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149山中の偶然

 カケルは、驚いていた。ここは、ソラの西端にある険しい山脈の森の中。既にアダマンタイト国に入っているはずだ。なのに、見知った顔が岩陰で倒れているではないか。


「ミズキ様?!」


 駆け寄ると、間違いなくその人だと思われた。クレナらしい赤系統の衣のところどころに黒い染みが広がっている。それは臭いからして、血液だった。腕には、布切れが雑に巻かれており、本人は苦しそうに呻きながら胸を上下させている。


「どうして、こんなところに」

「そんなことより、治療しよう」


 ゴスに言われて、カケルは慌てて荷物から癒しの神具を取り出す。青みがかった半透明の球状をしている物だ。ラピスが広げた敷物の上にミズキを寝かせ、患部と思しきところに当てた。すると、神具の中が薄く濁り始める。身体の中の悪いものを吸い込んでいるのだ。それに伴って、ミズキの顔色も次第に良くなってきた。


「店主さん?」


 ミズキが、掠れた声で問いかけると、カケルは安心したように肩の力を抜いた。


「すみません、先日サヨ様にもバレてしまったので、呼び方はカケルで大丈夫です」

「王ともあろう人を、名呼びできるか、阿保。じゃ、師匠とか、呼んでやろうか?」

「すっかり元気になったようですね」

「あぁ、助けてくれたみたいだな。かたじけない」


 ミズキがぎこちない動きで起き上がる。転がらないように、ゴスがその背中を支えた。


「で、こんなところでどうしたんですか?」


 カケルは、コトリ失踪の報せを受けた後、ソラ王宮へ行き、その後国境を越えてきたことを説明した。


「もしかして、サヨ様を探しに?」

「当たり前のことばかり聞くな。それ以外にないだろう?」

「でも、この傷」


 今度は、ミズキが説明する番だった。香山でサヨの拉致を知り、そのまま着の身着のままソラへ入ったところ、帝国軍に捕まり、この近くの砦に囚われていたこと。そこで、習ったばかりの神具師の技を駆使して報復したばかりか、脱走に成功。しかし、牢屋の岩を神具に変えるため、神への言葉となる祝詞を自らの血を使って書き記したため、出血が多く、力尽きて意識を失ってしまったのだった。


「まだ見習いにも届かぬのに、よくがんばったな」


 カケルの師でもあるゴスは、びっくりしている。普通、ソラの神具師は、幼い頃から数年かけて基礎を学び、青年期になってようやく大成する。しかも、こんな追い詰められた土壇場で、戦闘に応用するとは、誰でもできることではない。


 ミズキは照れ臭そうに笑った。


「火事場の馬鹿力的なやつだろう。ガラにもなく、頭下げて教わりに行って本当に良かったと思ったよ。ラピス師匠、ありがとな!」


 ラピスはまだ師匠と呼ばれ慣れていないのか、恥ずかしそうにもじもじしている。


「それにしても、血か」


 カケルは、ミズキの腕を見た。ちょうど、布を外して傷を清めているところなのだ。


「神への捧げものとしては、極上だが」


 古から、神への捧げものとして人身御供というものがあり、今はすっかり廃れてしまったが、飢饉や災害の際には若い女を谷底へ突き落して、その地の豊穣を願ったりする風習がある。神は、人の身体や命という大きな代償があれば、願いを叶えてくれやすいとされているのだ。


「確かに、神具師として多少腕が悪くとも、血まで使ったとなれば、神もミズキ様を助けざるをえなかっただろうな」


 カケルは、険しい顔で言う。神具は人を助けるものなので、人の身を積極的に犠牲にして制作することは禁忌、というのが現在の神具師達の暗黙の了解なのである。


「そうかい。でも、ほぼ手ぶらで何も持ってなかったから、仕方がなかったんだよ。生きるか、死ぬかなら、誰だって何でもやるだろ?」

「そうだな」


 ミズキは、ぶっきらぼうに答えたが、全く持ってその通りだとカケルは思った。コトリのためならば、この程度の禁忌、簡単に破ることができるであろう。今も、コトリの行方は全く分かっていない。サヨを探して必死になっているミズキの気持ちは、痛いほどに理解できるのである。


 ちょうど、腕の晒し布の交換が終わった。ゴスは、持っていた水を竹筒に入れてミズキに渡す。


「それにしても、たまたま通りかかったのが俺達で良かったな。ミズキ殿、ここはアダマンタイト国だ」

「アダマン……なんだって?」

「国の名前も知らなかったか。帝国の属国の一つだ。国名にもなっている、アダマンタイトという不思議な鉱物が取れる場所で、十年以上前から帝国の支配下に置かれている。元々ここの王家の娘だった女が皇帝に嫁ぎ、生まれた息子が今のこの国の王だ。どこかで聞いたことのあるような話だろ?」

「そうだな」


 ミズキは、受け取った水を勢いよく飲み干した。


「ん?」


 次の瞬間、全員が身体を強張らせる。神気の流れを感じたのだ。ここは他国。カケル達の国の神は、存在しないはずなのに、なぜ。


 厳重な警戒を保ったまま、神気が流れてくる方向を見つめる。すると、しゃらしゃらと、聞きなれた音が近づいてくるではないか。


「シェンシャン?」



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