豊富になってくる。

 つまりはペントテッテみたいな奴が複数匹でかかってくるようなものだ。それも、それぞれ一匹ごとに使う魔法系統が違うのだ。

 考えただけでえげつなく厄介そうだ、と遭遇していない人間に今からげんなりと舌を出すサリユ。

 それにレムス曰く、先程の沼地竜を瞬殺できるだろう人間も存在するらしい。

 しかし、だとしたら……?


「ん? それなら第5階層止まりなのはどういうことだ?」

「ああ、えっとな、それは……」


 レムスは「うーん」と唸りながら言葉を吟味している。

 もしかしたら説明するにはややこしい事情があるのかもしれない。

 いや、そもそも人間界の事情を知ること自体が難しいだろう。

 恐らくレムスの言う長老様が教えてくれた知識なのだろうが……というか長老様とはどういう存在なのだろうか。

 今までは何となく保留にしていたが、レムスの先生? 師匠? に当たる存在だとは思うのだが、だとしたら長老様も魔物と考えてよさそうだ。

 しかし、そうするとどうして長老様という奴はそこまで人間の事情に精通しているのか?


 何か、裏がありそうなんだが……やはり答えは出ない。

 いっそレムスに訊いてみるか、とも考えたが、いずれにしろ、その長老様に今から会いに行くのだ。

 訊くなら本人(本イヌ? 本狼?)に訊いた方が良いだろう。

 そうして長老様という存在に疑問を浮かべている間に、ようやっとレムスが得心したように顔を上げた。


「何だったか、前にこの地下迷宮はどの国領にも属していない不可侵領域だってことは話したよな?」

「ああ、そういえば、そんなこと聞いたっけ」


 世界各国は戦争終結を機に評議国を建国した。

 そして、評議国は今までどの国領にも属していない地下迷宮――終末塔(ヴィグリス)を評議会に連盟する各国全ての監視下に置く、ということで落ち着かせた。

 地下迷宮の近辺諸国には一番近いところで賢人国家サピスソファス、南東にはセルマノ帝国、北にはゼルマス王国……。

 位置関係的にはこの三国の三竦みの中心に終末塔がある。


「それで、一番武力を有しているのが、世界の中心――評議国なんだけど、評議国自体はどうにも直接、地下迷宮には手を出さないんだよな」

「はあ、なるほど?」

「ハハッ、まあ、そういう反応になるよな。実際、俺もよく分からないんだよ。人間の間で英雄って言われてる奴らは表舞台に出ることはほとんどないし、――いや、どうにも評議国がそこに一枚噛んでるんだよなあ」

「うーん……そもそも評議国って何なんだ? 何か各国が同盟を結んで建国したとか言ってたけど、つまり……? 評議国には王様とか国のトップとかはいるのか?」

「いや、いないと思うが……俺も実際どうなのか知らないな。多分、長老様なら知ってると思うけど……」

「そうか」

「ああ」


(これは、長老様に会った時には色々と質問しないとな。この世界はどうにも不明な点が多すぎる)


 現状、人間の世界を知ることは直接的には問題ないが、将来、世界情勢を知らないで、踏んではいけない獅子の尾を踏みたくもない。

 それに厄介な陰謀に巻き込まれるのも嫌だ。


(まあ、魔物と人間がそもそも交渉できないような価値観なんだが……)


 しかしサリユはどうにか人間ともコンタクトを取りたかった。

 それにこの世界に存在する異世界人とも会いたい。

 恐らくサリユのような人外から人外への転生と言った境遇の持ち主はいないだろうが、元の世界の住人同士仲良くしたいと思うのは普通の考えではないだろうか。


(しかし、先だってはまずレムスの言う長老様に会うことが第一目的だな)


