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想い

「お姉ちゃん食べてみてー、私が作った味噌汁。」


エレナはカトレアさんの所に嬉しそうにご飯を持っていった。


「あら、もしかしてエレナが作ったの?これ。」

「うんっ、アキトにも少し手伝ってもらったけど。」

「へぇ‥」


エレナが一生懸命作った味噌汁と俺が作った野菜炒め。二品作っただけだが、二人で食べるには十分だ。それに味噌汁はエレナが一生懸命作った初めての料理。カトレアさんに食べてもらって感想を聞きたいんだろう。


箸を手にとり、カトレアさんは味噌汁をゆっくり口にした。


「‥まあ、美味しいじゃない。これ本当にエレナが作ったの!?」

「うん。」

「嬉しいわ。エレナが自分でこんな美味しい味噌汁を作るなんて‥」

ーーこうやって少し離れた所で二人を見てみると、本当に仲が良いな。


そんなこと思っていると、カトレアさんに誉めてもらって上機嫌なエレナが俺を見た。


「アキトも食べようよ。」

「え、いいのか?」

「良いに決まってるじゃない。こんな美味しい料理作ってくれたんだから。」

「じゃあお言葉に甘えて、少しだけ‥」


俺は味噌汁を少しだけお椀に入れて飲んだ。


「‥旨いな。」

「ほんと?良かったー。」

「ああ、それにこんな温かいのは久しぶりだな。」

ーー温かい味噌汁を飲むと、ホッとした気持ちになるのは日本人だからなのかな。心がとても落ち着く。


そんな穏やかな時間も束の間、


「ごほっごほっ‥‥ごほっごほっごほっ!」


カトレアさんがいつもより強く咳き込み始めた。ーーこれは‥症状が悪くなっているのか?


「お姉ちゃん‥大丈夫?」


エレナはカトレアさんに寄り添い、心配そうに見ていた。


「‥大丈夫よ。ちょっと気管に入っただけだから。」

「無理しないで、、、」

「ええ。エレナ、ありがとう。少し横になるわ。アキトさんも遠慮しないで食べてね。」


そう言って、カトレアさんはまた横になった。


「うん、、、お姉ちゃんも早くよくなってね。」

「ええ、分かってるわ。」


カトレアさんはそう言ってにっこりと笑った。その笑顔をみて、エレナは少し安心したのか、料理をトレイに移して台所にゆっくりと歩いていった。


エレナはカトレアさんの症状がその内治ると思っている‥。でもカトレアさんは自分の侵食痕が徐々に自分の身体を蝕んでいる事を知っていて、いつか自分がエレナを置いてここから去らなければいけない事を悟っている。旅をしていて色んな事を知ってきたが、今目の前て起こっている現実はやはり辛すぎる‥。

ーーカトレアさんの侵食を消す事ができなくても、せめて侵食の進行を抑える方法が分かれば‥


俺は台所にいるエレナに話しかけた。


「エレナ、この集落について聞きたいことがあるんだけど‥」

「‥‥」


エレナは台所の机にトレイを両手で置いたまま、じっと黙っていた。


「‥どうした?」

「アキト‥お姉ちゃんの病気って‥その‥治る‥のかな。」


エレナは俺に呟き、さらに小声で話し続けた。


「お姉ちゃん‥どんどん悪くなっている気がしてならないの。咳も酷くなっているし‥」

「‥‥」

「もし‥もしだよ?お姉ちゃんがいなくなったら‥‥あたし、どうすればいいんだろう。」

「エレナ‥‥」

「さっきだって‥‥お味噌汁のせいで、お姉ちゃんの咳ひどくさせたんじゃないかって‥‥そんな訳ないって思ってても‥‥頭から離れないの‥‥」


エレナはうつむいた。こちらからでは顔は見えなかったが、ポタポタと手の甲に涙を落としていた。俺はそんなエレナをみて目を閉じた。

ーーエレナに侵食の事を伝えるべきなのか。それともごまかした方がいいのか。‥いや、そもそも伝えるとしてもどう伝えればいい?家族でもない、ましてや知り合いでも何でもないたまたまやって来て泊めて貰ってる人間が、そこまで口にしていいのか?仮に‥‥仮にエレナに伝えたらどうなる?今だって張り裂けそうに姉を心配しているのに‥


