純 CHAPTER13
「・・・・・・あ、そうだ。昨日、私がトラックに跳ね飛ばされた時って、私どうなっちゃってたの? 一応看護師の人からは説明されたんだけど・・・・・・」
純は、詳細な内容は聞かされていない。
「えーっと・・・・・・。とりあえずこんな感じで心臓マッサージして・・・・・・」
言うなり恭平は両手を垂直に組み、そのまま胸の中央部へと押し当ててきた。胸の二つの膨らみが押される感触を純は感じた。
(!?)
呆然として、反応が遅れた。純の脳が電気信号を出して運動神経へ命令を伝えようとする前に、恭平が慌てて両手を体の後ろにひっこめた。
「ごめっ・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待ったーーー! 今のは狙ってやった? それとも気付いてなくてやった? もし狙ってやったんだったら・・・・・・」
「も、もちろん狙ってやったわけじゃなくて、その・・・・・・」
(無意識でやったとしても、普通女子の胸に手が行くかな? そこで手が止まりそうな気はするんだけどなぁー)
「・・・・・・次やったら、いくら恭くんとはいえど許さないからね」
普段なら今恭平のやったことは無意識だろうが故意だろうが言語道断、断罪してしまうところだが、純には、恭平のその表情が気になった。純が指摘した今は若干顔を赤らめているが、事故のことについての詳細を話し始めたときはうつむいて話していたのだ。目もどこか遠くを見ているような印象だった。純が恭平を一回許したのも、そのせいである。
(普通に考えたら、話すのは辛いよね。私が、傷口を掘り返しちゃったかな?)
恭平の視点に立てば分かる。幼馴染が事故にあって、その一部始終を見ているのだ。意識が戻ったときにはすでに病室にいた純とはわけが違う。
「あ、恭くん・・・・・・。辛くさせちゃったなら、ごめん・・・・・・」
『言い出しっぺの自分が軽率だった』。恭平が暗くなってしまった原因を作ってしまったことに、純は責任を感じた。
「いや、純ちゃんがそんなに気を使わなくても・・・・・・」
(嫌でも気を使っちゃうよ、そんなの。傷口えぐり返されて、痛くないわけがないんだもん)
それでもなお、自分のことを気遣ってくれてきている恭平。そういう優しさが、純は好きだ。
「あっ、忘れてた、忘れてた」
と、恭平が後ろを振り向き、その後ろに置いていた恭平自身の中学校の通学カバンの中を探り始めた。
「ほら、純ちゃんの卒業証書と通信簿。もちろん、通信簿の中身は見てないからね」
わざわざ最後の『中身は見てない』の部分を強調しているのが怪しいといえば怪しいが、詮索するほどのことではない。純は、恭平から自分の卒業証書と通信簿を手渡された。
あまり関係ないと分かってはいながら、純は通信簿の三学期(学年通算)の評定が印刷されているページを開いた。
中学校は絶対評価の五段階なので、極論全員『5』になる可能性もある。もちろん、現実的にそのようなことはあり得ない。
「成績、どうだった?」
「・・・・・・見せたくない」
ほぼ評定は平均並みだったものの、明らかに評定が悪い教科も二つほどあった。『保健体育』と『数学』だ。保健体育の『体育』の分野の成績が悪いのは一年生からのいつものことだったが、数学が三年生になって壊滅していた。
対する恭平の成績はというと、流石に通信簿を見たことは一度もない。しかし、恭平曰く『純ちゃんよりは絶対にいいと思う』らしい。
「話は戻るけどさ、純ちゃん」
恭平のか細い声が、その場の空気にまた重みを持たせた。
「また暗い雰囲気にしちゃって、ごめん。純ちゃんが救急車で運ばれて行って、それで学校が終わって、あの夢を見て・・・・・・。正直、今日学校に行く気がしなかったんだ」
