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意志なき人々

しばらく降りていくと、灯りが強くなり大きな部屋についた。そして部屋に入った瞬間、俺とエレナは中の様子に言葉を失った。部屋の中は大きな容器が二列、部屋の両端に規則正しく並んでおり、その容器を恐らく観測する為の機材が取り囲んでいた。


「な‥何これ‥」

「何かの…実験室っぽいな…」


俺とエレナは一つずつ容器を観察していった。容器の中には何か分からない紫色の液体が満たしていて、容器の下から気泡がコポコポ、、と小さな音を立てているだけで今のところ何かが起こる様子もなさそうだ。俺の後ろに付いてきていたエレナが不審そうに容器の中をじっと見ていた。


「うーん‥容器の中見たいけど液体が濃すぎて見えない。こんなに沢山の容器の中に何がはいってるんだろ‥?なんか怖いよ…」

「…見た感じ、何かを調べているか研究しているように見えるな。周りの機械も容器の中のデータを集めているように見えるし。」

「研究…?って何を?」


俺の話した内容にエレナが尋ねた時、


「…機獣じゃ。」


部屋の奥から誰かの声が小さいが響いてきた。その声の方向に俺は警戒し、銃を構えた。


カツ‥カツ‥カツ‥カツ‥

ーー誰か…来る…!


足音はゆっくりとこちらに近づき、銃を向けた先から一人の男が現れてきた。短髪で色は灰色。年齢は分からないが結構高齢のようだ。青い服をまとっている男はゆっくりとこちらに歩き、10メートル先で立ち止まった。その姿にエレナは驚いた様子だった。


「長…何なんですか、ここは!?」

「エレナか…何しに来よった。ここは立ち入り禁止じゃ。それに…隣の男は誰じゃ。」


男はそう言って俺をしばらく見た後、エレナを見た。


「エレナ、何でお前がヒトと一緒にいる。お前は何をしているのか分かっているのか。」

「それは…」

「ふんっ、機人種というのにヒトなんぞをここに入れてきよって…!我々機人種がヒトにどんな仕打ちを受けてきたのか分かっているのか!馬鹿者がっ!」

「しかし長!アキトは私達を助けてくれた信じられ…!」

「うるさい!」


長の怒鳴り声が部屋中に響き渡った。


「姉も姉なら、その妹も妹だな。裏切り者めが!」

「…おい、じいさん。」


二人の会話のやり取りに俺は割り込んだ。


「エレナは姉に会いに来ただけだ。それを裏切り者扱いはおかしいだろうが…」

「ふんっ、侵食が末期状態にまでなっているのに、わしに連絡もせぬ奴なぞ…!わしが見ておらなんだら数日後には暴走し、ここが破壊されていたかもしれんのに…。ここを危険に晒させた者を裏切り者と言わずしてなんじゃ」

「…!お姉ちゃん!お姉ちゃんはここにいるんですか?」


エレナは反射的に長に尋ねた。長はエレナを見た後、ゆっくりと話した。


「カトレアはもう回収した。あれはもうすぐカトレアではなくなる。」

「…どういうことだ?」

「言葉通りじゃ。カトレアはもうすぐ自我を失い、ヒトを殺し続ける機人兵になるのだ。そして地上に送り出しヒトへ復讐をしてもらう。」

「き‥じん‥へい‥?」


エレナは目に涙を浮かべ、その場にひざを落とした。


「我々機人種の本来の姿じゃ。機械と人間の大きな違いである感情や理性を侵食していくことで完全に無くしヒト型の機獣になるのじゃ。操作する事はなかなか出来なかったが、遂にそれも可能となった。やっと…やっと我ら機人種がヒトを制裁する時が来たのじゃ!」

「そんな‥お姉ちゃんが…! ひどい、ひどいよ、、」


エレナは涙を流し、その場に倒れ込んだ。俺は泣き崩れたエレナのそばでゆっくりと座り、背中を左手でぽんぽんと叩いた。そして長をじっと見ながら立ち上がった。


「…そんな事はさせない。」

「はっ、お前ごとき若造に何ができる?その銃でわしを撃って殺したとしても時期暴走は始まる。そもそもお前のようなヒトごときに我ら機人種の苦しみなぞ分かるまいが。」

「…確かに俺は機人種の苦しみは分からないかもしれない。だが今まで旅をしてきて機人種の悲しみは知っている。そして彼らの悲しみを断ち切りたいと思っている。」

「…」

「だが…あんたのやり方じゃ何も変わらない。何も生まれない。ただ…ただ憎しみだけが大きくなるだけだ。」

「御託をだらだらと…!」

「だから…だからそんなことはさせない!必ず止めてやる。」


俺はそう言って、右手に持っていた銃を左手に持ちかえ、腰に着けていた短刀を右手で取り爺さんに向けた。


「ふふん、その姿勢がどこまで続くか見物よ…」


長はそう言うと、近くの機材の所に行き、カタカタと両手で何かをした後、ボタンを押した。それと同時に部屋にある容器から出ていた気泡の数が増え、ボコボコと大きな音が漏れ始めた。


