あめのおと。
誰にでも戻りたい過去はありますよね。
音や匂い、ふとした瞬間に思い出すことがあります。
音と記憶が繋ぐ物語を雨の日にぜひ読んでいただけると幸いです。
わたしはこの音が好きだ。
不規則なリズムで窓に地面に打ち付ける音
小さい頃、母親によく言われた
「お空が泣いてるね。」
この言葉をふと思い出した。
わたしはその時に落ちてくる水滴を眺めながら
幼いながらに切ない思いをはじめて感じたように思う。
目をつぶると、さらに音は頭の中で響く
日曜の昼下がり、雨の音とともに、思い出す。
ー10年前ー
高校3年の5月の終盤、私の住む地域はもうすでに
梅雨のような気候がずっと続いていた。
「梨夏、今日アイス食べにいこうよ。」
隣では制服のスカートをヒラヒラさせながら
いかにも湿気と暑さに負けた様子のあかりがこっちを見ている。
あかりは高校2年の春にわたしの住むこの街に引っ越してきた女の子。海外育ちで自分の知らない話は面白く、いつの間にか仲良くなった。この受験シーズンだが、高校卒業したら日本で進学はせず、また海外留学をするらしく、いつもわたしの受験勉強にくっついてきて隣で漫画を読んだり、絵を書いたり、暇そうに鼻歌なんか歌っている。
「りーかー!!」
図書室の扉が勢いよく空いて
短く刈り上げられた黒髪から汗を流しながら
クラスメイトの圭人が顔を覗かせた。
周囲の怪訝な目も気にする様子もなく
満面の笑みで近づいてくる。
「静かにしてよ。ここ図書室だよ。」
おちゃらけた表情で謝り、
少し小声で話しかけてきた。
「今日俺んち来いよ」
「行かないよ。塾だもん。」
「えー。またかよ。今日だけ!な!お願い!」
「行かないってば。」
そんなやり取りを早急に終わらせたくて席を立つ。
圭人は小学生の頃からこれまでずっと腐れ縁なのかずっと同じ学校、同じクラスで、家が近所で母親同士が仲がいいこともあり、お互いの家に行くことも不自然ではないのだ。
「梨夏、圭人くんの家行かなくていいの?」
「いいの。なによ、あかりまで。行こ」
騒いでいる圭人を背に歩き出す。
圭人のことは嫌いではない。
むしろ好きになりかけた事もある。
ずっと続けてきたバスケットボール部のキャプテンになり最後の夏だ!と毎日練習をする姿を今でもこっそり見ていた。ただ、何気に女子に人気があるから困っていた。面倒ごとは御免だ。
窓の外はどしゃ降りの雨。
何となく心が踊る。
むわっと立ち込める雨の匂いも
頭の奥に響く雨音も
街全体が雨に包まれてぼんやりと白く染まるのも
好きだ。
塾からの帰り道、
雨は激しく降り出し、制服を濡らしている。
帰ったらすぐお風呂にはいろ。
家に着き、部屋のカレンダーに何気なく目をうつす、
「あ。」
思わず声を漏らした。
今日、圭人の誕生日だ。
学校での圭人の言葉を思い出す。
祝って欲しかったのかな…でも私に?
明るくてクラスのムードメーカーの圭人は
友達も多いし、彼女もいるって噂も聞いた。
まあいいか、私は布団に入り目を瞑る。
雨音が窓に弾かれる音とともに意識が遠のいた。
翌朝
昨日と打って変わって雲ひとつない空だ。
いつものようにあかりと登校していると、
「はよーっ!」
元気のいい声が後ろから追いかけてくる
声の主はすぐ分かった。
「圭人くんおはよ」
あかりが満面の笑みで答える。
「あかりちゃんは梨夏と違って優しいんだよなー!昨日もさ、アイスクリーム持ってきてくれたんだよ。俺の誕生日覚えててくれて。」
「え」
正直驚いた。
あかりと圭人が2人で話している所を
見たことがなかったからか、
あかりが圭人の誕生日を覚えていたという事も
圭人の家にわざわざ行ったという事も。
「梨夏が行かないって言ってたから、なんとなく、その…」
あかりが頬を赤く染め、戸惑っている
あかり、圭人のこと好きなんだ。
「圭人、良かったじゃん。女の子に誕生日祝ってもらえて。」
こんな言い方するつもり無かったのに自分で驚いた。
笑顔と裏腹に胸が苦しい。
「あ、おい、」
圭人が何か言いかけたが、その場にいると何故かまた変なことを口走りそうで2人を置いて先を急いた。
学校につくと、2人とも何事もなかったように接してきた。私はもやもやとしたものをとり払えないまま過ごした。
外は相変わらず晴天だ。
時は過ぎ、8月1日
高校最後の夏休み
夏本番。
明日はわたしの誕生日であり、
この街で1番大きな花火大会がある。
去年はあかりを連れていったのを思い出す。
この街の花火大会が初めてのあかりは大はしゃぎで2人で沢山写真を撮った。
窓際に飾ってある、
りんご飴を頬張る2人の写真をみて
圭人の顔が浮かんだ。
「今年は2人でいくのかな」
静かな部屋で勉強にも集中出来ず、ベッドに寝転がりながら携帯電話のメールの画面を出した。
アドレス帳のあかりと圭人の名前を何度も行き来し、メールを打つわけでもなく、ため息を吐いた瞬間
急に手の中の携帯電話から流行りの恋愛ソングの着信メロディーが大音量で流れた。
「わっ」
仰向けに寝転がりながら携帯電話をいじっていたわたしは、驚いて顔の上に落としてしまった。
「いたた…」
携帯電話を拾って慌てて耳に当てると
ーよぉ。
さっきまで考えていた、聞き慣れた声がして
心臓がはねた。
「けい、と?」
なるべく平常心で答えた。
ーいまなにしてた?
