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告白のこと

 無事に進級の目処は立った。

 さあ、次は告白だ。


 予想していたよりも期末テストの成績が良かったことで、この流れに乗るしかないと私は張り切っていた。




「芽生ちゃんも絵を描くんだよね? 興味があるなら、これどうかな」


 父の仕事場に遊びに行ったら、父の担当の髙遠さんがアール・ヌーヴォー展のチケットを二枚くれた。期間が今週末までで、髙遠さんは予定が入って見に行けなくなってしまったのだそうだ。

 私はありがたくチケットをいただいた。

 これもなかなか良い流れだ。乗らない手はないと、仕事中の和也さんに近づいてこそっと話し掛ける。


「和也さん、以前なにかひとつお願い聞いてくれるって言ったよね? 一緒にどうかな?」

「その展覧会は俺も気になってたから嬉しいけど、都子ちゃんと一緒に行ったほうが楽しいんじゃない?」

「都子ちゃん、今週末予定が入ってるはずなの」


 もちろん嘘である。


「土日、どっちかあいてない?」

「日曜は丸一日バイトだな。土曜日は午前中なら空いてるけど、芽生ちゃんは学校だよね?」

「うん。そっか、残念。じゃあ、とりあえずチケットだけあげるね。平日の夜とか、時間があったら見に行って」

「いいの?」

「うん。私も時間を見つけてひとりで見に行くし」


 時間が合わないならしかたない。

 断念した私に、「ひとりで出歩くのは駄目だ」と父が待ったをかけた。


「万が一、気分が悪くなったらどうするんだ」

「えー、そんなこと言ったらどこにも行けなくなっちゃうよ」


 和也さんと一緒にいけなくとも、この展覧会に興味があったのは事実。私はがっかりした。

 そんな私を見て気の毒に思ったのだろう、和也さんが「俺の土曜のバイト、午前中に移動できませんか?」と折衷案を出してくれた。

 和也さんは父の締め切りの関係で土日にバイトが入っていたようだ。バイトの時間をずらして、私のお供をしてくれるという和也さんに父は渋々ながら頷いてくれた。


「悪いが、頼む。本人はこの通り元気そうだが、主治医が当分の間目を離さない方が良いって言ってるんでな」


 新しい主治医は、私に後遺症がないことがどうしても不満らしい。

 検査結果を聞きに行った時も、今は大丈夫でもいつ何時てんかん発作などが起きてもおかしくないと両親を脅かしていたので、父はすっかり過保護になってしまっている。


 とはいえ過保護になっているお陰で、こうして和也さんと一緒に出掛けられることになったのだ。結果オーライといったところだろう。

 やっぱり良い流れが来ていると、私は密かににんまりしていた。





「土曜日に告白するよ」


 翌日、都子ちゃんにそう宣言すると、思いっきり溜め息をつかれた。


 ――しょうがないか……。泣かなきゃいいけど。


 相変わらず私がふられると確信しているようで、苺ちゃん達が私を気遣うようにふわふわっと私の頭の周りにたかっている。


「どうやってふたりきりになるの?」

「髙遠さんにアール・ヌーヴォー展のチケットを貰ったから、それを一緒に見に行くことにしたの」

「へえ、いいわね。なに着ていくか決まった? もしまだなら咲希か杏に相談してみる?」

「んー、今回はいいや。あんまり気合い入れても変に思われるだろうし。今ある服を着ていくつもり」

「それもそうか。……とりあえず告白は後に回して、先にデート気分を楽しんでくるといいわ」

「うん。ありがと」


 ――良い思い出になればいいわね。


 苺ちゃん達がぺとっと頭にくっついて囁いた。




 ぶっちゃけた話、私も告白したからといってどうこうなるとは思っていないのだ。

 十中八九、いや百パーセントふられるだろう。

 それがわかっていても告白したかった。

 あの真っ暗な蔵の中、このまま死ぬのかも知れないと思った時に後悔した気持ちが、まだ私の中に残っているからだ。


 澱みに係わる中で、こういうわだかまりを長く心の中に溜め込むのはよくないと私は学んだ。

 こうして思いを溜め込んでいる間に、和也さんに恋人でもできたりしたら、私の中にも黒いものが湧いてでてきてしまうかもしれないと。

 とりあえず告白して発散させることで、自分の中で一区切りをつけてしまいたかったのだ。




 そして土曜日。

 学校から帰って昼食を食べてから、私は父の仕事場に向かった。


「お父さん、きたよー」

「おう。出掛ける準備してきたか?」

「うん! 和也さんは大丈夫? 区切りつくまで待ってようか?」

「いや。大丈夫。行けるよ」


 和也さんがパソコンの電源を落として、机周りを片付けている間、私は父のリクエストでくるっと一回転していた。


「おお、可愛いな。うちの天使がクリスマスの妖精に変身したぞ」

「この帽子クリスマスっぽくていいでしょ? お母さんが急いで作ってくれたんだよ」


 大きな緑色のボンボンのついた帽子はクリスマスっぽいノルディック柄で、同じ模様のマフラーとセットだ。去年買ってもらったおっきなフードのついたAラインの赤いコートに、中にはざっくり編まれた白いニットワンピースを着ている。

