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ガレル家・25


二人は応接間で対峙したままだ。


「第三次宗教戦争が起こるなんて俄かには信じられないわ。こんなに平和なのに」


ジルは立ち上がり、部屋の隅にある戸棚からグラスを二つ、度数の高い琥珀色の酒瓶を取り出した。

テーブルにグラスを置くと、グラスの三分の一に酒を注ぎ、リリアに片方を差し出した。


「もう予兆はある。カッシーリ派の残党達がある貴族の屋敷で談合をしていたという情報を独自に入手した。今は王と皇太子にどれだけ説得力を持って話を進める事が出来るかがキーだ。そう思って秘密裏に調査していたのだ。リリアと行った教会にも調査を既に行っている。間に合うといいのだが」

「ジル様、私の元に通いながら本当に忙しくされていたんですね」

「いや、大した事では無い。それより、あの教会のロペスという男の事を教えてもらえないだろうか?」


ジルがグラスに入っていた酒を流し込む。


「ロペスさん、ですか?」

「ああ」

「私が母から教会の奉仕活動を継いだのが、一年と少し前ですので、これは又聞きの話でもあるのですが、よろしいですか?」


リリアの言葉にジルが頷く。


「確か、七年程前だった筈です。先代の神父様が、丁度代替わりの為に隠居なさるタイミングでした。新しい今の神父様が、アルメティア国の東部の教会から派遣されてきたのです。アルメティア国の東部は、連邦国側との紛争地帯が近い所なのはご存知ですね?今の神父様はずっとその地で布教活動をされていましが、とうとう情勢がまずい事になり、先代神父様を頼り、このロマネ王国に来られる事になったそうです。どうやら聖教国で今の神父様が神学を学ばれていた際に教えていらっしゃったのが、先代神父様だった様なのです」


ここまではいいですか?とリリアが聞くと、ジルは相槌を打ちながら、グラスに酒を再び注いだ。


「その旅の道中で、傷ついた兵士を今代神父様が介抱されたらしいのです」

「それが、ロペスという訳か?では、連邦国の人間なのか?」

「いいえ、アルメティア国側の兵士だったと伺っています」

「ふん。続けて」

「そうして神父様は、ロペスさんに旅の理由を話したそうです。ロペスさんは、神父様の尊い教えに感化され、兵士を辞めたそうです。アルメティア国の東部から、この地までは、山や渓谷、濁流の流れる危険な川がありますから、楽しいばかりの旅では無かったと聞いています。しかし、二人で数多の困難を乗り越えてやってこられたのだと母に聞きました」

「なるほど」

「それからは、この地で二人、力を合わせてベルク神の教えを説いているのです。お二人の教義内容も、特段カッシーリ派の物ではありませんし、根っからの原理派の母が何も思って無かった所を見ると、先程のジル様の話とは齟齬がある様に感じますね」


リリアは言い終えてからジルに渡されたグラスに口を付けた。

度数は高いが、鼻に抜けるフルーティーな香りが、リリアには美味く感じた。


「そうなのだ。かなり執拗に細部まで調べてはみたのだが、何も掴めないのだ。確かにタイムスリップする前の時間軸では、あそこがカッシーリ派の残党の根城になっていた。しかし、叩けども塵一つ出ない。いくらかはカッシーリ派とのやり取りが出ても良さそうな物なのだが」


という事は、余程慎重に後始末をしているのか。

それとも、何か別の巧妙な仕組みがあるのか。

ロペスの事も、神父の事も疑いたくは無い。

リリアの大切な友人とも呼べる人たちだからだ。


「そういえば、今代神父の名はなんだったか?名簿が古く、先代神父の名しか無かったのだが」

「オルシス様だった筈です」

「何?!それは確かか!」


ジルは勢いよく立ち上がり、リリアに詰め寄る。


「母から一度聞きましたが、いつもは神父様とお呼びするので自信は無いですが」


リリアは驚きながらも答える。


「道理で何も掴めない筈だ」

「どういう事ですか?」

「あの教会が本体だったのだ」

「え?」

「さっき、ヒュブノスという男が前の時間軸で第三次宗教戦争を引き起こしたと言ったな?」

「え?ええ、その様に記憶しています」

「そのヒュブノスは、ついにその名以外は姿すら最後まで分からなかった。しかし、奴のいくつかの通り名と思われるものは分かっていた。それも数が多く、暗号の様になっているのか、一般には出回っていない。皇室と、ロマネ王国の三大公爵家のみが知っている情報だった。その内の一つが……」

「まさか」

「オルシスだ」

「そんな」

「その名はいくつかある奴を表す符号の内、もっとも可能性の低い名として早々に消されたものだった。だが、今考えてみれば不自然に早い段階から消されていた気がする。三大公爵家の何れかに裏切り者がいる」

「三大公爵家というと、ガレル家、サントワール家、セルケト家の何れかですか?そんな、そんな事」

「まだ確信が持てる判断材料が無いがな。これから調べてみよう」

「話を戻す様ですが、本体であるなら、余計に証拠が上がりそうなものですが」

「つまり、指示を出すだけだったのだ。教会にいるヒュブノスがこの国に潜んでいるカッシーリ派の残党に指示をするだけ。だから、物証になる様な物が出て来なかったのだろう」


リリアは、沈黙した。

本当に、あの優しい空間を作っていた神父やロペスが戦争を引き起こすのか。

戦争とは、何よりも下らない、残虐非道な行いである。

それを、あの二人が?

ユングですらも巻き込んで、引き起こすというのだろうか。

リリアは、掌のグラスに未だ残る琥珀色の液体に視線を落とした。

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