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別れと決意

あれから一週間が経った。

カトレアさんには毎日数回薬を飲み続けているが、侵食や暴走の時に出た黒い棘は出ていない。それどころか歩くこともままならなかったのに、今では普通に生活できるようになっている。爺さんと話し合った結果、恐らく薬の効果がカトレアさんの免疫力を向上させて侵食を抑え込んでいるのではないか、という事だった。しかし今後もこの状態が続くとは限らないし、あの現象とは違う事が起こり機獣に近い姿になってしまう可能性もある。外見も変わっている事も住民にとっては戸惑いを与えてしまう為、監視と治療の点から爺さんの家と地下施設での生活を余儀なくされた。カトレアさんにとってはそれまで家の中での生活しかしてこなかったので、特に問題無さそうだった。


爺さんの処遇についてはカトレアさんとエレナと話し合って、今後機人兵を作らない事を約束させ、ここの人達にも口外しない事にした。機人種の研究については俺もエレナも色々思うところはあったが、今回のカトレアさんの一件でヒトへの復讐ではなく機人種の未来のために役立てたいという爺さんの意志を尊重することにした。地下で倒した機人兵達は夜に全員埋葬も終わらせ、今は一段落している。


俺の傷の方は一週間で大分良くなってきている。あれから爺さんに診て貰ったが、右足と左大腿の他に黒い棘に飛ばされて壁に叩きつけられた衝撃であばら骨を四本骨折、右腕の骨にヒビが入っていたそうだ。今は爺さんの家の二階のベッドを使わせて貰っており、入院生活を送っている。流石に一週間もエレナの家で生活していたら近隣の住民に人間がいる事がばれるという事もあり、爺さんの配慮をありがたく受け入れることにした。今は爺さんの研究記録や書物を読み漁っており、有意義な入院生活を送っている。


カトレアさんを結果的に救う事はできたのか分からないけど、エレナの姉への想いが奇跡を起こさせたのかもしれない。


そんな事を思いふけっていると、ガチャッと一階の玄関の扉が勢いよく開き、エレナが部屋に入ってきた。


「アキトー、お姉ちゃーん、来たよー。一緒にお昼食べよっ!」

「‥お前な。俺は仮にもここの人達には黙って住んでるんだぞ。少しは小さな声で喋れよ。」

「えー、そんなの大丈夫大丈夫。皆今は農業区画にいるんだし、聞こえないってば。」

「いや、そういう事を言ってるんじゃなくてだな‥」


俺がため息をついていると、カトレアさんもやって来た。


「ふふっ、エレナ。お昼ご飯食べにわざわざここまで来たの?」

「うん、だってつまんないんだもん。」

ーーあれ以来、カトレアさんとエレナはとても仲が良くなった気がする。お互いに気持ちを打ち明けあったのが良かったのだろうな。


「ふふっ、そんなこと言って。ほんとはアキトさんと話したかったからなんじゃないの?」

「そっ、そんなんじゃないよ!お姉ちゃんのばかっ!」

「あらあら、、顔が赤くなってるわよ。」

「‥もうっ!!」


そう言ってエレナは俺に背を向けてご飯を食べ始めた。

ーー一緒に食べるんじゃなかったのかよ、、。


エレナの背中を見てふうっとため息をついていると、布団の上にそっとカトレアさんが俺のお昼ご飯を置いてくれた。


「アキトさん。はいお昼ご飯です。」

「本当にありがとうございます。貴重な食べ物なのに‥。」


俺はカトレアさんにお礼を言って、お昼ご飯を眺めた。見ると野菜が多いのに気づいた。


「カボチャ、人参、ゴボウ、じゃがいも‥と野菜の種類が増えてる気がするんですが、良いんですか?」

「ええ、根菜には免疫力を高める効果があるみたいなので、私から長にお願いしたんです。長も許可してくれて徐々に増やす予定なんです。」

「へぇ‥。」

「‥‥ほんのつい前まではこんな風に行動できるなんて思いもしなかったんです。私達機人種は限られた時間の中でその時が来るまで耐え続けなければならないって。でもアキトさんのお陰で生き続ける為にやるべき事があるんだって気づかされたんです。」