 まずはそこから始めなければいけない。

 情報は何よりも大切だから、とサリユは心の中で頷いた。

 そうして話している間に第七階層に辿り着いた。


 そこでようやく冒頭に場面は戻る。


 そう、――サリユたちは第七階層にいた。


 レムスの説明によると第七階層には魔物は棲息していないらしい。

 しかし、この階層にはとある特徴があると言う。

 それが――

 上や下、左と右、二次元だけでなく三次元的にも道は入り組んでおり、そして進めばすぐに道は枝分かれをする。


 まさしく第七階層は――迷路だった。

 

 サリユはレムスを先頭にして、彼の後に続き、迷路を進んだ。

 どうやらレムスはある程度、この迷路にも慣れているらしく、サリユには分からないが順調に進んでいるように思える。


(いや、順調だよね? そうだよね?)


 ――と、思っていた時期が自分にもあったと懐かしさすら感じるサリユ。


 そう彼らはあるていに言って迷っていた。

 最初はすいすい分かれ道も「こっちだ!」と自信満々に進んでいたレムスだったが、十分、二十分、三十分、と時が経るにつれレムスの歩みはゆっくりとなっていった。


「あ、あのさレムス……。あとどれくらいでこの迷路から抜けられそうだ?」

「………」


 恐る恐る問いかけるサリユに対してレムスは黙ったまま先を進んだ。

 沈黙が二人の間に漂う。


(いや、なんか答えろよ! えっ、迷ったんだろ? もう、迷ったんだよな!)


 胸の内で叫ぶが実際は声には出さない。

 レムスと行動を共にしてこんな事態は初めてだった。

 レムスの失敗――


(まあ、誰しも失敗の一つや二つするだろうさ……けれど、どうしてこいつはその失敗を口にしないのだろうか?)


 自分の失敗は認められない、そんな奴には思えない。

 レムスならば笑ってあっけらかんと「迷っちった、てへっ」とか言いそうなものだ。


(「てへっ」はないか……)


 しかしてその真意はサリユに心配を掛けたくない、というものだった。

 レムスは先程の第六階層の事もあってサリユが不安を感じていると察していた。

 実際は、不安を感じるものの「まあ、レムスと一緒にいれば、どうにかなるでしょ」と楽観的である。

 けれど、そんなサリユの胸中など知らないレムスは必要以上にサリユを慮っていた。

 その結果、事実として道に迷ってしまったレムスだが、心配を掛けたくない為にサリユにはそのことを告白できずにいた。

 ただ「あと、もう少しだから……」と冷や汗を掻きながら言葉にするのみ。


 しかし、その状態も長くは続かなかった。

 第七紀層に入って、はや二時間。

 もう、隠し通せる段階はとうに過ぎた。

 それでもサリユはレムスを信じ、ここまで二時間、彼の先導で後ろについていた。それはもう流石と言うべきだろう。

 だが、もう限界だ。

 サリユは意を決し、そしてようやく、その真実を質問することにした。


「レムス……迷ったんだな」

「……ああ、そのようだ」


 端的な質問に端的な返答。

 案外、レムスの告白は簡単なものだった。

 こんなことなら、レムスのことを変に尊重せず、不躾にも訊いてしまえばよかったな、とサリユは少し後悔するが、しかして、後悔先に立たず、である。

 気持ちを切り替えて、これからのことを考えよう。


「一回、休憩をしよう、レムス」

「そうだな……一旦、身体も頭も休めよう」


 そうして二匹、歩き続けた足を止めて、身体を休める。


「よし、ということで、レムス話してくれるか?」

「いやぁ、兄弟……うん、そうだな……」


 レムスの口から語られた。

 第七階層は何度も行き来していたので慣れたはずだった。

 しかし、今回はこのような結果になった。

 その原因はサリユがいることで意気軒昂と興奮していたからだろう、と話してくれた。

 どうやらレムスは張り切っていたらしい。

 ここまでの階層ではいざと言う時にサリユの役に立てなかった。

 第四階層でのマジックゴーレムでも、第五階層での大猿王でも……レムスはサリユに助けられてばかりだと、自分の不甲斐なさを吐露した。

 だから第七階層ぐらいは……! ということだった。


 それを聞いたサリユは目を瞬かせる。

 サリユに言わせれば、レムスの言い分は「何を言っているんだ?」というものだった。

 逆に助けられているのは自分の方だ、とサリユは反論した。

 確かに自分には何やら特別なユニークスキルを持っているらしいが、そもそも魔物と戦えるように最低限の魔法や戦い方を教えてもらったり、大猿王の時も、最後はレムスが復活しなければサリユに勝ち目は無かった。

