18異例づくめのシェンシャン
「順を追って話そう」
カケルは、そっと目を伏せた。
いつかコトリに自分で作ったシェンシャンを贈りたい。そう思ったのは、出会った瞬間だったかもしれない。
あれは新年の宴でのこと。クレナ国とソラ国の王族が向かい合って座し、その真ん中でシェンシャンを堂々と奏でる乙女。コトリだ。
彼女が初めてその役目を果たしたのは、六歳のこと。カケルは八歳だった。
ソラ国王族は、生まれながらにして神具を作る才に恵まれている。と同時に、代々王族の男は、良いシェンシャンの弾き手に惹かれてしまう。きっとこれは、初代王ソラから脈々と受け継がれる習性のようなものだろう。それはカケルも例外ではなく、瞬時にコトリを気に入ってしまった。
実は、当初コトリに目をつけていたのはカケルだけではなかった。当時齢五歳、三歳だった弟達までも、コトリの音色に反応していたのだ。それを警戒したカケルは、早速コトリを口説こうと動き始めたのは言うまでもない。翌年には、早速シェンシャンを作って土産にした程だ。
しかし、王族同士の付き合いである以上、勝手に直接コトリに渡すことはできない。そこでクレナ国王に「クレナの素晴らしい奏者へ」と言葉を添えて贈ったわけだが、すげなく返されてしまった。後で知ったことだが、クレナ国王はシェンシャンを全く弾けない人物だったので、自分には不要だという意思表示だったらしい。
そこで、数年後、新年の宴のためのシェンシャンとして改めて贈ったところ、ようやくコトリの手元に渡ることとなった。しかし、演奏後はまたもやクレナ国王から返却されてしまう。確かに当時のカケルは、まだ職人としての腕が成長しきっておらず、元々コトリが持っていたシェンシャンよりも見劣りがしてしまったのだ。
カケルは、いよいよ腕を磨いて次こそは受け取ってもらえる物を作ろうと張り切った。そして翌年、ソラ国王族の女共にも意見を求めて工夫したシェンシャンが完成する。ようやく、と勇んで宴の土産にするも、なんとコトリは新たなシェンシャンを手にしているではないか。確認すると、それはクレナ国国宝の一つで、初代王クレナの遺品でもあったのだった。つまり、ソラの作品なのである。
コトリが奏でるソラのシェンシャンは、非の打ち所の無い外見の美しさ、そして音色だった。
カケルは、敗北を知った。それも、先祖にだ。
カケルは、密かにソラを超えることを誓った。ソラを超えれば、コトリに手が届く気がしたのだ。
まず、コトリのシェンシャンをたったの一年で作り上げるという思考を捨てた。コトリはクレナか、クレナ以上の弾き手に違いない。そんな彼女には、真に特別なシェンシャンが必要なはずだ。
カケルは、ソラ国の王家直轄地に出向き、神木を切り倒すところから始めた。これまでのように、ただの上等な木を使うのではいけない。材料の一つ一つから徹底するのだ。
ここまで聞き終えたゴスは、叱りたい気持ちよりも呆れの方が勝っていた。
「神木のこと、王はご存知なのか?」
「いや」
ラピスも、自分よりもやんちゃなカケルの過去を聞いて遠い目をしている。だが、カケルは意に介さない。
「実は他にもいろいろ無茶をして、俺の知る限りの最高のものを揃えた。後は、工具だ」
ゴスとラピスは、とうとう、あんぐりと口を開けて固まってしまった。これも、神木を使うのに匹敵する異例の事態なのである。
通常、カケルのようなソラ国王族は、三歳の祝いに自分のための工具を与えられ、それを生涯大切に使い続けるものなのだ。
神具を作るための工具は、神を宿していない。神を下ろすためのものに、別の神の名残をつけるわけにはいかないからだ。それでも、長く使えば自分のためだけの工具の神が憑くことになる。それは例外的に、作る神具に影響しないものとされてきた。
つまり、新たな工具を検討したり、工具を変更するということは、ほぼ有り得ないことになる。
「で、新しい工具って、どうやって入手したんだよ?」
ラピスが先を急がせた。
「いや、新しくないものを使うことにした」
「まさか」
ゴスの顔色が悪くなる。カケルは、最終的にルリ神を降ろすことをやってのける男だ。となると、アレしかない。
「その、まさかだ。ソラ様の遺品を使ったんだよ」
卒倒しそうになるゴスをラピスが支えた。
「それって、あのキキョウ神が降りてるっていう伝説の」
「そう、それ」
キキョウ神は、ルリ神と対で語られることが多い。キキョウ神は神具師を保護する神だ。ソラは、この神を味方につけたからこそ、クレナが納得するシェンシャンを作ることができたと言われている。ちなみに、クレナ国の社総本山に安置されている御神体の国宝シェンシャンに、当初ルリ神を降ろしたのもソラだ。
「なるほどな。だから、できたんだ」
ラピスは、もう何を言われても驚かないと思いつつ、相槌をうつ。
「でも、親方。体は大丈夫だったの?」
「まぁね」
実は、ソラの遺品、特に工具には呪いがあるとも言われているのだ。それは、愛するクレナと共に在れなかったソラの怨念が宿っているというもの。使えば、使った者の魂を乗っ取ったり、傷つけたりするという伝承があるのだ。
これはカケルも知っていたことだが、うまく切り抜けたらしい。
「ちょっと細工したら、キキョウ神に認められたよ」
「ちなみに、それはどんな?」
ラピスが怖いもの見たさで尋ねてみる。
「工具に祝詞を書き込んだんだ。好きな子のために神具を作って贈りたいから、力を貸してほしいってね」
「国宝に落書きを……」
ゴスはそう言い残し、ついに倒れてしまう。カケルは、独自性の高い祝詞を落書き呼ばわりされて不服なようだった。
「下準備はこんなものかな。後は職人魂をかけて丹念に作り込んでいくだけ。これで本体が出来上がって、最後にルリ神を口説いて降ろしただけだ」
「え、それ端折りすぎ!」
生産系の話は、なぜか長くなってしまいます……