「俺はそんな大層な事なんて考えてないですよ。むしろカトレアさんとエレナの姉妹の絆が希望をを生み出したんです。俺なんて結局‥‥。」

「いいえ、アキトさんの言葉が長の気持ちを変えたんだと思います。アキトさんが長を変えて、私達に希望を与えた。だから感謝しているんです。」

「ははっ‥な、何だか恥ずかしいな‥。」


ガンッ


カトレアさんの言葉に照れていると、急にエレナに頭を叩かれた。


「‥っ!何すんだエレナ!」

「べっつに~。何となく?」


スプーンをくわえながら、俺をじっとりと見てエレナは答えた。その様子を見てカトレアさんはクスクスと笑いだした。


「本当にエレナはアキトさんの事が好きなのねぇ。」

「ちっ、違うから!お姉ちゃん!!何でこんな奴を‥‥!」

「あらあら‥‥でも顔がまた真っ赤になってるけど。ふふっ素直じゃないわねぇ。」


‥‥そんなやり取りを毎日俺は繰り返しながら束の間の時間を過ごしていた。



一ヶ月が経った頃、俺の身体は問題なく動けるようになっていた。痛みなく歩けるようになり、骨折もほぼ治ったみたいで、軽く運動しても問題なく動けるようになっていた。


「これなら、そろそろ問題ないかな。」


俺はストレッチ運動をしばらく行った後、二階の窓から顔を出した。窓からこの集落の全体が見渡せた。

ーーここは良い集落だな。


ーー初めはヒトから迫害を受けている機人種達の密かな集落という事を気にして一泊ですぐに出ていく予定だったのに、何だかんだ巻き込まれて一ヶ月も滞在してしまった。この一ヶ月の間に色々な書物を読むこともできたし、何より機人種について沢山の事を学ぶことができた。そのお陰で次の行き先についても大体だが決まった事だし、名残惜しい気持ちはあるけどそろそろお世話になった人達に挨拶して出ていこうか。


俺はベッドの近くに置かれているリュックの中の物を一つずつ取り出して確認することにした。携帯食料や飲料水のチェック、予備の銃や短刀の手入れ、銃弾の数の確認、ランタンの油や調理道具といった物の状態や補充する必要があるものを確認していった。


携帯食料、飲料水はまだ数もあるし大丈夫そうだが、銃や短刀の武器については損傷が激しい。銃弾は数が少ないから次の街で補充できるまであんまり使わないようにしないと。短刀についてはそろそろ刀にしようか迷うところだが、強度も少しは考えないといけない気がする。あの戦闘で刀身に傷がついているし、所々刃こぼれも見られるしな。それと遠距離狙撃用の銃も買いたいところだ。お金‥あるかな‥‥。


そんな事を考えながらリュックの中を整理していると、トントントン‥‥と階段を上がってくる音が聞こえ、カトレアさんが部屋に入ってきた。


「アキトさん、起きてますか‥ってあら?リュックの中を調べて何されてるんですか?」

「あ、カトレアさん。実は身体も動けるようになりましたし、そろそろ旅をしようかと思っていて‥。」

「そう、ですか‥‥。」


カトレアさんは少し悲しい顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻り、座っている俺の隣に座った。


「寂しく‥なりますね‥‥」

「身体の方も大分良くなりましたしね。これ以上いたら迷惑になるでしょうし。元々招かれざる客ですし、この辺で出ていくのが良いかなと‥。」

「そう‥。」


カトレアさんはそう言って少し黙ってしまった。そして‥ゆっくりと口を開いて俺に尋ねてきた。


「あの‥以前リュックに入れておいた手紙‥読読んでくれました?」

「‥‥読みました。」

「そうですか。それで‥考えて頂けませんか?」


カトレアさんの問いに俺は少しの間黙った後、今の気持ちを言う事にした。


「‥‥正直止めた方がいいと思います。俺は冒険者ですし、この先何が起こるか分かりません。あの戦闘のような事が無いとは言い切れないし、俺みたいに大怪我をすることだってある。それにあの時出ていった時とは違って今はあなたがいるじゃないですか。エレナはきっとあなたと離れませんよ。」