 レムスは自嘲しているが、そんなことはない。


 サリユの反論にレムスはゆっくりと首を縦に頷いて「ありがとう……」と呟いた。

 少し頬を朱に染めているようにも見えたが……照れているのだろうか? 男色趣味は無いのだが、と心の内で冗談を呟くサリユ。


「まあさ、あんまり他人行儀って言うかなんていうのかな……。俺たちはそれこそ兄弟なんだろ? だったら自分の強さも弱さも隠さずに本音で話し合わないか?」

「サリュ……。そうだな、その通りだ」

「ああ、分かってくれて嬉しい」


 そうして思いの丈を包み隠さず吐露し合った二匹はこれからのことを考える。


「さて。で、これからのことなんだが……レムス、出口がどの方向にあるのか分かるか?」

「……いや、迷って方向感覚も狂っちまった。正直、入口も分からない」

「そうか……。だとしたら、ここは壁伝いに移動するしかないかもな」

「壁……?」

「ああ、こういう時は壁伝いに進んでいく。そうすれば来た道に戻ることもないはずだ。そうしていつかは出口に辿り着くと思うんだが……なにせこの方法は時間がかかる」

「なるほどな……けれど方法はそれだけなんだろ?」

「俺の知ってるのはな。……魔力感知とかで出口の場所が分かったりはしないのか?」

「うーん、どうだろうな。俺の魔力感知はそこまで感度が良いわけじゃない。実力のある奴ならこの第七階層の全体図を魔力感知で把握することも出来るだろうが……」

「となると、まあ、壁伝いだな」

「そうだな」


 話し合いの結果、壁伝いに進んでいくことに決まった。

 しかし、これはサリユの言う通り時間がかかる。


「食料は大丈夫か? こっちはまだ大猿王の肉が丸ごとあるけど」

「こっちもケリュネフロガの肉が残ってるし、それ以外にも第五階層で狩った魔物の肉が残ってる」

「そうか、食料は大丈夫そうだな」


 そして魔力の回復薬――魔鉱石に関しては第四階層でたらふく集めた魔醒石がまだまだ残っている。こちらも心配はない。

 様々な確認の後、サリユとレムスは休めていた身体を起こし、歩を進めた。


「ここからは長期戦だな。気張っていこう」

「そうだな、兄弟。気張っていこうぜ!」


 サリユの声掛けにレムスが弾んだ声で言葉を返す。

 何やらレムスはどこか吹っ切れたというか、肩の荷が下りた印象が見受けられる。

 そんなレムスの様子を見てサリユは微かに笑みを浮かべて先を進んだ。

 さて、第七階層を抜け出すことは出来るのだろうか――?