「え、っと、勉強。それよりどうしたの?電話なんて珍しいね。」
ー…や、なんていうか、明日…明日も一日勉強すんの?
明日という言葉だけでドキドキしてしまう。
「うん、なんで?」
可愛くない言葉で返してしまう。
仲が良くなりすぎたり
距離が近くなると素直になれないのは何故だ。
ー…夜…少しだけ、花火見に行かない?
顔が、いや身体中が熱くなるのを感じた。
「2人で…?」
ー梨夏が嫌じゃなければ。
「すこしだけなら、いいよ。」
ーまじ?!よかったー!じゃあ、6時半に迎えにいくわ!!
圭人の声色が急に明るくなり、安堵の混じったような感情が伝わってくる。
それがなんだかくすぐったくて、嬉しかった。
「分かった。待ってるね」
そう言って電話を切った。
窓の外を見るといつの間にか雨が降っていた。
嬉しいことがある時はいつも雨が降っている気がする。でも、明日だけは降らないで欲しいな。
翌日
天気予報も降水確率ゼロパーセントで
朝から快晴だった。
圭人が来るのは夕方6時半なのに午前中からそわそわと落ち着かない。
「梨夏、お誕生日おめでとう。」
朝から母が大きな包みを持って
部屋に入ってきた。
「ありがとう!何これ?」
「開けてみて。」
にこにこ嬉しそうな母を見ながら
赤いリボンに包まれた箱を開けた。
薄ピンクの包装紙につつまれたそれは、
白い生地に大きな紫陽花の浴衣だった。
「わあ…綺麗。ありがとう。」
浴衣に見とれていると母はにやにやしながら
「今日、着ていきなさいよ」
と一言。
「え。」
「圭人くんと行くんでしょ。花火大会」
「な…」
親同士の情報はかなり早い。
何も言えぬまま、母は部屋を出ていった。
ピンポーン
6時半ちょうどインターフォンが鳴る
「梨夏ー!圭人くん来たわよー」
1階から母の呼ぶ声がする。
もう一度鏡で全身を確認。よし。
浴衣の裾に気をつけながら階段を降りると
圭人が一瞬目を見開いて
照れくさそうに右手を上げた。
「よっ」
「おまたせ。」
「行くか。」
「うん。」
花火大会の会場までの道のり、
2人とも口数が少なく、気まずい空気が流れた。
いつもは全く緊張しないのに、
いざ、こういう空気になると何を話して良いのか分からない。
「浴衣」
「え?」
急に圭人が口を開いた
「浴衣、似合ってる。」
思ってもみない発言にドキドキが加速した。
「ありがとう...」
なんとなく2人の距離が近づいた。
会場に着くと街で1番の夏のイベントだけあって
たくさんの人で賑わっていた。
「すごい人だね。」
人の熱気も相まってかなり蒸し暑い。
「飲み物、買ってこよか。梨夏座っといて」
圭人は浴衣の梨夏を気遣って飲み物を買いに人混みに消えた。
かなりの人混みだ。
きっと飲み物を買うのにもかなり並ぶだろう。
圭人を待つ間に空が曇ってきて、小雨が降り出した。
天気予報のうそつき。
一緒に行けばよかった。
なかなか帰らない圭人が心配になり
圭人が消えた方へ歩き出す。
メールの返信もこない。
きっと電波が悪いのだろう。
しばらく歩くと圭人をみつけた。
「けいっ...」
声をかけようとしたその時、
圭人の腕を掴む真っ赤な浴衣の女子が目に入る。
あかりだ。
圭人はペットボトルをふたつ抱えて
片方の腕をあかりに掴まれている。
人混みで声が聞こえずらいのか
あかりは圭人の耳元で何か話している。
2人の距離がとても近い。
悲しいような、怒りのような、
よくわからない感情に駆られて2人とは反対方向に走り出した。
どれくらい走ったのか、少し人通りの少ない場所に来ていた。
どうしよう。
圭人が戻ったら私がいなくて困るよね。
でも、2人に会いたくない。
雨が少し強まる。
紫陽花柄の浴衣もアップにしたおだんごヘアも
雨に濡れていく。
だいぶ夜の色になった空を見上げる、
雨が目の中に入ってきた。
空も泣いているの?