「‥‥。」

「だから、朝時間が来る前にここを出ていこうと思っています。」

「‥そうですか。」


俺の話をカトレアさんは下を向いて心なしか寂しそうに聞いていた。しばらくして笑顔で立ちあがつた。


「寂しくなりますね。でも‥ここに来ることがあったらまたいらしてください。私達がここにいられるのはあなたのお陰なんですから。あ、それとここを出る前にお風呂に入ってきて下さいね。当分入れないでしょうから。」

「ええ‥‥そうします。ありがとう。」


カトレアさんはそう言って部屋を出ていった。俺はまたリュックの整理と手入れをまた始めた。二階の窓から入ってくる明かりが、俺には少し弱々しく見えた。



朝時間迄3時間をきった頃、俺は手入れした物をリュックに綺麗に詰めた。その後銃と短刀は腰に付け、後ろに小型カバンを取り付け、リュックを背中に背負ってみた。


「うーん‥やっぱり一ヶ月ぶりに背負うと重く感じるな。」


その後、一通り銃を抜く練習、短刀を取り出し一連の攻撃手順等を何回も繰り返し、気がつくと一時間程経過していた。


「‥‥ふぅ、よし。それじゃあそろそろ出発するか。」


部屋の扉を開け、階段を下りた所に爺さんが待ち構えていた。


「もう‥行くのか‥?」

「ああ、じいさんとは色々あったけど一応お礼は言っておくよ。ありがとう。」

「なに‥それはこちらの方じゃ。お主のお陰で我等機人種にも生きる目標ができた。それまで死期を待つだけじゃったのに、諦めずに生きる為の努力を教えてくれた。感謝しとる。」

「俺はただエレナの力になっただけさ。あんた達機人種が切り開いたようなもんさ。それに、色々と勉強させて貰ってこちらこそ感謝している。旅の途中で機人種に会ったら爺さんの知識を使わせてもらうよ。」

「ふふっそうしてくれ。前のわしらのように差別や侵食で苦しんでおる者は必ずおるじゃろう。どうかよろしく頼む。」


そう言って爺さんは俺に頭を下げた。


「ああ‥!」


俺はそう言って爺さんにお礼をした後、玄関の扉を開け、家の裏手の入り口へと向かった。外の様子はいつものようにひっそりと静まりかえっており、天井からの光だけが俺を優しく包んでくれている気がした。


じいさんの家の裏手にここの集落の入り口があり、そこの鍵を開けて外に出る。と言ってもここから出るのは初めてだし、爺さんに聞いても最後に開けたのは数十年前らしく、今通路として使えるかどうかは分からないらしい。


入り口の近くまで来ると入り口を覆っていた大きな扉の前にあった金網が取り外されており、扉の横にカトレアさんが俺を待ち構えていた。


「おはようございます、アキトさん。もう‥行かれるのですね。」

「おはようございます。はい、これ以上ここにいると出ていくのが辛くなりそうなので‥。」

「そうですか‥。」


そう言ってカトレアさんは入り口の大きい扉にかけられている厳重な鍵を外し、片手でゆっくりとギギギ‥‥と開けてくれた。侵食した機人種の力なのかあんな重そうな扉を簡単に開けられるなんて凄いな。


「さ、どうぞ。アキトさんが出ていった後、私が鍵をかけますから‥。それと‥ここを抜けると左右に分かれたT字路があるので左に行って下さい、右は瘴気が強いそうですから。」

「ありがとう。カトレアさんもお元気で。エレナにも宜しくいっておいてください。」

「はい。」


カトレアさんにお礼を言うと、にっこりと微笑んでくれた。俺は小型カバンからランタンを取り出し入り口の中へゆっくりと入っていった。


中に入ると、湿った空気が顔にまとわりついてきた。俺は小型カバンから瘴気計を取り出して、この辺の空気の瘴気数値を測ってみた。


「瘴気は12か。マスクなくても大丈夫そうだな。」


俺は瘴気計を小型カバンにしまった後、左手に持ったランタンを壁に近づけて、右手でコンコンとノックしてみた。中指と人差し指に湿った感触があった。


あの集落の集会エリアで大きな配水管から地下水が流れていた事から恐らくこの一帯の地層は水を多く含んでいるんだろう。その影響でこんな湿気があり、この通路の壁も錆びてしまっているんだろう。

