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カトレアとエレナ

「エレナー、待ってくれよ。まだ何が起こるか分からないから一緒に行こう。」


先を歩いているエレナに呼び掛けた。エレナはしばらく歩いていたが、急に立ち止まってこちらを振り向いた。俯いていて俺からは顔が見えなかった。


「どっ‥どうした?手が痛むのか?」


俺の問いかけに何も答えないエレナだったが、急にこちらに走って来たかと思うと、俺に抱きついてきた。


「アキト‥怖かったよぉ。本当に怖くて、、、今になって震えが出てきて止まらないの…」


見るとエレナの肩はふるふると震えていた。


「…大丈夫。俺がいるから…」

「うん…」


エレナはしばらく俺に抱きついたまま離れなかった。

――そうだよな。あんな怖い経験したんだから。普通に集落で生活していたら機人兵なんて知らなかったはずだもんな。しかもあんな大勢に囲まれて、、、俺でもあの時エレナの電気攻撃がなかったら、今頃捕まって口封じで殺されてただろう。


俺は抱きつくエレナの頭をぽんぽんと優しく撫でた。


「ありがとう、エレナ。」

「えっ…?」

「エレナのお陰で俺は助かったよ。あの時、エレナがいなかったら多分、いや絶対死んでた。今生きてるのはエレナのお陰だよ。長は今頃何しているか分からないけど、きっとエレナが言った言葉と想いは伝わったと思うよ。よく頑張ったな。」


エレナは顔を胸元にうずめていたが俺の言葉を静かに聞いている様子だった。そして顔を左右にぐしぐしと俺の服で涙を拭いた。そして俺から離れて


「…もう大丈夫。さっお姉ちゃんを助けにいこ!」


と言って前を歩き出した。その時の顔はいつもの明るい表情に戻っていた。



しばらく通路を歩いていると部屋が見えてきた。俺とエレナは入り口の所に座り、中の様子を伺うことにした。部屋はうっすらだが明るく、目で部屋全体が分かった。部屋は意外に大きく、奥に大きな二つの容器が並んでおり、緑色や青色の液体が入っているのが見えた。容器の周辺には何かの機械が設置されており、周辺には本棚が敷き詰められており、本棚には沢山の書物が並べられていた。

――この喉に刺さるような感覚は…瘴気か。


「エレナ、ここは瘴気が強い!マスクを付けろ!!瘴気は人間には猛毒だ!」


俺はエレナに予備のマスクを渡した後、急いでマスクを付け、部屋の上を見た。大きな穴が開いており、そこから月が見えた。外は夜で月が真上に見える所から、既に深夜になっていた。


「アキト!あれ…!」


部屋の真ん中に檻が置かれており、その檻の中に一つの人影が目に入った。どうやらカトレアさんのようだが…うずくまっており身動きひとつしていない。気を失っているのだろうか。俺がそんな事を考えている間に隣で座っていたエレナは檻に向かって走っていった。


「お姉ちゃんっ!!」


檻の所に駆け寄り、動かないカトレアさんに声をかけ続けた。しかし、カトレアさんは全く反応がない。


遅かった…のか?


部屋の中にはエレナとカトレアさんの二人しかいない事を確認した後、俺は部屋の中央にいるエレナの所まで歩いた。


「エレナ…カトレアさんは大丈夫か?」

「…分かんない。いくら声をかけても…」


その時だった。倒れているカトレアさんから何か黒いものが現れた。形は尖っておりゆらゆらと揺れている。


「こ、これは…」


ゆらゆらと揺れた後、突然エレナに向かってその棘は襲いかかってきた。


「危ない!エレナ!!」


俺は咄嗟にエレナに向かって飛びだし横にずれた。棘はエレナがさっきいた場所を的確に突き刺した。確実にエレナを敵として判断したと思って間違いなさそうだ…。


「お姉ちゃん‥!」


尚もカトレアさんに呼び掛けているエレナの前に俺は立ち、短刀と銃を再び取り出した。


「エレナ…気をつけろ‥その人はもうカトレアさんじゃない…」

「そっそんな…」

「以前、侵食が進み街を追い出された機人種が突然暴れだしたのを見たことがある…その時にあの棘を見たことがある。」

「じゃ、じゃあ…」

「おそらく‥暴走が始まったんだろう…そして俺達を敵と見なしたようだ…」


ゆらゆらと揺れている黒い棘は再び俺達二人めがけて突き刺しに来た。俺はエレナを掴まえて後ろに飛び棘の攻撃をかわした。


「お姉ちゃん‥起きて、起きてよ!!」


エレナは絶えず動かなくなったカトレアさんに呼び掛けているが、動く様子はない。

――このままではいずれやられる。まだ黒い棘しか出てないが、いずれカトレアさん自身も変形し始める。そうなれば俺達に勝ち目はない…。やはり倒すしかないのか…。しかしそれはエレナにはとても辛い選択になってしまう。しかし‥いや、悩んでいる時間はない!!


