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教会・5



「おはようございます!神父様、ロペスさん!」


リリアが馬車から降り、教会の裏手にある炊事場で作業をしている二人に挨拶をする。

二人は作業を止めて、やあ、と挨拶してくる。


「久しぶりだな、リリア!」


ロペスさんはリリアの頭を子供にするのと同じ様に撫でくり回す。


「ロペスさん、痛いわ」


髪がめちゃくちゃになってしまったが、リリアは気にしない。

いつもの事だからだ。


「今日は天気も良いですから、水分をよく摂りながら作業しましょうね」


神父に返事を返してリリアは水が溜まった桶で手を洗う。

料理の前に手をよく洗う事。

リリアが神父に最初に教わった事だ。


「リリア、君は玉ねぎを剥いてくれ」


ロペスに言われてリリアは玉ねぎの沢山入った麻袋の前に、どっかりと座り込んだ。


小さなナイフを持って不器用ながら懸命に剥いて行く。

剥いた玉ねぎを樽に入れて行く。


「今日のスープはなあに?」


「ポトフだ。美味いぞー!」


ロペスの言葉に僅かに空腹を覚える。

朝食はきちんと食べたにも関わらず、元気な腹だとリリアは思った。

リリアは玉ねぎを総て不器用なりに剥き終わる。

その間にロペスが器用に芋と人参を剥いてしまった。

ロペスに並んで材料を一口サイズに切る。

大きな鍋で少しのベーコンと切った野菜を炒めた。

たっぷりの鳥の出汁を加える。

じっくり弱火で火にかける。

その間に、小麦粉に塩と砂糖、果物で作った酵母、牛乳を入れてひと塊りになるまで捏ねた。

力持ちのロペスが捏ねるとあっという間だ。

そこにバターを加えて更に捏ねる。


「さて、生地を休ませている間にテントを出してしまおうか?」


炊き出しを行う場所にテントを張るのだ。

日差しがきつくなってきたから、食事を取りに来た子供たちや老人の事を考えてだ。


「にしてもリリアは変わっているな。貴族のお嬢さんの奉仕活動なんて名ばかりで普通使用人がやるだろう?」


ロペスが手際よく設営しながら話す。


「それも立派な奉仕活動よ。貴族は仕事を与える事も仕事なんだから。でも私は自分もやってみたいだけなのよ。所詮、偽善なのよ」


リリアが自嘲する。


「いいや、立派だよ。どちらも立派だ。善業に優劣は無いのさ。……神父様の受け売りだがな」


そう言ってロペスは大笑いした。

ロペスを見ていると、リリアは気持ちが軽くなる。

自由に風に吹かれて飛んでいる、渡り鳥の様な自由さがある。

ロペスはリリアの憧れの人なのだ。

いつか、彼の様に自由に優しくなりたい。

そう思うのだ。


「リリア、余計なお世話だと思うが、婚約者とは相変わらずなのか?」


大きな白い帆布を骨組みに被せながら聞いてくる。


「ああ、ジル様?」


リリアが問うと、ロペスは頷いた。

一瞬、ジルの症状を話そうかとも思ったが、やめた。


「変わりないわよ。別にいいのよ、それで。私はこんなだから、貰ってくれる人の所に有り難く嫁がなくっちゃ」


リリアが笑うと、ロペスは悲しそうな顔をする。

元々強面な顔が顰められると大層恐ろしい。


「ロペスさん、顔恐いわよ」


「おっといけねえ」


ロペスは無理矢理笑顔を作る。

以前顰めっ面をしていて炊き出しに来た子供たちに大泣きされた事があるのだ。

作った笑顔は、それはそれで恐いのだが、リリアは面白くて好きだった。


「二人共ーーー!鍋が大変な事になってますよーーー!」


神父様の慌てた声にロペスとリリアは慌てて鍋の元に戻った。



その日の炊き出しも、少し焦げ臭くはあったが、一応の成功を収めて終わった。


リリアは時間いっぱいまで孤児達と遊び、夕方頃に帰路に着こうとすると、ロペスに呼び止められた。


「リリア、もし困った事になったら必ず言うんだぞ」


いつになく真剣な顔をロペスがしていたので、リリアは不安になった。


「分かったわ」


リリアは短く返事をして、馬車に乗り込んだ。















心地よい疲れを伴い侯爵邸の自室に戻ると、物書き机の上に置かれたシルバーの盆に一通の手紙が乗っている事に気付いた。


「誰からかしら?」


送り主はジルであった。


中身に目を通すと、いつもの用件だけの短い手紙では無かった。

だらだらと綴られた手紙を読み進めると、なんとも言えない気持ちになる。


ジルの手紙の内容を要約すると、こうだった。


今、丁度劇場でリリアの好きな作家の演劇がやっているらしい。

チケットを取ったから、明日一緒に行こうと決定事項として書かれていた。


相手の都合や体調など考えないのかしら?


リリアは少し呆れはしたが、嫌悪感はそれ程なかった。

そうして思い当たる。

ジルと屋敷以外で会うのは初めてだと気付いた。

なんだか変な感じはしたが、気持ちを切り替えた。


ナタリーに明日の外出の為の準備を頼んでから、窓から外を眺めた。


今までに無い、新しい何かが始まろうとしている。

そんな予感がした。


空は身震いする程の真っ赤な夕焼けであった。

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