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祝賀会・21


「ジル様にこちらも相談してみます。お待たせして申し訳ありませんが」


「いいえ!一生に一度の事ですから、じっくり悩むのが良いかと存じます」


「ありがとう、ヴェンクリフトさん」


「大変結構ですよ。あっ、そうそう。レディは立太子記念祝賀会にはジル様と参加されますね?実はわたくしも呼ばれております」


ヴェンクリフトはデザイン画を端に纏めて茶に口を付けた。


「まあ、そうなんですか?」


「ええ。爵位を持たぬ者からも文化人枠として市民にも何人か声がかかったのです。ピエール・ルタロンや算術家のマルク・ギルドレッド、今代一の建築家のサミュエル・シンドラー等が招かれている様ですね」


「ピエール・ルタロンが?」


「おや、レディもお好きでしたか?彼とは古くからの知人でしてね。良ければご紹介致しますよ」


ヴェンクリフトは綺麗に整えられた口髭をひと撫でした。


「是非お願いします!」


「結構、結構。会場でお会い致しましょう。では、失礼」


革のケースを抱えて一礼した。


ヴェンクリフトを見送ると、丁度外は夕方頃であった。


もうすっかり陽が高くなってしまった。

夕日が目にしみる。


ヴェンクリフトとピエール・ルタロンが知り合いとは嬉しい驚きだった。

ユングだったら喜ぶかも知れない、とユングの顔が浮かんだ。

リリアはかぶりを振る。


ユングとはあの日以来会っていない。

本当は、昨日もユングと会う筈の日であった。

ユングは別れ際に、また来週と言っていた。

リリアは返事をせずに立ち去った。

どうしてリリアが急に来なくなったのか不思議に思うだろうか。

呆れているだろう。

だが、リリアが既に十五年も前からジルの婚約者であると知ったら余計に失望させてしまうだろう。


リリアは、胸の痛みを堪える様に抑えた。











ジルと共に王城に到着すると、既に祝賀会は始まっていた。

丁度王太子の挨拶が始まっていた。


ジルに付いて数人に挨拶を交わす。

すると、ヴェンクリフトが一人の病弱そうな隈の深いギョロ目の男性と共に現れた。


「ジル様、レディ。お久しぶりです!ジル様、レディ、こちらがピエール・ルタロンですよ!」


ジルはピエールに握手を求めるべく右手を差し出した。


「お噂は予々。ジル・ガレルです」


ピエール・ルタロンはジルの握手に応える。


「初めまして、ガレル様。しがない物書きです」


リリアは一礼する。


「初めまして。リリア・バルドーです。先生の作品をお読みしていつかはお会いしたいと思っておりました」


「光栄です、レディ」


ピエール・ルタロンはリリアの手を取ると、儀礼的な挨拶のキスを甲に落とした。


「以前、彼女と貴方の作品の演劇を観ました。彼女など、泣いてしまって慰めるのに苦労しました。素晴らしい話でしたよ」


「そうですか。今は三本が上演中の筈ですが、どちらを?」


「無知の誘惑です」


「ああ、成る程」


ルタロンは神経質そうに口端を持ち上げた。


「あれはわたくしの様な人間には理解し難い話でしたな。わたくしは好きません」


ヴェンクリフトが肩を上げる。


「君の様な浅はかな男には分かるまい」


「と、まあ彼はこの様に皮肉屋です。しかし悪い男では御座いません」


ヴェンクリフトがそう言った所で丁度、ジルが知り合いの伯爵に手招きされた。

少し行ってくる、とリリアに断って中座した。


「先生、作品を書いてある事以上にあれこれ詮索するのはマナー違反かと存じます。でも、読者が空想する事は罪ではありませんか?」


「頭の中までは縛れませんよ。何か気になる点でも?」


ピエール・ルタロンが給仕からグラスを受け取り、喉を潤す。


「男は最後に妻を許すシーンがありますね」


「ええ、ありますね」


「知っていて道化を演じたんじゃないかと、最近思ったんです」


「どうして?」


「愛は途方も無くという先生の作品の少女と男が重なるのです。どうしても」


「貴女は聡明な女性の様です」


「珍しい、ピエールが女性を褒めるなど!レディ、滅多に無い事ですよ」


ヴェンクリフトが驚嘆した。


「しかし、まだ深みが足りない若いワインです。何れ熟成されますが、自分を任せる樽を間違えない事です」


「それは男の様にですか?」


「それは貴女次第でしょう。男の様なクライマックスを迎えるか、少女の様な結末か。もしくは妻の様な無知に甘えるか。私には分かりませんがね。もし、迷いがあるなら、貴女に真心を注いでくれる人物に委ねる事です」


真心———。

リリアはピエール・ルタロンの言葉を反芻した。


「まあまあ!ピエール!貴方が人に助言するなど!珍しい事もあるものですね」


「君は僕をなんだと思っているのかね?全く、不愉快な男だ!」


暫く三人で歓談していると、ヴェンクリフトとピエール・ルタロンは二人の知人に誘われて去っていった。


リリアは一人になって、ジルの姿を探すが、見当たらない。

きっとシガールームに行っているのだろう。

少し疲れたリリアは、先程の二人との会話を思い出しながら、休憩室を目指してホールを出た。


ホールから休憩室には王城の裏庭を通って行かなければならない。

渡り廊下を歩いていると、不意に手を引かれた。



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