59ニシミズホ村
それが届いたのは、カケルがいよいよソラに向かって発つ朝のことだった。夜明け前の霧に紛れて現れた平凡な男は、店の裏手にある馬屋にいたヨロズ屋の下男に、文を渡して寄越したのである。
「何か言っていた?」
カケルが下男に尋ねる。
「暁の空へ届く紅の橋、とおっしゃっていました」
これで、文を開けずとも大方の内容は分かってしまう。さらには、差出人に詩の才能が無いことまで知れてしまった。
最終的な荷の確認は、ゴス達に任せてある。カケルは一度店の奥の部屋に戻って、文を読むことにした。
「なるほど。そう来たか」
予想通り、ミズキからである。カケルから提案された通り、ソラの暁という組織と手を組むことを承諾するということだ。
しかし、それには条件があった。ミズキ達の本拠地である彼らの故郷へ出向き、暁が信頼に足るものであることを証明した上で、手を組むことを仲間達に説得して来いと書かれてあったのだ。
「ちょっと下手を打ったかな」
本来ならば、商人としてのカケルが、親切心から二つの組織の橋渡しをしただけのこと。その交渉が決裂したところで、困ることは何もない。だが、ミズキとの会話の中で、コトリへの拘りを語ってしまった。ミズキ達に、暁と繋がることで、より力をつけてほしいという願望が、強く伝わってしまったのだ。故にミズキは、この話をつけたければカケルも動けと、圧力をかけてきたのである。
今のミズキは女に扮してソラへ移動中だというのに、わざわざこんな文を送ってくるなど、器用なことをする。ミズキの仲間はカケルが考えているよりも数が多く、その影響は都の内外に広がっているようだ。
カケルは、早速ゴスを呼んで相談した。
幸いその村は、ソラ方面と逆方向ではない。やや遠回りにはなるが、立ち寄ることはできそうだ。
「腕の見せ所だな」
神具師としてではなく、商人、そして王子としての器が問われる場面である。
◇
ヨロズ屋の馬は、街道を急ぐ。通常の倍の速度での移動だ。これを叶えるソラの神具、疾風の蹄は、馬に風の神の力を分け与えるものだが、やはり生き物である以上、無理を重ねれば消耗してしまう。カケルは馬に、「すまない」と「がんばれ」を交互に声かけながら、ついに目的地に到着した。
その村の名は、ニシミズホと言う。近づいていくと、村の境界には土塁が築かれていて、門には簡素な槍を握った屈強な男が二人立っている。
「ここは、ニシミズホ村ですか?」
カケルが尋ねると、一人がぶっきらぼうに答えた。
「そうだ。お前達は何者だ?」
「我々は神具を作って売っている商人で、ヨロズ屋と言います」
「あぁ、話は聞いている。入れ」
どうやらミズキは、故郷にも一応の連絡はつけてあったらしい。ひとまず村に入ることができて一安心。
と、思っていた時もあった。
「皆さん、どうなさったのですか?」
門から入って村の広場に出た途端、大勢の武装――――と言っても、農機具を振りかざしているだけだが――――した男達に取り囲まれてしまったのだ。
カケルはこんな事もあろうかと思っていたので、さして動じたりはしないが、ゴスをはじめ、共にやってきた神具師の男は警戒を顕にしている。
「どうもこうもないってんだ!」
「よくも、お頭をたぶらかしてくれたな」
「他所の国と通じたともなれば、俺達は殺されちまうかもしれん」
「ちゃんと責任とってくれんだろうな?」
カケル達も男だが、日々肉体労働をしている農民からすればモヤシ同然の軟弱さにしか見えない。それを四方八方から鋤や鎌を持って脅されるとなると、絶体絶命にも見えた。
だが、カケルは一人、心底おかしそうに笑っている。
「ゴス、やれ!」
それを聞くやいなや、ゴスは懐にあった扇子を取り出して一気に開き、舞を舞うかのようにしてその金箔の乗った扇面でさっと空気を切り裂いた。
次の瞬間、彼らの全方位の男達が哀れな声を上げて地面にひっくり返る。突然足が浮いたのだ。風が吹き寄せたかと思ったら、見えざる手が男達の足を引っ張り上げた。
何が起こったのか分からず、皆が一時呆然としていたが、我に返った者から次々と再びカケル達に挑もうとする。しかし、誰一人としてそれ以上近づくことができない。なぜなら、そこには見えない盾があったからだ。
鎌を振り下ろすと、柄が折れる。拳を振りかざすと、腕にカパリと深い傷が入って、とろとろと血が流れ出す。
つまり、一定以上の距離に物が入ると、強烈な風がカマイタチのように吹きすさぶのである。
「気味が悪い」
「妖術の類か?」
負け惜しみや恐れが入り混じった怒号が上がった。一見、村にやってきた商人達は丸腰で、本人達は微動だにしていないように見える。なのに、一切の攻撃が阻まれているのだ。にわかには信じられぬ事である。
「あんた達……何なんだ?」
カケルは薄い笑みを浮かべたまま、言い放った。
「ただの神具師ですよ」
ソラでは、玄人の神具師を相手取って喧嘩するなど、正気の沙汰ではないと言われている。何せ、道具を通して神の力を借りる彼らは、頭脳派でありながら、戦闘能力が高いのだ。しかし、クレナの民はそれを知らない。クレナにおいて神具師は、ソラにおける奏者と同じぐらい珍しい存在なのだから。
「ここは要塞か、砦のようですね。誰か、まともな話し合いができる人はいませんか?」
すると、集まっていた野次馬の人垣が割れて、一人の女が姿を現した。
珍しく荒事がありましたが、カケル達が無双してしまいました。
どんな神具なのか、いずれ詳しく描く機会があればいいのですが。。。
次話もどうぞ読みにいらしてくださいね!
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