恭平 CHAPTER2
恭平視点になります。
純&恭平 CHAPTER1の後半部分に時系列が戻ります。
決して完璧とはいえないまでも、それなりに天気がいい。今日は、人生で一回しかない重要な日、その名も『中学校卒業式』の前日である。恭平は、幼馴染の純と普段通りに学校へと向かっていた。
どうでもいい雑談が、純との会話の大部分を占める。当然といえば当然か。逆に、重要なことばかりを会話し続ける方が難しい。
「こんなに車が走ってたら、流石にボーっとしてても気づくと思うよ?」
そして今も、その雑談中だ。すぐ目の前の道路を横切る車の交通量が多いことから発展した会話の途中。何かに集中していたら赤信号にも気付かず渡ってしまうか、ということを雑談している。
「いやいや、人間、集中してるものがあるときって、意外と他の事には注意がいかないものだと思うよ?」
純の返してきた言葉のボールに対して、正論を言ってみる。だが恭平も、この車の交通量の多さに気付かない、ということはないと考えている。排気音も大きいし、エンジン音も鳴り響くからだ。
「じゃ、もし・・・・・・」
恭平の視界には、恭平の左側に立っている純の姿が入っていた。そして、純が何か言おうとしたとき、純の背中に何か黒い物体のようなものが猛スピードで迫ってくるのをとらえた。
(!!!)
事態が急すぎて、恭平は咄嗟に声が出てこなかった。その黒い物体が、純の背中へ衝突し・・・・・・。
(純・・・・・・ちゃん、体が宙に浮いてる・・・・・・)
純の目は、恭平を向いていた。何が起きたのか分からないような、見開いた目だった。純の体の目の前には、向かって走ってくる大型トラック。次の瞬間、純の体とトラックが接触し、純の体はまたも飛んだ。トラックのはじの方にぶつかっていたのが幸いし、そのままタイヤの下敷きになるということだけは免れていた。
恭平は、目の前で何が起こっているのか理解するのに少し時間を要した。
(・・・・・・)
勝手に体が震えている。止めろと脳が命令しても、震えは止まる気配を見せない。
(き、救急車呼ばないと!110だっけ、119だっけ)
平常時ならわかるであろう基本的なことが、ここぞという場面に限って出てこなくなる。
周りの通行人たちは、誰も携帯電話を取り出そうとしていなかった。『誰かが通報しているだろう』という思考が見え隠れしている。
もちろん、恭平が携帯電話などの連絡手段を持っているはずがない。道路に横たわっている純は、動いていない。おそらく意識は飛んでいる。
恭平は、まず純の鼻付近に顔を持っていった。呼吸を確認するためだ。同時に指を純の手首に押し当てる。
(呼吸が無い!それに、脈も)
こういう時は心肺蘇生、と保健で習った。だが、周りは相変わらず無関心を決め込んでしまっている。自らがするしかない。
まず、胸上部の中央部分に両手を合わせ、真上から思い切り押し込んだ。胸のあたりが沈む。それを何十回も繰り返す。絶え間なく、絶え間なく。
(次、人工呼吸)
恭平は純の鼻をつまみ、口から息を吹き込んだ。水平にして見ると、純の胸が呼吸前より上に上がっていた。すぐに、心臓マッサージへと戻る。
「あの、胸骨圧迫変わるから、この携帯で救急車を呼んで。もうつながってるから」
ある男性が、恭平に語りかけた。事故直後に付近にいなかったので、おそらく事故を見つけて急いでかけてきたのであろう。
「ありがとうございます」
「礼なんていいから。あの、そこにいる方、AEDが近くにないか探してきてください!」
その男の人から携帯を渡された。すでに、119番へ繋がっている状態になっていた。
(救急の人の言う通りにすれば、大丈夫だよな・・・・・・)
「・・・・・・火事ですか、救急ですか?」
「救急です!」
「住所はどこですか?」
(自動販売機の裏に表記があったような気が・・・・・・)
幸いにも近くに自動販売機が設置してあった。側面には、きちんと住所が書いてあった。
「○○町○○番地○-○-○○です」
「何がありましたか?」
「友達が車に轢かれたんです!それで、呼吸が無いんです!」
「できるだけ詳しくお願いします・・・・・・」
その後も会話がしばらく続いた。
「じゃあ、今から心肺蘇生の方法を言うから、電話は切らないでね。その大人の人に伝えてあげて。まず、両手を合わせて胸のへこんでいるところを5センチへこむぐらい、連続で圧迫する。速さは・・・・・・」
救急の人に言われたことを、オウムのように男の人に伝える。AEDがある場所も伝えられたので、それも近くにいる人に伝える。
純の状態は最悪とも言っていい状況だ。意識不明、心肺停止、呼吸停止・・・・・・。今は男の人が心臓マッサージをしてくれているが、それも効果があるのかは見ているだけでは正直言って分からない。死んでしまうかもしれないと考えてしまうのは、一少年の思考としてはまっとうなものだ。
(ついさっきまで普通に俺と会話してたはずなのに・・・・・・。なんでこんなことに・・・・・・)
と、そこで恭平は、純の背中に何か黒い物体が衝突していたのを思い出した。ハッとして後ろの歩道を見ると、黒いキャリーケースが倒れていた。
(てことは、このキャリーケースが転がってきた・・・・・・?いや、それはおかしい。下り坂でもない平凡で平坦な道の、どこに猛スピードがつく要素が・・・・・・)
ふと、遠隔操作が可能なキャリーケースが一週間前に発売されていたことを思い出した。ニュースにも流れたので、覚えている。やたらスピードが出るように改造した人もいたとかいなかったとかの記事も・・・・・・。
(まさか・・・・・・)
犯人捜しをしたい気持ちがわいてきたが、今はそんなことをしている場合ではない。それに、あくまで仮説にすぎない。
(仮にこのキャリーケースがぶつかったのだとしても、そうとう音が出るはずだ。テレビに出ていた時も、それなりに騒音が出てた)
そういえば後ろから、人の『わぁ』や『おっと』、エンジンらしきものの騒音などが聞こえていなかったかと問われれば、答えは『否』になる。
(もしもあの時、一回でも後ろを振り返っていれば・・・・・・。今頃『あの遠隔操作されてたキャリーケース、早かったよね』みたいに単なる一つの出来事になっていたかも知れないのに。もしも立ち位置が逆だったら、純ちゃんはトラックにひかれないで済んでたのに)
後悔先に立たずとは、この恭平の状態のことをいうのか。
少しずつ人が集まってきて、交代交代に心臓マッサージをしている。が、恭平はそれを傍観するので精一杯だった。本当は見ていたくもない。幼馴染が倒れているという事実は、恭平の精神にダメージを与えるのに十分だった。
(純ちゃん、まさか死んじゃわないよね?またいつか、一緒に歩けるよね?)
恭平の問いかけに、純は答えない。
その後、救急車が現場に到着するまでの間、恭平はずっと歩道に呆然と立ち尽くしていた。
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