――――――――――――



 ガレスとセルティネは消沈していた。

 いや、ガレスに至っては一切、表情には出ていない。

 むしろ「早く、先に進もう。ドリグネとテンルの為にも」と言うほどには前を向いていた。

 しかしセルティネは彼のようにはすぐに前向きに気持ちを切り替えることは出来なかった。


 結局、自分は二人の犠牲を生んでしまった。

 もっと上手いやり方があったんじゃないか。

 自分に見識や実力が今以上にあれば、もっといい判断が出来たのではないか。

 二人の死を利用せずにあの沼地竜を打倒できたのではないか。

 いや、そもそも戦うこと自体が判断ミスだったのだ。

 第五階層で引き返していれば良かった。

 大猿王がいなくなった、それだけでも重要な情報だ。十分に依頼を達成したと言える。

 しかし先に進んでしまった。

 それぞれの意志を汲んだ決断だったとしても最後に決めたのは自分だ。


 セルティネは自分自身を責め、自分自身を傷つけた。

 拳を握り、掌に爪が食い込む。血が流れてとても痛いが、そんなことよりも悲壮感と絶望感が痛みを上回る。


「私は……私は……」


 二人きりの第六階層――

 ガレスは絶叫し、自傷行為を行い始めたセルティネの腕を掴んだ。


「先に行くぞ」


 平坦な言葉だった。感情もない。

 彼はもしかしてドリグネとテンルの死を何とも思っていないのだろうか。

 そんな考えが頭に浮かぶと、途端にセルティネの胸の奥底から怒りが込み上げてきて、すぐさまガレスの手を払って、続けざまに彼の頬を張った。


「あなた、なんとも思わないの! 二人が死んだのよ! もう話せないし、もう冗談も言い合えない! この二人とは、もうどんな冒険にも行けないのよ!」

「……分かっている」


 激情に任せて放たれたセルティネの言葉にガレスは淡白に返答した。

 しかし、一見して無表情に見えるガレスの顔を見てセルティネは涙を止める。

 彼は第六階層の先を、その奥を見つめていた。

 彼は強かった。

 今ここですべき最善手をすぐさま決断して、それを見つめている。

 そうだ。この二人の死を無駄にしないのならば、先に進むのが当然なのだ。

 しかし、だからといって簡単に仲間の死を受け入れて、気持ちを切り替えられる訳がない。


「私は……私は……」


 鼻水をズズズ、と啜って嗚咽まじりに自分の意見を言おうとする。しかし上手く言葉が声に乗らない。

 震えている。喉も、身体も、考えも、震えるように揺れていた。

 優柔不断――そもそも彼女は自分がリーダーの器ではない、と自覚していた。

 目の前のガレスのような人間の方がそれこそ似合っている。

 そんなことを自嘲気味に呟いた。


 ガレスからは返答も相槌もない。

 それはそうだ、とこれまた自嘲気味にセルティネは笑った。

 こんなところでウジウジと何をやっているのだろうと自分自身に嫌気が差す。

 けれど――、でも――、二人の仲間を失った事実は予想以上に精神的に辛かった。

 それほどにセルティネは二人のことを仲間として意識していたのである。

 一緒にいた歴で言えば二人はガレスよりも長い。

 セルティネは彼らと出会った時を思い出していた。


 二人との出会いは――彼らの方からセルティネに話しかけてきた、それが出会いの契機だった。

 まず初めに声を掛けてきたのはドリグネ。場所は冒険者組合(ギルド)の掲示板の前。


 セルティネはこれまで色々なパーティに参加した。そのどれもが固定ではなく、一時的。

 当然、神官という役職はパーティ内でも貴重であり、一緒に依頼をこなした後は勧誘されることもしばしばだった。しかし、その勧誘の全てを彼女は断っていた。

 彼女は探していた。自分のパーティを探していたのだ。

 自分だけのパーティ。

 自分が認めた仲間。

 そんなメンバーを自分で集めたかったのである。

 そうして、そろそろ、そんな自分のパーティ作りを本格的に行動に移すべきだろうか、と思っていた時、話しかけてきたのがドリグネだった。


「よう、嬢ちゃん。儂らと一緒にこの依頼(クエスト)を受けてみないかのう」

「儂ら?」

「ああ、これはすまんかった。ほれ、後ろに隠れてないで前に出ないか、テンル!」


 ドリグネに言われ、おっかなびっくりに前に出たのは人間よりも耳が長く、そして綺麗な金髪に細い身体のラインは女性と見紛うほどだが、髪の短さ、その他諸々から見るに、このエルフは彼と呼んだ方が良いだろう。