「な、なんだ‥?」


俺は警戒しながら周りを見渡した。どの容器もボコボコと音が出ているが、少しずつ容器の中の液体が減っている。何をするつもりだ。


「アキト、あれ…」


隣にいたエレナが近くの容器の中を指差した。液体が半分ぐらいになった容器の中には身体の大部分が侵食によって黒くなった人間が見えた。


「やっぱり、侵食された機人種が入っていたのか…」


俺はエレナの手を掴んで、部屋の端の方へ移動した。ついてきているエレナが容器の中を見て俺に叫んできた。


「アキト…容器の中に入っている人、ここを出ていった人達だよ‥」


エレナがそう言うと、長は笑いながら話し始めた。


「ははは‥その通り。わしの理想の為に研究材料として使わせてもらった。どの道ここを出ても、街には受け入れてもらえず、やがて暴走して永遠に徘徊するだけだからの。わしが利用させてもらったよ。」

「…外道め‥」


部屋の端に着いた俺は銃と短刀を構えた。ここなら囲まれて襲ってきても対処できそうだ。さっきまで涙を流し悲しんでいたエレナだったが、冷静になってきたのか容器から出てくる人達を見て怒りをあらわにしだした。


「長…私は機人種でもその事で今までに後悔したことはなかった。今も苦しんでいるお姉ちゃんも毎日生活して幸せだったって…」

「…」

「侵食がどうのとか、暴走がどうのとかそんなの関係ない!私は機人種として最後の最後まで絶対諦めない!お姉ちゃんも絶対に助ける!!」


エレナはそう言うと構えて戦闘体勢を取り始めた。長はしばらく黙っていたが、部屋中の容器から機人兵が出てきたのを見計らい、俺とエレナを指差した。


「現実を知らぬ愚か者が。お前も機人兵の研究材料にしてやる。あの二人を捕まえろ!!」


その途端、容器の前に立っていた侵食機人達は一斉に俺達に向かって襲ってきた。


襲ってくる人数は約20。俺達は部屋の隅で待ち構えている。手前の容器を壁にすれば右と左からやってくる事になって敵の進路が制限されるはず。そして俺とエレナの二人が左右で待ち構えれば戦えると思う…が、エレナは俺と違って戦闘経験はない。20人の敵を倒すには何か作戦が必要だ。


「アキト、右!!」


エレナの声と同時にすぐ目の前の侵食機人が両手を広げて俺に襲いかかってきた。俺は少し後ろに下がり両手をかわした後、前に飛び右手に持っていた短刀で首を一刀両断した。首を跳ねた機人兵はその場で倒れたが、着地した瞬間近くにいた機人兵二人が襲いかかってきた。


「これならどうだぁ!」


俺は身体を振り回し遠心力を利用して短刀でさらに一振りして、二人の両足を切断した。二人の侵食機人は足を取られ前に倒れ込んだが、切り落とした両足からボタボタと紫色の血を流れだしながらまだ俺を攻撃しようと近寄ってきていた。


「ちっ、面倒だな。エレナ、大丈夫か?」


エレナの方を見ると、エレナも左からやって来た侵食機人一人を相手していたが、容器から少し前に出過ぎていた。まずい!


「エレナ、後ろに引け!!」


俺の言葉にエレナは反応して後ろに下がろうとしたが、既に横からもう一人襲いかかってきていた。このまま放っておいたらエレナがやられる…!


パァン…!


俺は左手の銃でエレナに襲いかかろうとしている機人兵の頭の横を撃ち抜いた。紫色の血しぶきが飛び散りながら侵食機人はその場に倒れ込んだが、しばらくしてまた起き上がった。


ここまで戦ってみて幾つか分かった事がある。機人兵は武器を持っておらず、攻撃はただやみくもに俺達に襲いかかってくる。そして行動を停止するには頭を胴体から切り離さないといけない。頭を切り離す事が出来なくても、足を切断すれば行動は大きく制限される。

ーー…しかし一人ずつ相手するのは現実的に…無理だな。何か良い方法は…


「‥くっ‥このおぉぉ!!!」


エレナの声で俺は我に返り、エレナの方を見た。エレナは先程相手していた侵食機人の両手を必死で防いでいたが、相手の力の方が強く後ろに倒されていた。


「エレナ!逃げろぉ!!その体勢じゃ不利だ!」


俺は叫ぶと同時にエレナの方に走りだした。しかし次の瞬間、エレナの両手が光り出した。


パリ…パリパリ…

ーーあれは…俺とエレナが初めて会った時に見た放電現象だ。そうか、エレナにはそれがあったか!


