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国立図書館・17


こんなに悲しい話であるにも関わらず、ピエール・ルタロンの『愛は途方も無く』は優しい物語だと感じる。

いつでも傍らにいる少女が王を励まし、勇気付けている。

王は最後まで少女に救われているのだ。

方や王はというと、いつもピリピリと張り詰めていて国を支える為に苦悩している。

王は結局少女の死を知るまで自分の気持ちにも気付かない程疲弊していたのだ。

少女はそれが分かっているから求めない。

王に精一杯の愛情を与え続けるのだ。

だから読後感は悲しみと、少しの優しさを貰えた気になるのだろう。


どこまでも男の話とは違う。


あの男の話の題名は何だったか………。

リリアは喉元まで出掛かった答えが出ない。



「この少女はリリアに似ているな」


不意にユングが溜め息混じりにそう言った。


「ええ?似てないわよ」


「似ているさ。似ているよ……。この王にとって少女が希望であったように、私にとってもリリアはそうだ。私の近くに掛け値無しに居てくれる。似てるじゃないか」


「まだ会って二回目じゃない。これから凄く大変なお願いをするかもしれないわよ?」


「してくれる?少女の様に倒れる前に」


「そうするわ」


「本当に?リリアは意地っ張りだからなあ。以前に感想を交わした時も頑固だったから」


「それはユングよ!貴方って子供みたいだから」


「お互い様だろう?リリアはやっぱり頑固だ。危なっかしいからずっと見ていないと」


やんわりと微笑んで、ユングはリリアの耳から落ちた一房の髪を摘み、口付けを落とした。

リリアは途端に頰が熱くなり、動悸が激しくなる。


「こんな気持ち……、初めてだ」


「私も……」


自然に溢れた言葉は本心であった。

この時リリアは、ユング以外の総てを考えられなかった。

侯爵家の娘でも無く。

ジル・ガレルの婚約者でも無く。

リリア自身の本音だった。


「リリア、リリア。私のリリア」


君の総てを手に入れたい———。


そっと耳元で囁かれた言葉は、甘く熟れてリリアに馴染んでいった。


リリアは思うのだ。

私は少女では無く、男の妻だったのだ、と。

リリアは目蓋を閉じる。

それはいけない事だ。

理性が咎める。

しかし、抗えないのだ。


運命という牢獄からは———。




リリアはそこで思い出す。


ああ、『無知の誘惑』だったかと。

ピエール・ルタロンの演劇の題名は確かにそうだった。


ジルが言っていた事は本当だったのだ。


リリアは経験してしまったのだ。

心変わりの瞬間を。


もう元には戻れないだろうとリリアは悟った。


正に、無知の誘惑である。













薄暗い部屋である。

暗幕により、部屋には一片の日の光も無い。

そもそも今が昼であるのか夜であるのか知らない。


大勢の人間が暗闇の中に蠢いている。

部屋の真ん中にある円卓に蝋燭が一本。

ゆらゆらと炎を燃やしている。

円卓を囲む様に集っている。

何れもフードを被り、真っ黒なローブを着ている。


「え?予定より十年も早いでは無いか」


フードを被った中年くらいの声が言う。


「ああ、しかし、タナトゥス様のご意思を継がれるヒュブノス様が決められた事だ」


若い青年が答える。矢張り怪しげなフードを被り顔が見えない。


「新たな予言が下されたのか」


人々は歓喜の声で叫ぶ。

どうやら彼等にとって待ちに待った展開らしかった。


「おお、素晴らしい!」


「名誉ある聖戦に生きている内に参加出来るとは。儂は運が良い」


老人はフードの隙間から見える眸に蝋燭の火を写している。

狂気的な色合いだ。


「この大いなる戦いを率いるのは我らの救世主であるユゼフファルスコット様である」


おおっ!と再び響めきが上がる。


「酷い弾圧に耐え、時には同朋にすら裏切り者の烙印を捺されながらもタナトゥス様の教えを守り、血を脈々と受け継いだルーズベルト家の末裔。ユゼフファルスコット様以外に我ら命運を預けられるお方はいない!」


そうだーっ!怒号が上がる。

人々は口々に歓声を上げている。


宴は今最高潮を迎えた。


「今こそ三百五十年前の同朋達の雪辱を晴らすのだ」


「来たれ!」


「我々の聖戦は間も無く始まる!」


「タナトゥス様に勝利をっ」


「同朋に栄誉をっ!」


「原理派に血と涙の雨をっ!!」



これはロマネ王国、首都のある貴族の屋敷での事である。


彼等以外には知る者は居ない、秘密の宴。


静かに、近寄って来ているのだ。


忍び寄って来ているのだ。



時代を変えようとする足音が。











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