ーー早めにここの通路は抜けたほうがいいな。久しく使われてなかったみたいだし、整備もされてなさそうだしな。


俺はゆっくりとそして慎重に前に再び歩きだした。



カトレアさんが言っていた通り、入り口をしばらく進むとT字路があり、そこを左に曲がってさらに進んでみると、大きな通路に出た。さっきまでの湿気は感じなくなり、どこからか分からないが代わりに微かな空気の流れを感じた。通路に出てランタンで前を照らすと、目の前に上からロープが垂れ下がっているのが見えた。


「これは‥あの時俺が使ったロープ銃のものか。そういえば‥すぐ帰ると思って回収してなかったな。」


俺は手で引っ張ってみたが、通気口近くの突起物にロープで固く結んでしまった為、なかなかほどけそうになかった。


「はぁ‥こりゃ通気口まで登ってほどかないと駄目か。」







「‥‥まだ足完治してないんでしょ?」

「えっ‥?」


聞いた事がある声が聞こえ、後ろを振り向いた。


「エ‥エレナ!?」

「へへっ‥来ちゃった。それよりロープほどこうか?」

「いやそれより、何でここにいるんだ?」

「何でって‥お姉ちゃんから聞いてないの?私もアキトについていく事にしたの。」

「ええっ!?」

「っもう!昨晩お姉ちゃんから聞いたから、準備大変だったんだよ。もっと早く言ってよね。あ、そうそう今回は長にもちゃんと許可もらったから問題ないよ。」

「いやいや、そういう話をしてるんじゃなく!エレナ、これは旅行じゃない。次ここにいつ戻れるとか分からないんだぞ。もしかしたら帰れないかもしれない。遊び半分でついてきても‥」

「‥遊び半分じゃない!」

「え‥。」

「私決めたの。アキトと一緒に行くって。一緒に行って、お姉ちゃんを元の人間に戻せる方法を探すの!」


エレナはそう言って俺の眼をじっと見た。エレナの透き通った蒼い眼からまるでダイヤモンドのような固い意思を俺は感じた。


これは何言っても駄目そうだ。


「‥分かったよ。でも先に言っておくけど、エレナが思ってる程甘くないからな。途中で帰るとか言うなよ。」

「うん、分かった。」


そう答えると、エレナはにっこりと微笑んで通気口のロープをほどきに行った。俺はエレナがロープをほどいて戻ってくるまでランタンを地面に置いてひと休みすることにした。リュックを置き、その場に座り込むと同時に両足から痛みを感じた。


「エレナ、ちょっと休憩していいか?」

「うん、いいよ。ところでこれからどこに行く予定なの?」


ランタンの所に戻り、エレナは俺にロープを手渡ししながら尋ねた。俺はロープを小型カバンの中にしまい、代わりに一枚の紙を取りだし、ランタンの明かりが届く所に紙を広げた。


「なに、これ?」

「ん?地図だよ。この付近のね。爺さんの研究資料を読んでいたら偶然見つけてさ。」

「へえ、外の世界ってこんな感じなんだ。」

「うん。それでこの地図で今俺達がいる場所を示すと、ここら辺だと思う。」


そう言って俺は"品川"と書かれた場所から少し西側を指で示した。


「しな‥がわ‥って読むの?」

「ああ、それでこれからここに行こうと思ってる。」


俺は自分が指した場所から北へ動かした。動かした先に書かれた文字をエレナはじっと見つめた。

「し‥ん‥‥じゅく?」

「そう、"新宿"。次はここに行こうと思ってる。」

「ここから北‥って事はあっちへ行った方が早いかな。」


そう言ってエレナは俺がさっき来た通路を指差した。


「え?あっちはエレナの集落しかないぞ。」

「違うよ、その先に行けば早く着けるの。」

「‥え?でもその先って瘴気が濃いって言われたけど‥。」

「そんなわけないじゃん。私昨日行ったばかりなのに。」

「‥‥。」

ーーカトレアさん、俺とエレナを会わせる為に嘘ついたのか。


「‥はははっ」

「アキト?どうしたの?急に笑っちゃって。」

「いや、何でもないよ。あそこの通路は湿気があって所々錆びてる箇所もあるから気をつけていこう。」

「うんっ!」


そんな会話を交えながら俺とエレナはしばらくランタンの明かりで楽しく話し合った。

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