純 CHAPTER7
(え?)
一旦は言い切ったことで多少下がっていた純の緊張の度合いは、再び最高潮に達した。ただし、今回の緊張はマイナス方面のものだ。
そして、恭平の衝撃発言は、ここからが本番だった。
「スミチャンスミチャンスミチャンスミチャン・・・・・・」
「きょ、恭くん?」
「・・・・・・ウウウ・・・・・・」
明らかに何かがおかしいのは分かる。全身の毛が逆立ったかのような感覚に襲われる。脳が危険信号を絶えず飛ばし続けているが、肝心の体が硬直して動くことができない。
(ここから逃げたい!)
さきほどまでの気分の高揚感が嘘だったかのように、一気に全身が凍り付いた。
「そうだね、そうだね・・・・・・。ずっと一緒、ずーっと、いっしょ」
恭平が制服の中から何かを取り出した。銀色の細長いものが、太陽光を反射して眩しく光っている。
(!!!)
それが刃物だと分かった瞬間、急に体が動くようになった。生存本能に沿って、体の向きを反転させる。
「永遠に、ずーーーっと」
もはや恐怖でしかない恭平の声が、体に染みるように感じた。後ろから足音も聞こえる。間違いなく、純を追っかけてきている。
学校の裏で人気もないので、当然周りには誰もいない。そして、不運なことに純が進んでいる先には正門へ繋がるルートが一切ない。あるのは、閉まっている教職員の通勤用の門だけだ。
普段何も考えることなく出している声が、喉からでない。声の出し方を忘れてしまったかのように。ここで大声や悲鳴の一つか二つ出せば、間違いなく誰かの耳に届くだろうに。
追いかけられている純は、かろうじて教職員用の門へとたどり着いた。が、時間の余裕などというものはなかった。すぐ近くに、恭平が迫ってきている。
(門が閉まってる・・・・・・)
校則や社会のマナーなど、考えている暇は無かった。門の一番上の部分に手をかけ、そのまま筋力で無理やり登ろうとする。が、一般的な女子中学生一人の力で全体重を腕一本で支え切れるはずもなく、
(うっ)
無情にも手が門から離れ、空を掻く。そのまま、地面へと足から着地した。着地時の衝撃が両足へと伝わる。そして、
『ダンッ』
純に向かって突っ込んできた恭平にぶつかられ、純は地面へと倒れた。立ち上がろうとするが、恭平の重みで足がロックされてしまっている。
「どうせ高校に入れば、同じでもない限りみんなバラッバラになっちゃう。そんなの分かり切ってる。卒業前に何をしたってそれは変わらない」
(確かにそうかもだけど)
「それで、純ちゃんともお別れ。だから、どうせお別れするなら永遠に一緒にいたいと思ってた。怖かったんだ、一人で孤立するのが。誰にも自分をわかってもらえず生きていくだろう日々が」
(だからって、人を巻き込んじゃだめでしょ)
「でも、純ちゃんが僕のことを嫌がってるのにつれていくのは流石に躊躇する。でも」
(そんなために『好きです』って恭くんに言ったわけじゃ・・・・・・)
「さっき、純ちゃんは僕に『好きです』って言ってくれた。だから、もう遠慮しない」
純の純粋な心の気持ちを伝える行為が、恭平のスイッチを入れる結果につながってしまっていた。これほど皮肉なことがあろうものか。
「じゃあね、純ちゃん。これが、本当の最後の挨拶。僕も、すぐそっちに行くから、寂しがらなくていいよ」
恭平が少し興奮した口調で言葉を言い終わると、制服の別のポケットから、果物ナイフらしきものが見えた。どうやって学校に持ち込んだのかについては、今思うべきところではない。
「ならべく苦しまないようにさせるからね」
異常に口調は優しい。が、その奥には闇が一面に広がっている。
(私が好きになったのは、こんなおかしい恭くんじゃない!口調は優しいけど、私が好きになった恭くんの優しさは、そんなちっぽけなんもじゃない!)
純の心の叫びも、恭平には一切届かない。
純は、目の下に冷たいものを感じた。一粒の涙だった。しかし、それは卒業式で思わず流れたものとは違う、悲しみ100パーセントの涙だった。
恭平の腕が、真下へと振り下ろされる。手に握りしめられていたナイフが、真っすぐに下の純の体へと移動していく様子が純から見えた。
(!!!)
純は目を固くつぶった。痛みが腹部から走るその瞬間を待った。死ぬ間際は、走馬灯という過去の出来事が早馬のように流れていく現象が起こると聞いたことがあるが、そんなものは一切感じなかった。
だが、なかなか痛みが襲ってこない。純は全身を緊張させていたのだが、それが緩む。
と、純はいきなり頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されたかのような感覚に襲われた。今日の朝の失敗、卒業式で涙が流れたこと、恭平に襲われたこと・・・・・・。純には、すべてが周りをグルグル回っているかのように思えた。
しばらくその不思議な状態が続いた後、純の頭の中は静まった。
(いったい、何が・・・・・・)
純は、恐る恐る目を開けた。すると、目がくらむような光が、純の瞳孔を一気に収縮させた。
「あ、永島さんが意識を取り戻しました!」
誰かの声かは分からなかったが、少なくとも学校の裏側ではないことだけは確かだった。
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