俺は意を決してエレナに話しかけた。


「エレナ。カトレアはもう…助からない…。」

――俺だってこんな事はエレナに言いたくない。でも俺は知っている。他の街で、村で、こういう症状になってしまった人達の末路を。話し合う時間も残されていない中、みんな、苦渋の決断をしてきたんだ。


俺の言葉を聞いて暫くうつむいていたエレナは振り返って泣きながら俺に寄り添ってきた。


「アキトぉ、本当に…本当に他に方法がないの?あたし…あたし、元気になったカトレアお姉ちゃんと…また…お話したいよぉ。」


泣いているエレナを見て俺も暫く黙るしかなかった。何か方法があれば、俺だってエレナに教えたい。でも今まで旅をしてきた俺にも戻す方法が思い浮かばないんだ…。


目をつむり、エレナの肩を両手で掴み、抱き寄せた。エレナは俺の胸の中ですんすんと静かに泣いていた。本当は大声で泣きたいんだろう。でもこの瘴気漂う中で泣き、瘴気を体内に吸い込んでしまえば例えマスクをしていてもエレナもカトレアと同じ症状になってしまう可能性がある。感情と行動が相反しているようで、エレナはそれでも必死に自分の感情を必死に押し込めているんだ。


そんな姿をみて俺は自分が内心諦めている事に気づいた。

――考えろ、アキト!他に…他に助けられる方法があるはずだ…!この瘴気漂う中でも、助ける方法が‥!


――そういえば何故ここだけ瘴気が充満しているんだ?瘴気が機人種の暴走に何か関係があるのか…?


「免疫じゃよ…」


俺の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。振り替えると‥爺さんが入り口にいた。


「何しに来たんだ?まさかまだカトレアさんを利用する気じゃあ…」

「…もうそんな事は考えとらんよ…」

「なに‥?」


爺さんは目をつむり、目を開けて俺の顔を見た。


「機人種の暴走は、機人種の免疫力が低下したときに起こりやすいんじゃ。今まで暴走した者の共通点がそれじゃ。」

「免疫…力?」

「そうじゃ。機人種は言わば人間の亜種みたいなもんじゃ。身体の外からやって来る異物に対しては当然、免疫システムが働く。お主たち人間が風邪を引いても時間が経てば治るのと同じようにな。」

「…」

「しかし機人種の免疫は少し異なっておる。ヒトが持っておる免疫システムに加え、体内に埋め込まれたナノマシンにも通常侵食を防ぐ為の免疫が働いておるんじゃ。侵食が進む原因はこの免疫と侵食のバランスが崩れた時に起こるんじゃ。」

「…つまり今のカトレアさんはこの強い瘴気によって侵食力が増した結果、バランスが崩れて侵食が進んでいる…ということか。」

「そうじゃ。まぁ日々の生活でも侵食が進んでいた所を見ると、普段から免疫力が若干弱いのじゃろうがな。」


俺は爺さんの話を聞いて考えることにした。

――爺さんの話を聞いて、カトレアさんの暴走を止める方法は

①部屋の瘴気を下げて、瘴気を減らして侵食を弱体化する。

②カトレアさんの免疫力を高めて、体内の侵食を弱らせる。

この二つをやり遂げる必要があるわけか…。しかも成功したとしても暴走が止まるだけでカトレアさんが元に戻って助かるかどうかまでは分からない。


「アキト…!」


エレナが俺の顔をじっと見ていた。その表情にはさっきの悲しみで泣いていた顔ではなく、最後まで諦めないという意志の強さを感じた。全く…強い子だな…。


「ああ、分かってるよ。」


俺がそう答えると、エレナは俺から離れた。そして、


「アキトお願い!力を貸して。お姉ちゃんを…お姉ちゃんを‥助けるの!」


エレナはカトレアさんの方へ少し歩いて彼女をじっと見ていた。


「な、何故じゃ。例え暴走を止められたとしても、カトレアが元に戻るかは分からないんじゃぞ!」


一連の俺とエレナの会話を聞いていた爺さんが俺に話しかけた。


「そうかもしれない、というか十中八九機人種を研究していた爺さんが言うんだからそうなんだろう。でも少しでも元に戻る可能性があるなら、それは俺、いやエレナやここに住んでる人達にとって希望になるから…。」

