料理は練習の積み重ね
4/29-5/6のGW期間中は毎日配信します。
頑張ります。
エレナに何とか弁解し、誤解を解いた俺が一階に降りてみると、それまでベッドで横になっていたカトレアさんが立ち上がって台所にいた。
「身体は大丈夫なんですか?」
「エレナとアキトさんにご飯を作らないといけないでしょ?」
「いや、横になってください。ご飯くらい俺が作りますから。」
「でも‥」
「村の人達に内緒で家に泊めてもらってるんですから、これぐらいやらせてください。」
俺がそう言うと、カトレアさんは少し考えた後、
「‥じゃあお願いしてもいいかしら?アキトさん。」
と、微笑んで再びベッドに入り横になった。ベッドの上で咳き込んでいるのが聞こえる。
ーー無理していたんだろうな‥俺がこの街に無許可で入っているのに黙ってくれてるんだし、ここは料理をしてお返ししないとな。とはいえ、街を出てから数日間干し肉やナッツで空腹を凌いできたからなぁ。今日はちゃんとした料理が作れそうだ。さて、何を作ろうか‥
台所の前に立って献立を考えていると、二階からドアが開いてエレナが降りてきた。そして俺が台所に立っているのを見て少し不思議そうに尋ねてきた。
「‥何してるの?」
「ん?今日の献立を考えてるんだよ。」
「え?お姉ちゃんは?」
「ああ、無理して料理を作ろうとしていたから、向こうで横になってもらったよ。それで代わりに俺が作ろうかなって。」
俺がそう答えると、エレナはしばらく黙った後、
「‥え?」
と、顔を歪めてエレナが言った。
「何だよ、その顔。」
「だって‥料理なんて作れるの‥?」
「じゃあエレナさん、俺の代わりにします?」
俺がエレナに尋ねると、またエレナは再び黙った。そして、
「‥‥り‥。」
「え?何て言ったの?」
「あたしむり!」
「無理なんかい。」
ーー思わず突っ込んじゃったよ‥
「だってお姉ちゃんみたいに美味しく作れないんだもん。」
「まぁ‥カトレアさんの料理は確かに美味しそうだもんな、うん。」
「う、うるさいっ!」
エレナは少し怒った顔で俺をみていた。
ーー俺一人で献立考える大変だし、ここは‥
「でも、エレナ。それはちょっと違うと思うな。」
「‥どういう事よ。」
「そりゃあ、カトレアさんと同じ料理は出来ないかも知れないけど、カトレアさんだって初めは美味しく作れなかったはずだよ。でも何度も練習して料理を美味しくしていったんだと思うな。まぁ要するに、カトレアさんの料理を作ろうとするんじゃなくてエレナの料理を作ればいいんじゃないかな?」
「私の料理‥?」
「そ。俺だって正しい料理のレシピなんて知らないけど、この味とこの味を混ぜると美味しいかも‥?っていう単純な味の足し算で作ってるようなもんだしな。」
「‥そんなものなの?」
「そんなもんじゃないかな、初めは。」
俺はそう言ってエレナをフォローした後、
「じゃあそういう事なんで、試しにエレナも一品作ってみてよ。」
「えっ‥ちょっと‥!」
戸惑うエレナとすれ違い、俺は自分のリュックに料理道具を取りに行った。
ーーふふふ‥うまくいった。
背中に背負っているリュックの中には旅をする上で必要最低限の物を入れている。着替えは勿論、野宿できるように小さな鍋等も入れている。調味料も少し持っていて、街に到着する度に一通り、中身を確認して補充するようにしている。調味料といっても塩や醤油や味噌ぐらいだが、味付けするには十分だ。俺はリュックを開けて、調味料一式とナイフを取り出して台所に戻った。
「さて‥料理する前に何が作れるのか見ないとな。」
俺がそう言うと、エレナは俺の肩をトントンと軽く叩いて、さっき配給でとってきた袋を指差した。