昔の記憶が蘇る。
こんなに悲しい雨は初めてだ。
雨なのか涙なのか分からないものが
目から溢れ出てくる。
花火…中止かなあ。
「梨夏!」
声がして振り返った瞬間。
ドンッ
大きな光が空に弾けた。
圭人が大きな花火を背に走ってくるのが見えた。
「こんなとこにいた。」
息を切らして汗だくの圭人。
「...」
私は言葉が出ずただただ圭人を見つめる
「何泣いてんだよ」
圭人は少し笑ったような困ったような顔で
そう言った。
「...あかり」
「え?」
「圭人、さっきあかりといた。」
「何?!きこえない!!」
圭人はぐっと私に近づいてきた。
ああ、気づいてしまった。
こんなにも圭人のこと...
私たちの上でどんどん咲き続ける花火に
感情も高ぶる。
わたしは圭人の耳元で叫んだ
「好き!!!」
ちょうど花火の音が消えて当たりが静かになった。
圭人は驚いた顔から笑顔なり、
私の首にそっと腕を回した。
「えっ?!」
驚いていると、
「梨夏、お誕生日おめでとう。」
そっと耳に囁いてきた。
そして私の首にはキラキラと輝く
ペンダントがあった。
「これ...。」
圭人を見ると照れくさそうに笑って
「誕生日プレゼント。俺も好きだよ...梨夏。ずっと好きだった。」
私は何故かまた泣いてしまった。
涙が止まらない。
いつの間にか雨はやんでいた。
また花火が空を埋めつくし始めた。
今度はわたしが圭人に近づいて
「来年はお祝いさせてね」
そう耳元でつぶやくと、
「たのしみ」
それだけ言って私の手を繋いだ。
花火大会も終わり、帰り道。
手を繋いだまま河川敷を2人で歩く。
「ねぇ、圭人」
「ん?」
「なんでさっきあかりといたの?」
どうしても気になって聞いてみる
「え?あかりちゃん?...ああ!飲み物買って梨夏んとこ戻ろうとしたらたまたま会って...梨夏にちゃんと告白しなさいって念押しされた。...って梨夏いたのかよ!!恥ずかしっ」
真っ赤になる圭人をみて拍子抜けした。
全部私の勘違い、
そしてあかりはきっと圭人のこと諦めて
私を応援してくれてたのだろう。
胸がきゅっとなる。
その時頬に冷たいものが落ちてきた。
「あ、雨」
「少し走れる?」
圭人の問いかけに頷くと
私の手を引いて走り出す。
圭人は何度も私を気遣ってくれたけど
下駄のカランコロンとなる音も
雨の匂いも冷たさも全部心地よくて
どこまでも走れそうだった。
2人は笑いながらずっと走った
雨の中、街の灯りのなか、走り抜けた。
そこで目が覚める。
今でも雨が降るといつでもあの日に戻ることが出来る。
私の人生で1番輝いていたあの日に。
「戻りたいな、あと1度だけでいいから」
機械音がなる静かな白い空間の中で、
私に繋がれたたくさんのチューブを見つめる。
目線を窓にうつした。
そしてまだまだ振り続ける雨の音を聞き続けた。
あめのおと。fin...
初めて小説(と言っていいのでしょうか?)を書いてみました。
雨の日って街中が静まりかえった気がして
なんとなく切ないですよね。
雨の音を聞きながら寝ていたらこんな物語が浮かびました。バッドエンドになってしまいましたが、
梨夏に何があったのか、その後圭人とはどうなったのか、読んでいただいた皆様の想像にお任せします。
拙い文章ですが【あめのおと。】を最後までお読み頂きありがとうございました。