「でもね‥」


エレナの声で俺は目を開けた。


「今日アキトと料理して気づいたの。私、お姉ちゃんの事心配だけしてるだけで、お姉ちゃんを支えようとしてなかったんだなって。アキトに会ってなかったら、多分今も私は気づかずにお姉ちゃんに無理させ続けてたと思うの。だから‥ありがと。」


エレナはそう言って両目に少し涙を浮かべて俺に笑った。

ーー駄目だ‥‥。

こんな事を思ってくれている子にごまかし続ける事は出来ない。


「エレナ‥‥これから言う事をちゃんと聞いてほしい。」

「え‥どうしたの、アキト」

「大切な話だ。カトレアさんの事も含めて。」

「う、うん‥。」


俺は一回深呼吸をした。


「カトレアさんの病気は機人種特有のもので、治す方法が見つかってない。」

「え‥」

「皆、いつか来るべき時が来たらこの集落を出ていくんだ。他の皆に迷惑をかけないために‥」

「ちょっ‥ちょっとそれはどういう‥‥」


トントン、


その時、家の玄関に扉を叩く音が聞こえた。エレナはアキトの袖を引っ張った。


「‥ちょっと誰か来たから隠れて!」


何とも悪いタイミングだ‥‥。しかしここの人に俺がいることを知られるとまずい。とりあえず、台所の流しの下に人一人は入れそうなスペースがあったので自分の身体を押し込んだ。


「エレナか?誰かいるのか?」


男の声が玄関の方から聞こえた。

ーーまずいな‥俺がいることを気づかれてしまったか‥‥?


「誰かって‥ここには私とお姉ちゃんしかいないよ?上がりますか?」

「いや、ここでいい。」


男の質問にエレナはそう答えた。その男は何かエレナに対して冷たい態度を俺は聴いていて感じた。


「ああ、そうだったな。それで‥カトレアはいるか?」

「お姉ちゃんなら、ベッドで横になっているけど‥今は眠ってるかな。」

「そうか‥では伝言を頼む。夜時間になったら長の所に一人で来るようにと。」

「えっ‥は、はい‥。」

「‥確かに伝えたぞ。ではもう帰る。」


それだけ言った後、男の声はしなくなり、バタンと扉の音が聞こえた。


「‥‥もういいよ。」


しばらくしてエレナの声が聞こえた。俺は狭い棚の中からゆっくりと出た。


「‥‥バレてないのか?」

「うん、多分大丈夫だと思う。」

「それならいいんだが‥」

「それより‥お姉ちゃんが何で夜に長の所に行かないといけないんだろう。夜は外出禁止なのに‥。」


エレナが伝言の内容について不思議がっていると、ベッドの方から声がした。


「エレナ‥こっちに来て。」


カトレアさんがエレナを呼んでいた。


「なに?お姉ちゃん。あ、さっき長からの連絡もらったんだけど‥」

「‥会話、聞こえてたわ、ごほっ」


カトレアさんはそう言って、エレナと俺を見た。


「‥エレナ。私はこれから長の所に行くわ。後はよろしくね。」


そう言って、カトレアさんはゆっくりとベッドから起き上がった。


「お姉ちゃん‥」

「大丈夫よ、ごほっごほっ‥」


ゆっくりと一歩ずつ、カトレアさんは玄関まで歩いていった。そして玄関のドアノブに手をかけ、こちらを向いた。


「エレナ‥‥ごほっ‥後は‥よろしくね。」

「え、うん‥分かった。」


バタン‥


玄関の扉を閉めた音が聞こえた後、俺達二人はしばらくの間何も言わず、ただ立ち尽くしていた。



一時間ぐらい経ったのだろうか。俺もエレナもお互い何も話さずに時間だけが経っていた。そんな沈黙の中、椅子に座ってじっとカトレアさんの帰りを待っていたエレナが口を開いた。


