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バルドー家・14






図書館に行った翌日、ジルはリリアの部屋を訪ねてきた。


「あら、またいらしたんですか?」


「ああ。昨日来てみたが、居ないと言われた。国立図書館に行ったそうだな。変わった事はなかったか?」


「……ええ、特には」


昨日会ったユングの事は黙っておいた。

彼との心地良い時間は話したくなかったからだ。


「君はどんな本を読むんだ?矢張り単純明快な冒険物語や、胸が焦がれる様な恋愛物語が好きなのか?」


「ええ、基本的にはそうですね。分かり易いハッピーエンドが好きですね」


「私は余り物語自体読まないのだが、おすすめは矢張りピエール・ルタロンか?」


「ああ、それも好きです。新刊は必ず買いますね。最近は、ルイーユ・ジェルダンの竜騎士物語にはまっています」


「ほう、ルイーユ・ジェルダンか。一度サンジェルマン伯爵の所の夜会で会ったな。気が多い者らしく、女性を侍らせて楽しんでいたが」


「えっ?ショックです。硬派な物語ばかり書いてらっしゃるから、その様な素敵な方だとばかり思ってました」


「悪い奴では無かった。部屋に篭って紙とペンと格闘していると、外に出た時くらいは女性に甘えたいと言っていたな。密閉された執務室の様な空間から外に出ると開放的な気分になるから、少し分かる気がすると言ったら笑われてしまったな」


「なるほど、それなら少し分かります。でもそれで女性に走るとは堕落的では?」


「ベルク神は同性愛以外は容認されている。堕落とはならないだろう?」


「まあ、男性はそういった発散も必要かもしれませんね。私には分かりませんが」


リリアが言い切ると、ジルは正面からじっとリリアの瞳を覗き込んだ。


「ピエール・ルタロンの妻の例がある。実際に、ボニータ侯爵の未亡人は毎夜若い蝶と何がしかのスキャンダルを作り出している」


「それは稀な例ですよ。大概のロマネ王国の淑女は貞淑です」


「私は否定しない。心変わりは総ての人間に起こり得る事だ」


「貴方にもあると言う事ですか?」


「ああ。現に私はあった」


「タイムスリップ前の事ですか?」


「ああ。私は君を愛した」


リリアは途端に頰が熱くなる。

咳払いをしてから仕切り直す。


「貴方が愛したのは今の私ではありませんよ」


「根本は同じ人間だ。魂は変わらない」


「それは詭弁です」


「だが、君にもある筈なんだ。そんな心変わりの瞬間が。まだ経験した事が無いか、一生経験しないかは、運命のみぞ知るといった所だ」


「今日は私を虐めに来たんですか?」


リリアが口を尖らすと、ジルは笑う。


「可愛がっているのだ。私なりに」


「呆れました。ジル様の可愛がるとは虐めと同じだったんですね」


「ああ、リリア。すまなかった、機嫌を直してくれ」


リリアがふいっと顔を背けるとジルは苦笑した。


「リリア、頼む。もう意地悪はしないから」


「……本当ですか?」


「ああ、ベルク神と君に誓う」


「じゃあ許してあげます」


リリアが口元に手を当て小さく笑うとジルは目を細めた。


「いいな。ずっと見ていたいな、見ていられたらいいな」


ジルが追憶を辿る様に遠い目をしてリリアを見る。

何故、ジルの色素の薄い瞳に悲しみが映るのか。

以前語ったタイムスリップの記憶を思い返しているのだろうか。

それとも、違う懸念があるのか。

リリアには分からなかった。

ただ、ジルの心が癒える日が早く来ればいいのに、と思った。

十年は長すぎる。

十年後、リリアが当たり前にジルの側に居る事が出来れば、ジルが負った心の傷は癒えるのだろうか?

分からなかったが、なるべくその時側に居たいと思った。

これ以上はジルを傷付けない様に。

リリアはそう思ったのだ。


来年、二人は夫婦となる。

もう以前の様な不安は無い。

政略結婚ではあるが、相手が心を開いてくれるだけで、とても心強いのだと知った。


「ジル様、来週また街に散策に行きませんか?またヴェンクリフト・アベルに行きたいんです。結婚式で使うチョーカーのデザインをお店でデザイナーに相談したいんです」


「屋敷に呼ぼうか?」


「いいえ。この前ジル様と出かけた時、とても楽しかったので。また二人で行きたいと思いました」


「君、あの日泣いたじゃないか。てっきりもう懲りたと思ったんだが」


「それはそれ。これはこれなんですよ。楽しかったのは事実ですから」


「分かった。ではヴェンクリフト本人に予定を合わせる様に伝えておく」


「そんな大袈裟な」


「大袈裟では無い。一生に一度だ、普通はな」


ジルがにやりと笑ってリリアを見る。

ジルの言葉にリリアは思わず笑ってしまう。

そうだ、この人は二度目なんだと可笑しくなってしまった。

未婚なのに結婚歴があるなんて。

かなり可笑しな人だ。


「以前も私のアクセサリーはヴェンクリフトが?」


「いいや。多分違う。バルドー侯爵家はヴェンクリフト本人とは繋がりが無く、一顧客だった様だから。私が手配していたら違ったのだろう。だから、今回は一番美しく着飾った君が見れる」


「まあ!精神年齢が上がった所為かしら。本当に口が上手いわ」


リリアは呆れた。

しかし、嬉しくもあった。

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