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40努力の結果

 正妃から渡された木箱の中は、最高級の壺に納められたアヤネの遺骨だった。その壺も、趣向が凝らされた繊細な色合いの美しい織物でくるまれており、仮にも側妃であった母がその立場に相応しく扱われていたことにコトリはほっとするのである。


 あの正妃であれば、既に都の外の辺鄙な場所へ土葬し、コトリには素知らぬふりをすることも考えられた。それだけに、此度のことは信じられぬ程の僥倖なのである。


 遺骨はすぐにも墓地へ納められた。墓地と言ってもただの野原だ。


 時折風が吹き抜けるものの、体が干上がってしまいそうな暑さの中。集まったのはコトリとサヨ、そして場所を斡旋したヨロズ屋からの数名という少人数である。


 生い茂る夏草を掻き分けて、印となる石を置き、その下に穴を掘って骨壷を埋めた。コトリは、数少ないアヤネの形見の一つである、シェンシャンの弾片も一緒に入れた。


「お母上が亡くなられたのは、随分前のことなのかね?」


 ゴスがコトリに尋ねる。


「はい。帯解きの儀よりも前のことでした」


 少女が、子供用ではなく普通の衣を着始める儀式のことだ。クレナ国では、七歳で行われる。アヤネが亡くなったのは、コトリが六歳になってすぐのことだった。


 確か、ごく内々のささやかな喪の儀式が行われたが、コトリはその全てに参加することは許されず、しばらくは本当に母親が亡くなったとは思えず呆然として過ごしたものだ。


 一方で王は、まだ喪に服していても良い時期にも関わらず、直後の正月は例年通りに宴を催して祝った。その無情さに深く悲しんだことも、コトリは思い出す。


「ようやく、きちんと弔うことができて嬉しいです」


 サヨは、労るような視線をコトリに投げかけた。コトリは大丈夫だというように、ややぎこちない笑顔で応える。


 その後は、カケルが埋葬祭と称して祝詞を読み上げた。彼は神職ではないが、神具を創る上で欠かせない祝詞の奏上には慣れているため、買って出たのだ。


 この祝詞は、亡き者を家に留めて守護神とするためのものである。今のコトリには家と呼べる場所は無いのだが、きっと彼女を守る神として、母がいつも側に居てくれるだろう。ゴスがそう言うと、コトリはまた俯いて涙ぐんだ。


 王宮を出られて良かった。

 共に弔ってくれる者達がいて良かった。


 コトリは、ふつふつと胸の内に湧き上がるものを感じ、決意を新たにするのである。


「私、もうあの王の好きにはさせないわ。私のこれからは、私が切り拓くの。見ていてね、母上」


 不遇の王女だった。だが、逆境の中で強い心を育ててきた。それが、今のコトリが持つ一番の財産かもしれない。


 

 ◇



 それから十日が経った。

 思いがけず良いことがあると、次は悪いことが巡ってくるものである。禍福は糾える縄の如し。


 新人達は、朝早くから、例の閉塞的な部屋へ集まっていた。呼び出したのはアオイである。


「今日集まってもらったのは、来月ソラで行う奉納楽の件です」


 コトリを含め三人とも、予想通りの話であった。


「今年の新人は優秀につき、この中から二名をソラへ連れていきます。サヨ、ミズキ。そなたらは遠征の準備をなさい。他の選抜楽師と共に合同練習も怠らぬように」


 サヨとミズキは、二人の間に座るコトリの方を申し訳なさそうに見つめた。普通は入団してからの練習が報われたことを静かに噛み締め、心の中では両手を上げて喜ぶところ。だが、コトリのことを思うと、とてもそんな気持ちにはなれないのである。


 コトリは、来るべき時が来てしまったと、ただ淡々とアオイの言葉を受け止めていた。わざわざ、コトリを連れて行かないと言うのではなく、残りの二人を連れて行くという表現をするところに、優しさすら感じていた。


 それでもその落胆は、池に落ちた大きな石のように、どう足掻いても浮かび上がれそうにもない程重いもので、目には何も映していないようだった。


「コトリ。私達の遠征期間中は、どこで何をしようと自由です。ただし、私達が帰還した暁には、そなたが真に楽師団の一員として相応しくあることを証明するのです。私は」


 アオイの言葉が、突然止まった。コトリが見上げると、苦しそうな眼差しだった。


「私は、あなたの成長を楽しみにしています」


 コトリは、一拍おいた後、頭を下げて返事に代えた。


 コトリとて、何もせずにこの日を迎えたわけではない。寝る時間も削って日夜稽古に励み、合同練習に参加できない代わりにサヨやミズキ、ナギと合わせる練習も続けた。たくさん汗を流し、時に涙を流した。とにかく、努力したのだ。


 努力とは、必ず自分に報いてくれるものだと思っていた。そしてシェンシャンは、いつだってコトリの味方であり、武器であった。


 だが、それも今日までのようだ。


 コトリは、ソラへ行くことができなかった。


 アオイが去った。

 コトリは、ふらふらとした足取りで立ち上がる。サヨには敷地の一番端にある水洗の厠まで行くと告げたが、その後すぐには部屋へ戻らなかった。


 一人に、なりたかった。



次回は久々にコトリ&カケルの話です。

(本作、一応、異世界恋愛ジャンルのお話なのですよ!)

ぜひ読みにいらしてくださいね。



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