国立図書館・16
そうして、帰り際に孤児院に寄った。
子供達がまた少し成長した気がする。
子供の成長は大人より早い。
その内一足飛びで追い越されてしまうんじゃないかと勘違いしてしまう程早いのだ。
孤児院で一番小さなマルクは、この前まで掴まり立ちをしていたというのに、大地を踏みしめヨチヨチと歩いていた。
まだ覚束ない足元ではあるが、確実に成長している。
上にいる兄姉代わりの孤児院の子供達が手本なのだ。
成長も早い筈である。
綺麗な物だけをその濡れた美しい瞳に写して育って欲しい。
そう思うのは傲慢だ。
悲しさや怒り、別れや出会い、様々な事を経験して育つから分別のある大人になれるのだろう。
だが、リリアは願うのだ。
どうか、この子供達にとって世界が少しでも優しくありますように、と。
♢
「やあ、待っていたぞ」
ユングが先日会った場所に置いてあるテーブルに腰掛けてリリアに挨拶する。
「あれだけ言われたら来ない訳にもいかないでしょ?」
嬉しさを気取られない様に、少しツンとして言う。
ユングはそれでも嬉しそうにしている。
何故か負けた気分になって余計に素っ気ない態度になってしまう。
「リリア、今日はどんな本を読ませてくれる?」
「そうね……。ミステリーなんてどうかしら?」
「リリアが読むのは子供騙しばかりだ」
「そうかもしれないわ。でも素敵な探偵が出てくるのよ。頭脳明晰な探偵が助手の青年と一緒に難事件を解決するのよ。色々な女性が探偵の前を通り過ぎるの。でも彼は心に決めた女性以外に靡かない紳士なのよ。素敵でしょう?」
「そうか?分からないな」
「取り敢えず読んでみて」
「そうしようじゃないか」
二人は静かに読書を始める。
リリアとユングは様々な世界に二人で旅立った。
名探偵と陽気な助手の青年と巡るミステリアスな世界。
遠い異国で起こったたった一人で迫り来る何万もの敵から守った軍師の話。
対立により引き裂かれた恋人の物語。
ジャンル問わず読んでいく内に、ユングは意外にも恋愛物の小説が好きな様だった。
特に、ピエール・ルタロンの作品、『愛は途方も無く』が気に入った様だった。
読み終わったユングは涙を堪えていた。
鼻をすすりながら肩が震えている。
読了後の余韻に浸っているようで、リリアは暫く声を掛ける事が出来なかった。
「これは好きだ」
ユングが絞り出す様に言った。
「良いお話よね」
「……ああ。言葉も出ない」
あらすじはこうだ。
一人の孤独な王が居た。
王はいつも民の事を考えていた。
しかし、それは時には非情な決断をしなければならない時もある。
一人の人間を生かす為に沢山の民を犠牲にする訳にはいかない。
王が下す決断で家族や大切な人を失った者は王を恨んだ。
時に罵声を浴びせられながらも、王は信念を曲げなかった。
理解者が居たからだ。
王がまだ王子の時に狩りに出かけた時に出会った少女だ。
少女は王の周りの人間とは余りに違った。
王に何も強請らず、いつもただ側に居てくれた。
王にとって一番の理解者だった。
少女と過ごした掛け替えの無い時間。
これからも当たり前に続いて行くと王は思っていた。
しかし、ある年飢饉が国を襲う。
大変な被害を出した。
王はいつもの様に非情な仮面を被った。
国庫を開き、貴族達から寄付を募り、総てに平等に行き渡る様に手配した。
翌年、国政が落ち着いた頃に少女の居る村を訪れた。
少女は居なかった。
少女の妹は黒い服を着ていた。
王は聞く。
少女は何処か。
妹は首を振る。
———死にました。
王は妹から少女の死を聞いて崩れ落ちた。
少女が王と懇意にしている事は村の皆が知っていた。
空腹は人を狂わせる。
どうせ王様から贅沢させて貰えるのだろう。
少女には国からの物資が届かなかった。
少女は少ない蓄えを二人で暮らしている妹にすっかり渡した。
妹は何度も王に事情を話す様に伝えた。
少女はその度に拒否した。
———本当に愛する者を見つけたのなら、求めてはいけない。
最後には痩せ細り動けなくなった少女が妹に言う。
王を恨んではいけないと。
———私は貴方様を恨む事も出来ません。
妹は拳を握りしめていた。
王は、嘆くのだ。
———愛する者を守る為に私は一欠片のパンも与えられないのか。
物語はこうである。
ジルと見た演劇は人間の欲望や闇を描いた作品である。
対してこちらは純粋な愛を描いた作品だ。
リリアはこの二つの作品は対を成す一つの作品の様に感じるのだ。
作者のピエール・ルタロンも言及してはいないが、リリアはそう思うのだ。
愛と憎は表裏一体なのだ。