「…!」


俺は爺さんにそう答えると、エレナの方へ向かった。カトレアさんの様子はさっきと同じで気を失っていたままだ。だが意志とは無関係にあの黒い棘はゆらゆらと動いている。こちらに攻撃してこないのを察するに、範囲内に入り込むと攻撃してくるんだろう。


「さてどうやってまず部屋の瘴気を下げるかだが、手っ取り早いのは部屋の上の穴を閉めることだが…」

「そんな事…できるのかな。」


エレナの顔を見ると、俺の視界の横に誰かの足がゆっくりとこちらに来るのが見えた。


「可能じゃ…。」


それはさっきの機人兵達の指揮をしていた長だった。


「…何しに来たんだよ。まだ戦う気なのか?」

「…そんな気などもうない。この部屋はわしが研究している部屋じゃ。この部屋は通常天井の穴は閉めておる。そして閉じる際に同時にこの部屋の通気孔が稼働して、部屋の中の瘴気を地上に送り出す仕組みになっておる。起動装置はあそこじゃ。」


そう言って長は右と左の容器の真ん中を指差した。指した方向の壁にレバーらしき物が見えた。


「長…?」

「わしも希望にかけてみたい‥そう思っただけじゃ。ただ起動装置まで辿り着くにはカトレアの攻撃範囲内を通らねばならん。」

「あの攻撃を一回でも食らえば…身体に穴が開いてしまって終わりだな…起動してどれ位で瘴気が無くなるんだ?」

「約10分…と言った所じゃな。」

「分かった。後はカトレアの免疫力をどうやって上げればいいのかだが…」

「…わしが若い頃、機人種の侵食現象を研究している際に免疫について研究していた時があった。その時の研究記録を見つければ、作れるかもしれん…」

「なるほど…」


俺は少し考えた後、


「エレナは爺さんと一緒にその研究記録を見つけてくれ。起動装置については俺一人で何とか起動させよう。」

「アキト、無茶だよ!!一人でなんて…!」

「大丈夫だ。黒い棘の攻撃を避けながら起動装置まで行けばいいんだから。それよりも、その研究記録を見つけて免疫力向上させる薬を作る方が時間がかかるはずだ。そちらの方に労力を使った方が良い。エレナ、爺さんの調合の手伝いを頼む。」

「でも…」

「じゃあ…頼んだぞ!!」


俺はエレナに言い放った後、起動装置に向かって走っていった。と同時に、起動装置の手前で倒れているカトレアさんの身体から黒い棘が俺の頭めがけて飛んできた。


「…くっ!」


反射的に右に飛んで、間一髪避ける事ができたが…さっきより速い!機獣に襲われた時のような感覚を感じた。着地したと同時に腰に付けていた短刀と銃を取り出し、銃で黒い棘を一発、カトレアさんの手前に一発、連射で二発、そこから少しずつ右側にずらしながら一発ずつ撃ち込んだ。


パァン、パァン、パンパン、パァン、パァン、パァン、パァン、


キーン、キーン、キキンッ、キーン、キーン…………


黒い棘は銃弾をいとも簡単に弾き返した。

――銃で攻撃しても‥全く効果無さそうだ。やっぱり装甲も機獣のそれになってきつつあるのか。しかしさっきの一連の攻撃で幾つか分かった事がある。あの黒い棘はどうやらカトレアさんと棘自身への攻撃に対してのみ反応するみたいだな。反応速度は銃の連射では簡単に弾き返せる。あの棘の攻撃速度が速すぎると言うことか。今の俺じゃああの棘の一撃目は弾くことができても、二擊目で身体を貫かれて終わり…と言った所か‥。


そして厄介なのは攻撃範囲外も認識しているんだろう。最初に俺が範囲外からカトレアさんへ走っていっただけで攻撃してきた。その事からも認識範囲というのがあり、それは攻撃範囲より広く、そこでの行動如何で棘による迎撃の可否を判断するのだろう。とは言え、起動装置まで行くにはどうしても黒い棘の攻撃範囲内を横切らないといけない。