「‥お姉ちゃん、遅いね‥」


不安になったエレナが俺に話しかけてきた。


「‥‥」

「ねぇ、アキト。何で黙ってるの?」


エレナは自分の呼び掛けに黙っている俺を見た。


カトレアさんが家を出る際の言葉。

あれは自分がもう戻ってくる事はないと悟ってエレナに言ったんじゃないかと、俺は思っていた。侵食が進行して呼吸する事もままならない状態で、無理して一人で外に出るなんて‥そうとしか考えられなかった。


「ちょっと‥自分の荷物整理してくるよ‥‥」

「‥アキト?」


さっきまでエレナにカトレアさんの病状を伝えようと思っていたのに、タイミングを失ってしまった‥。言うべきなのに今エレナに伝えてしまったら一体どうなってしまうんだろう。カトレアさんと一緒にいることを心の拠り所にしているエレナに‥。そんな風に思ってしまい、俺は躊躇してしまっていた。


自分のリュックの所に来るまで悩んでいた俺だったが、ふとリュックが閉じていることに気づいた。

ーーん‥?俺、リュック閉めていたか‥?


料理を作る時に確か調味料とナイフを持ち出したが、まだ台所に置いたままだ。それとも俺が無意識にリュックを閉めちゃったか‥?


俺はリュックの紐をほどいて中を開けた。

ーー中に何か入ってる‥?


「これは‥!」


リュックの中に大きな紙と小さな紙に書かれた二枚の手紙が入っていた。俺は大きい手紙を手に取り、手紙の内容を見た。


「‥‥!」


俺は手紙を持ってすぐにエレナの所に向かった。


「エレナ!これ‥」

「‥なに?この手紙。」


「カトレアさんからの手紙だよ。俺のリュックの中に入ってた。多分‥カトレアさんがここを出る時に入れたんだと思う。」


「‥え?」


エレナは少し戸惑いながらもカトレアさんの手紙を俺から受け取った。


『エレナへ


黙って家を出ていってしまう事、どうか許して下さい。そして本当は私が直接あなたに話すべきなんでしょうけど、どうしても言いづらくてこういう形をとってしまってごめんなさい。


エレナも薄々気づいているかもしれないけれど、私の病気は機人種特有のもので治す方法がないの。この病気は私達の身体にある黒いあざがどんどん拡がっていって、やがて全身まで拡がってしまうと自分を失って永遠に人間を襲い続け、彷徨い続ける"呪い"のようなものなの。


今の私はもう頭以外はほとんどこのあざが拡がっていて、動く事もままならなくなっているわ。どんどんあざが拡がっていくにつれて、黒い何かに襲われる夢を毎日見るようになったわ。その度に自分がなくなる日はもうすぐって感じるの。


以前、長に相談したら自分を失う前にここを出て行かないといけないと言われたわ。私だけじゃなく、今までいなくなった人達は皆、ここの人達を襲ってしまう事を恐れて自ら出ていくの。自分達の大切な人達を人間から、そして自分から守るために。ここは唯一私達が人間から差別されず、平穏に暮らせる場所だから。


