表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/214

50本殿の奇跡

 コトリから話を聞いたスバルとヤエは、その奇天烈な発想に驚くことはなかった。


「では、禊をいたしましょう」


 神との対面、それすなわち神事に値する。コトリは白装束に着替え、境内の最奥にある岩屋の影の小さな滝の前へやってきた。スバルが祝詞を唱えて場を清める。水があまり得意ではないコトリだが、この暑い季節ともなると進んで水辺へ入って行った。


 浅瀬に蹲ると、彼女なりに気合の入った声を上げ、胸元で印を結ぶ。ヤエは水を桶で汲んで、コトリの頭に浴びせかけた。


 濡れた紅の髪はいつもにも増して艶を出している。滴る雫が形の良い額を伝って長い睫毛に達し、それがさらにぽたりと落ちて、赤い唇を濡らす。衣はぴたりとコトリの身を包み込み、その滑らかな白い肌と同化して見えた。


 まだ幼さを残しつつも、大人になったばかりのコトリの色香。スバルは立場を忘れて息を飲んでいた。


 最後に禊をしたのは、昨年の暮れだったか。凍死しそうだったあの時と比べれば、随分と心に余裕がもてる。コトリは独特の呼吸法で辺りの爽やかな空気を吸い込むと、一心不乱に祝詞を唱え、その身を浄化していった。



 ◇



 禊を終えると、コトリは王女らしい高価な衣を身に纏う。裳裾がいつもよりも長い。ヤエはコトリの髪を丁寧に櫛って、頭上二髻に結いあげた。化粧も施して、巫女にも見える金の大きな冠のような簪を額の上に差し込む。素晴らしい出来栄えだ。


「それで、本当に供物は無くても良いのでしょうか?」


 コトリは、スバルにカケルから聞いていた話を語って聞かせていた。神具師は物で神を釣るようなことをするらしいが、奏者が神と会う儀式など前例が無いのだ。スバルは、ただシェンシャンを弾けば良いと言うが、コトリは腑に落ちなかった。


「私が思うのに、シェンシャンの奏者は、儀式を行わずとも弾きさえすれば神と繋がりを持つことができるはずです。シェンシャンの音色は神の声なのだから」

「そうですわ。下手に変な物をお捧げするよりかは、姫様にしかできないことをお見せする方が、神は姿を現してくださるような気がします」


 ヤエまでがそう言うので、コトリは彼らの言葉に従うこととした。未だ半信半疑だが、駄目であればまた方法を変えて挑めば良いだけのこと。

 コトリは、拝殿のさらに奥にある本殿へと向かっていった。


 茅葺きの大きな御屋根を持つ高床の社殿。神の住まいである。中には、空国の始祖ソラの最高傑作と言われるシェンシャンが御神体として置かれている。拝殿とは異なり、通常人が入って何かをすることは想定されていないため、規模はさほど大きくない。


 ヤエが鍵を開けて小さな戸を開くと、スバル、コトリの順に中へ入っていった。

 途端に気づく。ここは、他とは全く違う。


「神気で満ちている?」


 楽師団に入ってから神気を意識して奏でるようになったコトリ。いつの間にか、肌でそれを感じることができるようになっていた。


「そうだね」

「スバル様は、既に神気が見えるのですか?」

「まさか。多いか少ないかは分かっても、見えるわけではない。もしコトリが成功したら、私も見えるようになりたいものだね」


 本殿奥には一段高くなった場所があり、その中央部には高貴な者を守っているかのように重い御簾が垂れ下がっている。両側には青々とした榊の葉と御神酒、そして灯籠が備えられていた。


 それらを真ん中に臨む場所へコトリが座す。ヤエから手渡されたシェンシャンを抱えて、弾片を握ったその瞬間、世にも不思議なことが起きた。


 突如として、御簾の中が明るくなる。白い光が御簾の合間から突き抜けて、コトリ、ヤエ、スバルの顔を照らしだした。


「シェンシャンが、光っている」


 大神官であるスバルも、このような現象を見るのは初めてだったらしい。光の源、その形はシェンシャンに見えた。

 発せられているのは光だけではない。高密度の神気。人智を超えた圧倒的な何かが三人に訴えている。


 こちらへ、来いと。


「呼ばれているのですわ」


 ヤエがコトリを見る。


「そうだ。御神体が、コトリに手招きしているんだ」


 スバルも大きく頷いた。


 コトリはその眩しさに目を細める。夏の太陽とは全く異質の光。これだけ強烈であるのに危険な感じはしない。自然と惹かれてしまう。そんな温かで神聖な光。


 コトリは歩みを進めた。一歩。また一歩。

 そっと御簾の端を両手で持ち上げる。

 シェンシャンが見えた。


 次の瞬間、シェンシャンの中から白い煙が吹き出した。


 かのように、見えたのだが――――


「なんで、ルリ様より先にあたしに会いに来ちゃったんですかぁ?! このままじゃ叱られちゃいますっ。責任とってもらいますからね!」


 あたり一面、白い世界。

 目の前にいたのは、まだ幼子のような少女であった。



コトリ達がいるクレナやソラは、日本で言うところの奈良時代に近い設定のファンタジーとなっています。

そんなわけで、日常的にお風呂に入る習慣はありませんので、禊は唯一の身を清める機会かもしれません。

ちなみに、お布団も無いので、けっこう不便というか、生活はしづらい状態かと思います。

一方、帝国は、電気ガスなどは無いものの、かなり近代化している洋風文化です。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『琴姫の奏では紫雲を呼ぶ』完結しました! お読みくださった方は、よろしければアンケートのご協力をよろしくお願いいたします。(Googleフォームです。)
こちらからよろしくお願いします!



小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