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外伝2 アダマンタイトの女

 それは、テッコンが放った鷹の眼で、アダマンタイト兵が一斉に山脈の向こうへ撤退していくのが確認されてから一月後のことだった。アダマンタイトの使者団が紫国へ入ってきたのだ。


 しかも武器らしい武器も持たず、人数も十人程度という少なさ。それには、姿を補足したカツの影達を始め、報告を受けたミズキ達も驚きを隠せなかったが、ひとまず監視をしながら、新しい都へと迎え入れることになった。


 紫国としては、奏でによる神の導きにより、アダマンタイト軍を正体不明の力で捻じ伏せた自覚がある。しかし、こうもあっさりと全軍撤退してしまったのは不可解であり、第二軍がいつ来るのかと戦々恐々としていた最中でもあった。


 故に、その使節の目的が分からず訝しみながらも、相手国の思惑や情報を知る良い機会と捉え、国として歓迎することに決めたのである。


 まず、都のあらゆる場所、そして建てて間もない王宮が美しく清掃された。さらに、菖蒲殿や姫空木殿、旧ソラ王族、その他有力貴族や商人からもたらされた建国の祝いの品々から、特に見目麗しい物が選ばれて、宮のあちらこちらに飾られた。


 女官や侍女、侍従、文官達も、目まぐるしく準備に駆けまわる。そうして、極東の一国として恥ずかしくない威厳と風格ある備えができたのは、到着の僅か一日前だった。大変慌ただしいことであったが、間に合いさえすれば全て良しなのである。


 さて、彼ら使節団は、一つの箱馬車を守るようにして移動を続けていた。おそらく中は貴人と思われ、カツの情報では女人である可能性が高いとされていたが、それは正しもあり、誤りでもあった。


「アイラと申します。そしてこちらが、息子のダヤン」


 子連れだったのだ。


 アイラは、相対するミズキに対してへりくだるでもなく、かと言って見下すでもなく、あくまで対等かのように渡り合ってくる。目鼻立ちが整った、やや迫力のある女。自らの美貌に自信もあるのだろう。年はサヨと同じぐらいに見えたが、肝の座り方はもっと上にも感じられる。


 付き人の申すところによると、アダマンタイト王家の一人娘で、帝国に嫁いでいたようだ。しかし、この度生まれた国へ慌ただしく戻ってきたと。ミズキが事前に仕入れることのできた情報は、ここまでである。


「それで、どういった御用で、はるばる我が国に?」


 ミズキは王になって日が浅い。もう少し腹の探り合いのようなことをすべき場面かもしれないが、あくまで庶民の家に突然の来客があったかのように、気安く尋ねてしまった。妻として隣に座すサヨは、アイラに軽く見られやしないか気が気でなかったが、そんな懸念も全て消し飛んでしまったのが次の言葉だ。


「私を娶ってください。それが、停戦の条件です」


 ミズキは動揺を隠すことができなかった。戦絡みの話が来るとは考えていたが、こんな形の要求になるとは思ってもみなかったのだ。しかし、愛妻家の男は、一瞬言葉を詰まらせたものの、すぐに笑顔を作って口を開く。


「妻は二人も要りません」


 実質、アダマンタイト側の譲歩を蹴散らしたようなものだった。近くで座すハトは頬を強張らせる。そうなれば、次はもっと大軍がやってくることになるのかもしれない。そんなことが脳裏によぎった瞬間、アイラがさらにとんでもないことを言い出した。


「ならば、私が妻になりますので、その者を配下に下賜されてはいかが?」


 アイラの視線はまっすぐにサヨを射抜いている。

 王宮内の謁見の間は、それでなくても冷える季節なのに、氷点下よりもはるか下回る空気になったようだった。


 ミズキは困るというよりも、呆れや憐さを含んだ眼差しでアイラを見つめる。


「アイラ殿は我が国に住むことをお望みのようだ。しばらくの間であれば、滞在していただく屋敷を用意することはできる。しかし、本格的にこの地へ根を下ろしたいのならば、もう少し我が国に見あった立ち振舞いや、常識を学んでいただく必要がありますね」


 妻になりたい理由は分からないが、詳しい説明が得られない以上、勝手に都合の良い解釈をしておくしかない。アイラは金茶の長い髪を片手で肩の後ろに流しながら、いかにも不機嫌そうに一歩を踏み出した。足を隠しても余りある、長い裾をつけた布の山が、王夫妻を圧迫するかのように前へと雪崩込む。