目のあたりを手で覆った恭平を見ていると、純まで気持ちが沈んでしまいそうになる。
「『自分が純ちゃんの分まで頑張る』って決めたまでは良かったけど、どうやってその『頑張る』をしたらいいかわからなくって・・・・・・。『自分も死んじゃえばいい』とも一瞬頭によぎって・・・・・・」
(そこまで、追い詰められてたんだ・・・・・・。そりゃ、辛いよね。何も話したくなくなるよね・・・・・・)
恭平からは、次々と流れるように言葉が飛び出してくる。
「怖かったんだ・・・・・・。『純ちゃんがもう世界のどこにもいない』っていうことに、おびえちゃったんだ・・・・・・」
恭平は今、恭平自身の弱い部分をわざわざ純にさらけ出している。純は、そう感じ取った。
自分の弱い部分、弱点を人に見せるという行為は、相手を信用していないとできない。つまり、恭平は純を信用している、ということだ。『その恭平の信用を裏切りたくない』という義務感のようなものが純に生まれた。
(恭くんは、私はとは比べ物にならないぐらいダメージを負っちゃってる。こんな時、どうしたら恭くんを安心させられるのかな・・・・・・)
目をスロー再生したかのようにゆっくりと閉じ、そして開いた。
「一人で全部頑張ろうとして、辛かったんだよね・・・・・・。でも、もう一人で頑張らなくていいんだよ。恭くんは何事も一人で抱え込みすぎ。もっと弱みをほかの人に見せたって、誰も責めたりしないと思うから」
途切れ途切れになりながらも、何とか言葉にはなった。途端、恭平はこらえていた涙が抑えきれなくなったのか、ベッドの白いシーツの上に頭をついて泣き崩れた。
(別に、どれだけ甘えてもいいんだよ。また立ち直ってくれるのなら、だけどね)
手が勝手に恭平の頭を優しく撫でていた。恭平も無抵抗で、なされるがままになっていた。
目を閉じ、そのまま頭をゆっくりと撫で続ける。体の芯から温まってくるような感覚がした。全身が少しづつ、暖かな空気に包まれていく。
(今、私、恭くんのすべてを受け止めてるんだな。いい面も悪い面も全部、優しく包み込めてるんだな)
恐るべき速さで突っ込んでくる恭平のすべてを、クッションのように柔らかく受け止める。そして、肌触りの良い絹のようなもので包み込む。今、純はそんなことをしている。
「・・・・・・疲れた」
「今は、ゆっくり休んでも大丈夫。いままで孤独に頑張ってきたんだから、休んでもバチは当たらないよ」
ほとんど動かなくなった恭平。純も、動きを全て止めた。そして、それから時が止まったかのように動くものはなかった。
時計の針が動く音だけが、唯一病室の中で音を鳴らしていた。
―――
「んんっ・・・・・・。あれ、寝てた・・・・・・?」
病室内を見回すとすでに恭平の姿はなく、代わりに隣にある机の上に、一枚の紙きれが置いてあった。その紙切れには、何やら文字が書いてあった。
純は、その紙切れを手に取って読む。
『純ちゃんへ
用事があったのを思い出したので、今日は帰る事にしました。
いつの間にか純ちゃんが寝てしまっていたので、起こすのもどうかと思って、この置手紙を書くことにしました。
それと、自分の弱いところも含めて全部、受け止めてくれてありがとう。おかげで、また頑張れそう。』
なんだかぎこちない文章だが、純には恭平の本心が詰まっている文章なのが分かった。
(わざわざ堅苦しい敬語なんて使わなくてもいいのに)
でも、敬語で書くことが恭平なりの礼儀なのだろう。
(少しは、恭くんの力になれたかな・・・・・・)
『恭平を助けられたのならそれで満足』、純の中は暖かさと大きな満足感で満たされていた。
次話にて最終話となります。
約三か月間という短い期間でしたが、ありがとうございました。
――――――――――
ブックマークや評価して頂いて、ありがとうございます。
作品更新の励みになっております。