「じいさんっ!エレナ!そっちはどうだ?見つかったか?」


俺は黒い棘を警戒しながら、壁に置いてある本棚の方へ行った長とエレナに叫んだ。


「まだよ!まだ見つかってない!!」


俺はエレナからの回答を聞きながらカトレアさんと黒い棘の様子を観察していた。あの棘は爺さんとエレナの二人には攻撃する気配はなさそうだ。


俺は黒い棘の様子を見つつ、場所を少しずつ移動した。


よし、ここだな。上手く行くか分からないが‥やるしかない!!


俺は銃でレバーの取っ手上部を狙って撃った。放たれた銃弾は狙い通り取っ手上部に当たり、軌道を変えて壁の上側に着弾したが、それと同時にレバーが少しだが下に下がった。

――上手くいったな…。カトレアさんと黒い棘を狙わない攻撃は例え攻撃範囲内を横切っても攻撃はしてこない。さっきの連射で弾き返さなかったのはその為だ。ここから何発か狙って行けばいずれレバーが降りきるはず‥。


「アキト、すごい!!」


本棚の所で爺さんと研究記録を探していた?エレナがさっきの銃での攻撃を見ていたらしく、感嘆の声をあげていた。

――いいから…早く研究記録探して調合してくれよ…



あれから10分。銃で何発か撃ち続けているが、なかなかこれが難しい。この銃はスコープなんてついてないし、そもそも20m先の、しかもレバー上部なんて繊細な的を狙うのなんて上手く行かない。20発撃って1発当たるかどうかって感じだ。狙撃銃なら簡単なんだろうけど、あんまり使わないだろうと思って買わなかったのが災いしたな。次の街に行ったら買っておこう…。


パァン…カーン…


「…!」


さっき撃った銃弾は確実に命中したが、レバーが下に下がらなかった。

――ちっ、考えが甘かったな。これ以上はもう銃弾の衝撃くらいじゃレバーは動かないか…。これはもう覚悟を決めるしかないな。


俺は短刀をもう一つ取り出して、右側に大きく周って正面から右側からカトレアさんめがけて走り出した。このまま行けば確実に黒い棘の攻撃が来る。しかし、左右の容器が進行の邪魔になっていて直接起動装置の所に行くことは出来ない。レバーの所に行くには必ず攻撃範囲に入らないといけない。銃弾のような対象が小さければ攻撃範囲に入っても横切ることは出来たが、俺のような大きい対象だと…。


キュイン…


黒い棘は俺に赤い光を発し出し、ゆらゆらと動き始めた。

――やっぱり俺を敵と認識したか…。もうすぐ攻撃範囲にはいる…。今だっ!!!


「…くっそおぉぉぉ!!!」


俺は攻撃範囲ギリギリの所で黒い棘に向かって飛び込んだ。


キュイン…パリパリパリ‥‥


黒い棘は赤い光を出しながらゆらゆらと揺れた後、先端が三つに分かれ俺に向かって攻撃してきた。


「くっ…!」


俺は右手の短刀で頭を、左手の短刀で胸を隠した。


ガキンッ‥ザシュッザシュッ、!!


「ぐうっ!!」


黒い棘の攻撃の反動で更に俺は右に吹っ飛ばされてしまった。黒い棘の一撃目は頭を予想通り狙ってきたので何とか短刀で防げたが、二擊三擊目は胸ではなく、右足と左太股を攻撃され刺されてしまった。

――読みは2/3外れたが…上手く行った!!


計算通り、吹っ飛ばされた後は起動装置の壁に当たった。


「いてっ!ぐぐぐ…」


肩に痛みを感じたのも束の間、起動装置の下に落ちた。心臓の鼓動を身体で感じる程の衝撃だが、これで…


ガコンッ‥!


