バルドー家にて・3
ジルは今までタウンハウスの本館の女主人の部屋、つまりジルの部屋の隣をリリアに使わせていた。
しかし、セリーヌを迎えるに辺り、リリアを離れに追いやった。
セリーヌは感激し、増長した。
女主人の仕事である屋敷の管理などはリリアに押し付け、屋敷の中や夜会では本妻の様に振る舞った。
ジルは二人の間にある問題には関心は薄かった。
声高に主張するセリーヌの意見を尊重する事が多かった。
セリーヌの方が手が掛かったからだ。
面倒だと思っていた。
本妻なのだから、愛人の管理くらいしっかりして欲しいと、あり得ない事まで考えていた。
そうして翌年———。
ジルがリリアと結婚して三年目の年が明けてすぐにセリーヌは出産した。
産まれた子は女児だった。
これにはガレル家もバルドー家も安堵した。
男児であれば揉める事になるのは、セリーヌを見ていれば一目瞭然だったからである。
そして、とうとうセリーヌに押され、正式に第二夫人にしてしまう。
それからは落ち着いた日々———ジルにとってはだが———が過ぎ、ジルとリリアが結婚して八年目の半ば。
セリーヌが第二子を身籠もる。
リリアは憔悴しきっていた。
結婚してから八年も経つのに子は愚か、夜の営みも殆ど無い。
それはけしてリリアの所為では無かった。
ジルの協力無くしては成り立たないものだからだ。
だが、今が天下とばかりに事あるごとにセリーヌはリリアを詰った。
ジルは、二人の微妙なバランス関係を知っていた。
知っていながら何もしなかったのだ。
勝手にやってくれと思っていた。
そもそもはジルの不実が引き起こした事だったにも関わらず。
勝手なジルは、この時になっても冷淡であった。
セリーヌの陰湿な行いは段々とリリアを追い詰めた。
そうして、九年目。
男児が産まれてしまった。
リリアは、その知らせを聞いてすぐに命を絶った。
果物ナイフで首を掻き切って事切れていた。
その亡骸を見た瞬間、ジルの頭の中をリリアの思い出達が埋め尽くした。
その時、ジルは気付いてしまった。
余りにも近過ぎて気付かなかった。
ジルの人生とは、リリアそのものだったのだ。
失って初めて気付いた事実に、ジルは狼狽え、自失した。
リリアの亡骸を抱き締め、呆然とするジル。
セリーヌは、ボロ切れを見る様に興味を失して、ジルにいつ本妻にしてくれるのかと尋ねてきた。
リリアの葬儀で会ったバルドー家の面々には酷く詰られた。
父であるガレル公爵も、母も、口には出さないが、娘同然に見てきたリリアの無残な人生に失意していた。
そして、そんな人生を与えた息子に失望していた。
それからジルは、週に一度の教会への礼拝以外は離れにあるリリアの部屋に篭った。
己を恥じ、後悔し、懺悔を繰り返した。
次第に食事を拒み、眠る事も出来なくなっていった。
ジルは、そんな生活を送り続け、リリアとの結婚から十年目。
気付いたらタイムスリップしていた、という事だった。
♢
「多分、そこでタイムスリップしたのは私が死んでしまったからだと思う」
痛みを堪える様に頭を抱えながら、ジルは言った。
リリアは、黙って聞いていた。
「本当にリリアには悪い事をしてしまった」
「まだ、してませんよ」
リリアは努めて明るく言った。
そうなのだ。
これはジルの混乱した頭が見せた幻影であり、実際に起こった話では無いのだ。
例え、ジルが本当にタイムスリップしたのだとしても、本当に起こるとは限らないのだ。
現に、今のジルはリリアの知っているジルでは無い。
人生はジルの為にあり、他人の人生ですら自らの踏み台であると思っていそうなジルはもう見当たらない。
しかし、リリアはこうも考えた。
実はここ一年程、リリアはセリーヌから嫌がらせを受けている。
夜会で会う度に陰湿な嫌がらせをされたりするくらいではある。
しかし、地味に面倒なのだ。
ジルに分からない様に小さな物ばかりであるから本当に地味な嫌がらせばかり。
それを絡めた様なジルの話には少しだけ驚いていた。
信じる訳では無い。
だが、将来の懸念を先に摘むつもりで、混乱状態のジルに付き合う事にリリアは決めた。
「ジル様、今までの私達はお互いを余り理解してませんでしたね。今後結婚し、仲睦まじく暮らして行く為にも、お互いの時間をもっと作っても良いのかもしれませんね」
例えジルの妄想と同じく、セリーヌとジルが恋仲になるとしても。
今から策を講じれば、ジルの妄想の様な惨めなリリアは回避出来るだろう。
リリアはそう考えたのだ。
ジルは頭から手を離し、濡れる瞳でリリアを見た。
そうして微かに頷いた。