「こ、こんにちは……。僕はテンル・ミーミアと言います!」

「ああ、こんにちは。私はセルティネ・メルマーノと言います」

「ほほう、やはりお前さんが巷で有名な神官セルティネか。儂の名はドリグネ・ドロンゴ。よろしくのう」

「はあ、よろしく願いします……」


 巷で有名、と訊かれて首を傾げるセルティネ。

 そんな疑問にドリグネが答えてくれた。

 どうやら、セルティネは色々なパーティに現れた救世主として冒険者界隈では噂になっていたらしい。

 その噂を聞けば、傷だらけで帰ってくることが普通だったパーティが彼女を加えた途端にそう言うことがなくなった、と言う。

 それほどにセルティネはパーティに貢献してくれた、と共に依頼をした冒険者は口々に彼女を褒め称えた。


 冒険者パーティにとって神官と言う役職は重宝されている。

 そして、ここ王国内の冒険者組合ではその重要度が一気に跳ね上がる。

 評議国の冒険者組合ならいざ知らず、王国では神官という存在自体が珍しい。

 それと言うのも神官になるには教会で教示を受けなければいけないのだが、王国にはその教会が存在しない。これは宗教の問題であり、王国はまずもって宗教を認めていない。

 つまりは神と言う存在を信じていないのである。

 どこまでも現実的であり、無神論を説いている。

 

「神と言う存在に現を抜かせば足元が崩れる。現実を見ること即ち、肝要である」


 しかして無神論者だからと言って無宗教とは限らない。それに神を信じる者にだって無碍ではないのである。

 そういった宗教性によって救われることもあるだろうと、王国側も認めている。

 だから、そういった者たちには他国への移住を勧めている。その為にも移住先となる国への働きかけなど、十分に移住する負担を和らげることも怠らない。

 こういったことも百年前に建国された評議国の存在があるからこそなのだが……。

 しかして、そんな移住を勧めるほどには王国はその礎を大切にしており、それで上手くいっている現状があった。

 だからこそ王国内には教会がないのである。


 セルティネは神聖国出身である。

 だからこそ神官の役職を獲得しており、また神聖国出身の神官というのは他国の教会の神官よりも優秀であった。

 そういう出自もありセルティネの実力は折り紙付き。

 そんな噂を聞いて勧誘してきた者の中の二人が――ドリグネとテンルだった。

 また、勧誘か、とセルティネは思ったが、しかし考えてみればドワーフとエルフという組み合わせは珍しかった。

 ほんの些細な興味だった。


 それがいつの間にか掛け替えのない仲間になっていたなんて……。


 その後、最初の三人での依頼――『大猪』の討伐を行い、色々な事があって三人はパーティを組む。

 そうしてそんな三人にもう一人の男が加わり、四人組のパーティは後に王国で一番の冒険者パーティとして名を轟かせた。

 

 そんな過去が遠くに感じる。

 本当にあったのだろうか、と疑問にさえ思ってしまう。


(私たちは本当に四人で冒険をしたのだろうか? あんな楽しい冒険を……)


 しかし、立ち上がらなければ……。

 前に進まなければ……。

 自分たちの冒険はまだ終わっていないのだから……。


「行けるか?」


 やはり淡白だ。無表情も変わっていない。

 しかし、そうだ。彼は何もかも変わらずにいてくれる。

 つまり、それは自分たちの過去があったという証明でもある。


「ええ、行きましょう」


 涙を拭い第六階層の奥に視線を向ける。

 二人だけになったパーティは第七階層に足を踏み入れた。

 

 そして――遂に遭遇してしまう。

 

 その出会いは最悪で、一生消え去ることのない記憶として両者の脳裏に刻み込まれる。

 第七階層を彷徨うサリユとレムス。

 それに追いついたガレスとセルティネ。


 そうして、彼らは――相まみえた。

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