「負けないんだからぁぁ!!」


バチバチバチ…!


エレナの叫び声と共に両手から発する放電現象が更に勢いを増し、機人兵の両手を伝わり身体全体を覆った。放電現象が収まると侵食機人の侵食痕から黒い煙が出始め、エレナの上に倒れ込んだ。


「ちょ…重い…」


倒れた侵食機人の下で動きが取れずに抜け出そうとしているエレナに俺がさっき頭を打ちぬいた機人兵がやってきた。そして頭部から紫色の血を垂れ流しながらエレナに襲い掛かった。


「い、いやぁぁぁ!」


…スパァン…


侵食機人の手がエレナの頭を掴もうとする前に、俺は短刀で侵食機人の首を切断し、首からブシュウウと血が飛び散らせながらその場に倒れた。俺はエレナの傍に行き、手を差し出した。


「エレナ、大丈夫か…」

「う‥うん。ありがと…」


俺はエレナの手を引っ張って侵食機人の下から引っ張り出した。

ーー…このままじゃヤバイな。短時間で3人倒して2人は足を切って行動不能にしたのは上出来だが、残り15人はこちらにやって来ている。この調子で残り全員を倒すのは…難しいだろうな。それにカトレアさんの事も考えるとここで時間をかけるわけにもいかない。何か方法を考えないとこの状況は打破できない。


「エレナ…さっきの放電はまだ使えるか?」

「えっ…うん、大丈夫。」

「分かった。俺が合図をしたら目の前の侵食機人に放ってくれ。」


俺はエレナにそう伝えると、銃をリロードして手前の容器の上に登った。


パンパンパン‥パンパン…パンパンパン‥


容器の上からなら侵食機人がよく分かる。俺は片っ端から銃で侵食機人の頭を撃ち抜き続けた。撃たれた侵食機人達は一瞬怯むがすぐまたこちらにやって来ていた。


「馬鹿め。そんなことしても倒せんわ!!」


遠くで高みの見物をしている長が俺を見て嘲笑っていた。


「そんな事は分かってる。倒すことが目的じゃないからな。」


全ての侵食機人の頭を撃ち抜いた時には、辺り一面紫色になっていた。


「エレナ!いいぞ!やれっ!!」

「う、うんっ!」


エレナの右手がさっきより大きく光り始めた。そして眩い光を放った右手が血まみれになった機人兵に触れた瞬間…


バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ…!


大きな音と共に侵食機人達は辺り一面黒い煙を出してその場に倒れて動かなくなった。


上手く行くか不安だったが、成功した。やはりあの紫色の血は電気を通すみたいだ。血を通って全ての機人兵に電気を与えショートさせ、行動不能にさせることが出来たようだ。


「そんな‥馬鹿な…!」


20体もいた侵食機人が全て倒れ果て、煙だけが虚しく立ち上がっている光景を見て、長はただただ身体を震えさせ、その場に膝をついた。容器の上から飛び降りた俺はエレナが無事である事を確認し、長の所に近づいた。


「甘かったな。爺さんが作った浸食機人とやらは機獣のように自己判断も自己分析もないし、動きも遅い。まぁ爺さんが自分で命令出来るようにいじったんだろうけど、それが仇となったな。」

「ひいっ…!」


長は俺を見て怯え後ろに下がった。その表情にはもう攻撃する意志が無い事を見て感じた。


「エレナ、大丈夫か?怪我してないか?」

「…うん、何とか。ちょっと右手が筋肉痛かもしれないけど。」


エレナはそう言ってニッコリと笑った。そしてゆっくり立ち上がって両手でパンパンッと服を叩いて埃をはたいて長の所に行ってしゃがんで話しかけた。


「長がヒトに恨みを持つのは分かります。でも…でも恨みをヒトに仕返しても私達は幸せになれない。だって今度はヒトからの恨みを私達が背負うことになってしまうから…そう思います。だから私は皆が幸せに暮らせる方法を探したい。暴走とかよく分からないけど‥止める方法があるかもしれない。」

「…」

「だから‥だから私はお姉ちゃんの所に行きます。助ける方法があるかもしれないから…。そして、それが今の私が精一杯出来る事だと思うから…。」


エレナはそう言って立ちあがり、部屋の奥にある通路に向かって走っていった。


「この世界は確かに生きていくのは辛い。色々な所を歩いてきて、悲しみや恐れが溢れてると俺も感じてる。でもだからこそあの子のように前に進むしかない事を俺は教えてくれた。爺さんも機人種として、恨みではないもっと別な方法があったんじゃないか?」


俺は長にそう言った後、エレナの背中を追いかけた。

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