国立図書館・13
国立図書館の中は、木と紙の匂いと、微かな紙を捲る音で充満していた。
真ん中のホールは吹き抜けになっている。
吹き抜けの周りをぐるりと囲む様に中二階中三階と連なる造りだ。
その各階を繋ぐ階段がある近くにカウンターがある。
本は原則貸し出し禁止であるが、閲覧や書き写しは可能である。
また、目当ての本が見つからない場合はカウンターにいる司書に聞けばいいシステムだ。
リリアは立ち並ぶ数多の本の中から、冒険や魔法で楽しく彩られた物語を二冊選ぶ。
そうして、ホールを囲む五階部分へ上がる。
黒に近い重厚な赤絨毯を踏み締めて、少し奥まった窓際の席に着く。
腰掛けて本を開くと、あっという間に本の世界に没頭出来る。
暫く読み耽っていると、本に微かに影が掛かる。
顔を上げると、透き通る程に白い肌に黒髪の際立つ美貌の青年が立っていた。
「真剣に読んでいるから何かと思ったら子供騙しな小説じゃないか」
リリアは突然見知らぬ人物に気に入りの本を馬鹿にされ、ムッとする。
「人の読んでいる本を覗き見するなんて悪趣味です」
リリアが思わず言い返すと、相手は驚きに目を見開く。
「お前は私を知らない?まあ、いいか。下らない内容に下らないと言って何が悪いんだ?」
「下らないかどうか判断するのは読んでいる私です!読みもしないのに批判するのはやめてください」
「じゃあ、読んでみる。貸せ、娘」
「娘じゃありません。リリアという名前があります。それに今読み途中ですから他を当たってください」
顔を背けて読み出すと、静かに青年が前の席に座る気配がした。
「では、リリア。終わったら貸してくれる?」
「はい、良いですよ。読み終わったら貸します。図書館の本は皆の物ですから」
不遜な態度から急に少年の様な可愛らしい返答をされてリリアは思わず笑ってしまった。
暫く夢中で読み進めると、物語はハッピーエンドで終わった。
流石に待っては居ないだろうと、本を閉じ、視線を上げると、頬杖を突いて半眼でリリアを青年は見つめていた。
「面白かったか?」
「はい、面白かったですよ」
どうぞ、と渡すと青年は読み出した。
リリアも残りの一冊を取り、読み出した。
パラパラと紙を捲る音が心地良い。
物語は等しく人々を自由にする。
リリアの求める自由を簡単に与えてくれる。
だからリリアは本が好きだった。
「読んだぞ。矢張りくだらなかったな」
青年は詰まらなさそうに言った。
「読んでもどう感じるかは等しく自由です。貴方にとっては詰まらなかった。でも、私は面白かった。それで良いじゃないですか」
リリアが苦笑しながら言うと、青年は言う。
「何をどう感じるかは自由だと?リリアはそう言うのか?」
「ええ、そうです。同じ感性の人間ばかりじゃつまらないじゃないですか」
「そうか?私は母にはそう習わなかった」
「お母様に?」
「ああ、母がこれはこうだと言えばこう。こっちはこうだと言えばこう。そう言う物だと思っていた。母の言う正義が正しく神の導きになっている。そう聞いたのだ」
「じゃあ、お母様の言う通りの事が正しくなかった事は?」
「分からない。あるのかも知れないが、私は知らない」
「違うかもと感じる事も罪ですか?誰も見れない心の中でも?」
「神は見ている」
「やだ、幾ら何でもベルク神様もそこまで暇じゃないですよ。地上にいる幾多の人の心の中まで総て覗くなんて無いですよ!」
リリアは思わず笑った。
とんだ箱入り息子だと思ったからだ。
「でも母は、そう言うんだ。教師もそう言っていた」
「じゃあ、悪ーい事を考える時は部屋を暗くしてしまうのはどうですか?」
「なるべく見つからない様に?」
「そうです。隠れてこっそりと」
「神に意味があるとは思えない。でも参考にしよう」
青年は可笑しそうに笑った。
「リリア、気に入った。もっと話しがしたいな」
「じゃあ、二冊目は私の取って置きを読ませてあげます。感想を語り合いましょう」
「また下らないと思ったら?」
「徹底的に討論しましょう。私の好きな物語にケチ付けるなんて許せませんから」
「心は自由ではなかったのか?」
「そうです。だから自由に議論しましょう。貴方と私が納得するまで」
二人で目を見合わせて笑う。
初めて会った人物ではあるが、ウマが合うのか、リリアは心地良かった。
「貴方では無い。……ユングだ」
「ユング様……」
「違う。ユングだ」
「じゃあ、ユング。分かりました」
「違う。分かった、だ」
リリアは一息吐く。
「分かったわ、ユング。降参よ」
ユングは満足そうに笑った。
端正な顔立ちからは想像も付かない強引さに、リリアは押し負けた。
また暫く本を読み、語らう。
昼食も忘れて没頭した。
夕刻になる頃には、まるで産まれた時からの友人の様にあっという間に親しくなってしまった。
「次はいつ来る?」
「まだ決めてないけど」
「いつ?」
強引なユングに本日何度目かの苦笑をして、
「じゃあ、来週の同じ時間に」
ついつい約束をしてしまうのだった。




