ヴェンクリフト・アベル・7
店内は黒を基調とした内装だった。
照明の配置が絶妙で、店内にあるジュエリー達は艶やかな輝きを放っていた。
店に入ってすぐに貴賓を持て成す奥まった席に案内される。
茶と簡単に摘める菓子を出された。
公爵家のジルがいる為か、持て成しにも気遣いを感じた。
「婚約者のリリアに似合う物を欲しいのだが。出来れば髪飾りがいい。何か変わった作りの物があるだろう?」
ジルの言葉に店員は少し驚いた様だが、すぐに対応してくれた。
「こちらなど如何でしょう」
ヴェンクリフト・アベルの店員が髪飾りを出しながら言う。
「ああ、これだ」
ジルが納得した様に呟くと、店員はどうぞ、と差し出した。
「東方の国で流行っている簪という物をヴェンクリフトがアレンジして作りました」
その髪飾りは細いサークル状の宝石をあしらったプラチナを、同じくプラチナで出来た細い棒で留める物だった。
「よろしければ、今着けさせていただきましょうか?」
店員の申し出に頷く。
緩くアップにしていた髪を解かれる。
無造作にシニョンを作り、サークル状のプラチナをシニョンの部分に置くと、簪棒でサークルと髪を固定する様に留めてくれた。
大きな鏡の前に立つと、すかさず店員が鏡を持ち、後ろに回ってくれた。
「シンプル過ぎると思ったけど、意外と存在感があるのね」
繊細な作りにうっとりと見惚れてしまう。
「矢張り君にはこれが一番似合う。これを貰おう」
「こちらは一点物になっております。お似合いになる方を待っておりました。リリア様を飾れて大変光栄です」
店員は一礼する。
「ありがとうございます」
リリアがジルに礼を言う。
「大した事じゃないさ。本当に良く似合っていたから」
照れ臭そうに、ジルが後ろ頭を掻く。
「実はこれを君に贈るのは二度目なんだ」
ジルの呟きに、頭の中にクエスチョンマークを浮かべてから納得する。
ああ、タイムスリップの事。
納得したが、言葉には出さず頷いた。
「昼食の席で伺っても?」
不思議そうな視線を向ける店員の目を気にしてジルに言う。
ジルも頷いた。
「ありがとうございました」
ヴェンクリフト・アベルの店員に見送られ、一番街通りに出た。
食事は一番街から程近い場所で摂る事になった。
こじんまりとしているが、趣深いレストランだった。
席に着くと、ジルが注文をしてくれた。
特にリリアに食べたい物などを尋ねはしない。
驚く程性格が変わったジルではあったが、こういう端々の小さな所は変わっていないのだなと妙に安心もした。
しかし、運ばれてきた料理を見てリリアは驚いた。
見事にリリアの好きな物ばかりだったからだ。
驚きに目を見張っていると、
「どうした?気に入らなかったか?」
心配そうな顔をされた。
「いえ、好きな物ばかりで驚いたんです」
「ああ、いくら冷めた関係だったとは言え、十年も夫婦だったからな。好みの物くらい自然と分かるさ。少しは信じてくれる気になったか?」
リリアは返答に詰まる。
「そう……ですか。そういう物かもしれませんね」
リリアは戸惑っていた。
一緒に住んでいないとはいえ、婚約期間は既に十五年にもなる。
十年よりも長い期間になるが、ジルの事をリリアは余り知らない。
ジルを知ろうともしていなかった自分に気付いたのだ。
「さっきの髪飾りだが」
急に話しを振られ、つい食事の手を止める。
「えっ?」
「セリーヌが第一子を産んだ後に記念に何か欲しいと強請られたのだ。その時に外商が持ってきた物の中にあれがあった。セリーヌは見向きもしなかったが、何故か私は君に似合うと感じて購入したのだ。離れに追いやった癖に笑えるだろう?」
自嘲した笑いを浮かべるジル。
何か言わなければと思い、焦ってリリアは口を開く。
「でも、今は違います。本当に嬉しかったです」
「……そうか」
ジルはたっぷり間を空けて頷いた。
暫く会話をせずに食事を楽しんでいると、ジルが口を開く。
「今は週に一度教会に通っているんだったな。神父様やロペスといったか?仲良くしているのか?」
リリアは驚いた。
それはジルが全く知らない情報だったからだ。
「どうしてそれを?」
「言っただろう?タイムスリップしたと。別邸で働く者は皆リリアの味方だった。君の奉仕活動の事は自然と耳に入っていた。君を担当していた侍女が生前君が何度も娘時代に懇意にしていた神父様とロペスという見習いとまた会いたいと零していたと葬儀の時に話していた。よく失敗したが、料理が好きだったそうだな。玉ねぎを芯まで剥いてしまったと笑っていたと聞いた」
本当だったのか。
本当に、この人はタイムスリップしてしまったのか———。
気が狂っていた訳でもない。
夢でもない。
事実を言っていたのか。
教会の奉仕活動については調べればすぐに分かるだろう。
だが、玉ねぎの事についてはリリア以外にはロペスしか知らない事実である。
ロペスが人の失敗を他人に話す人物でないのはリリアがよく知っている。
途端———。
全身から血の気が引いていくのを感じた。
「リリア、大丈夫か?顔色が悪いな」
照明を絞られた自然光も余り差さない店内でも分かる程にリリアは青褪めていた。