純 CHAPTER5
パイプ椅子の上に座ってる純。その体は、ガチガチに固まっていた。
「それでは、ただいまより、第79回錦川中学校卒業式を始めます」
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい・・・・・・。卒業式って、こんなに緊張するものなの?)
小学校の卒業式とは明らかに雰囲気が違う。純が小学校のときの卒業式は、同級生と親ぐらいしか見に来る人はいなかった。だが、今回は。
(後ろで見てる人の数が多い!)
在校生も卒業式に出席しているのだ。『そんなことで変わるのか』と言われそうだが、それは経験していない人が言うセリフだ。何を隠そう、人数が桁違いに違う。100人ではない。1000人規模だ。小学校のマンモス校並みに生徒が多いのだ。純の学年がたまたま120人程度しかいないだけで、一、二年はそれぞれ500人程度いる。
とにかく、今までとは比べ物にならないほど人目が多い。『失敗したくない』という思いが、余計に体を緊張させ、硬直させる。
「起立ー」
放送の声も聞き逃す程、純は極度に緊張していた。そのため、立つタイミングが遅れる。
(!? 聞き逃した!)
純は、自分の心臓が早鐘を打っていることを感じた。慌ててほかの人にならい起立するが、少なくとも目立ってしまったことに間違いはないだろう。その事実が、さらに純を緊張させる悪循環につながる。寒気が一気に背中を駆け巡る。
その後も、何度か立ったり座ったりする場面はいくつかあったが、流石に聞き逃しはしなかった。校歌の歌詞をど忘れしてしまうというハプニングはあったが。
そして、卒業式のメインイベントがやってくる。
「卒業証書授与」
五十音順で名前が呼ばれ、卒業証書を受け取っていくため、純の呼ばれる順番は真ん中ぐらいの微妙な位置になる。恭平は『浦前』なので、最初の方に呼ばれる。
一人ずつ名前が呼ばれていくこの時間は、想像以上に辛い。パイプ椅子の上に何十分も姿勢を正したままじっとしていると、背中が猛烈に痛くなる。
「浦前 恭平」
恭平の名前が呼ばれる。それと同時に、『自分たちは卒業するのだ』ということを改めて痛感する。今まで空想上にしか存在無かったものがいきなり現実に出てきたかのような感覚だ。
(でも、それは逆に言えば高校生への架け橋とも取れる)
「・・・・・・」
(高校生活といえば、やっぱり部活動と青春、的な感じかな?そんな小説みたいないい話ばっかりではないだろうけど)
「・・・・・・佐藤俊明・・・・・・」
(まずその前に、受検だよね。落ちたら、なんて考えたくもないけど、ここがきちんとしてないと高校生活もへったくれもないからね)
「・・・・・・」
(でも、今日の放課後のことがまずは最優先かな。恭くん・・・・・・)
「・・・・・・戸田泰・・・・・・」
(私のこと、恭くんはどう思ってるのかな・・・・・・。私は、恭くんのいつもは何か考え事してるような感じだけど、優しくて、いざというときに安心できる力強いところ、好きだよ)
心の中で、恭平への素直な気持ちをぶつけてみる。相手の恭平からの返答は当然ない。
「・・・・・・永島純」
自分の名前が放送で呼ばれる。純はその放送に遅れることなく、席を立った。そして、ステージの上へと向かう。校長先生から卒業証書をもらうときには、思わず涙を流しそうになったが、流石に全員が注目しているところでは、と必死に涙をこらえる。
自分の席に着き、卒業証書をパイプ椅子の下へと置く。純は、ふと自分の頬に冷たい筋のようなものが通っていることに気付いた。指でその部分を触ってみれば、見事にその部分だけ濡れている。こらえきれなかった涙が、頬を伝って滑り落ちていったのだ。
(もう、学校で恭くんと『おはよう』って挨拶することもないんだな・・・・・・)
三年間もの間生活し続けた場所だけに、愛着も生まれる。寂しさを感じるのも当然ということだ。
(見慣れた学校の中の風景も、今日が最後)
もう、移動したり立ったりする場面はなく、合わせて礼をするだけだ。練習ですでに何度も聞いた卒業生代表の言葉も頭の中をすり抜けていく。中学校三年間で体験したこと、思い出・・・・・・。走馬灯のように、純の頭の中を流れていった。
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気が付くと、卒業式はすでに終わっていた。退場の準備を促す放送が流れている。学校を出るまで、あと十分程度。
(まだ、今日やりたいことが全部終わったわけじゃないんだから)
そう、まだ『恭平に自分の気持ちを伝える』という大事なことをまだ完遂していない。力の抜けかけていたからだに、改めて力を入れなおす。
(卒業、か。入学してきたときは考えもしなかったけど、もうすぐそこにあるんだよね。うん)
率直な感想が思わず漏れる。入学時には考えもしていなかったことが、今はすぐそこに迫っていることを実感させられる。
「卒業生、退場」
放送でアナウンスがかかった。一番後ろの人から順番に出口から出ていく。純も、その列に続いた。在校生が歌う、送り出しの歌に包まれて、そのまま出口へと向かっていく。
最後に一度だけ、純は後ろを振り返った。何の変哲もない体育館の内部が、そこにはあった。
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