俺は右手を伸ばしレバーを掴んだ後、全体重をかけて何とか下ろす事ができた。


「…キトッ‥ァ‥ッ!」


遠くでエレナの声が聞こえる‥。

――後は‥薬をちゃんと作れよ…。


俺はその場に倒れ込み、意識を失ってしまった。



――ここはどこなんだろう。そしてこの不思議な気持ちはなんだろう。目を閉じているのに、俺は真っ暗な空間の中で俺一人ゆっくりと静かに落ちていっている感覚がある。でも不思議と怖い感覚はなく、むしろ安心感がある。こんなにのんびりするのはいつ以来だろう。このままゆっくりと過ごすのもいいかもしれないな…。


「‥ト…キト‥‥」


上の方で誰かが俺を呼んでいるような気がする。

――誰だろう。でもどこか聞いたことがあるような声。


「‥ァキト‥アキト‥!」

――俺の名前…?俺の名前を誰かが呼んでる。呼ばれてる…?いけない、起きないと…


「…ん‥」


ゆっくりと目を開けるとエレナの顔がそこにあった。さっきのは夢だったのか…?


「…エ‥レナ‥か…。」


ゆっくりと身体を起こそうとすると、激痛が身体中を走った。


「ぐっ…!いててててっ!!」

「アキトぉ、良かった‥っもう!馬鹿なの?自分からあんな危険な棘に突っ込んでいくなんて!」


エレナが怒ってるけど、自分の頭がぼんやりとしていてまだはっきりしない。確か…黒い棘に突っ込んで刺されて吹っ飛ばされたんだっけ…って!


「エレナ!カトレアさんはどうなったんだ!?大丈夫なのか!?‥つつつ‥」


俺は再び起き上がってエレナに尋ねた。突然の俺の質問に少エレナはし驚いていたが、ふふっと小さく笑って話し始めた。


「‥っもう。アキトのお陰で部屋の瘴気は薄れたよ。もうマスクなしでも大丈夫そう。こっちも長と一緒に目的の研究記録を見つけて…ほらっ今長が調合しているところ。」


そう言ってエレナは長を指差した。見ると爺さんが机の前に立って何かを作業していた。


「ところで‥カトレアさんの方はどうなったんだ?というか、何でここに来れた?あの棘は‥?」

「瘴気が無くなってきたら、あの棘が小さくなって出てこなくなったの。だから応急手当しに来たの。ほんとに血が出ていて、放っておいたら失血死してたかも知れなかったんだよ。無茶して…もう。」

「そうだったのか…。」


そう言って自分の足を見ると、右足と左太股の刺された箇所に包帯が巻かれていた。

――エレナのお陰で俺は助かったんだな…。あの時、棘が三つに分かれたお陰で刺された箇所が小さくなって一命をとりとめたのか。運が良かったと言うか何と言うか…。だがさっきのような戦闘はこの傷が治らない限り出来ないだろうな。その前に‥


俺はカトレアさんの方を見たが、エレナの言う通り、あの黒い棘は出ていなかった。完全に消えたのかは近くで見ないと分からないが、瘴気の濃度が侵食や暴走に影響を与えているようだった。俺は足を押さえながら立ち上がろうとしたが、やはり痛みでうまく立てなかった。


「エレナ‥カトレアさんの所に連れていってくれないか?」

「えっ…」

「黒い棘がまた出てくるのか確かめないと。俺もこんな状態だからまた攻撃されたら終わりだ。それにカトレアさんの状態も確認しないといけない‥。」

「わ、わかった…」


エレナはそう言って俺の肩を持ち、ゆっくりとカトレアさんの所に連れていってくれた。うつ伏せのまま気を失っていたカトレアさんのすぐ近くまで来たが、あの黒い棘はでてこなかった。俺はカトレアさんの背中に耳を当て、心音があるかを確かめた。


ドクン‥‥ドクン‥‥ドクン…


心音はしているが酷く弱々しい。まだ生きているが、このまま侵食が進んでしまうと駄目かも知れない。今薬を飲ませるしかないな。


「エレナ、カトレアさんを仰向けにするの手伝ってくれないか。このままじゃ薬を口にいれることが出来ないから‥」

「アキト、無理しないで。そんな事したらまた傷が開いちゃうよ。仰向けなら私がするから。」


エレナはそう言って倒れているカトレアさんの肩と身体の下に手を入れてを横にゆっくりと倒して仰向けにさせたが、カトレアさんの顔を見て俺もエレナも言葉を失ってしまった。さっきの暴走のせいで侵食が進んでしまって、顔右側のほとんどが侵食痕になってしまっていた。


