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教会・15

一頻り話に花を咲かせると、ジルが胸ポケットから懐中時計を取り出した。


「いけないな、君といると時間を忘れてしまう。今日は第三皇子の宮に届け物をしなければいけないのだった」


「届け物ですか?相変わらず忙しいんですね」


「ああ。大した物では無いのだが、皆第三皇子の宮には行きたがらないのだ。第二妃様が厳しい方だからな」


「ジル様は大丈夫なんですか?」


「聞き流せばいいだけだからな。それに、第三皇子は長く第二妃と家庭教師以外とは余り関わりが無かった。皇族の方々でも滅多にお会いにならなかったそうだ。私もつい先日初めてお会いしたが、純粋なお方の様で新鮮で楽しいのだ」


「そうなんですか。確かに夜会などでも第三皇子はお見かけしませんね。お身体が弱いとか聞きましたけれど」


「そうらしいな。最近まで王家所有の地で第二妃と静養されて居たそうだ。快方に向かい、久々に戻って来たらしい。だが、国政に携われる程の体力はないらしいから、今継承権の返還の件でやり取りがあるのだ」


「へえ、そうなんですか。体調が少しでも良くなったのは幸いですね」


「ああ。素直な方だ。良くなってくれて私も嬉しい」


ジルは優しく微笑んだ。

本当に嬉しそうな顔をしている。

ジルが最近忙しそうにしていた理由が垣間見えた。

以前はジルがこうして携わっている仕事の内容も聞いた事が無かった。

今は断片とはいえ、知れて嬉しい。

リリアはそう思った。


「ああ、本当にいけない。来週のヴェンクリフトの店に行く件、手紙を出すから待っていてくれ。予定がある日はあるか?」


(めい)の日と(くれ)の日は無理です。教会と図書館の日ですから」


「そうか、分かった。すまないが、これで失礼する」


慌ただしくジルはリリアの部屋を去った。

手紙を出すという事は来週まで会わないつもりなのだろう。

それでも今までよりは会っている。

毎日の様に顔を合わせる今の方が日常では無い筈なのに。

リリアは少し寂しく感じた。


考えても仕方ないと、読みかけのルイーユ・ジェルダンの竜騎士を手に取った。


今読んでいるのは、竜騎士シリーズの五作目の作品だ。

副題は、竜騎士と蔦の塔の姫。


物語の主人公は、騎士の中でも選び抜かれた者だけがなれる花形の竜騎士隊隊長だ。

いくつもの戦場を駆け抜け、弱きを助け、強きを挫く。

正義感溢れる男だ。

そんな竜騎士が初めて恋を自覚する相手が蔦の塔の姫である。

強い魔力を持ち、忌子といわれて高い塔に幽閉されてしまった姫と竜騎士が偶然出会う。

会った瞬間に惹かれてしまった竜騎士と姫は、すれ違いながらも乗り越え結ばれる。

そんなストーリーらしい。

ナタリーが先に全部読み終わってあらすじをすっかり喋ってしまった。

顛末まで聞かされて苛々したが、楽しみにしていた作品の最新刊だ。

気を取り直して続きを開いた。


物語は丁度竜騎士と姫の出会いのシーンだった。


塔の上で一人閉じ込められている姫に竜騎士は言う。


———こんな高い塔の上で何をしている?



その余りにもな台詞についつい先日出会ったばかりのユングが重なった。

無神経な所が似ている。

リリアは思わず笑みを浮かべて、その台詞の行をなぞった。

無神経な裏に隠された無邪気な好奇心。


竜騎士とユングは似ている。

屈強な竜騎士の可愛らしさが出ている台詞だ。


リリアがそう感じるのは何故なのだろう。

リリアは、ユングに早く会いたいと思った。


可愛い私の大事な友人———。














「リリア、今日は一人なんだな?」


ニヤリと口端を持ち上げたロペスが聞いてくる。

ジルの事を指しているのはすぐに分かった。


「一人ですよ。この前はすいませんでした」


前回のお祈りの日にジルがロペスを挑発してしまった事をリリアは謝った。


「いやいや、俺も大人気なかったな。良かったじゃないか。話に聞いていたよりリリアを大事にしている様で安心したよ」


ロペスは手を振り、謝罪を受け入れてくれた。


「本当に最近なんですが、今までよりは一緒に居て苦痛になる事は減りました」


「大進歩だな。一時期二カ月に一度の面会も嫌がっていたのに。仲が良いのは良い事じゃないか」


「来年には結婚ですからね。本当に改善してホッとしています」


「リリアが嫁に行くのか。娘が嫁ぐ気持ちだな。俺子供いないけど」


立ち話もなんだから、と教会の裏手にある談話室に誘ってくれた。

有り難く受けると、茶の用意までしてくれた。


「これ、子供らと焼いたんだけど」


そう言って不揃いの焼き菓子を出してくれた。

素朴な見た目の、素朴な優しい味だった。


「美味しい。後で皆に会っても良いですか?」


「俺に聞かなくても良いだろう?自分の家と同じ様に振る舞えばいいんだから」


ロペスが片目を閉じる。

見た目は強面だが、妙な愛嬌があるのだ、ロペスは。



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