 全身クリスマスカラーで決めた勢いで、お祭り気分のまま一気に告白まで持ち込む計画だった。

 和也さんは私とは対照的に、黒のダウンとマフラーだ。真っ黒でもさもさした癖毛も相まって、全体的にモノトーンの装いだ。


「じゃあ、界太先生行ってきます」

「おう。もし芽生が具合悪そうにしてたら、すぐに連れ帰ってくれ」

「わかりました」

「もう、大丈夫だって言ってるのに」

「そう言うな。……心配なんだよ」


 そんなことを言われては、もうなにも言えなくなる。

 私にとってはもう過去になりつつあの事件は、父の心に深い傷を残してしまったようだ。


「展覧会のお土産買ってくるね。行ってきます」


 これ以上心配させないよう、私は笑顔で手を振った。




 目的の美術館の一つ手間の駅で降りて、とある劇場の玄関ホールに立ち寄った。

 なんとそこに、私の絵が飾られているのだ。


 夏休みの宿題として描いた私の絵は、『春を夢見し』というタイトルをつけられてコンテストに出品されていた。それが私が眠っている間に、見事コンテストのスポンサー企業の特別賞に受賞していたのだ。

 そして現在、一年間の予定でその企業が所有する劇場の玄関ホールに展示されているのだとか。

 東京に戻ってからそのことを知らされ、いずれ見に行きたいなと思っていたから、ちょうど良い機会だし和也さんにつき合ってもらったのだ。


「へえ。やっぱり写真で見るのとは違うね。温かみがあっていい絵だ」

「えへへ。ありがと」


 綺麗に額装されてライトアップされた絵の中で、ぴーちゃんが眠ってる。自分が描いた絵だというのに、前足をくてっと伸ばして力が抜けたその姿が可愛くて、思わず笑みがこぼれた。


「芽生ちゃんは美術部とかには入らないの?」

「入らないよ。好きなことできなくなりそうだし」


 中断していた母から依頼されていた薔薇の絵を完成させたいし、それが終わったら祖父に頼まれた病院の絵も描きたいのだと告げると、和也さんは「マイペースでいいね」と微笑んでくれた。


 その後、一駅分ぶらぶら歩いて美術館に向かった。

 クリスマス前の最後の土日、綺麗に飾り立てられている街はどこか浮ついている。

 通り過ぎる人達の光もくるくるっと元気よく舞い踊っていて、普段に比べてご機嫌な人が多いような印象だ。


 一緒に歩く和也さんのサマーグリーンの光もあっちこっち楽しげに飛び回っている。

 和也さんがこの外出をそれなりに楽しんでくれているのが分かって、少しほっとした。


 明日で終了なので、美術館はなかなか混雑していた。

 人の波に押されるように会場内を見て回ったが、それでも充分に勉強になったし楽しかった。

 ショップでミュッシャのポストカードや缶入りのクッキーなんかも買ってから帰宅の途につく。


「和也さんはクリスマスなにか用事あるの?」

「ないなぁ。たぶん兄貴とケーキ食って終わりだ。芽生ちゃんは?」

「私も今年はお家。都子ちゃん家や従兄弟達と一緒にクリスマスパーティーする予定なんだ」


 去年は家族三人だけで過ごした。

 というか、家族三人でしか過ごせなかった。


 でも今年は都子ちゃんや茜さん達がいる。

 楽しい時間を一緒に過ごす人が増えて喜ばしいかぎりだ。


 電車に乗って最寄り駅で降りた。

 ここからは徒歩で家まで帰る。和也さんも戻ってもう少し作業するとかで一緒だ。


 充分にデート気分は楽しめた。

 言うなら今しかない。


 私は深呼吸してから、和也さんを見上げた。


「和也さん」

「ん?」

「私ね、和也さんのこと好きなの」


 ぺろっと普段と同じ口調でそう告げると、和也さんのもさもさの前髪の下に隠れた目が高速でまばたきしているのが分かった。

 身長差があるから、下から見えちゃうんだよね。


 なるべく動揺しないよう普段通りを装っていた私も、かかーっと顔が熱くなっていくのを止められない。

 きっと今、傍から見たら私の顔は真っ赤になっているに違いなかった。


「え? ええ? それって、どういう意味で?」

「恋愛的な意味で。一目惚れだったの」


 ――マジで?

 ――いやいや、さすがにないだろ。


 和也さんのサマーグリーンの光が、慌ただしく囁き続ける。


 そっか、ないかぁ。


 直接返事を聞く前に答えを知ってしまった私は、分かっていたこととはいえ、やっぱりがっかりした。


「いやいや、ちょっと待ってくれ……」


 和也さんは立ち止まると、首を捻り腕組みをしてしばらくなにか考えていた。

 やがて、顔を上げて私を見る。


「芽生ちゃん、ひとつ聞きたいんだけど」

「なに?」

「俺と都子ちゃん、どっちが好き?」

「え?」


 思いがけない問いかけに、私は一瞬きょとんとした。

 その後、心に浮かんだままの答えがつるっと口からでた。


「都子ちゃん」


 あっ、と思った時にはもう遅かった。

 覆水盆に返らず。一度口から零れた言葉ももう戻らない。


「だよねぇ」


 目の前にいる和也さんが納得したように何度も頷いている。


 こうして、私の初恋は終わりを告げたのだった。

読んでいただきありがとうございます。


次が最終回になります。……たぶん。


百合ENDではないですw

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