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71王家の影

 カツとその者達との付き合いは、もう十年になっていた。


 初めの五年は、彼らが何なのかすら分かっていなかった。ただ、神具の素材を国内の各地へ採集しに行かせるぐらいのもので。何せ、王宮からろくに出たことも無い、当時十にも届かぬ歳の幼子だ。どうやら彼らが自分に付き従っていることぐらいしか理解できなかったのは仕方あるまい。


 カツが、彼らの使い道が完全に間違っていたことを知ったのは、クレナからやってきた間者に襲われた時だ。カケルの名を叫び、刀を振りかざして迫りくる。どうやら、兄と間違えて殺されそうになっていたらしい。


 死を覚悟していた。父王からも、王子である以上、何もせずとも常に敵ありと言い聞かせられていたので、カツは意外にも冷静に、その時が来てしまったのかと受け止めていた。


 なのに、直後に上がったのは断末魔のような声。無論、カツではない。強襲してきた数名の体から血飛沫が上がり、それは噴水のような勢いを成したかと思うと、少しだけ彼の衣を濡らした。


「ご無事でしたか」


 ふと見ると、足元の男から声がする。それに頷いた時、ようやくその者達の真髄を知り、その在り方と向き合えるようにになったのである。


 あれから五年。

 カツは、その者たちとの出会いを思い返し、成すべきことを見定めるようになっていた。


 元々は、兄、カケルへの対抗心がきっかけだった。

 それは、新年の宴でのこと。毎年正月には、香山の関に併設された宮で、ソラとクレナの王族が一同に介することになっている。宴では飲み食いの他にも、神への祈祷、そしてシェンシャンの奉奏を行う。その年は、クレナの末姫であるコトリが、初めてソラの王族へシェンシャンを披露する場であった。


 音を聞いた途端、息が止まりそうになった。理屈ではなく、体が「これだ」と反応したのだ。もしかすると、その奏では人を酔わせるような即効性の毒だったのかもしれない。もしくは永遠に醒めない甘い夢。しばらく体が痺れて動けなかった。


 そんな見目が美しいだけではない少女に魅入られたのは、カツだけではなかった。二人の兄もコトリに釘付けになり、はっとして手を伸ばそうとした時には、既に一番上の兄、カケルがコトリの側にいた。要するに、カツは完全に出遅れたのだ。


 カツ達兄弟は昔から仲が良いが、やはり年長の者を慮り、立てるといった気風は守られている。兄がコトリの手をとったならば、それを邪魔建てすることはできない。いくら本能的に欲しようとも、兄と競うなんてことは思いつかなかった。


 そのはずなのに。

 どうやっても、うちに秘めた靄が晴れないままである。


 カツは、この気持ちを人に打ち明けることにした。ちょうど正月に合わせて、叔父がソラへ戻ってきていたのだ。


「まだちっちゃいのに、ませたガキだな」


 叔父は、王の弟にあたる。例にも漏れず神具師なのだが、この男は一所に留まるということを知らない。ソラ国内だけでなく、帝国の勢力圏まで彷徨っては、神具の材料を収集しているとか。


「そうか。兄貴に負けるのは悔しいよな。よく分かるぞ」


 叔父自身も弟という立場故か、カツの気持ちには共感できたらしい。大きく頷きながら、何度もカツの頭を乱暴に撫で回した。


「ならば、俺のとっておきをカツに引き継ぐとしよう。そろそろ次の代を決めた方が良い頃合いだったから、丁度いいしな」


 そうして紹介されたのが、全身黒づくめの集団である。それを率いている者は、一番と名乗った。名は無いらしい。手練を上から順に並べて最も強い者を一番と呼ぶことになっている。と、叔父は説明した。


「この者達は、代々ソラ王家の影として仕えている一族だ。カツには、彼らの主となってほしい。きっと力になってくれる」


 カツは歓喜した。

 しかし、それをすぐにコトリを振り向かせるために使うことは、思い至らなかったのである。なぜならカツは、五歳にして既に神具師であったからだ。


 良い神具を作り、強くなれば、自ずとコトリは自分を選ぶのではないか。そんな思い込みと共に工房に籠もり続ける日々。

 カケルがクレナへ旅立ってからは、徐々に何か間違えていたことにも気づきつつも、それは見ぬふりをしてきた。とにかく、ただ実直に神具師としての技を磨き続けることこそが正しいと信じて。


 風向きが変わったのは、父親が衰弱し始めてからだ。王宮内の様子は、すっかり変わってしまった。兄からの文で、コトリの様子も知れるようになった。


 もう、思い込みの自分だけの世界に隠れてばかりはいられない。早速クレナへコトリの身辺を守るための者をを派遣した。そんな矢先の兄弟会談だったのである。


 久しぶりに会った兄、カケルは、カツの目から見ても逞しくなっていた。生きる力に燃えていた。同時に、自分のコトリへの想いが、いかに薄っぺらかったのかも理解できてしまったのだった。


 ならば、次にすべきことは何か。


 カツは、宰相アグロ、クレナ王、そして今までぼんやりと生きてきた自分に対する苛立ちと怨念を滾らせていく。


 叔父は死んでしまった。もう、カツの本音を聞いてくれる人はいない。けれど、この手には力が残った。

 今こそ、これを正しく使うべき時だ。


 王家の影達は、国境をものともしない。まずは、帝国に数人を放とう。コトリにどれ程の危険が迫っているのか、正確に知る必要がある。


 クレナへ送った者へは、別の指示を与えねばなるまい。コトリの身辺はカケルの知人達の縄張りのようなので、一旦手を引く。代わりに、クレナ王の手の者を駆逐しよう。さすがの兄も、ここまでは手が回らないだろう。


 王宮内も、さらに危険になる。兄クロガの身辺も警護しておきたい。今後の動き次第では、いつ宰相に目をつけられるか分かったものではないのだ。


「お前達。今後は、兄上達を全面的に支援する。コトリ様の幸せはカケル兄上と在ることなんだ」


 カツは、なるべく低い声で重々しく告げた。威厳を出しておきたいのだが、上手くはいかない。声が少し掠れた。


 通称一番の男が、驚いたように顔を上げる。不味いと思ったのか、すぐに視線を地面に落としたが、その動揺はカツにも伝わってきた。


「これからは忙しくなるよ。君達の働きに期待している」


 コトリを想って泣くのも、諦めることを決意して泣くのも、これが最後。


 カツは、気づいてしまったのだ。おそらくコトリは、ソウである兄のことも、カケルとしての兄のことも、両方とも好いているということに。兄からの情報を繋ぎ合わせて考えると、それが一番辻褄が合う気がするのだ。


 カツは、工具を固く握りしめる。静かに座すと、作りかけの神具の表面に、その刃をあてた。するりと一片が剥けて、中の白い木肌が顕になる。ゆっくりと息を吐いた。


 いずれ、王家の影の存在は、兄カケルにも明かさねばならぬ時が来るだろう。でもそれは、カケルが無事にコトリと想いを通わせてからにしよう。それぐらいの意地悪は許されるのではないか。そう考えでもしなければ、今のカツは平静さを保つことができないのだ。


 そうして影達が各地へ散っていった頃、クレナの楽師団もまた、帰途についたのである。



所謂、忍びみたいなものが王家の影達ですね。

忍びって浪漫がありすぎるので、書いていてニヤニヤしてしまいます。

彼らは、裏方としてコトリとカケルの役に立ってもらう予定です。


ソラ編はこの辺りでおしまい。

次話は、新キャラの話です。

国の動乱を描く上で、コトリ達とは違った立場の人にもスポットを当てたいと思っています。





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