「私、王女として恥じない教育を受け、帝国でも決して他の高貴な女達から引けをとらぬ存在でしたの。なのに、このような扱い、許されると思って? しかも、こんな小国の常識など、取るに足りないことを……」


 ミズキの我慢はそこまでだった。


「それにしてもアイラ殿、やけに少ない人数でのお越しでしたね。とても、姫君の御一行とは思えない、例えば……身内にすら隠れて逃げているかのような、お忍びに見えましたが」

「それは……」


 これにはアイラも、さすがに顔を少し引き攣らせることしかできなかった。ここは他国の本拠地である王宮であり、付き人もおらず味方は皆無。このまま、本物の姫ではないとか、要求は聞かなかったことにするなどと言って、切り捨てられてもおかしくないのである。


 ミズキは、見る者の鳥肌が立つぐらい、わざと綺麗な笑みを深めた。


「今、あなたに付き従っていた方達には、別の場所で長旅の疲れを癒してもらっているところです。あなたも早くお休みになられた方が良いでしょう」


 アイラは息を飲んだ。既に付き人達が、紫国の手に落ちてしまったということを理解したのである。事実、付き人達は、カツの部下達がそれ相応のもてなしをしているところであった。おそらく明朝までに様々な情報が暴かれて、すぐにミズキの耳へ入ることとなるだろう。


「では、そうさせていただきますわ」


 先程までの堂々たる風体が鳴りを潜め、アイラはすごすごとその場を辞していった。


 あれから一月。アイラは与えられた屋敷に居座り続けている。それだけではない。時折、紫の者の目を盗んで勝手に敷地を抜け出してはミズキの前に現れ、色仕掛けに及ぶこともある。幸い、そんなものに流されるミズキではなかったが、サヨへの嫌がらせも見られることから、事は少しずつ深刻化しているのが確かだった。


 本来ならば、早くアダマンタイトへ送り返したい。しかし、一応帝国からの密使だと名乗る彼女を無碍にもできず。また、やっと落ち着きを取り戻しつつある新国を、再び戦の渦中に突き落とすのも憚られてしまう。ミズキは、難しい判断を迫られているのだ。


 おそらく、次の手を決めるのは、情報が鍵となる。


 アイラの付き人からは、皇帝が急逝したこと、それにともない帝国内で後継争いが激化していることは掴んでいた。けれど、彼女の要求を全面的に退けることで被るだろう危険が、どれほどのものになるかは、全く分からないのだ。


「サヨ様は、自分さえ身を引けば国と王を守れるのではないかとお悩みになっています。あまりにも思いつめて、最近は食も細くなってしまいました」


 スズは、チグサにそう告げる。平時であれば、サヨ自身がまずコトリに頼るのであろうが、あいにくカケルと共に地方巡業中なのだ。


 紫各地の社を訪ねてまわり、琴姫自らが奉奏すること。そして、神具の稀有な技を広めること。これらは、新たな国の基盤固めるための重要な役目だ。


 さらには元ソラ王のカケルが元クレナの姫と共にある姿を見せることで、両国の融和、融合を確固たるものにする狙いもある。


 未だに地方では流民崩れの賊が暗躍している状況の中、早く国の隅々まで王の手を行き届かせるのは急務とも言えた。簡単に都へ呼び戻せるようなものではない。


 そうなってくると、サヨの力になってくれる者、それも同性で身分も相応の者と言えばかなり絞り込まれてくるのだ。チグサも、自分に白羽の矢が立つのも仕方がないと納得しつつ、何度目かの溜息をついた。


「やはり、アイラ様に強く出るためには、帝国の事情をもっと知るしかありませんね」

「えぇ、私もそう思います」


 スズは、チグサを突き抜けて、さらにその後ろを見抜くか如く目を細めた。


「分かりました。私の方でも集められるだけの情報を集めてみます」

「ありがとうございます。あんなに憔悴したサヨ様なんて、もう見たくありません」


 チグサはスズを帰すと、屋敷の地下牢へ向かうことにした。とある重要人物を捕らえているのだ。


 牢は、それ自体が神具と化していた。チグサと、チグサが認めた者以外、近寄ることすら叶わない。出入り口に使われている格子は、アダマンタイト兵から奪取した武器を解体し、鍛冶師の手によって姿を変えた希少金属の棒が使われている。


「ご機嫌いかが?」


 チグサは、中で仰向けになっている男に声をかけた。


「そろそろ、あなたの処遇を決めたいと思ってるのよ。セラフィナイト」



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