「こんな‥こんな‥こんなの…」


エレナはカトレアさんを見て泣き出した。無理もない、こんな状態でカトレアさんの意識なんて戻るのか俺は分からなかった。俺はじいさんの方を見た。


「爺さん、薬は後どれ位で作り終わるんだ?」

「…もうすぐじゃ。」

「早くしてくれ‥今しか飲ませられない…」


俺はそう言って再びカトレアさんを見た。

――既に頭の半分は侵食されていてもおかしくないだろう。この状態で免疫力を上げてもカトレアさんの意識がもどるのか分からない。いや‥例え意識が戻って目が覚めたとしても、カトレアさんではなく既に機獣化していて俺達を襲ってくる事も考えられる…。


そんな事を考えていると後ろの方から爺さんがやって来た。


「…出来たぞ、エレナ。これをカトレアに飲ませなさい。この状態で効くかどうかは分からぬが…」

「は、はい…!」


爺さんから薬を手に取り、エレナは急いでカトレアさんの口に薬を入れた後、頭を膝の上に置いて薬を喉へと流し込ませた。その後エレナはカトレアさんに呼び掛け続けた。


この薬を飲ませてもカトレアさん自身の免疫力が一時的に向上するだけで、今の侵食されている状態で効果があるとは、、正直思えない。それでもカトレアさんの免疫力が侵食に打ち勝ち、意識を戻すかもしれない…そんな微かな望みに今の俺達はすがるしかなかった。


俺はカトレアさんに声をかけ続けているエレナを見ながら、ただただ意識が戻るのを願っていた。



どれくらい経っただろうか。エレナの呼び掛けも虚しく、カトレアさんの意識は未だもどっていなかった。

――やっぱり…遅かったのか、、


爺さんの方を見ると、俺を一瞥した後目を閉じて左右に首を振った。

――そうか‥そうだよな‥そんなうまい話があるわけないよな…


エレナも薄々と感じ始めたのか、次第に呼び掛けなくなっていて、今はただカトレアさんの顔を見続けていた。


「エレナ…」


そんなエレナの姿を見かねて、俺はエレナに話しかけた。


「‥うん‥分かってる‥」


そう答えると、エレナは涙を瞳に浮かべたまま下を向き、カトレアさんの顔をじっと見ながらゆっくりと話し始めた。


「お姉ちゃん‥私ね、本当は謝ろうと思ってここに来たの。今まで一緒にいたのに、お姉ちゃんが苦しんでる事なんて知らなかったの。お姉ちゃんが家を出た後、あの手紙を読んで初めて気づいたの。駄目だよね、私‥。たった二人しかいない家族なのに…。私ばかりお姉ちゃんに頼っちゃって…。だから‥謝ろうって。でも‥」


そう言いかけて、エレナはぽたぽたと涙を流した。


「こんな形じゃなくて‥ひぐっ‥ちゃんと、謝りたかったよ…カトレア、おねえちゃん‥!」


そう言うとエレナの瞳は涙が溢れ、ぽろぽろと頬を伝ってカトレアさんの左目に落ち続けた。









「…悲しまないでって言ったじゃない、エレナ。」


泣きじゃくって濡れたエレナの頬を冷たい優しい手が触れた。


「こんな所まで来るなんて‥もう。ほんとに‥ほんとに‥馬鹿なんだから」


エレナの頬を撫でながら、ゆっくりとカトレアさんの眼が開いた。カトレアさんの右眼はもう人間の目ではなく黒く赤色の光を発していたが、左眼の方は人間と同じように涙を浮かべてエレナを見上げていた。


「エレナ‥今まで‥黙っていてごめんね。」

「お姉ちゃん…えぐっ‥帰ってくるの‥遅すぎだよぉ、あたし、ホントに心配したんだからぁ‥ごめんね…ごめんねぇぇ!!」

「‥エレナ‥私今までずっと一人で暗い中をさ迷っていたの‥真っ暗で怖くて…どこに向かっても何もなくて‥心細かった…。もう‥死んじゃうのかなって思ってたの‥。でもね、どこかでエレナの泣いてる声が聴こえたの。そしたら‥しん‥ぱいになっちゃって…」


カトレアさんはそう言いかけて、エレナを抱き寄せた。


「ごめんね、エレナ。お姉ちゃん…エレナを一人にさせちゃったね‥ごめんね‥」

「ううん、私もごめん。お姉ちゃんの気持ち気づいてあげられなくて…ごめん‥」


エレナもカトレアさんもしっかり掴んでお互いにしばらく泣き続けた。

――良かったな…エレナ。


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