「さっき私が配給で取ってきた袋の中に幾つか食材があったからそれも使おうよ。」
そう言ってエレナは配給袋の所に行った。配給袋の中を見てみると、数は一つか二つ位だが、幾つか野菜が入っていた。
「へぇ、配給って野菜も貰えるのか。」
「そうだよ。この集落の近くに大きな農場があって、そこでみんなで育てているの。」
「‥地下でも野菜が育てられるなんて凄いな。」
ここの集落は規律と役割がしっかりしているんだろう。もし別の街で実際に運用した場合、不満を言って多く貰おうとしたり、他の人の物を盗もうとする人が必ず出てくる。少なくとも俺が育った街はこんな事は出来ないだろう。逆に治安が良い集落だと言う事なんだろうな。エレナが素直な性格なのも、もしかしたらこの集落で生活してきたからなんだろうな。
「‥何見てるのよ。」
「いや‥エレナって素直だなーって。」
「ばっ!いきなり何言ってるのよ!」
そんな会話のやり取りが部屋の奥まで聞こえていたのだろう、ベッドの方からくすくすと小さな笑い声が聞こえてきた。
「エレナってアキトさんにはそんな顔をするのね。私にはそんな口調で言うことないのに。お姉ちゃん、少し寂しくなっちゃった。」
「か、カトレアお姉ちゃんまで‥!」
カトレアさんにもからかわれてエレナの表情は少し泣きそうになっていた。そしてキッと俺を睨んだ。
ーーいや、俺を睨んでも‥
俺はエレナから顔を背け、配給された野菜を見た。人参一本とキャベツ半玉があるから、野菜炒めができそうだけど、アクセントに携帯用の干し肉を加えて肉入りの野菜炒めというのも悪くない。
俺は野菜をナイフでトントントン‥と軽快に切った後、鳥の干し肉を一口サイズに切って火をつけ、フライパンで炒めた。塩と醤油、ちょっと味噌を入れて味付けすれば俺の野菜炒めの出来上がりだ。
「いやぁ、火力が違うなあ。こんな料理でもすぐに出来ちゃうな。」
「‥‥」
出来上がった俺の野菜炒めを見た後、エレナは一つ手に取り、口に放り込んだ。
「‥おいし‥」
「そりゃ良かった。まぁ何回もやっていけばエレナもこれぐらいは出来るようになるよ。」
「‥ほんと?」
「できるよ。ところでエレナは何を作るんだ?」
「う‥まだ何も決めてない。」
ーーまぁ初めて作るもんな。何作れば良いか分からないのも当然か。
俺は台所を見た。残った食材は玉葱一玉とさっき使った人参が半分。後はじゃがいもが一つ‥か。
「じゃあ‥味噌汁でも作てみようか。」
「みそ、しる‥?」
「俺が作り方を教えるから、言われた通りにやってみ?」
「うん、わかった。」
その後のエレナは真面目に集中して味噌汁を作り始めた。玉ねぎの剥き方や人参の皮剥きは多少俺が手伝うこともあったが、味噌で味付けをしたり、鍋にグツグツと煮込んでいる姿は一生懸命な様子だった。
エレナの料理の手伝いをしている時に気付いた事が一つあった。玉ねぎを切る前に、エレナ張り切って服の袖をまくった時、左腕に侵食痕がチラッと見えた。
「エレナ‥左腕のそれ‥」
「え‥?ああ、これ?子供の頃からあるんだよね。恥ずかしいからいつも服で隠しているんだけどね。」
エレナは左腕の侵食痕を見て答えた。
「それって‥大きくなったりするのか?」
「うーん、どうだろう。多分子供の頃からこの大きさだと思うな。」
「そっか‥」
俺はちょっとばかり安心した。エレナの身体にはまだ浸食が始まっていないようだ。浸食が始まるタイミングは分からないが、機械化を阻止できる方法をこれからの旅で見つけられればいいんだがな‥。
俺はそんな事を思い、エレナと二人で味噌汁を作り始めた。