私は今迄、エレナと一緒にいられてとても幸せだった。だからエレナを襲う事がないようにここを出ていくことにしたの。


こんな事書くと‥‥エレナはきっと泣くでしょうね‥‥。

でも私がいなくなっても悲しまないで。落ち込まないで。そして‥強くなってちょうだい。


大好きなエレナ。

いつも明るくてお日様のように元気をくれるエレナ。

私がいなくなってもどうか、どうか強い心で私の代わりに最後まで生き抜いて。そして決してくじけないで。


あなたは私の自慢の妹なんだから。』


「‥お姉ちゃん!!!」


エレナは手紙を読み終わった後、泣きながら家を出ようとした。俺はすぐさま扉の前に立ってエレナを押さえた。


「だめだ!エレナ!!」

「どうして!?私‥わたし、お姉ちゃんを見捨てることなんて出来ない!!」

「‥‥分かってる!!俺だってお前の立場だったら、今すぐにでも助けに行きたい!」

「だったら‥!!」

「それが‥‥それがカトレアさんの遺志だから‥大切なお前を守りたいって思ってるから‥」

「‥‥!」


俺の言葉にエレナは泣きながら俺に抱きついてきた。俺はエレナを受け止め、尚も胸の中で泣き続けるエレナを見て慰め続けた。


「‥エレナ、カトレアさんは自分を失いそうになりながらも‥どうすればいいのかずっと悩んでたんだと思う。エレナに言えば、エレナはきっと引き止めようとして‥ここの人達に迷惑をかけてしまう。だから今の今まで悩んで、悩み続けて‥エレナに言わずに出ていったんだと思う‥」


「そんなの‥止めるに決まってるじゃない‥‥ずるいよ‥私だって‥‥私だってお姉ちゃんの事、大切に想ってるんだもん‥‥!!」


エレナは俺の胸の中で泣きながら答えた。


ーーもし‥カトレアさんの症状について俺があの時言っていれば、エレナはきっとカトレアさんを必死で引き止めただろう。そうなっていたらきっとカトレアさんは出ていく決心を鈍らせていたのかもしれない。カトレアさんの気持ちを考えると、あの時言えなかったのは‥良かったのかもしれない。エレナの気持ちもカトレアさんの気持ちもどちらも正しいから‥


‥でも納得がいかない‥


頭の中では理解できている。理解できてはいるが、自分の気持ちは腑に落ちない‥。

色々な街に訪れて、過去の資料を読み漁り、今の世界を平和に暮らせる方法を探し続けているのに、目の前の事に何も解決方法が見つからないなんて‥‥!!


そんな事を考えていると、さっきまで泣いていたエレナが泣き止んだ。そしてゆっくりと俺から離れた。


「‥‥駄目だ、あたし‥‥やっぱりお姉ちゃんに会いに行く。」


エレナは下をうつむいたまま、俺に小声で言った。


「‥‥会いに行くって‥エレナ、そんな事カトレアさんは望んで‥‥」

「‥‥望む望まないは関係ないの。」


エレナは続けた。


「手紙‥‥手紙読んで思ったの‥。お姉ちゃん今まで一人で私や皆の事でとても悩んでたのに、私全然気づけなかった‥‥。いつも隣にいるのに、甘えちゃって‥‥こんなに苦しんでいたなんて知らなかった‥。だから今度は私がお姉ちゃんの力になりに行く。助ける事ができるか分からないけど‥‥でもここで待ってお姉ちゃんだけ一人で苦しませる事なんて‥‥もう私はできない。だって、私はお姉ちゃんのたった一人の妹だもん‥‥。」

「エレナ‥‥」


エレナの力強い言葉を聞いて俺は気づいた。

ーーそうか、そうだったんだな。解決方法が今なくても、今できる事を一生懸命すればいいんだ‥‥。そして前に少しずつでもいいから進むしかないんだ‥‥。


エレナはそう言って後ろを振り返って玄関に向かった。


「‥‥エレナ、俺も行くよ。」

「‥え?」


「カトレアさんには今日しか世話になってないけど‥‥お前の気持ちを聞いて力になりたいって思ったんだ。俺の今までの知識がカトレアさんを助ける事ができるか分からないけど、助けよう。」


「アキト‥‥。うん。」


エレナはそう言って右手で自分の目頭から流れそうな涙をぬぐった。


「‥‥それに、エレナ一人じゃ不安だしな。」

「ちょっと‥どういう意味よ、それ。」


二人はお互いに小さく笑いあった。


「よし、じゃあカトレアの力になりに行こうか。」

「うんっ!」


俺達二人はそう言って家の扉を開け、鍵をかけた後外に出た。

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